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第百七十六話:筋肉マックスパワー

「ッ、こっのぉぉぉ!」


「ウッハッハァ! 無駄無駄ァ!」


「ぶげぇっ!」


 丸太のような足から放たれるハイキックが僕の顔面を襲い、僕はゴム毬のように吹っ飛んだ。

 なんで、こんな理不尽なまでに力強くて速くて硬いような化け物と戦うハメになったんだ――

 と、僕ことムーン・リバーは思い返した。開戦から今まで何があったのかを。




「皆さん、ガンガン撃ってください! 射撃組はなんとしてでも僕が守りますから!」


「へぇ~。私のことは守ってくれないのか~?」


「ごめんなさい! 僕はスターさん第一です! はい!」


 僕、スターさん、シェリアさん、鈴音さんと、朧之剣から来てくれた【ゼロイチ】さん、【サベル】さん、【レヴィーシェ】さん。

 この七人の混成パーティは出入口がたった一つしかない拠点で陣形を組んで、開戦直後の射撃と防御を整えていた。

 唯一の盾持ちである僕が先頭で盾を構えて、盾を展開するスキルを使ってから射撃に徹するシェリアさんたちを守る。

 レヴィーシェさんとゼロイチさんとシェリアさんは早速弓を構えて、からスキルを使っての射撃に入った。

 ……うん、そこまでは良かったし、僕らは何も間違えていなかったと思う。


「ふぅ……やっと射撃が止んだかぁ、おっかないな」


 レヴィーシェさん、ゼロイチさん、シェリアさんの一斉射撃が始まり、僕も盾で十分に敵の矢や魔法を受け止められた。

 防御の隙間を抜けて来たような物は体を張って止めたし、僕が間に合わなかったような物はサベルさんが斬ってくれた。

 減ったHPだって、スターさんがすぐに鞭のスキルで僕を回復してくれたし、順調に事は運んでいるのだと思っていた。


「って言うか、何でスターは魔法撃ってないのよ。格闘戦しか出来ないあたしとは違うでしょ」


「やー、私が覚えてる奴はこの距離じゃ牽制にもならないと思うんで。あと、コレの回復も兼ねてるから」


 スターさんがぶーぶーと文句を言う鈴音さんをあしらいながらも、詠唱を終えた杖を保持しているのを僕は知っている。

 多分、接近してきた敵がいたら中距離で仕留めるんだろう……なんて思って余所見をしていたら。


「ちょ、おい前!」


「へ」


 珍しくもスターさんの焦った声が聞こえたと思ったら、次の瞬間僕の視界はブレた。


「戦場で余所見は命取りだぜ! 坊主ゥ!」


「ほがぁっ!?」


 頭にガクンとした衝撃を感じて、僕はきりもみ回転して吹っ飛んで行った。

 いったい何が起きたんだ、と知覚するまでにゼロイチさんが首を引きちぎられて撃破されていた。

 すぐに他の人を助けないと! 守りは、僕が任されたんだから!


