第百七十話:蒼月夜空
俺、剣城勇一が太刀川千冬さんに告白して受け入れられ、晴れて結ばれた日から幾ばくかの時が過ぎた。
確かに恋人となり、SBOでも恋人としてお互いを名前で呼び合い、二人っきりで過ごす時間も増えた。
だが、だがしかし俺の心の中には少しばかりモヤモヤとしたものが浮かんでいた。
「どしたの兄さん」
「いやぁ、まぁ、その……な、恋人って何をするんだろうなぁって思って、な」
「……あー、それは私も度々悩むね、ユリカと一緒にいると『特別な事しなきゃ』って感じになる」
俺とランコは久々に二人だけでダンジョンに潜り、ドロップアイテムを集めながらそんな会話を交わす。
とは言っても得られるものはないし、ただただ恋人がいる者としての悩みを互いに少し話しただけだ。
まぁそれは仕方ないのだろう、俺もランコも相手が相手なだけにお互い提案したことがそのまま適用出来るものじゃない。
「はぁぁぁ……」
「ため息つかないでよ、幸せ逃げる」
「悪い」
俺は未だに結論出ないので、どうしようかと剣を壁に立てかけながら下を向いた。
どうしてしまおうか、いっそのことおっぱい揉ませてください、とか言ったらその発言が起爆剤になって、何か進展するかな。
いや、しねーか。フツー、そんなこと進展する仲だったら、俺が悩んでるはずもないし……っつか、Nさんはリアルでもアバターでもペタンだし。
「あぁもう、モヤモヤ悩まないでよ兄さん。兄さんのいい所って、普段はそうやってウダウダしないところなんだから。思い切ってデートでも申し込んでみなよ!」
「へぐっ!」
ランコは苛立ったように俺の背中を蹴飛ばしてきた。
普段なら『何すんだゴルァ!』って怒るところだったけど、今はちょっと感謝した。
ランコの言葉通り、やっぱり俺はぐだぐだ悩んだりしないで、すぐ行動に移すのがいいな。
「……サンキューな、ランコ!」
「わかればいいよ。ところでダンジョンもう出ちゃうの? ボス戦まであとちょっとだけど」
「いや、折角だからやってこう、Nさんへのデート申し込みはボス戦後にするわ」
「そ。ちゃんと言って来てよね」
「応とも!」
俺はNさんへのデート申し込みと言う目標を立てた所で体を奮い立たせる。
モチベーションが無茶苦茶上がって、気力は全開マシマシ大好調だ。
「んじゃ、漢ブレイブ・ワン! いざまかり通るぜ!」
「応!」
俺とランコはそう言ってから、ボス部屋の扉を蹴り飛ばして開けて――
初っ端からフルスロットルってことで、全力でスキルをぶっ放しまくってからボスをボコボコにして、戦利品を手にギルドホームへと帰って来た。
縁側の方を覗いてみると、和室でNさんとユリカが将棋をしていたらしく、Nさんは飛車と角なしでユリカに完勝したところだったらしい。
「うぇ~っ、また負けたぁっ!」
「フフ、どうしたユリカ。三十分前の威勢はどこかへと消え去ってしまったか?」
「消えますって、Nさん相手じゃ!」
ユリカは畳の上でじたばたと左右に転げまわり、もぎゃーっと叫んだ。
そんな彼女をランコが頭を撫でて納め、俺は俺でNさんと目を合わせる。
「うむ、帰って来たかブレイブ」
「えぇ、いいもん沢山取れましたよ……つっても、これはどうでもいいや」
俺は大量の戦利品を入れた袋をその辺にポイッと投げて放置する。
ギルドメンバーの誰が持って行っても構わないし、今の俺にアイテムなんてどうだっていい。
またダンジョンに潜れば見つけられるような物なら、今この瞬間にはいらない。
「Nさん、俺とデートしませんか」
「ン……あ、あぁ、い、いい、ぞ? しかし、いきなりだな……」
俺の真っ直ぐな言葉にNさんは顔を真っ赤にしてから頷き、草履を履いて縁側から降りた。
で、今着ていた和服はギルドホームで着る用の物だったらしく、メニューを開いて装備を変えていた。
相も変わらず大好きな和服を着用していて、柄も派手じゃないので江戸時代の女の人のように見えるな。
と言っても、茶髪ポニーテールで現大日本人らしい顔立ちだから江戸っぽい、ってだけで、リアリティはそんなないな。
「ブレイブは着替えないのか?」
「勿論着替えますって、鎧姿じゃデートは出来ませんもん」
俺はそう言ってからメニューを操作して装備を解除して行き、オシャレ目的で買った装備に着替える。
当然鎧や剣などの類ではなく、SBOで見かけた中でいいなと思っていたジャケットとズボン。
Nさんの和服に合わせようかと悩んではいたが、俺は俺なりのスタイルで行こうと思ったのでこれだ。
「おぉ……」
「ははぁ~、兄さんカッコイイー」
「ふふん、だろ?」
俺はドヤッとした表情で腰に手を当てながら胸を張る。
ま、実際はそこまで誇れるもんじゃあないんだけどな。
何せ、こういう格好するのは初めてだし、そもそも女性受けするようなファッションなのかもよくわからない。
「似合っているぞ、ブレイブ。お前らしい服で私は好きだ」
「あ、ありがとうございます」
褒められるとは思ってなかったので、ちょっと調子に乗ってしまいそうだ。
Nさんはいつも通りのクールな様子のままで、特に変化がないみたいだ。
……あれ? もしかして、変なのは俺の方なのか?
