第百八十四話:ダメなお姉ちゃん
「よし――行けるッ!」
「チィィ……!」
モードレッドは起き上がって玉座を背に剣を構えるが、既に俺はモードレッドを殺す準備が整っている。
オーガ・スラッシュの詠唱を済ませて、真っ直ぐに彼女に向かって走り出す。
「これで終わらせてやるぞ、モードレッド!」
「簡単に終わってたまるかよ!」
モードレッドは剣に赤雷を纏わせ、城を揺らしかねないオーラを放出した。
俺はそれに応えるように、一度オーガ・スラッシュの発動をキャンセルする。
そこからフェニックス・ドライブの詠唱を完成させ、ゴブリンズ・ペネトレートの構えに入る。
名づけるならフェニックス・ペネトレート、第四回イベントでやって見せた複合スキルだ!
「くたばりぃぃぃっ、やがれぇぇぇっ!」
「いぃぃぃっ、けえええッ!」
モードレッドの最大の必殺スキルと、俺の最大級の大技がぶつかり合う。
共に凄まじい威力でぶつかり合うが、このスキルはアーサーのエクスカリバーには及ばない。
アイツの光輝く剣はもっと重かったし、ただただ力で押し切れるようなもんじゃねえ。
でも、コイツのスキルは……!
「俺でも、押せるっ――! うっるぁぁぁっ!」
「何ぃっ!?」
モードレッドの放ったスキルを打ち砕き、俺はそのままモードレッドとの距離を詰める。
距離はあと二歩、モードレッドも慌てて距離を取り始めたが、もう遅い。
あと一歩でモードレッドに追い付き、そのまま俺の剣の間合いに入り、首を落とせる!
「これでぇっ!」
「クソッ……!」
モードレッドは避けられないと悟ってか、目を閉じた。
だが、次の瞬間に広がっていた光景は、俺がモードレッドの首を刎ねたものじゃなかった。
「……は?」
「な……え……?」
モードレッドと俺は困惑したままアバターの動きを止めた。
俺も、アーサーも、アルトリアも、モードレッドに攻撃を当てていない。
なのに、モードレッドのHPはゼロになっていて、アバターは淡い光に包まれて、砕け散った。
彼女の背中から、とても不気味な一本の剣が貫通していたからだ。
黒い刀身は酷い刃こぼれを起こしていて、とてもじゃないが武器として使える見た目じゃあない。
けれど、もう既にHPが危険域に達していたモードレッドを全損させるには十分だった。
「はーい、雑魚乙! おい皆見たか? やっぱ四天王とかイキっててもさ、所詮は女だよね! 僕の実力の前にあっさりとダウンしちゃったよ! いやー、やっぱ僕強いわー!」
「……何、やってんだお前……!」
そこにいたのは、貼り付けたかのような美形の男……だったが、言動と声は気持ち悪かった。
加えて、ソイツは魔女騎士団のギルドエンブレムをつけた鎧を身に着けている剣士だった。
だのに、後ろからモードレッドのことを刺してHPを全損させたのだ、コイツは。
胸の内から沸々と怒りが湧いてきて、煮えたぎるマグマのように一瞬で俺の思考を支配した。
「何? 僕になんか用? お前誰だっけ? えーと、あー、思い出した! 確か、つど」
「テメェェェ――ッ!」
俺は怒りのままにソイツの頭に剣を叩きつけ、一撃でHPを全損させた。
そして、すぐにアーサーの方へと振り向く。
恐らく今のプレイヤーはアーサーが相手していた奴らの中に紛れていた奴らだ。
すると、アーサーがスタンを受けていて動けないことがすぐにわかった。
となれば、アーサーが足止めしていた十人余りのプレイヤーたちがフリーになっている。
「クロスがやられた! 今すぐ射撃始めろ!」
「おう!」
すると、一人のプレイヤーが矢を引き絞り、弓を放った。
矢の飛ぶ先は俺――ではなく、モルガンに向けてだった。
「……は?」
モルガンは突然のことだったからか、矢を避けることが出来ずに足にダメージを受けた。
それだけでなく、風の魔法がモルガンの槍を握る腕を吹き飛ばした。
「ぐっ! お、お前たち、何を――!」
「あぁ? んなもん決まってんだろ、お前たちなんてもう必要ねえから盛大に裏切るんだよ」
「この方が、最高に無様な姿ってことで撮れ高も上がるしなぁ!」