「やめろーっ!」


「ヘッ、スットロいぜぇ!」


「ぶぐっ、ごはっ!」


 僕を殴り飛ばし、ゼロイチさんの首を捥いだその筋骨隆々としていた男。

 ブーメランパンツ一丁なんてふざけた格好のくせに、彼はとても素早くて攻撃力が高かった。

 確かに頭に貰ったとは言えど、たった三発で僕のHPはもう危険域にまで突入していた。


「ムーンッ! ったく、突っ走るなよ! 【ヒーリング・ウィップ】!」


「あ、ありがとうございばず……」


 殴られた影響かちょっと焦点が定まらず、ロレツが綺麗に回ってくれなかった。

 土下座しているような体制で息を整えている最中の僕の尻にスターさんの鞭が打ち込まれ、僕のHPは回復する。

 けれど、そんな僕と彼女を見下ろすこの筋肉モリモリな男は不敵に笑っている。


「よくもゼロイチさんを殺してくれたな……! 覚悟しやがれ、この筋肉ダルマ!」


「おう! アイツの仇は俺らが討つぞ!」


 レヴィーシェさんは斧を抜き、サベルさんは剣を構えてから筋肉の凄い男に斬りかかった。

 けれど、男は動く様子もなく二人の攻撃を素手で受け止めて見せた。


「なっ、なにぃ……!?」


「ふぅん、筋肉が足りねえなぁ、お前らァ!」


「うわぁぁっ!」


 筋肉男はサベルさんの剣を掴んだままサベルさんごと持ち上げたと思うと、思い切り壁に叩きつけた。

 続いて、武器を離そうとしたレヴィーシェさんの腕を掴み、そのまま直線的に引きちぎった。


「うぐっ、このヤロ……おぅわぁっ!」


 腕を千切られたレヴィーシェさんが殴りかかると、筋肉男の頭突きがレヴィーシェさんの頭を砕いた。

 その状態のままシェリアさんの射撃をカチカチの筋肉で弾き、弾いた矢を素手で握り潰した。


「さぁて、これで朧之剣のザコが二匹目……これなら幹部共も大したことねぇなぁ」


「その前に、集う勇者を忘れんなっての!」


「勿論忘れてねえぜぇ? ただ、お前らは眼中にねえだけだがなぁ!」


 筋肉男は殴りかかった鈴音さんを軽くあしらい、突き出された拳を掴んでからすぐに投げ飛ばした。

 鈴音さんは何とか空中で体勢を整えて着地したけれど、筋肉男の猛攻は止まらなかった。


「ヒィィィハァァァ! ブレイズ・キック!」


「ッ! フォース・シールド!」


 僕はハッとなって、皆を守らなきゃとすぐにシールドを展開した。

 けれど、筋肉男の蹴りは僕のシールドを軽く破壊し、蹴りを相殺しようと放ったスターさんの鞭を弾き飛ばした。


「コイツ……! どんな攻撃力だよ!」


「わ、わかりません! なんでこんな硬くて速くて重いんだ……!」


 素早さ、防御力、攻撃力……どれにも秀でている人なんて、僕はギルドマスターのブレイブさんしかしらない。

 皆何かしら伸ばそうとする部分があれば、必ずしも弱点と言うものは生まれてしまうはずなんだ。

 だから、この筋肉男にもそういう弱点があったっておかしくないはずなのに……!


「だったら……! フォース・ファイア・キャノン!」


「ハッ、俺様の筋肉に魔法なんて通じるかよ! 【フリーズ・キック】!」


「うわ……マジか」


 スターさんの魔法も相殺されてしまい、さっきから何度も何度もシェリアさんが放っている弓矢は傷を軽くつける事さえ叶わない。

 鈴音さんも攻めあぐねているし、僕じゃまず攻撃を当てる事さえ出来ない……! 八方塞がりだ!

 それでも、こんな時に一軍の皆なら諦めずに作戦を立てるなりなんなりしたはず……考えろ、考えろムーン・リバー!

 味噌っかすみたいな僕でもやれることはあるはず……そうだ、皆でゆっくりとこの男を囲むようにして……!


「どうしたどうしたぁ? 俺様の筋肉に見惚れたかぁ? 女にはちと刺激が強すぎたかぁ? ふんっ!」


「冗談! あたしが惚れる筋肉はイケメンが夜に薄暗い部屋のベッドの上で見せるの筋肉だよ! そんな露出狂みたいなのに惚れるかっての!」


 鈴音さんは口をへの字に曲げてそう言い、再度拳法の構えを取って筋肉男と対峙する。

 タンカを切ったのはいいけど、鈴音さんでもこの男の相手をするのは厳しい……! だったら、まずは僕が前に出る!


「うおおお!」


「ん? なんだぁ坊主? 遅いくせに声は一丁前だなぁ!」


 僕は盾を持つ左手を構えに出しながら走り出し、振り向きざまに放たれる筋肉男の攻撃を受ける。

 思い切り踏ん張っていたおかげで、どうにか止められた!


「スターさん! 今です!鞭でこの人を止めてください!」


「あぁん?」


 筋肉男は杖を構えているスターさんの方を向き直ってから、目を少し見開いた。

 そこにいるスターさんはただ杖を掲げているだけで、鞭を振る素振りすら見せなかった。

 よし……! この男を中心に、気取られないようにとゆっくりながらもバラバラの位置に移動した甲斐があった! 

 おかげで筋肉男は隙を晒したし、皆は僕の真意に気付いてくれた!


