第百七十八話:魔女・モルガンの実力
「まったく……せめてもう一人いればなぁ」
「負け惜しみ? 聞く気はないけど」
「いや? ただの愚痴だよ。それに、まだ俺が負けたわけじゃないからね」
時雨はチン、と刀を腰の鞘に納めたと思うと居合の構えを取る。
私は大技の可能性を考慮して、槍を抜いてから大風車の詠唱を始めておく。
イディオクロノスとかでも防げるには防げるだろうけど、スキル次第じゃ空振りしかねないからね。
「ユリカ」
「うん、わかってる」
ユリカはユリカで二刀流スキルを詠唱していて、私と同じく防御の姿勢だ。
一度攻撃を止めてから、反撃を連続で放った方が多対一の戦いは有利に進みやすい。
ので、私とユリカは完全防御に移る。
「行くぜ……! 【地走り火炎】!」
「大風車!」
「【流・二刀】!」
居合かと思えば、地面スレスレから炎を纏った刀が弧を描くように斬り上げられた。
炎部分は私の槍での大風車が防ぎ、刀による攻撃はユリカが二刀の剣によって受け流してくれた!
「よし、行くよユリカ!」
「応!」
私たちは間髪入れずに踏み込み、大技を放って隙のある時雨に向けてスキルを発動させる。
槍の穂先と、剣の刀身にライトエフェクトを纏わせての全力攻撃!
「フッ――んぬっ! 甘い!」
「ッ!」
時雨は大技を放った状態からでも無理矢理アバターを動かして、私が槍を握っている左腕を斬り落として来た。
でも、左腕だけで済んだのは行幸……ユリカがいてくれたからそう思える!
「ライトニング・フィニッシュ!」
「ぐあぁっ!」
片手だから威力は落ちるけれども、時雨の腹を全力で思いっ切り貫いてやった。
その上で、私は時雨の足に自分の足を絡めるように引っ掛けて身動きを封じる!
「んっ、ぐりゃぁっ!」
「このっ、離れろ!」
そのまま無理矢理拠点の壁に押し込んで、刀も上手く動かせないようにと組み付く。
時雨は私を引き剥がそうと空いた手で頭を掴んで押してくるけれど、私は剣を握る右手を離して時雨の腰に回す。
是が非でも離れない……! 拠点で戦う以上こっちに優位はあるけれど、この人はそれをひっくり返せる何かがある。
だから、今ここで全力を持って倒す!
「ユリカァァァッ! 今だよ!」
「まさか、お前っ……味方ごと――!?」
「残念、ちょっと違う!」
ユリカは剥き出しになっている時雨の刀に着目し、剣をクロスさせて踏み込んだ。
戦争において一回の死は大きい、だから味方ごと貫くと言うのは戦力の等価交換に他ならない。
相手は魔女騎士団の幹部である以上、私が貫かれても確かに問題はないのだろう。
けれど、やっぱり得が出来るのなら出来るだけ得はしておきたいのがゲームプレイヤーの性だ!
「【デュアル・ウェポンブレイク】!」
「しまっ」
た、という音は刀が折れるバギィンと言うサウンドエフェクトにかき消された。
SBOの武器の耐久値、それは数値が同じだったとしても壊れやすさと壊れにくさは違う。
刀のような刀剣類は横からの攻撃を受けると耐久値が大きく減るという性質を持つ。
故に、ユリカの放ったスキルは左右から二本の剣での同時攻撃。
だから時雨の持っていた刀は半ばから折れたのだ。
「行くよ、ユリカ! 私のタイミングに合わせて!」
「OKランコ!」
私は丸腰になった時雨のお腹から剣を抜くついでに蹴っ飛ばし、バック転してユリカと並ぶ。
「せーの!」
私たち二人は声を揃え、スキルの詠唱を済ませて構えを取る!
