第百七十九話:全員たたっ斬る
『ランコくんとユリカくんが撃破された 至急、奪取された拠点にNと共に向かってくれ』
一通のメッセージ、アーサーからの指示だった。
俺はそれを見てから、ほんの数十秒程固まった。
だが、そうやって固まっていても周りも一緒に止まってくれるわけじゃない。
だから俺は戦場から背を向けて、ランコを向かわせた拠点の方へ歩を進める。
「ブレイブさん? そっち、さっきランコが向かった場所じゃ――」
「悪い、リン。あと任せた」
「え、えぇ、ちょちょっ!」
俺は視界の端に出ているパーティメンバーのHPバーを見て、改めてランコが倒されたことを知る。
ランコとユリカは同じ拠点で戦闘をしていたハズ……となれば、相手は相当な猛者って事になる。
「あぁ、最初から俺が行っていればよかったか」
早く助けたい、一人でも犠牲が増える前にその拠点を助けられればいい。
そう思ってランコを先行させたせいで、ランコもユリカも撃破された。
俺が一人で行っていれば、きっと拠点も守り通せた可能性だってある。
「つくづく、判断を間違えることに関しては変わらねえな」
俺はやや悲観的になりつつも、自分の指示を悔やみながら走っていた。
リンたちの方にはゴブリンキングを数体残して来たから、しばらく防衛は大丈夫のはずだ。
それよりも、今拠点から出て戦闘しているプレイヤーたちの方が結構心配になってきた。
魔女騎士団は数でも質でも俺たちを上回っているような恐ろしい集団だ。
だから、王の騎士団のプレイヤーだったとしても相手によっては簡単に倒されてしまうことだってある。
あぁ、俺が真の魔王やアルゴーノートに協力を取り付けられるような奴だったら、と嘆く。
「よし! 見つけたぞ! 目標、集う勇者のブレイブ・ワン! かかれ!」
「おーっ!」
魔女騎士団のエンブレムをつけた制服のような物を身に纏うプレイヤーが4人、俺を追いかけて来た。
カイトから見せて貰った元・蒼月夜空のプレイヤーたちのアバターと一致しているし、恐らく蒼月夜空から流れ込んだ奴らだろう。
元々はカイトに助けて貰ったくせに、カイトを裏切ってレアアイテム目当てにギルドから逃げた奴ら。
カイトはまだ何も返して貰っていない、そんな奴らがのうのうと魔女騎士団にくっついてやがる。
「あぁ……イライラする」
「一番槍は貰ったァ!」
「うるせえ」
文字通り槍を持って突っ込んでくるプレイヤーの頭を剣で一突きにしてHPを全損させる。
装備はともかく、動きは遅いし大したことのない奴らだと言うのがわかる。
だから、俺はこんな奴らの相手をしてる暇がないとすぐに結論付けて、小鬼召喚を発動させる。
「チッ……無駄なSPだよ、ホントに」
俺はSPポーションを飲んでから走り出し、拠点に向かう足を速める。
アーサーの指示ではNさんも拠点に向かっているそうだし、少しでも急がないと。
拠点にいるソイツがどれだけの強さかは知らないが、Nさんでも勝てないくらい強いかもしれない。
ともなれば、俺は少しでも急ぎたかった。
「はぁ、はぁ……っ、ここか」
最短ルートを走って行ったつもりだが、障害物やら木々やらのせいで結構時間を食ってしまった。
ランコの天空歩やユリカの飛翔みたいに空中を移動できれば、早く辿り着けたと言うのに。
こんな障害物まみれのルートじゃ騎乗魔法の狼を使っても全然つかなかっただろう。
俺は入り口前に陣取っているのを気取られないように壁に張り付こう、としていると。
「ブレイブか、速かったな」
「Nさん。まさかそこで待機してたんですか?」
「あぁ。相手が相手故な……私が単騎で突撃しても、持っていける首は最大で六つだ」
「六つ……ね」
そーっと中を見てみると、拠点は七人のプレイヤーに占拠されており、その中の六人は確かにあまり強そうじゃあなかった。
装備は至って陳腐なものだし、着ている装備も魔女騎士団のエンブレムが施されて統一されたような柄のものだった。
そういや、最初に拠点に攻め込んできた奴らもあんな感じの制服着てたよなぁ……と、俺は思い出す。
「あの、真ん中にいる奴って幹部かなんかなんですかね」
黒い槍を左手に持ち、白い髪のポニーテール……美形のアバターだし、体つきは割としっかりしてる。