「さて、行くとするか。私も今日は予定がない故、いくらでも付き合ってやろう。フフフ」
「は、はい!」
こうして、俺達は二人きりで街を練り歩くことになった……けど、なんだろう。
何か違和感があるんだよな……なんだろう、この感覚。
「ところで、どこに行くのだ? デートと言われてもその辺を歩くだけでは流石に楽しめないと思うのだが」
「えっと、そ、そうっすね! まずは喫茶店に行きましょう! そこでお茶してそれから買い物です!」
「わかった。エスコートを頼むぞ、ブレイブ」
「応とも、任されました」
俺はNさんの手を取って歩き出す。が、すぐに手を離してしまった。
……ん? ちょっと待て、なんかおかしい。
手って、こんな簡単に繋いでいいものなのか? 彼女と、俺が? いくら恋人とは言えど……なんか、違う気がする。
「すまない、私と手を繋ぐのは嫌だったか? 恋人故、良いとも思っていたのだがな……」
「あっ、いえっ、こっちこそすみません!!」
俺も慌てて謝りつつ、もう一度手を差し出す。
……今度は離さないように、指を絡めるように握り直した。
所謂恋人繋ぎという奴だが、これくらいしないと一緒に歩いていても楽しくないだろう。
そうだ、恋人だって言うからにはこれくらいは普通に出来るようになろう。
それに、こんなことしたくても出来ない人はごまんといるはずだ。
「では改めて頼む」
「はい!」
俺とNさんはそのまま街の中へと入り、目的地であるカフェへと向かうことにした。
道中は他愛もない話をしながら、たまにクエストやイベントの話をしたりしながら歩いた。
途中何度かNPCに話しかけられたが、Nさんは完全にスルーして俺と会話を続けながらあしらっていた。
こういう並列した動作、俺も出来るようにならないとなぁ。
「ここが俺のお気に入りで、前に来たことある店なんです。どうですか?」
「おぉ、中々に良い店だな。第三都市はここまで綺麗か」
そこは、大通りから外れた路地裏にある小さな喫茶店だ。
前にユリカが俺にギルド加入の打診をしてくれた喫茶店で、この店のケーキや飲み物の味は俺の頭が覚えていた。
が、どうやら改装をしたらしく店の前に出された看板には『猫喫茶』と書かれており店内にも沢山の猫がいて、店員さんも何人かいた。
あのオッサン一人で切り盛りするのじゃ無理があったんだろうか。
「おや、N・ウィーク様」
「む……お前は――」
「以前、貴女に助けていただいたギルドのメイドですよ。
ほら、ぷくぷく倶楽部のPKから私を救うために、私を抱えたまま戦っていたではありませんか。
それに、私のギルドマスターもあなたに大変お世話になりましたし」
……この人はプレイヤーみたいだな、それもNさんと縁があるとは。
白と黒を基調としたフリルのついたエプロンドレスを着ていて、長い金髪を三つ編みにして前に垂らすようにしている、それなりに美人な人だな。
その見た目の印象はどこかの令嬢って感じで、ファンタジー系のゲームであるSBOにはピッタリのアバターだ。
「そちらの御方は?」
「あぁ、この男は私が所属しているギルド、集う勇者のギルドマスターだ」
「初めまして。第四回イベントを見てたなら知ってると思うけど、ブレイブ・ワンだ」
俺の挨拶に彼女はにっこりと微笑み、スカートの裾を持って軽く頭を下げた。
お嬢様っぽい挨拶、貴族とかのお姉さんが良くやるような奴だコレ。
「私はジェシカと申します。以後、お見知りおきを」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「フフ、礼儀正しい方で嬉しい限りですわ」
ジェシカはそう言いながら微笑むと、俺たちを席に案内してくれた。
Nさんは初めて来た店だからか、辺りをキョロキョロと見回していた。
リアルでもVRでも、初めて行く店ってのはついつい店内を見回しちまうよな。
「ブレイブ。このメニューになにか、オススメはあるか?」
「そうっすね、俺が来たことあるのは一回だけだし……ジェシカさん、何かオススメってのはあるか?」
Nさんはメニューを一通り見た上でちょっぴり悩んだ顔を見せた。
俺は前に頼んだケーキと飲み物にしようと思ったが、折角だから別の物を頼もう。
と、決めたのでジェシカに頼ることにした。
「そうですね、この『猫喫茶』はやはりケーキが人気なので、ケーキをオススメいたします」
「なるほど、ではそのケーキの中から選ぶとするか」
「ですね、やっぱ喫茶店つったらケーキのイメージですし」
そう言って俺とNさんはメニューを開き、ケーキの欄を見てみる。
