第百七十一話:蒼月夜空争奪戦
「なるほど、そういうことか……」
「はい。なので、今はこうしてN様がギルドホームに籠り、杖を守ってくださっているのです。
生半可なギルドのプレイヤーではN様に勝つことなど不可能ですし、トップギルドたる王の騎士団や真の魔王は、この杖の争奪には興味がないようですし」
注文したケーキと飲み物を持って来てくれたジェシカがそう言いながら、Nさんの話に補足をした。
ギルド共通ストレージに保存されているアイテムを奪いたければ、ギルド戦争を仕掛ける。
だが、プレイヤー個人のストレージに保存されているアイテムを奪いたければ、プレイヤー自身に決闘を仕掛けた上でアイテムを賭けさせなければならない。
加えて、それを承認させると言うことは仕掛ける側も相当のリスクを背負うってことだ。
だからこそ、そんなとんでもない杖を守っているNさんがいればジェシカたちの蒼月夜空は安心できる――が、それには一つ問題がある。
「俺が言うのもアレだけどよ、仮に、仮にもだよ。Nさんがその杖を持ち逃げする――なんてことは考えていないのか?」
「あぁ、それはここだけの話だが」
Nさんは誰にも見られないようにと、敢えて口頭で言わずにチャットを送って来た。
実は既に杖はギルドマスターの方に返却しているらしく、Nさんは杖を持ってはいないらしい。
しかも、キョーコにこっそりと見た目だけ模した劣化版の杖を作って貰い、その杖を見せることでNさんに注意を向けているんだとかで。
「じゃあ、なんの問題もないんじゃあ」
「いいや、問題は何一つ解決してなどいない。
結局のところ、杖を奪い合う争いはまだ続いているし、何れ大規模なものになりかねん。
それ故、蒼月夜空を狙うことを諦めさせなければ集う勇者にも平穏は訪れん。
……それに、私の持っている偽物の種が割れれば戦乱は加速するだろう」
「まぁ……確かに、それはそうなんでしょうけど、何でそこまでジェシカに肩入れするんですか? 集う勇者に何かメリットのあることってわけじゃあないんですよね?」
「そうだな、だがどうしても私はこの争いには首を突っ込まずにはいられなかった」
「そりゃまた、なんで」
「杖……蒼月夜空を手にするに相応しいプレイヤーを導き出したかったからだ」
「相応しいプレイヤー?」
今その杖を持っているギルドの方の蒼月夜空のメンバーじゃあダメなのか。
Nさんの考えは俺にはわからず、お冷を飲もうとする手を止めてしまった。
「ブレイブ、王の騎士団や真の魔王、朧之剣にもレア装備を持つプレイヤーはいるな」
「まぁ、いますね。アーサーのエクスカリバーとか、カオスの杖とか一点モノでしょうし」
俺の大悪鬼シリーズだって一点モノの装備だし、激レア中の激レアだ。
ある意味では、その蒼月夜空って杖みたいに騒乱を起こしてもおかしくは――
「あ」
「理解できたか?」
「真なる強者ならば、どのような装備やアイテムを持っていても『それを持つに相応しい』と判断されて、誰もがそれを奪おうなどと考えることはない、ってことですよね」
アーサーやカオスの武具を『欲しい』とか『奪いたい』などと抜かすアホはいなかった。
少なくとも、俺が今まで見ていた掲示板などの書き込みには彼らの装備を妬むようなことはなかった。
それを活かしきれるほどのプレイヤースキルがある、それ故だろう。
「その通りだ、ブレイブ。故に私は、この争いに身を投じたい。私の身勝手を許してくれ」
「……ダメですよ」
「……何故だ?」
Nさんがそんな何の身にもならないようなことをしちゃあダメだ。
俺の憧れた彼女は確かに良い人だ、図々しく対価を求めたりとかしない人だ。
だとしても、俺はNさん一人に大変な思いをさせるのは嫌だ。
「俺が、このブレイブ・ワンが! 蒼月夜空争奪戦に参戦するからです。だから、アンタ一人の身勝手にはさせねえ!」
俺はそう言ってから手に持っていたお冷を一気に飲み干した。
「助かる、ブレイブ」
Nさんはそう言って、俺の手をギュッと握って頭を下げてくれた。
そうだ……集う勇者のギルドマスターである俺が、サブマスターのNさんの手を取らねえでどうする。
彼女に少しでも協力して、漢らしい姿を見せつけてやろうじゃあねえか。
