第百七十三話:敗北
「さぁ、行くぜ!」
「……来い!」
俺は地面を思い切り蹴って飛び出し、奴もまた杖を構えて迎撃に入る。
「うおぉッ!」
「……フッ!」
男は俺の攻撃を受ける……と見せかけて、杖で壁の形を変えて外に出やがった。
だが、街の圏内じゃあないからこっちだって壁をブチ抜くことは出来る!
「ゴブリンズ・ペネトレート!」
腰を落として溜めた一撃でガガァン、と凄まじい衝撃音と共に家の壁に大穴が開いた。
俺はそこから外に出て、杖を構えて貴族服なんて着てやがった男と対峙する。
蒼月夜空……杖を持っているって言うことは、奴の構成は本当に魔法使い系で間違いないだろう。
となると、近接戦は不利と悟って多数のスキルや魔法で俺を間合いに入れないつもりだ。
だとすると、俺がやることは一つ……! 一瞬で近づいて、ぶった斬る!
「……っ!」
「逃すかよ!」
男は俺から逃げ出すのを無理と判断してか、杖を地面に突き立てる。
その瞬間、地面から無数の槍の形をした岩が俺の足元から突き出してくる。
当然俺はそれをかわそうとするが、回避先にも同じように槍が生えてくる。
「くっ!?」
流石にこれは全部をかわせるとは思えなかったので、咄嵯に大悪鬼の剣と盾でガードの体勢を取った。
すると、まるで岩の槍が俺を避けるように軌道を曲げた。
「何!?」
「……ほう」
男は驚いた様子だったが、俺の方も驚いた。今のは間違いなく攻撃を防ぐためのスキルだ。
俺は確かに、ファスト系からフィフス系までのシールド技を覚えている。
だが、そんなものを発動した覚えはないし、普段使う流星盾を使った覚えもない。
……もしかして、と思って俺は大悪鬼の盾のステータスを見てみる。
【攻撃誘導】。
攻撃を狙った地点に逸らすスキル。
「土壇場の成長とか……少年漫画かっつーの」
俺は自分の装備が変な所で成長したことに嬉しく思いつつも呆れた。
蒼月夜空に対して『ヤベー武器』なんて認識してたが、俺も大概ヤバい部類みたいだ。
「面白い!」
俺は思わず笑い声を上げてしまうほど楽しい気分になりつつ、再び向かっていった。
――――――
ブレイブが本物の蒼月夜空ノ杖を持っている男と対峙している時。
私、N・ウィークは亡霊のような格好の男と激闘を繰り広げていた。
「はあああっ!」
「フンッ!」
私の刀は奴の持つ杖に受け止められてしまい、力では押し勝てない。
しかし、奴のスピードは普段の私と同レベルかそれ以上の物だとわかる。
超加速などのバフを使ったところで、奴も同じバフで対応して来るだろう。
「ぐぬぅ……」
「どうした、口だけか」
私は少し弱ったな、という気持ちになりつつも久しぶりの強敵との戦いに胸が躍っていた。
現実世界では大人だろうと相手としては不足しているものだった。
このSBOでなら現実よりも私は弱くなっている、だがそれ故に互角以上に戦る相手が沢山いてとても嬉しい。
「ふむ、しかし踏み込みの速度や剣戟の威力は馬鹿に出来んな。
彼奴が言った通りではあるが……スキルを使われれば、対処に追えんか」
「そうか? 貴様こそ、魔法を使わずとも十分な強さではないか」
「……そうでもない、私はまだ本気ではないのだからな」
男はそう言って、杖を持つ手とは別の手で懐に手を入れる。
そして取り出したのは……黒い直剣で、禍々しさが感じられる。
あの男……アーサーの持つエクスカリバーを反転させたかのような黒さ。
「我が魔剣、そしてこの杖……いや、もう偽る必要はない。
魔槍と魔剣を携えた私を前に立っていられたものはいない、それ故に教えてやろう。
私が、奴を倒すために強化し続けていたこのスキルを!」
「そうか……ならば私も、この全力の一撃を持ってして決めるとしよう」
本当ならスキルを使わずに剣戟だけで勝敗を決したかったが、そうはいかない。
私の最大最強にして最速の一撃……! 神天ノ太刀を放つ。
そのために私は納刀し、腰を深く落として前かがみの姿勢で居合の構えを取る。
「スーッ……フーッ……!」
「N・ウィーク。それが貴様の全力か……ならば、あの男以外でもこの技を使うのに足るか」
男は槍を地面に刺し、剣を両手で持って大上段に構える。
そして、禍々しいオーラを剣から放出し、ドス黒い波動をこれでもかと出してくる。
「行くぞ――!」
私と男の声は同時に重なり、スキルは同時に放たれた。
「神天ノ太刀!」
「【ドラゴ・カリバー】ァァァッ!」
斬撃を放った瞬間、相手の方からも強力な衝撃波が来る。
おそらくはこの男が今まで使ってきた中でも最大級の攻撃だ。
その証拠に、周囲の地面が大きく抉れ、地面にピシピシとヒビが入る。
「うおおぉっ!」
「はああぁっ!」
気合と共に放った一撃がぶつかり合い、拮抗する。
周囲に衝撃の余波が起こり、まるで地震のように大地が揺れ動く。
負けるものかっ……! まだだ、まだだ、まだまだ……!