服装は黒と薄めの青緑を基調としたバトルドレス、ソレを見て感じたのは王の騎士団のトップレベルのプレイヤーと同じような気配。
いかにも強いと思わせる程の気。
「……いや、あれはギルドマスターのモルガンだ。過去に一度見た」
「マジすか」
まさか、ギルドマスターが直々に攻め込んでくるなんて俺は思っていなかった。
ランコやユリカが倒されたのだって、てっきり敵が二人で来たからだと思っていた。
だが、拠点の中を見るにランコたちを倒せそうなのはモルガンだけしか見当たらない。
となれば、モルガンがたった一人であの二人を蹴散らしたと言うのか。
「三つ数えたら突撃するぞ、ブレイブ。お前は入ったら小鬼召喚を使え。最大の奴をな」
「わかりました、俺はNさんのサポートに回ります」
誰かのサポートをするのは俺のステータスじゃ難しいが、出来ないわけじゃあない。
第一、Nさんはほんのちょっと前にモルガンに負けているんだ。
だから、雪辱を果たす機会の一つや二つをくれてやってもいいじゃあないか。
「行くぞ。三……」
俺は小鬼召喚の詠唱をしながら、Nさんのカウントダウンをゆっくりと聞く。
「二、一……!」
Nさんのカウントと共に俺の小鬼召喚の詠唱は完了し――
「突撃!」
「応! 小鬼召喚!」
モルガンを囲んで守るようにしているプレイヤーたちが俺たちの声に気付き、一斉に身構える。
俺は飛び込み様に左手で地面を叩き、ゴブリンキングを六体召喚する。
直ぐに腰の雑嚢からSPポーションを取り出して飲み干し、ゆっくりとSPが回復する様を見る。
「さぁて、行け。俺の兵隊たち」
『グルァァァ!』
『ゴォォォ!』
「見たことのないスキルだな……!」
「アレが噂のブレイブ・ワンか! 生で見るの初めてだぞ俺!」
……緊張感ねえなぁ、コイツ等。
なんて思っていると、モルガンが他のプレイヤーを押しのけて俺たちの前まで出て来た。
俺とNさん。どっちか一人ならまだしも、流石に二人がかりなら勝てない道理はないだろう。
「……蒼月夜空のギルドホーム以来だな、モルガンよ」
「あぁ。お前は過日に戦った……N・ウィークか」
「俺を忘れんなよ、魔女。妹とそのダチをやってくれた仕返し、キッチリとしてやるからな」
俺はそう言いながら腰から剣を抜き、剣の腹を撫でる。
こうして対峙していると、アーサー並みの圧をビリビリと感じる。
実力的には本当にアーサーにも迫るものがあるのだとわかる。
「ではかかって来なさい。塵芥のように滅ぼして見せましょう」
「上等だ、今度こそ貴様の頸を斬ってやろう」
Nさんは腰から刀を抜いて構え、俺はそれに合わせて構える。
この二人で一人のプレイヤーと戦うなんて初めてだが、連携の方法はモンスターと同じだ。
Nさんが素早く斬りこんで、彼女に向けられる攻撃は俺が止める、余裕があれば俺も攻撃に参加する。
とてもシンプルで簡単な連携だが、それが一番良いと俺は思っている。
「ブレイブ」
「応」
俺はゆっくりとNさんの前に立ちながら、盾を持つ左手を前に出す。
Nさんには先手を打たせずモルガンの攻撃を止めてから、と目配せする。
いくらモルガンが凄まじいスキルを使えたとしても、俺はそれを止められる自信がある。
それに、そんなスキルがあったとするなら打った直後に一瞬でも隙は晒すはず。
Nさんなら、その隙を突いてでもぶった斬ってくれるハズ!
「ほう……ならば」
「来るかよ」
モルガンは俺の意図を読んだようだが、その上で乗って来るみたいだ。
さて、何のスキルが来るか……蒼月夜空のギルドホームを吹き飛ばしたスキルか。
それとも、そのスキル以上の何かが来るか!
「昇降飛竜!」
「ッ、速えっ……!」
「ッァアアッ!」
「ぐっ、おっ……!」
超高速で詰め寄って来てから地面スレスレまで引きずった剣からの斬り上げ。
正に竜が昇るような衝撃。俺は盾で受け止めていたのにも関わらず浮かされた。
ヤバい、二撃目が来たら止められねえ……!
「ッ! ブレイブ! 上だ!」
「えっ――うおおお!」
Nさんの言葉を聞いて浮いた状態で上を見ると、そこには俺目掛けて降って来る槍があった。
降ってのはそう言う意味かよ――!
「ぐっ、がはっ!」
俺は降って来る槍に向けて盾を構え、背中から地面に叩きつけながらも致命傷を凌いだ。
ダメージは受けたが、モルガンの隙は作ることが出来たハズ!