「くらえ! フィフス・スラッシュ!」


「ハァァァッ!」


 サベルさんの上段からの振り下ろしと、腰を深く落とした鈴音さんの発勁が筋肉男に目掛けて放たれる。

 決まった、と僕は思っていた――が。


「【三日月蹴り】!」


「おわっ!」


「いっづっ!」


 筋肉男が三日月を描くように薙ぎ払うような蹴りを放つと、サベルさんも鈴音さんも吹き飛んでしまった。


「まずはお前からだァ!」


「待ッ――ギャァッ!」


 間髪入れずに筋肉男はダンと踏み込んでサベルさんの頭に拳を叩き込み、彼のHPを全損させた。

 シェリアさんの射撃も、スターさんの魔法も、僕の剣も間に合わなかった。


「さぁてぇとぉ……あとは集う勇者だけだなぁ!」


「ッ、このぉぉぉ!」




 ……と、そうだった。この男が暴れ出して、僕らがそれを止められなかっただけって単純明快な話。

 でも、その単純な明快な話が受け入れがたい程のことだから、僕は今こうして息を荒くしていた。

 頼りになる朧之剣プレイヤーが何も出来ずに倒されて、残された僕らはその犠牲に見合う働きが出来ていない。


「へっへっへ……んじゃ、次は誰からやってやろうかなぁん、フフフ」


「くぅぅぅ、やってやる。やってやる! せめて時間稼ぎだけでも!」


「おぉ? 威勢がいいじゃねえかよ。そういう野郎を、俺様の筋肉でひれ伏させるのはよぉ、最高にたまらねえぜ!」


筋肉男はそう言って、歯茎を剥き出しにして笑いながら僕に殴りかかって来た。

僕は必死にそれを盾で受け止め続け、シェリアさんとスターさんを全力で守るのに尽力した。


「オラァッ、オラァッ、オルァァァッ!」


「うがぁぁっ……!」


「ヒーリング・ウィップ!」


「あ、ありがとうございます!」


 僕が殴られまくってHPが削られると、スターさんの鞭でお尻を叩かれてHPが回復する。

 そうして確かに時間は稼げているけれど……祝福された装備ですらこのダメージ。

 この筋肉男、洒落にならないくらい強いぞ……! 多分、アインくんと同じかそれ以上くらいに!


「ハッハッハァ! そんなもんかァ!」


「うぐっ、くっそぉっ……!」


 またもや続く拳の乱打を抑えながら、僕は息が止まりそうになって来る。

 第四回イベントで、ブレイブさんはこれよりも重く鋭いであろう連続攻撃に耐え続けていたのか。

 だと言うのに、僕は今も耐え切れずにどこかへ吹き飛んでしまいそうなほどに辛い。

 情けなさで頭がはち切れそうだ。


「いい加減にしろっての……双竜打ち!」


「せい、やぁっ!」


 僕が膝を尽きそうになっていると、スターさんの双竜打ちとシェリアさんの弓のスキルが筋肉男を襲った。

 筋肉男は矢には目もくれず、鞭の衝撃を拳で相殺していた。


「ハハァ! 無駄無駄! 俺様は女王様から賜った力で攻守共に隙はねえ! この鉄壁の筋肉男、マッスルの肉体美に酔いしれろ! ハハハァ!」


「うわぁ……貰った力でそんな自慢出来るんだぁ」


「羨ましい脳みそしてるわね、インド人もびっくりだわ」


 筋肉男――マッスルがノリノリでポージングしながら言うと、スターさんもシェリアさんも呆れ顔になっていた。

 鈴音さんに至っては何も言わず、ただただ深いため息を吐いて『マジかこの野郎』って顔してる。


「フン、だったら俺の必殺技を受けてみろ! 筋肉マックスパワーを見せてやる!」


「っ、さっきシールドを砕いた時の……!」


 マッスルは足に炎を纏わせ、どっしりとした構えを取って来る。

 僕はシールドにライトエフェクトを纏わせ、同じくどっしりとした構える。

 生半可な防御で貫通されるって言うなら、僕の本気の防御を見せてやる!


「行くぞ! ブレイズ・キックゥッ!」


「ナイト・シールド!」


 マッスルの炎を纏った蹴りと、僕の防御スキルがぶつかり合った。

 直接攻撃を受ける分、僕に入るダメージと衝撃は大きい……! けれど、これなら三人を巻き込ませられない!

 でも、この蹴りはさっき僕のフォース・シールドを砕いた時よりも威力が上がっていた。


「ウッルァァァ!」


「どわぁぁっ!」


 僕の盾は押し切られ、僕は凄まじい衝撃に踏ん張り切れずに吹っ飛んで行った。

 背中からゴム毬みたいに弾んで吹っ飛んで。


「ハッハァ! 貰ったァ!」


「ぐえ――ぼぎゃぁっ!」


 追撃の腹パンチと顔への蹴りが入って、僕は拠点の壁に叩きつけられた。

 もうHPが三割くらいのところまで落ちていて、もう撃破されるのがよくわかった。

 スターさんが回復スキルで僕を叩いて、鈴音さんとシェリアさんが僕にマッスルを近づけさせないようにと攻撃を繰り出してくれている。

 でも、もうダメだ……この男は強い、僕らじゃ勝てない。もっと攻撃力が高い人がいないと、この防御を貫ける人がいないと。


「畜生……ごめんなさい、皆……!」


 僕は悔しさで涙があふれて来た。

 折角祝福装備を手に入れて強くなって、集う勇者一軍と並び立てると思っていた。

 スターさんを守ることにかけて、ハルさんよりも出来るようになってると思っていた。

 でも、僕のレベルはまだ70に上がったばかりで、この男を相手にするには足りなかった。

 どうか、王の騎士団連合軍が勝ってくれますように――

 そう、諦めかけていた時のことだった。


「こりゃ、見てる場合じゃないよね」


「だね……大切な仲間なんだし」


 まさに、勇者が集う瞬間が訪れていた。

プレイヤーネーム:ムーン・リバー

レベル:70

種族:人間


ステータス

STR:80(+105) AGI:80(+85) DEX:0(+50) VIT:59(+120) INT:0 MND:59(+120)


使用武器:光の剣 浄炎の盾

使用防具:明白の兜 解放の鎧 赦しの籠手 幸福の靴 天使の指輪

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