第百九十二話:二度目は俺が
「あーーー……なんか、ゲームやってんのにこんな苦労するってのは思いもしなかったなぁ」
「まぁ、集う勇者はトップギルドの中でも特異的な存在ですから。仕方ないのかもしれません」
ハルが淹れてくれたお茶を流し込みつつ、俺は椅子の背もたれに体重を預ける。
領土に何があるかを細かに把握して、NPCはどんなのがいるかとかリストアップしたりなんだり、マップはどうなってるかとか。
そういうものを書類に纏めた上で、後で王の騎士団との会議で七王全員に報告することになっている。
七王全員が領土の公開をしてから皆で好き勝手に領土を覗くってことにはなってるし、俺も俺で王の騎士団や真の魔王の領土を見れる。
そう思うとちょっぴり楽しみだし、この苦労も熱意に変えてやる気を出そう。
「あー……Nさん、膝枕とかリクエストしてもいいですか、うつ伏せで」
「ダメだ、私も私で忙しい。というか時と場合を考えろ」
NさんはNさんで、俺たちの領土に割り当てられている特殊なNPCをまとめる表を作っていた。
俺たちの領土の固有のポイントらしく、自動で戦闘をしてくれるNPC兵士たちが一定数いるのだ。
簡単な指示には従ってくれるし、レベルも高水準なのでギルドメンバーが少ない分の埋め合わせは出来ている方だ。
でも、NPC一人一人で能力値とかも違うだけにNさんがそれらを細かく分けてまとめている、大変そうだ。俺なら二秒で投げ出すぞ。
「はぁぁぁ……疲れたぁ」
俺は深く息を吐いて首の方も椅子の背もたれに預けた。
もう寝てしまおうか、寝て起きたら不思議なゴブリンたちがこれを終わらせてくれると信じて寝てしまおうか。
確かにやりがいのある仕事だとは言えども、沢山の紙にあれこれどれこれとまとめているだけに大変だ。
「あの、先輩。一ついいですか?」
「なに」
「その……息抜きっ、息抜きしませんか?」
「息抜きするためにSBOやってるはずなんだけどなー、俺」
俺は椅子へ更に体重を預け、そのまま床にガターンと音を立てて倒れた。
ゲーム内で寝ると大分変な感覚になるけど、この際もうゲーム内で寝てしまいたい。
寝て起きたらゴブリンがなんか終わらせてくれるだろうしさ、うん。
「ほらブレイブ、あと半分だろう。頑張れ、私も頑張っているのだから」
「Nさんが素足で俺の首挟んで床に叩きつけて、そのあと死ぬほど罵倒してくれるのならやります」
「誰がやるか、というか死ぬ気かお前は」
Nさんに殺されて人生の幕を下ろせるなら本望な気がする。
……って、ショージキに言おうもんならキレそうだし、やめとくか。
「ジョークですよジョーク」
「そうか……うむ、なら膝枕くらいは……いや、どうせならもう一度、な。今度はムードも完璧にしてやろう」
「よしさっさと終わらせるぞ、光の速度で終わらせるから見てろよハル、俺の腕前を」
「切り替えはっや、急にどうしたんですか」
Nさんが少し考えたと思うと、人差し指同士をくっつけ合わせて少し照れ顔で言った。
これは明確に何をするかにをすると言ったわけじゃあないが、俺にはもう想像がついている。
濃密でアッツーイ、ラブラブでディープなスンバラシーキスをお望みってことなんだろう。
愛しい女の人にそんなことを望まれてしまえば、漢として仕事の一つや二つくらい完遂してやるぜ。
「んじゃ、いっちょやりますかぁぁぁっ!」
俺は大悪鬼の衣を脱ぎ捨て、上裸の状態でペンを取り――。
その三時間後に、サスペンスドラマの被害者の如く血をブチまけながら床に転がっていた。
「……Nさん、これでOKっすかね」
「うむ。そうだな……これならアーサーたちにも文句を言われることはあるまい。隅から隅まで徹底して書き込んだのだからな」
俺はデスマーチを終えた会社員のようにふらふらと立ち上がり、自分で作った書類を見てみる。
何度も見返して誤字脱字を無くし、俺たちの領土の隅から隅までびっしりと紹介出来るように作った。
加えてNPCの名前も五十音順に整理し、顔立ちと喋る言葉と行動パターンと印象を記載。
スクリーンショットなどはユリカたちに頼んだが、実際に領土を隅から隅まで歩いて紹介ポイントを決めたのは俺とNさんだ。
「フフ。奴の驚く様が目に浮かぶな」
「そうっすね……つか、驚かなかったら頭からスッコケますよ、俺」
俺はこのぐったりとしたアバターをどうにか動かして、Nさんに膝枕して貰い、笑う。
あぁ、もうさっさと暖かい飯食って布団でグースカピースカと眠りこけたい。
「安心しろ。仮にそういうことがあれば、私が単身でアーサーの首を獲りに行く」
「やめてください、戦争始まりますよ。蹂躙されます」
確かに今の集う勇者には精鋭が増えたが、王の騎士団全員との戦争なんて勝てる気がしない。
第四回イベントの時みたいなルールの勝負なら勝てるかもしれないけど、戦争は無理だ。
10倍近くの戦力、もしかしたら同盟を組んでる魔女騎士団だって一緒になって来る可能性もある。
そうなったら25倍くらいの戦力差、どう足掻いたって勝てっこないような差になる。
「ち、ならスライムをバケツに詰め込んで頭から被せてやるか」
「いや、だからそういう嫌がらせに走らないでくださいって」
Nさん、アーサーに対してどんだけ恨みとか溜まってんだろう。