「ま、今まで上手いアイテムに金に経験値、全部ご馳走様でした、ってことで!」
……コイツ等、最初からアーサーと戦っているフリをして、モルガンを狙うつもりだったんだ。
アーサーがエクスカリバーを使っていないのをいいことに、それをチャンスとしたのか。
発言からして、コイツ等はモルガンに助けて貰った側のプレイヤーたちなんだろう。
助けて貰ったくせに、モルガンを裏切ってそれをネタで済ませよう、なんて言うのか。
「んじゃ、イキってたギルマス処刑タイムってことで、お前ら武器の構えよーい!」
「よーい!」
さっきの男とはまた別のリーダー格と思われる男が剣を振り上げ、それに同調するように他のプレイヤーたちも武器を振り上げる。
モルガンは後ずさろうとするが、足に受けた矢が麻痺効果のあるものだったのか、アバターを動かせなかった。
その光景を見た瞬間、俺はもう既にスキルの詠唱を済ませてから思い切り剣を振りかぶった。
「や、やめ――!」
「ロンゴッ! ミニアドォォォッ!」
「恨熱斬ッ! 死いいいねえええええッ!」
俺とアルトリアはほぼ同時に動き、モルガンに向けて武器を振り上げたプレイヤーを薙ぎ払った。
聖槍の光と恨みの黒炎が十人余りのプレイヤーをまとめて消し飛ばし、玉座の間にはもう4人のプレイヤーしか残らなかった。
「すまない、ブレイブくん……! 僕が奴らを止めきれなかっただけに」
「いや、十人以上相手にしてて死んでない時点で感謝してる、むしろ俺こそ悪い」
元々どうやるつもりだったかは知らないが、行動に移した時点で俺はコイツ等に凄いイラついた。
だから、今のがモルガンを自滅させるチャンスだったとしてもこれにノれるわけがねえ。
こんなのに同調したら、漢でもなんでもねえ、ただのクソ野郎だ。
「あ、あぁぁぁぁ……!」
「……姉よ」
モルガンは顔を歪め、涙を流し、その場に崩れ落ちて嗚咽を漏らし始めた。
アルトリアはそんなモルガンに対して、とても哀れなものを見る目を向けている。
……モルガンの境遇は知らないが、確かにこれは俺だって哀れだとは思う。
王の騎士団の倍の戦力を誇り、末端のプレイヤーまでもがレベル60を超える大規模なギルド。
対王の騎士団のために集まったはずのプレイヤーなのに、ふざけた理由でそれを台無しにされた。
もしもあいつらが裏切らなかったら、納得のいく形でないにしろモルガンは勝利していたハズだろう。
だのに、全てが台無しになったのだ。
「ッ……! ぁ、あああああ……! うわぁぁぁぁぁっ! ふざけるな! ふざけるな! 嗤うなァァァーッ! お前たちはいつもどうしてこんな残酷なことが出来る! 私が努力し、積み上げ、前へ前へと進み続けた全てを平気で壊し、嗤う! 私がたった一度だけでも叶えたかった『認められる』と願いさえ! 踏みにじって嗤う! どうして、どうして私を見下し、馬鹿にした目で私を見る! その哀れなものを見る目を向けられる! その目をやめろ! その目で私を見るな! もう、お前たちから向けられる哀れみの目は嫌だ!」
モルガンはひとしきり叫んだと思うと、立ち上がろうとしてスッコケた。
まだスタンさせられた影響が残っているんだろうが、俺はそれがスタンのせいだとは思わなかった。
まるで、何もかもがモルガンの成功を否定するかのように、モルガンが立たせて貰えないみたいだった。
「お前たちさえ生まれなければ……! お前たちさえいなければ! 私は父の望んだ生を送り、認められていた筈なんだ! なのに! お前たちは私が得るはずだった名誉を手にし、何も持たぬ私の前でその笑みを振りまいた! 私はずっと心を殺し続け、常に最善の結果を得るために努力し、苦難を乗り越えるために歯を食いしばったのに! 成功のために、誰かに認められるために、ただただ頑張って来たのに、なのに――!」
モルガンが演説のように喋っている所で、アルトリアは腰を下ろし、モルガンの口に人差し指を当てた。
うるさい子供を黙らせる大人のように、しかし優しさと愛情を持って、優しく、優しく語り掛けた。
「それ以上口を開かないでください、我が姉よ。私の中のあなたという女性が廃ります」
