第百九十五話:七王領土観光
「きゅう……死にたいです……もうお嫁にいけません……」
「そう落ち込まないでください、KnighT。私も娘のいないところでは大体あんな感じです、というか人類皆大体そうです」
「そ、そそそうですよ! 私だって、時々好きなアニメの推しキャラの抱き枕とかに顔うずめたりしてますから!」
この世の終わり、みたいな顔をして落ち込みながらも歩くKnighTをモルガンとカエデが慰めている。
狂ったように俺を追いかけまわしてたせいで、何があった何があったと気になったアーサーたちに事情を話し、それが部屋でくつろいでたモルガンたちにも伝わったのだ。
おかげでKnighTはかーなーり落ち込んでる、悪いことをしてしまったがちょっと面白い。
「ま、そう恥ずかしがるこたないだろ、KnighT。別に恋人とニャンニャンしてたのを見られたんじゃなくて、ニャンニャンにスーハーしてただけなんだから」
「全領土の観光が終わったら覚悟しなさい、ギルド戦争であなたのことを刺殺しに行きますから」
「えー……」
そこまで酷いことを言ってしまっただろうか、なんて思ったらモルガンとカエデからすっごい冷たくて痛い視線が刺さった。
アーサーとカオスは我関せずって顔だが、イアソーンは凄い馬鹿を見る目で俺を見てくる。
「まったく。せっかく俺の領土に来たというのにいつまで引きずるつもりだ。これではアルゴーノートの魅力を印象に残せんではないか」
「いやいや、ちゃんと堪能してるし記憶に刻んでるよ、それを落ち込むKnighTで上書きしてるだけだ」
「おいKnighT、そのギルド戦争でブレイブを殺す件は俺にも一口噛ませろ。コイツは二、三度ほど殺さんとダメだ」
イアソーンまで怒らせてしまった、でも仕方ないだろ。
この魚や海の香りがどこでもかしこでも嗅げる領土よりも、顔を覆って落ち込んでるKnighTの方が俺にとってインパクトが強かっただけなんだもん。
アーサーとカオスはしっかり楽しんでて、売店の魚の串焼きとかかじってるし、なんかお土産も買ってるし。
「KnighT、とりあえずここは食事をして気を紛らわそうじゃないか。ほら、この串焼きは絶品だよ」
「あ、ありがとうございます。アーサー」
アーサーが魚の切り身を竹串に刺したものを齧りつつ、手も口もつけてない方をKnighTに差し出す。
KnighTはそれを受け取って、やや渋々としながらも食べ始めた。
モルガンとカエデはカオスから一本ずつ受け取っていたので、俺もアーサーから一本受け取って食べてみる。
「おぉ、魚の串焼きって初めて食べるけど中々美味いな、こりゃマグロか?」
「あぁ。領土を手に入れる前からSBOの海ではマグロとよく似た魚──ブレイドトロがこの周辺の海でよく捕れてな。今は大漁故、売店に回したりもしているのだよ。
しかし調理には苦労するもので、捌いて食うには問題ないがそのまま焼くと臭みが酷くなってしまってな。そこで、それを解決するべく、が料理スキルの英知を結集し、研究に研究と時間を重ねに重ねたスパイスを使って……」
イアソーンが自慢気に長々と語っており、相当な苦労をしたのがその語りっぷりから伝わってくる。
料理ってのはどこの世界、どこの時代、どこの国でも苦労をしないと美味しくならないみたいだ。
「にしても、魚の市場というのは魚や磯の匂いが混ざりすぎて少々生臭くなるものだが、ここはあまりそういうのがないね。
潮風を感じるだけで、居心地は中々良いものだ」
「そうだな。ウチの領土は常に焦げ臭いし、こういうとこは落ち着くぜ」
アーサーとカオスはスーッ、と深く息を吸いながらそう言う。
魚が名産品なイアソーンの領土は、二人のお気に入りになったみたいだ。
イアソーンも鼻が高そうにしているし、KnighTも魚の串焼きを沢山食べてご満悦みたいだ。
「さて、次は我が領土の領主館へ来て貰おうか。集う勇者とは違って、しっかりと見せられるものがあるからな」
「別に領主館に見せるものなくったっていいだろーが」
と、まぁ、アルゴーノートの領土を堪能したところで、俺たちは領主館へと招かれた。
そこでギリシャ神話モチーフのオブジェを鑑賞したり、魚について色々と知ったり。
どっちかっていうと、美術館かなんかに来て勉強したような感覚だったぜ。
「さて、次は私の領土です」
「おぉ、魔女騎士団か」
次はアルゴーノート領土から近かった魔女騎士団の領土へと行き、俺たちはフィールドを移動する。
モンスターがいくらか出てきたが、まぁやっぱり敵じゃないし大したことないもんだった。
「魔女騎士団の領土か……」