「モルガァァァァァン!」
「来るがいい!」
「おおおおおッ!」
Nさんは薙ぎ払いを放つが、モルガンは右手の剣による斬り上げでそれを弾く。
俺はその直後に起き上がり、腰を深く落としてからスキルの詠唱をする。
「ゴブリンズ――」
「貴様に用はない。失せよ」
「ごっふぁっ!」
モルガンは俺の盾を貫通出来ずに地面に刺さった槍を素早く抜き、俺が突きを放つ前に槍を薙いだ。
攻撃に入るためにガードががら空きだった俺は薙ぎをモロに受けて転がされる。
クソッ、これじゃNさんを守るどころか足手まといになってるだけじゃねえか!
何のために俺は大悪鬼シリーズを手に入れ、第四回イベントを死に物狂いで優勝したって言うんだ!
「ンのクソ女郎ォォォッ!」
Nさんの刀と自身の剣をギャリンギャリンとぶつけ合うモルガンに、俺は思い切り踏み込む。
一撃二撃で俺がやられると思うなよ!
「ブレイブ……! ッ!」
俺がオーガ・スラッシュの詠唱を済ませているのをNさんは感じ取ったか、一歩下がる。
そのまま深く腰を落とし、居合の構えに入りながらNさんは目を閉じて息を深く吐いた。
「オーガ・スラッシュ!」
「震天ノ太刀!」
俺たちのこの至近距離からの同時攻撃、奴が防ぐとしても止められるのは一つが限度のはず!
なら、仮に俺とNさんのどっちかが止められても、どっちかが斬りこめればそれでいい!
「二人同時なら私を斬れると思ったか?」
「!?」
次の瞬間、驚くべきことが起きた。
「ドラゴ・カリバー、【ドラゴ・ミニアド】」
「なっ、うおおおあああっ!?」
「なんだと……!?」
モルガンは右手の剣からエクスカリバーに似たスキルを、左手の槍からロンゴミニアドに似たスキルを放った。
その同時に放つ剣と槍の一撃が俺たちを弾き飛ばし、俺は無様に地面を三回転して転げ回った。
あぁ、さっきから転げ回ってばかりだし、コイツの想い通りになってると思うと腹が立ってくるぜ!
「クソッ、だったらコイツで! どうだっ!」
「フッ」
俺は剣を両手で握り、刀身に炎を纏わせる。
「カースフレイム・フェニックス・ドライブ!」
「【月下墜龍】」
モルガンは槍を短く持ったと思うと、俺が放った不死鳥を串刺しにし、剣を二回ほど左右に振り払った。
それだけで俺のフェニックス・ドライブは消し飛ばされた。
だが、その一瞬の隙が狙い目! 俺は決して一人で戦っているわけじゃあない!
「【菊一文字】」
「ッ!? 貴様……!」
「フフ……斬れたな、二人なら」
完全に気配を絶っていたNさんの刀がモルガンの右腕を斬り落とした。
腕を斬られて一瞬動揺したモルガンを俺はすぐさま蹴飛ばし、左手に持っている槍を剣で引っ掛けて離させる。
「よし……さぁて、と。お前が一番強いなら、それを斬れば士気は下がるよなぁ」
「あぁ。ならば、今ここで貴様を斬る他あるまいな」
Nさんと俺は自分の持つ剣の腹を撫で、モルガンの眼前に突きつける。
が――
「甘いな。私が無暗にここへ突撃しただけだと思ったか?」
「何……?」
「【アリアドネの糸】」
「あぁーっ!?」
モルガンの左手の小指に赤い糸が巻き付いたと思うと、彼女のアバターはもう消えていた。
アイテムの類だとは思うが……まさかギルド戦争中にそうやってワープするとかありかよ。
俺が離させて落ちていた槍も消えているし、モルガンと一緒にギルドホームへと戻ったのか。
畜生、荒らされるだけ荒らされて逃げ帰られちまった!
「チッ……だがまぁいい、新スキルで奴の意表を突くことは出来た。
ブレイブ、あとはそこの雑兵どもを殲滅するだけだ」
「……そうっすね」
正直、ここでモルガンを倒しておきたかったんだがな……と俺は心の中でボヤく。
だけど、大局的な判断ってのは俺じゃなくアーサーがする仕事だ。
だから俺は余計なことなんて考えずに、ただ目の前にいるプレイヤーを屠るだけだ。
ゴブリンキングたちが連携して六人のプレイヤーと戦っている様を見て、俺はポーションで減ったゲージを回復して、一歩踏み込んだ。
「全員たたっ斬ってやるぜ……!」
プレイヤーネーム:ブレイブ・ワン
レベル:80
種族:人間
ステータス
STR:100(+210) AGI:100(+170) DEX:0(+60) VIT:51(+460) INT:0 MND:50(+250)
使用武器:大悪鬼の剣、大悪鬼の小盾
使用防具:大悪鬼のハチガネ、大悪鬼の衣、大悪鬼の鎧、大悪鬼の籠手、大悪鬼の腰当、大悪鬼の靴、大悪鬼の骨指輪