シンプルなショートケーキ、三つが一つになってるチーズケーキ、子供なら喜ぶであろうチョコケーキ、変化球のアイスケーキ、和菓子とのハイブリッドケーキ。
名称は全然違うが、写真と説明文的にはこんな感じみたいだな。
「それじゃあ、俺はこのチョコレートケーキにするかな……前はいちごとチーズの組み合わせだったし」
「ふむ、では私はこの和菓子ケーキなるものを頂こう」
「チコレートケーキと、ワガスケーキですね。お飲み物の方は注文なさいますか?」
俺とNさんは顔を見合わせて、一瞬悩んだところで俺はカフェモカならぬカフェカモを頼み、先輩は抹茶と思しき飲み物を注文。
そうして俺達はそれぞれ注文を済ませて、しばらく待つことになった。
その間、少しだけ話をすることにした。
「ところで、Nさんはどうして今日はギルドホームに籠ってたんですか?」
「あぁ、それはな……」
俺の質問に対して、何故かNさんの表情が曇ってしまった。
どうしたのかと思っていると、ジェシカが代わりに答えてくれた。
「実は先日、私たちのギルドが戦争を申し込まれまして。
その時は何とか負けはしませんでしたが、それから他のギルドからも挑まれるようになり、対応に追われていましたので」
ギルド戦争は基本的に申し込まれても拒否することが出来る。
だがそれはそれで逃げただなんだとレッテルを張られることが多いし、ギルド戦争と言うものはちゃんとした理由があって申し込まれる。
だから、きっとジェシカの所属しているギルドに何かそれに足る理由があったのだろう。
が、そんなことを言う程俺は残念な野郎じゃあない。
「……そっか。大変そうだな」
「えぇ……。しかし、これもまたギルドの為だと割り切っていますから。それに負けてもそこまでデメリットは無いですし」
確かに、勝てばギルド共通ストレージにしまってあるアイテムなどを負けた側がいくつか渡すという報酬はあるが負けたらそのままで、何も返ってくることはない。
だが、レアアイテムなどを持っていればそれを奪われる可能性があるから、出来るだけ負けたりはしたくないだろうな。
俺も、ユリカから託されたアロンダイトは俺自身がずっとストレージに入れてるわけだし。
プレイヤーのストレージからアイテムを盗むなんてスキルはまだ未確認だし、多分大丈夫だろう。
「でも、Nさんがそれと何か関係があるんですか? ここ最近は貴方が戦ったとか見たり聞いたりしてないんすけど」
「それが大いにあるのだ、そう。これはまだお前にNさんと呼ばれる少し前の話だ」
つまり、告白する前の話って事ね。ハイハイ。照れ屋さんなんだからマイハニーは。
「十日ほど前……とあるギルドのレイドパーティが、第四エリアの最難関ダンジョンに挑んだ」
「……それって、前に俺やユリカたちが挑んだあの屋敷よりも、ですか?」
「あぁ、アレはクリア不可能が故に除外するが」
良かった。あのふざけた亡者より強い奴がいてたまるかってんだ。
「そのダンジョンには無数の隠し部屋があってな。アイテムが隠されていることもある。
王の騎士団や真の魔王ですらその部屋を全て踏破することは出来なかったらしい。
それ故、このジェシカが加入していたギルドは伝説級の杖を見つけることが出来た。
その杖はとんでもない性能を持っていた。武器種が違う故に一概に比較は出来んが、私の神天刀以上のスペックだ」
Nさんの刀、それは俺の大悪鬼の剣とも渡り合えるような業物の刀だと俺は知っている。
だから、その杖がとんでもないスペックだと言うのはすぐに理解できた。
「それで、その杖がどうなったんですか」
「その杖に魅了された者たちはギルドを空中分解させる程の争いを起こした。
朧之剣以上の人数を束ねていたギルドだったが、今やそれももう半分ほどだ。
そして、残った者たちはギルドの名を変え、その杖を守り抜くべくどうにかこうにかと戦争を仕掛けられないようにとしている」
そのギルドの名は、杖の名を冠した【蒼月夜空】というらしい。
がまぁ、十日でよくもまぁここまでそんなことになったな、と俺は思った。
だがしかし、この時の俺は他人事のように思っていたが、それは集う勇者を巻き込む大事になるのだと知らなかった。
プレイヤーネーム:N・ウィーク
レベル:80
種族:人間
ステータス
STR:123(+150) AGI:123(+130) DEX:0(+50) VIT:30(+150) INT:0 MND:25(+100)
使用武器:神天刀
使用防具:大悪鬼の羽織・改 神天の面 神天の着物 神天の籠手 大悪鬼の草履・改 大悪鬼の首飾り・改