「ブレイブ様……ありがとうございます!」
ジェシカは直角九十度に頭を下げ、俺はソレを見てフッと笑う。
第四回イベント以来、相手をするのがモンスターばっかで飽き飽きしていたんだ。
カオスは全然決闘を申し込んでくる様子はないし、ド派手な事をやりたかった。
「いよぅし、そうと決まったら早速ギルドホームに帰ってから、蒼月夜空のギルマスと会談して――」
「……一応、デート中だったんだがな、ブレイブ」
「……すみません」
そうだ、まだ三十分も経っていないはずなのに何で忘れてるんだ俺は。
俺はNさんとのデート中であり、この後は買い物に行く予定だったんだ。
だのに、何でそんなことに首突っ込もうとしているんだ俺は。
「まぁいい。正直買い物は退屈になると思っていたのでな」
「え」
女子って皆買い物好きなんじゃないのか?と思っていただけに、俺はがびーんとショックを受けた。
ま、まぁ……Nさんが乗り気なら最悪デートじゃなくてもいいっちゃいいよな。
彼女も、刀を振る方が性に合ってるみたいだし……うん。
「デート地は戦場、派手なバトルデートと行こうではないか、ブレイブ」
「……そう、っすね」
そう言ってから俺たちは非常に美味なケーキと飲み物に舌鼓を打ちつつ、何をどうするかと軽く話したところで猫喫茶を退店した。
猫喫茶のマスターは蒼月夜空の一員だったようで、集う勇者の協力を得られたからってケーキ代を半額にしてくれた上に飲み物はタダで済んでしまった。
一飯の恩義が出来ちまったが、全力で返してやろうじゃあないか。
「ではジェシカよ、会談のセッティングを頼めるか?」
「あ、はい」
ジェシカはメニューを操作し、チャットを打ち始めたようだ。
蒼月夜空のギルドマスターと連絡を取って、俺たちと会わせてくれる準備だ。
で、場所は蒼月夜空のギルドホームだそうだ。
「さぁ、行くぞ」
「はい」
俺はNさんの言葉に従いながら、胸の高鳴りを抑えきれない。
これから、件の蒼月夜空のギルドマスターと会う。
奴らの持つ杖、もしかすると何か俺と共鳴する部分があるかもしれない。
選定する相手の候補を選べる手伝いになれたら、それは面白そうだな。
それに、杖を奪おうとしてくるって奴らをブッ飛ばせるってのも――
「……楽しみだぜ」
俺はそう呟いて、ジェシカの案内に従って歩くNさんについて行った。
「ここか……」
ジェシカの案内の元、俺たちは蒼月夜空のギルドホームの前へとやってきた。
かなり大きめの一軒家で、二階建てのようだ。庭には色々な木が植えられている。
噴水まであって、もう完全にアニメとかでよく見るような『金持ちの家』で、たくさんの人が住めそうだなぁと思った。
と言っても現在の構成人数は朧之剣のメンバーの半分程度って言うらしいし、住まうプレイヤーは大体20人くらいしかいないんだろうな。
「それでは、私はここで失礼します」
「ああ、苦労をかけたな」
「いえ……こちらこそ、ありがとうございます」
ジェシカはそれだけ言い残してからログアウトしていった。
ここからは、Nさんが一人で交渉しなければならない。
俺はこういう交渉事とかあんまり得意じゃないし、仕方ないのかもだけど。
俺たちは少し離れたところに立って、彼女の様子を見守ることにした。
「……ふむ」
蒼月夜空のギルドホームは鍵がかかっているみたいだが、システム的なロックじゃない。
……よく見ると、ギルドホームのくせに街の外に出来てるな。
だから、街の中でしか働かない施錠システムや建物等のオブジェクト保護をする機能が働かないんだろうか。
門は少し折れたりしてるし、傷とかついてるし。
「うむ……ならば、仕方あるまい」
Nさんはそう言ってから門扉を蹴り飛ばして破壊し、堂々と不法侵入した。
彼女が扉を蹴り飛ばして何処かへ入るのはもう日常茶飯事なので、気にしない。
「随分ひでえ荒らされ具合ですね」
玄関のドアは破壊され、中の家具が荒らされている。
床に散乱しているガラスの破片などを見る限り、誰かが暴れた形跡もある。
フツー、オブジェクトが破壊されたらポリゴン片になるはずだが、何故か壊れたまま残っている。
街の外にあるギルドホームと言うのを見たことがないからってのもあるけれど、アップデートで何か変更されたのか。