「クソッ、ごめんモルガン様……キルカウント全然稼げてなかったよ、私。あぁ、全く……君たちは連係プレイがお上手ですね」
「流星剣!」
「パラディン・ストライク!」
私の流星剣が、ユリカのパラディン・ストライクを装飾するように放たれる。
時雨は無抵抗のまま私たちの連携スキルを受け、お腹に大穴を開けてからHPを全損し、アバターを砕け散らせる。
一人じゃ勝てたかわからなかったけど、ユリカがいてこその勝利だった。
「いえーいっ!」
「いえーいっ」
私とユリカはハイタッチしてから剣を鞘に納め、私は落ちていた腕にポーションをかけてどうにかくっつける。
減ったHPも回復させて、その上でムーンくんたちの方を見ると……時雨の連れてきたプレイヤーたちは時雨が倒されたことで動転していたり、士気が落ち始めている。
既に互角だったムーンくんたち相手にそれは命取りで、隙が生じ始めている。
もう手を出すこともないだろうと、私たちは一緒にメニューを開いてチャットを選択し、元の拠点のリーダーに報告する。
『おう、ランコか。どうだった? 俺んとこは今んとこ特に問題はねえぜ』
「既に三人やられてたけど、集う勇者組は平気。敵は倒せたし、幹部の1人もやって来たけどユリカと一緒に倒せたよ」
『そいつはいい知らせだ、よくやったな、ランコ。最高の活躍だぜ』
「うん、じゃあそっち戻るよ」
『いやいい、こっちは既に数が足りてるし、そっちはユリカと一緒に倒された奴らが戻るまで防衛を頼む』
「おっけ、じゃあ切るよ」
戻る必要がないとなれば、天空歩を使うこともないかと思って私はユリカの方を見る。
彼女も彼女で、ここの防衛を引き続きしてくれと頼まれたらしく、私たちは結局ここに居残ることになった。
既に残っている敵プレイヤーも虫の息だし、ここはマッスルにやられて鬱憤の溜まっていたスターちゃんたちに譲ることにしよう。
ムーンくんが主な攻撃から皆を守り、シェリアさんが隙を見つけて撃ち、鈴音さんがスピードタイプのアタッカーを止め、スターちゃんが皆のカバー。
良い陣形が組めているので、魔女騎士団のプレイヤーたちもじわりじわりと追い詰められているというわけだ。
「さてと、私たちは新しい敵プレイヤーの方に備えよっか」
「そうだね、まだまだ始まったばかりだし、気は抜いていられないよね」
私とユリカはそう話してから武器を構え、拠点入り口から攻めて来るであろう敵を警戒していた。
誰が来ようと、私たちが二人がかりで挑めば拠点にいると言うアドバンテージもあって負けない。
そう、思っていた。
「んー……中々来ないね」
「まぁ、あちこちの拠点とか、拠点の外でも戦いは起きてるんだし仕方ないよ」
「じゃあ、私たちで戦線を押し上げるってのはどう?」
「おすすめ出来ないかなぁ、足並み揃えないで突出すると囲まれてボコ殴りにされたりするし」
RWOでの戦争経験があるユリカの言葉ともなれば、私はうんうんと頷く他なかった。
ユリカは成功ではなく失敗を積み重ねて来たこともある。
失敗談と言うのは成功談よりも人の心を突き動かし、共感させやすい物だ。
「んじゃ、しばらく敵を待つのが――ッ! ユリカ危ない!」
「え――きゃっ!」
何の気になく、空を見上げた時だった。
高速で飛来する何かが私たちの頭上に落ちてくるのが見えたから、私は咄嗟にユリカを突き飛ばした。
そして、その直後。私のアバターの頭部をドス黒い何かが貫き、私のHPは全損した。
――――
何が起きたのか、私――ユリカには全くわからなかった。
空を見上げたランコが急に叫んで私を突き飛ばしたと思うと、ランコは死んでいた。
HPを全損し、頭部だけがなくなったアバターはポリゴン片となって砕け散った。
「あ、あぁ……あああああ……」
嘘だ。いくら奇襲とは言えど、ランコを一撃で殺すなんてありえない。
ランコが咄嗟とは言えど、防御すら間に合わせることが出来なかったようなスキルなんてあるのか。
「おや、王の騎士団にいた剣士ですか」
「ッ、お前は……!」
ランコを撃ち抜いたであろうプレイヤー……その女はランコを貫いた物を地面から引き抜いた。
……その形状は豪華な装飾の施された槍だけど、凄く禍々しい黒さと圧力のような物を放っていた。