「写真を見た時、とても綺麗な風景が映っていたのが印象的だったね」
俺の呟きにアーサーが反応してきた。
魔女騎士団の領土、なんて名前の割には禍々しさも暗さもない感じだったんだよな。
現物はどんなもんか……と、フィールドを歩いていると、一風変わった田舎街っぽいのが見えてきた。
「着きました、ここが魔女騎士団こと……私の領土です」
「おぉ、こうして見るとスゲー綺麗だな」
語彙力のない感想だけど、こんな言葉しか出てこないくらい綺麗だったのだ。
一面に広がる金色の麦畑、生い茂る緑の草、素朴な雰囲気を思わせるレンガ作りの家。
領土って言うだけに結構広いには広いが、どちらかというと村を思わせる雰囲気だ、それも田舎って感じ。
「ここの領土は商人は少ないですが、農民やNPCの兵士が多いです。
誰も彼もが親切で、受けられるクエストもお使いモノが多い、心休まる地だと自負しています」
「へーっ。名前に反してホントに穏やかな領土なんだな。俺と交換して欲しいくらいだぜ」
「ふっ。奪いたければその力でやってみなさい。尤も、私は弟たち以外に負けるつもりなど毛頭ありませんが」
カオスが羨ましそうに呟いた、おそらく冗談交じりの言葉をモルガンは本気で捉えたらしい。
やる気に満ち溢れた声でそう言うと、余裕のある笑みを向けていた。
もう、アルトリアやアーサーに怒りながらその思いをぶつけた時とは別人みたいだぜ。
「冗談だっての。ほら、次は何があるんだ?」
「そうですか……では、見せてあげましょう。私の領土の更なる素晴らしさを」
モルガンはそう言って歩き出し、俺たちもそれに続いていく。
さっき言ってた通り、農民が畑仕事をしている様子がしっかりと確認出来るな。
「こんにちは。いつも精が出ていますね」
「おぉ、領主様! 今日も元気そうですね! 最近は土の質が良くなってて、上手い麦が食えるようになってきましてねぇ!」
一人の農夫に挨拶をしに行ったと思うと、モルガンは何やら数言話して戻ってきた。
NPC相手だし、クエストの類かなんかか……と思ったけど、わざわざここで受ける必要はないだろうし、ある程度自由に受け答えしてくれるNPCとのやり取りがモルガンにとっては面白いんだろうな。
「今、何話してたんだろう……」
「さぁ、俺たちが気にすることじゃねえと思うぜ」
カエデがモルガンの背中を見つめながらそう呟くので、俺は肩を叩きながらそう言った。
その後、何人かのNPCと話し終えた後、俺たちは恒例と言わんばかりの領主館へと向かった。
「ここが私の領主館です……まぁ、特に面白いものはありませんよ」
「しかしまぁ、領主館だけはどこの領土も似たり寄ったりのデザインだな」
「制作側も相当苦労した故じゃないかな、領土自体が凝りに凝ってるものだから文句は言えないさ」
カオスが領主館を見上げながらそう呟くと、アーサーが苦笑いを浮かべてそれに答える。
KnighTも『言われてみれば確かに』って顔で領主館を見つめていて、イアソーンはちょっと詰まんなさそうな顔だ。
まぁ、面白いものがないって言われたら良い顔はしづらいよな。
確かに領主館のデザインは何処も同じ感じだが、そんなことを言っている場合ではない気がする。
「さ、中へどうぞ」
「あぁ」
モルガンに招かれて領主館の中へ入ると、そこには見慣れた光景が広がっていた。
正面には階段があって、左右には扉がある。
領主館らしく、どことなく高級感漂う内装になっている。
「内装だけは、全然違う出来なのが気になりますね……」
「きっと、内装から先にデザインして外装は後回しだったんだろうよ」
「どんな手順ですかそれ」
「さぁな」
KnighTの呟きに適当に返事すると呆れた顔をされた。
しょうがねえじゃん、俺ゲームは遊ぶ側で作る側じゃないんだからさ。
「で、ホントに何もないのか?」
「えぇ、残念ながら」
「えー、なんかあるだろ。こう、ほら、高そうな壺とか」
「そう言われても、ないものはないものです。所詮領主館ですし、私と四天王がちょっと使う程度のものに重要なものは移しませんよ。
大事なものや面白いものはギルドホームの方に置いてあります」
「そっか……ちと残念だな」
「まぁ、そこまで拘ることでもないんじゃないかな? とりあえず、この領土を知れてよかったじゃないか」
アーサーが落ち込む俺をフォローするようにそう言ってくれた。
まぁそうだ、プレゼンで紹介しあった時以上に良いものが見れたからな。
ならこれでいいじゃないか。
「よし、なら次はどこが近い?」
「俺の領土だな、禍々しきも禍々しき、常に焦げ臭くて目が疲れそうになる真の魔王の領土だ」