「ふむ……これは血痕か」
「ちょ」
彼女は躊躇なく草履を履いた状態でのまま家に上がり、痕跡を追い始める。
俺は慌てて止めようとしたが、振り払われてしまった。
まぁ、止める道理は……ないよなぁ。
「……この部屋からだな」
「うわ、スゲー量の血痕って事になるんですねコレ」
家の奥の部屋へ入り込むと、そこには――
「は!?」
「何と……」
部屋の中がぐちゃぐちゃにされており、壁には血らしきものが飛び散っている。
おかしい、全年齢対象のSBOでは傷がついた所で血なんて出るはずがない。
出たとしてもそれはスキルの演出などの一つで、本当に血しぶきが出たりはしない。
だって、そう言うスキルを使ったとしても地面に血が落ちたりしたことはないのだから。
しかし、壁に飛び散った血は乾いている様子もなく未だに赤いまま、つまりまだ新しいってことだ。
「おい、一体どういうことだよこれ!!」
俺は思わず声を張り上げるが、返事はない。
「……ブレイブ」
「はい?」
「見ろ」
俺が困惑しながら叫ぶと、Nさんが何かを見つけたようで指をさしていた。
その先には――
「……」
「こいつは……」
俺たちは言葉を失った。
何故なら、そこにあったのは……
「人間の死体……だな」
「あ、ああ……」
映画とかで見たことがあるような、人間の死体だった。
しかも、見る限りでは……女の子のものだ。
服装的にNPCではなくプレイヤーだと思われるものだ。
顔は原型がわからないほど殴られていて、判別できない。
そして、身体中に切りつけられたような跡があった。
「クソッ、誰がこんな事をしやがるんだよ!! ゲームをなんだと思っていやがるんだ!」
俺は怒りに任せて怒鳴るが、Nさんは何も言わずに死体を調べ始めた。
……俺も少し冷静になってくると、無言になった彼女を見て、嫌な予感を感じた。
「……どうしたんすか?」
「……妙だ」
「はい? ……何がですか」
「通常、プレイヤーもオブジェクトのように、死ねばポリゴンとなって消えるものだが、それがない」
「っ、確かにそうです……ね」
そうだ、さっきのガラス片や壊された玄関だって消えていなかったんだ。
ギルドホームだとしても、街の外にあるのであれば消えてもおかしくない。
ましてや、今死んでいるこの少女がプレイヤーやNPCなら消滅しているはずだ。
なのに、こんなグロテスクなまでに血をぶちまけて死んでいると言うのは妙だ。
「まさか、バグ?」
「いや……私たちでは想像できないことを簡単に起こせるシステムを私は知っている」
「それって?」
「伝説級の武器だ。あぁ言う武器は基本的には不壊属性がついているのが特色だが、耐久値がある代わりに規格外の事を起こせる武具もある」
「まさか――」
「蒼月夜空……あの杖は、こういう風にオブジェクトをいじくる真似も出来るのだろう」
ポリゴン片として消滅させることを許さない、その上こんな血しぶきを巻き上げるようなことが出来る杖。
俺は想像しただけでもゾッとし、何で楽しくデートをするはずがこんな目に遭うんだと心の中で少し愚痴った。
「……とりあえず、他の部屋も調べよう」
Nさんの言葉に同意するようにして、俺たちはこの家を探索することにした。
……正直、気分のいいものではないから、あまり長居したいものでもないけれど。
「はぁ……」
結局何も発見することもなく、一階は全て見て回ったため二階へと上がってきた。
相変わらずの血痕が残っているので、気を付けながら進むしかない。
「ここで最後か」
「そうですね」
そして、一番奥の部屋の前に到着した。
中から人の気配はなく、ドアノブに手をかけてみると鍵がかかっていなかった。
「不用心過ぎるぜまったく」
「警戒しろブレイブ」
俺は軽く悪態をつきつつ、ゆっくりと扉を開ける。
そこは寝室なのか、ベッドとタンスが置かれているだけのシンプルな部屋であった。
その部屋に、また血痕が付いているのを確認してしまう。……吐き気がしてきた。
「……ここじゃないな」
彼女はそういうと、スタスタと部屋を出て行く。
俺もそれについて行き、リビングに戻った瞬間――
『ウガァアアッ!!』
「うおっ!?」