第一回と二回目のイベントで何があったんだよ。
「まぁまぁ、ともかくです。先輩方がここまで頑張ったからにはちゃんと発表出来ると思いますよ」
「……おう、そうだな。きっとそうだよな」
「フフ。ではブレイブ、発表に備えて休むとするか」
Nさんは何かワクワクした様子も込みでメニューを操作して、ログアウトした。
アーサーが指定した発表会の日時は明日……本当にギリギリだったなぁ。
と、思いながら俺もメニューを操作してログアウトボタンに手をかけ、現実世界に意識を戻す。
「あいちちち……あちこち痛んでんな」
目を覚まして早々、俺は体のあちこちを抑えながらゆっくりと起き上がる。
書類作りで疲れたのは精神的な部分だけだが、体の疲労は現実での部活によるものだ。
入院生活から復帰できたのは良くても、まだまだ筋肉の衰えは戻せてないからな。
「あー……良いマッサージ屋とかねえかなぁー」
俺はそう言いながら立ちあがり、ついさっきキーンコーンと音を鳴らしたインターホンの方へ向かう。
確認して見るとそこには無言で突っ立っている千冬さんがいたので、俺はすぐに玄関のドアを開ける。
「あ、どうぞ入ってくださ――へぐっ!」
「すーっ……ふぅ」
「な、何やってんすか千冬さん……」
玄関開けて早々、千冬さんは俺の胸に飛び込んできて、深く息を吸っていた。
部屋着姿の俺に対し、千冬さんは趣味で着ているであろう和装だ。
この人、この服の状態でフルダイブしてたんだろうか。
「部屋の勇一の香りを堪能していた」
「部屋の俺って何すか」
「いつも会うお前は制服や剣道着で様々なものが混ざっているが、部屋着のお前ならお前100%の香りが楽しめるだろう」
千冬さんはそう言いながら俺を抱きしめる力を強くし、すんすんと鼻を動かしていた。
……すごい疲れが溜まっていたんだなぁ、と思いながら俺も千冬さんを抱きしめ返し、背中を優しく撫でた。
「……ってか、恥ずかしい話っすけどこの部屋着最後に洗ったの二日前なんで――」
「知っている、昨日鞘華から聞いたのでな」
そう言うと千冬さんは鼻を動かす速度を二倍にした。
……千冬さん、これじゃただの変態みたいになってるぞ。
「あぁもう、そろそろ離して貰えません? 俺も色々限界だったんで」
「……うむ、そうだな。私も勇一成分を摂取できると思うと舞い上がってしまってな、すまん」
「いや、別に謝んなくってもいいすけど……疲れたりしたらいつだって俺に甘えてくださいよ。その……恋人、なんすから」
「フフ……恋人、か。そうだな……色々あったが、色々と重ねた恋人だな」
千冬さんは俺から離れると何やら思い出に耽り始めた。
俺はそんな彼女の手をとって俺の部屋まで案内し、適当な場所で座っててくださいと一声。
すぐに走ってキッチンへと移動し、冷蔵庫で冷えていた緑茶と棚にしまってある大きなコップを取り出す。
念のため、甘いものが欲しいかもしれないので偶然置いてあった落雁と羊羹を皿に乗せて、すぐにまた部屋に戻る。
「千冬さん、お待たせしました」
「うむ。ありがとう」
俺の椅子に座ってデスクの方を向いていた千冬さんは俺の方を向いた。
見返り美人ってのはこういう人のことを言うんだろうなぁ、と思った。
「では勇一」
「はい千冬さん」
「向こうで言った約束を叶えよう」
彼女はそう言うと、俺の運んできたお盆をデスクの方に乗せて。
俺の手を引いて――
「おばふっ」
「フフ。愛い男よ」
「え……あの、千冬さん? 向こうで言ったのって」
キスしてくれるとか、膝枕してくれるとか、全力でケツシバきしてくれるとかじゃないのか。
期待していたのと違う行動が出て来て、俺は目を見開いたまま固まった。
「ン、何。お前も男ならわかっているだろう? 部屋に男女が二人だ」
「いや、え、マジで? マジでそっちの方なんですか?」
「無論だ、当然だ、そのために格好もこうしてきたのだからな」
千冬さんはそう言うと、着物をはだけさせ始めた。
いやマジか、マジかこの人……え、マジ?マジで?俺の脳みそがアレになって語彙力が死に始めて来た。
初めての時は色々と勢いのおかげで冷静だったけど、二度目になると、ちょっと。
変に知っているが故に、どこか頭の中がふわふわしてきて。なんだか……思考能力が奪われる気がする。
「フフ……ッ、あっ、愛しているぞ、勇一」
「千冬さん……お、俺もでっ――ぇぇぇ……」
顔を真っ赤にしながらもこちらに微笑みかけて来た千冬さんの言葉で、俺の体は勝手に動いた。
そのまま電光石火の如く体を起こし、千冬さんのうなじの方に手を回した。
そして、そのまま俺の枕に後頭部を押し付けるように彼女を倒す。
「っ、勇一……?」
「流石に、二度目は俺がリードしなきゃ……漢じゃないでしょ」
「……フフ。本当に、お前を愛せて良かった」
千冬さんは背中を布団につけたままでも、どこか高い所にいる気がした。
そんな彼女が、俺と目を合わせて……頭を撫でてくれた。
「大好きですよ、千冬さん」
「私もだ、勇一」
そう言葉を交わしたところで、俺は獣になり。
千冬さんとまた一つになって……凄くぐったりとしながら、二人抱き合ってベッドに全体重を預けていた。
……体力が衰えたせいなのかなぁ、こうやって疲れんの……。
千冬さんの移動速度がとんでもないことになっている気がする。