「っ……は……?」
モルガンは自分が予想していた答えとは別の答えが返って来たからか、急にハトが豆鉄砲を食らったような面をした。
……勿論、俺もアルトリアがそんな言葉を言うとは思っていなかったので少しばかり驚いた。
いや、俺はアルトリアのことをよく知らないから、そんな風な言葉が出てくるのに意外も何もないんだけど。
「私は知っています。貴女は学生時代、運動会及び体育祭シーズンでは悪天候に見舞われることが多かった。
しかし、貴女は決して『天気が悪いから』と割り切らずに、家で休日でも自己練習をしていたことを。
文化祭のシーズンでも、誰よりも遅い時間まで残って出し物の制作を続け、それでいながら成績を落とさぬために勉強を頑張っていたことを。
貴女は受験シーズンで他のことに手を回す余裕がなかったのにも関わらず、小さかった私や兄のために、仕事で多忙な父や疲れた母の代わりに微笑みかけながら、ミルクを飲ませてくれたり、離乳食を食べさせてくれたことを。
受験に失敗しようとも、めげずに次の機会へと手を伸ばし、決して折れることがなかったことを。
誰かに嗤われようとも、貴女はただひたすらに前へ前へと進み、私たちに素晴らしい生き方を背中で語ってくれた。
本来なら忌み子と揶揄されてもおかしくはなかったハズの子を、立派な一人の高校生へと育て上げたことを。
不採用の烙印を押され続けても、目にクマを作っても、諦めずに会社の求人へと足を運び続けたその行動力を。
そして、このSBOに来てからも、来る前からも、貴女がただひたすらに努力を重ねていた姿を。
兄も、私も、そうやって努力をすることが出来る貴女に憧れたからこそ、今の栄誉があるんです。
全部、貴女がいたから、私たちの成功は成し遂げられたんです。だから、ほら、泣かないで。お姉ちゃん」
アルトリアは演説のようにそうやって述べると、自分も涙を流しながらモルガンを抱きしめた。
深い家族の絆が結ばれ、輝きを放っているようにも見えた光景に、俺は思わず涙を流していた。
この三人のことなんて全然知らないし、普段の俺が聞いたらなんとも思わないだろう。
でも、今の俺はちょっぴりセンチな気分になっていたからか、涙を流してその場をただただ見守っていた。
「ううっ……うわぁぁぁぁぁ……! ごめんなさい……! 貴方たちに背を向けて、自分から心を閉ざして、何も聞こうともしなかった……! 馬鹿なお姉ちゃんで、ごめんなさい……!」
「……大丈夫だ、姉さん。きっとまだやり直せる、まだ人生は折り返し地点にすら来てないんだ。
だから、僕たち三人……いや、家族全員で笑って過ごせる日々に辿り着こう……!」
アーサーも涙を流しながら、アルトリアとモルガンの二人を一気に抱きしめた。
……お邪魔虫の俺が、いつまでもここに突っ立っているわけにはいかないよな。
「それに、まだやることがあるもんな……」
俺は泣きながらも、小さな小さな声でそう呟いて、魔女騎士団ギルドホームの玉座の間を出た。
アーサーにも、アルトリアにも、モルガンにもさせるつもりはないことを、俺がやる。
あの三人には家族としての一時を過ごして欲しいからこそ、俺は一つ、やることを決めた。
「家族水入らずの場だ……それを邪魔してでも、アーサーたちを倒したいってんならまずは俺が相手になってやる。
残りの命を全部削るつもりで、お前らを全員ぶった斬ってやる……! さぁ、死にてえ奴からかかってこい!」
玉座の間に戻ってきたプレイヤーたちを前にして、俺は剣を抜いて構える。
ここが、俺の最大の頑張りどころってやつだ。
プレイヤーネーム:モルガン
レベル:80
種族:人間
ステータス
STR:123(+180) AGI:120(+180) DEX:0(+100) VIT:25(+430) INT:0(+200) MND:25(+430)
使用武器:魔竜剣・ドラゴカリバー、魔竜槍・ドラゴミニアド
使用防具:真・漆黒の冠 真・悪魔の外套 真・血染めドレス 真・デビルニーソ 真・魔女の手袋 真・魔領靴 真・王の十字架