「ごきげんよう。私の名前はモルガン。魔女騎士団のギルドマスター、魔女モルガンだ」
「へぇ……ギルドメンバーの趣味が悪いと思ったら、当の本人のファッションセンスはいいんだ」
黒を基調としたバトルドレスを身に着け、左腰には剣を帯びていて、左手には槍が握られている。
……恐らく、戦闘スタイルはランコと同じようなもののはず。
だったら、戦い方は既に私の頭の中に入っているし、負ける要素はない。
「覚悟しなよ、絶対にアンタを倒すから」
「よろしい。ではかかって来なさい」
魔女騎士団のモルガン! どれだけ強いかは既に情報として聞いてはいる。
伝説級武器である蒼月夜空の所持者を従え、N・ウィークさんすら退けた猛者。
だがそれがなんだ! それがどうした! 私が志した英雄という存在が! そんなことくらいで退いてなるものか!
「せあぁっ!」
「フッ」
私は全速力で踏み込み、右手の剣で最高速度の一撃を繰り出す。
モルガンは槍を水平にしてそれを止め、余裕の笑みを浮かべる。
だけど私は二刀流、剣が二本あるのだから手数だって二倍なんだ。
直ぐに左手の剣を横から繰り出す。
「おや、その程度ですか?」
「舐めん、なぁっ!」
モルガンは槍を斜めにして二本の剣の攻撃を完璧に止めて来た。
けれど、私の攻撃手段は剣だけじゃあないんだから。
私は飛翔を発動させながら、右手の剣の方に力を込めて自分のアバターを持ち上げて、モルガンのお腹に蹴りを入れる。
「っと」
「ハァッ!」
蹴りを受けてグラついた瞬間! 見逃してはならない隙!
私はすぐに空いた左手の剣で突きを放つ。
「ッ……なるほど、よく出来た動作です。私でなければダメージを負っていました」
「マジか……!」
しかし、モルガンは紙一重で私の突きを躱していたのだった。
「今度は、こちらの番。覚悟しなさい」
「チッ!」
私はこれ以上追撃しようとしても強引に弾かれると知っているので、後方へ飛び、着地する。
槍と剣を組み合わせている以上、どんな攻撃手段を取るかはわからない。
けれど、中距離技にしろ近距離技にしろ、私の流・二刀なら大概のものは防げる!
「では、私の技の一端をお見せしましょう」
「来るなら来い……!」
剣をクロスさせて待ち構え、私は流を発動させようと――
「【昇降飛竜】!」
「――速ッ……! ぐっ!」
モルガンは離れた距離から高速で詰め寄ったと思うと、両手で剣を握ったモルガンによる地面スレスレからの斬り上げが私を襲った。
時雨も同じような剣の技を見せたけれど、モルガンの攻撃はそれよりも重かった。
流が間に合わなかったせいで、まともに受けて私はガードの上からアバターを浮かされてしまった。
「でも、私にはまだ――がはっ!」
飛翔がある。だから浮かされた所で大した隙を晒すわけじゃないと、そう思っていた。
私の胸からはモルガンの持っていた槍の穂先が生えていて、私のHPを八割以上削り取っていた。
胸部も心臓、確かに大ダメージにはなり得るからわかるけれど、問題は威力じゃない。
何故、刺さったのかだ。
「ふふ、初見ならば誰もが引っかかる」
「ッ……!さっき、投げたのか……!」
モルガンがさっき私に放った昇降飛竜と言うスキルは、先に槍を投げるスキルなのだろう。
高速で両手持ちした剣を全力で斬り上げて浮かせたところを、予め投げていた槍で敵プレイヤーをノーガードの所で貫く。
シンプルながらも本当によくできているスキルだった。
「ふむ……元・王の騎士団と言えど、この程度ですか」
「は、ははっ……私程度を倒したくらいで図に乗らないでよ。私より強いプレイヤーなんて腐るほどいるんだから! アンタなんか! アルトリアさんが、アーサーさんが……! ブレイブ・ワンが! アンタなんか、絶対に倒すんだから!」
「ほう。ならば、私はその尽くを蹂躙して差し上げましょう」
槍に貫かれて這う私を見下ろしながら、モルガンは剣を振るった。
……ごめん、ランコ。君がくれたチャンスを、無駄にしてしまった。
私が強くなかったせいで、拠点を奪われちゃった……。
――――
「伝令!集う勇者のランコ、ユリカの両名がC地点での拠点にて敵ギルドマスター、モルガンによって撃破されました!