私が歯を食いしばりながら耐え続けると、男の方の表情に変化が現れる。
「これが、かのランスロットを破ったスキルか。
我がドラゴ・カリバー相手に拮抗したことは褒めてやる。
だが、もう興ざめだ」
「っ、何?」
男は発動途中のスキルを横薙ぎに振り、蒼月夜空のギルドホームに当て、一軒家を半分以上吹き飛ばした。
そして、私は競り合う物がなくなったままに刀を振り抜いてそこで止まった。
「……随分と破壊衝動にあふれているのだな」
「もう必要のないゴミを処分するのに、形は関係ないだろう?」
「なんだと? 貴様は蒼月夜空のメンバーのはずだろう? ギルドホームを破壊する理由など……!」
「……あぁ、そう言えばギルドエンブレムをそっくりにしていたのだったな」
男は剣を腰に、槍を背中に納めたと思うとメニューを操作した。
すると、奴のHPバーに現れていたギルドエンブレムは蒼月夜空の三日月マークから変わった。
歪んだ笑みを浮かべた魔女が両手に剣と槍を持っている黒と赤のエンブレムになったのだ。
「覚えておけ、集う勇者のN・ウィーク。私は【魔女騎士団】のギルドマスターである【モルガン】。
いずれ、貴様らをまとめ上げている王の騎士団を滅し、アーサーを討つ者だ」
モルガン。そう名乗った男……いや、それは変装している姿に過ぎなかった。
奴は女であり、蒼月夜空のメンバーではなかったのだ。
「あの男は好きにすると良い、私はもう蒼月夜空に興味はない」
「っ……」
私は背中を向けて歩き出すモルガンに向けて思い切り刀を振りたかった。
だが、そんな卑怯な真似をした所で何になる。
ただ勝てなかったという鬱憤でそんな真似をするくらいなら!
「震天ノ太刀」
私はダンと一歩踏み込んでから先ほどとはまた違う超高速の居合を放ち、ブレイブに魔法を撃ちこんでいた男、蒼月夜空の持ち主の首を刎ねた。
「……すまん、ブレイブ、ジェシカ」
首を失った体は倒れこみポリゴン状になって砕けて消えていく。
悔しくて仕方がなかった。
もっと早くこの場に来ていればこんなことにはならなかったかもしれないという後悔が心の中で渦巻いていた。
「家を、守ってやれなかった」
こうして、私はアーサーやカオス以外の者に初めて敗北した。
結局、決闘で無かったが故に蒼月夜空を取り返すことは出来ずに、蒼月夜空のギルドホームだけ壊されてしまった。
「…………はぁ」
あの後、私とブレイブは集う勇者のギルドホームへと帰ってきていた。
すでに他のメンバーたちはログアウトしており、残っているのは私だけだった。
「……」
私は壁に背を預けて座り込み、大きく項垂れた。
敗北感だけが胸の中に残り続け、今にもどうにかなりそうだ。
どうしてこうなったのか、なぜ負けたのか、疑問ばかりが頭に浮かんでくる。
「っ!」
苛立ちに任せて壁を思い切り殴ると、破壊不能オブジェクト特有の反動と衝撃を浴びて少しだけ冷静になれた。
ブレイブは今蒼月夜空のギルドマスターやメンバーを探し出し、事の顛末を話している。
私は結局、モルガンという女に踊らされただけに過ぎなかった。
加えて、あの蒼月夜空を持ち逃げした男の名を知ることすら出来なかった。
「……情けない女だな、私は」
自分の無力さを改めて突きつけられ、乾いた笑いしか出てこない。
「私も、まだまだだな……」
こうやって落ち込んでいる暇があったら少しでも強くなりたい。
だがもうレベルは現状では上限に達しており、限界突破のアップデートが来なければ私はこれ以上成長することはほぼ不可能だろう。
新たなスキルを習得しようにも、私自身欲しいと思っているスキルもない。
どうしたものか、嘆いてから私は縁側に身を投げ出して寝転がった。
……寂しいよ、ブレイブ。
「……ってのが、アンタらがいない間に蒼月夜空のギルドホームで起きたことなんだ」
「そうだったのか……まさか、裏切られていたなんてなぁ」
蒼月夜空のギルドマスター、如何にも人に騙されやすそうな優しい顔をした男――
【カイト】は、蒼月夜空ギルドホーム跡地にて話を聞き終えて大きなため息を吐いた。
「ごめんなさい、私の所為で迷惑をかけてしまって……」
「いや、ジェシカちゃんのせいじゃないさ。悪いのは、僕だよ。
信頼する相手を見誤って、大事な武器もギルドメンバーも持っていかれて、皆で頑張って建てたギルドホームもこのザマだ……はは」