「初っ端から凄いこと言い出したな」
カオスが真顔で言うので、俺も突っ込まざるを得なかった。
七王の領土紹介も、ここらで半分に差し掛かるところだな。
「でも、一番異色の領土って感じで面白そうだね」
「まぁな。海に面してるってだけのアルゴーノートよりも奇抜さは上だと思うぜ」
「ふん! 奇抜に寄りすぎだ貴様らは! およそとして普通の人間の感性とは思えんわ!」
「あぁ? んなこと言ったらお前んとこ磯の香で鼻が麻痺しそうになるっつーの!」
アーサーの言葉がキッカケで、またカオスとイアソーンのいがみ合いが始まった。
カエデにKnighT、モルガンと俺は黙ってみているしかなかった。
あの二人は顔を合わせると言い合いに発展しやすいが、収まるのも早いので黙ってみてるのが最善手──とついさっき学んだ。
「んじゃ、案内するからついてこーい」
言い合いが始まって十分ほどして、カオスが案内を始めた。
ので、俺たち6人はそれに従ってカオスの後ろを歩き始める。
毎度のことだが、道中の敵は大したこともなかったのでサクッと倒してカオスの領土への移動を急いだのだった。
「ついたぜ」
「こ、これは……」
一言で言うと、酷い領土……なんで運営はこんな領土を真の魔王の領土にしたんだろうか。
辺りを見渡せばモンスターやらなんやらが闊歩しており、化け物の鳴き声が絶えず、常にどこかしら焦げ臭い。
幸いにもモンスターたちはNPCであり、俺たちに危害を加える様子は一切ない。
だが、視覚的にも聴覚的にも嗅覚的にもあまりよろしいとは言えない環境だ。
「な? 言った通りの領土だろ?」
「確かに、凄く魔王の領土って感じだけど……少々不便そうだね」
アーサーの一言に、誰も言葉は発さずとも首を縦に振って同意する。
カエデはすぐに帰りたそうな顔してるし、イアソーンは露骨に嫌そうな顔だし、KnighTも表情は曇っているし、行く前に少し楽しみそうだったモルガンだって眉をひそめている。
カオスはそんな皆を見て苦笑いをしたと思うと、大した紹介もないまま次の領土こと、メイプルツリーの領土に行こうと言い出した。
結果、誰も反対することがなかったので、俺たちはせかせかと足を動かしたのだった。
「自然で溢れていますね。思い切り寝転んでみたくなる光景です」
「そうだな。野良の動物とかもいるし、俺たちの領土と比べてみると凄い原始的な光景も見えるな」
メイプルツリーの領土は、草木が生い茂った自然的なものだった。
カオスの領土含め、他の七王の領土ってのはどこも建物や整備された道やらあったものだが、メイプルツリーだけは違った。
道が整備されているわけでもないし、建物がずらっと並んでいるわけでもない。
部族みたいなのが村を作っていたり、放牧されたかのような野良の動物たちが暮らしている。
領主館は存在するみたいだが、こういう場所だとミスマッチにも見えてくる。
「癒されるなぁ、装備全解除してここで寝てみたい」
「あぁ。アロマセラピー、ってやつなのかな……VRにもこうして感じる手段があるとは」
カオスとアーサーは肩の力を抜いているのか、装備していた鎧を解除して深く息を吸っていた。
モルガンにKnighTもさっき真の魔王の領土で見せていた表情が嘘のようで、とても穏やかな顔になっていた。
「フッ。時にこのような木々に囲まれるも、一興か……」
イアソーンはなんだかカッコつけてるけれど、この領土で元気になったようならよかった。
カエデも皆の笑顔を取り戻せたことを喜んでいるようで、笑顔で先頭を歩いて案内を始めた。
どうやらこの領土は自然との共存というのがモットーなようで、俺たちの領土のような人工物は全然なかった。
住人たちが暮らしているのは山に穴を掘ったような場所だったり、藁や土を積んだような家ばかりだ。
一応、プレイヤーホームとしてログハウスなどはあるが……それでも、原始的って言葉がお似合いの山やら森やらが多い。
もちろん川なども流れているので、NPCが手製の竿で魚釣りなどをしている様子も見える。
「すげぇなぁ、ここまで緑に染まってると別ゲーみたいだぜ……」
「やっぱり、ブレイブさんもそう思います? 私も最初はそう思ってちょっと怖かったんですけど、住めば都って感じで楽しいですよ!」
そう言いながら、カエデは領主館の前まで来て足を止めた。
……領主館の中は、モルガンの領土みたいに面白いものがあったわけじゃなかったので、割愛。
【七王領土の配置】
時計回りに
集う勇者→朧之剣→アルゴーノート→魔女騎士団→真の魔王→メイプルツリー
の順番で配置されていて、六つの領土から出来る円の中心にあるのが王の騎士団領土。