同時にそこの防衛に当たっていたプレイヤーらも撃破され、拠点を奪われてしまいました!」
「っ、そうか……まさか、自ら動き出すとはね、モルガン」
僕――アーサーは、想定外の事態に頭を抱えながらも玉座から動くつもりはなかった。
戦況を全て把握するために足の速い伝令兵を用意し、加えて詳細な指示出しを各パーティのリーダーに出している。
本音を言えばエクスカリバーを抜いて暴れ出したいけれど、此度の戦ではそうもいかない。
全く……本当に僕たちを研究してきた相手だと言うことがよくわかる。
『兄よ、どうする? 私が単騎でモルガンめを討ち取って見せようか』
「いや、やめてくれアルトリア。君にまで死なれたら連合軍は確実に敗北する。
モルガンを退かせるだけなら君ではなく最適なコマがいる」
通話中のアルトリアにそう言いながら、僕はホロキーボードをタイプする。
モルガンが単騎で突撃して来た時のための考えがないわけじゃなかったが、実力に関しては想定外だ。
ユリカくんやランコくんが一蹴されるとなると、こちらもこちらで通用するかは怪しい。
それ故、多少拠点の防衛が厳しくなるのを気にせずに僕は戦力を惜しみなく投入することにした。
勝つためには、全体が苦しくなったとしても尤も大きな障害を退けさせなければならない。
「頼んだよ、ブレイブ・ワン。そしてN・ウィーク」
伝説級武器、蒼月夜空を巡った争いに敗北した彼等ならば、必ず動く。
何故なら彼等はとても負けず嫌いであり、交わした約束を違えぬように努力できる人間だと、僕が知っているからだ。
モルガンが奪い取った拠点には魔女騎士団のプレイヤーたちが押し寄せ、モルガンを含んで7人が拠点に集った。
だが、その数の差など彼等には関係のないような物だろう。
「君」
「はっ、はい!」
「朧之剣メンバーの幹部をこの地点に集めてくれ、Nとブレイブくんの穴埋めをさせるつもりで」
「畏まりました!」
伝令兵にそう告げてから、僕は玉座に背中を預け――少しだけ息を吐く。
本当に慣れないことだ。いつものような電撃戦が出来れば、王の騎士団のペースに持ち込めるのだが。
数でも兵の質でも勝っていないところがある以上、どうともならないものか。
「まったく……カオス以上に面倒だね、魔女騎士団。余程僕に恨みでもあったのかな」
曹魏の国のプレイヤーたちが新しいアカウントでも作ったのかな――と、思い、僕はまた姿勢を正す。
今はこのデスクワーク染みた物を受け入れ、どうにかこうにかと頑張ってみようじゃあないか。
プレイヤーネーム:モルガン
レベル:80
種族:人間
ステータス
STR:123(+180) AGI:120(+180) DEX:0(+100) VIT:25(+430) INT:0(+200) MND:25(+430)
使用武器:魔竜剣・ドラゴカリバー、魔竜槍・ドラゴミニアド
使用防具:真・漆黒の冠 真・悪魔の外套 真・血染めドレス 真・デビルニーソ 真・魔女の手袋 真・魔領靴 真・王の十字架