聞けば、蒼月夜空のギルドメンバーと言うのはかつて俺が集う勇者加入の条件として課した試験に落第したプレイヤーたち……
の、中でもメイプルツリーからも弾かれて本当にどうしようかと迷っていた奴らだそうで。
加えて、蒼月夜空は元々強くなれないようなプレイヤーたちを助け合うために作られたギルドらしい。
杖一つの争奪戦のために名前まで変えて、こんな争いに発展したことをカイトは酷く落ち込んでいるようだ。
「だから僕は、せめてギルドマスターとしての責任を取らないといけない」
そう言って彼はメニューを開いて何かを操作し始めた。
しばらく操作を続けていると、彼の手に一本の槍が現れた。
それも持ち手が長いタイプの方じゃなくて、かつてランコが使っていたようなランスだ。
「これは?」
「見ての通り、ランスだ」
「いや、それは見ればわかるよ、うん。誰だってわかるって」
「……本当は、ジェシカちゃんにあげようと思って取っておいた物だったんだけどね。でも、今はそんなことを言っている場合じゃない。
僕は戦うよ。【ダイチ】……今の蒼月夜空を持っている彼と、キッチリと戦うよ。勿論、ブレイブくんの話にもあった魔女騎士団って連中とも。
だって、そうじゃなかったら皆安心できないだろう?それに、ダイチだってちょっとは後悔している部分があるかもしれないからね、やり直しのチャンスは必要さ」
俺はその言葉を聞いて、思わず笑ってしまった。
やっぱり、コイツは凄いお人好しで優しい優しい奴なんだ。
「笑うところかなぁ……」
「ああ、悪い悪い。でも、お前はきっと強い奴だよ」
「え? そ、そうかい……?」
「あぁ、自分以外の誰かのために頑張れる奴ってのは自分が思っている以上の力を出すことが出来るんだ。
俺はそう言う奴を知っているし、多分だけど俺もそう言う類のプレイヤーだと思ってる」
「……君は、不思議だね。VRMMOでそんなこと言うプレイヤーは初めて見たよ」
「そうかよ。じゃあ、ちょっと付き合って貰うぜ」
「あぁ、集う勇者との共同戦線なんてちょっとワクワクしてきたよ」
俺たちはこうして再び集う勇者のギルドホームへと戻った。
そこではNさんが縁側でぐでっと寝ていて、どこか寂しそうな犬のような目をしていた。
……俺がいない間に、一体何があったんだろうか。
「……なんだ、ブレイブ」
Nさんは俺の視線が気になったのか、彼女は少し不貞腐れた子供っぽく言った。
アーサーやカオスに負けた時の彼女もこんな風になったりとかしていたのかなぁ。
それとも、今回が特別悔しかっただけなのかと思い、俺は取り敢えずNさんの頭を撫でる。
「っ、いきなり何をする!?」
「いや、なんか可愛くて、つい。すみません」
「……少し驚いただけだ。続けて、くれ」
「わかりました、なでなで」
そうして彼女の頭を撫でていると、集う勇者のギルドメンバーが続々と集まってきた。
ハル、ユリカ、ランコ、イチカ、アイン、ユージン、鈴音、シェリア、スター・ドロップ、ムーン・リバー。
スターとムーンは装備をフルチェンジしており、前より強くなったのを感じられる。
シェリアと鈴音に変わりこそないが、二人もレベルアップしてきたのはわかる。
……このメンツなら、あのダイチって奴が他のギルドメンバーを率いて来ても勝てはするだろう。
問題は、モルガンの魔女騎士団って奴らがどれくらい強いか、だなぁ。
「はぁ……アイツに頼れたらな」
「あいつ? 誰か助っ人に心当たりがあるのかい?」
「あぁ、王の騎士団のアーサー。アイツらと一緒に参加出来れば勝ち確なんだけどな」
俺はそのあとに『いくら傘下のギルドでもこういうとこに顔出すのはねえだろうけど』と付け加えてからどうしようかと縁側に座ると。
ピコンピコン、というSEと共にメッセージの通知が来ており、誰からなのかと思って開いてみると。
『明日、王の騎士団傘下にあるギルドのマスターたちは王の騎士団ギルドホームで行われる会議に参加すること byアーサー』
……おやぁ?
プレイヤーネーム:N・ウィーク
レベル:80
種族:人間
ステータス
STR:123(+150) AGI:123(+130) DEX:0(+50) VIT:30(+150) INT:0 MND:25(+100)
使用武器:神天刀
使用防具:大悪鬼の羽織・改 神天の面 神天の着物 神天の籠手 大悪鬼の草履・改 大悪鬼の首飾り・改