第十七話:英雄の狂人
「さて……ついにボス戦だな」
先輩は石像が護っていた、鉄で作られた扉を見ながらそう呟いた。
……今の俺たちはHP、MP、SP、どれにおいても全快だ。
消耗品の類は予め大量に買い込んでいたランコとアインが分けてくれたので、使い切ることはないだろう。
「で、先輩。陣形とかの確認はあるんですか?」
「いや、今回のボス戦は乱戦になる以上、陣形の確認は難しいだろう。
それに……一人死ねば簡単に崩れるような陣形を組むよりも、誰が死のうと関係ない状態の方がいいだろう?」
「N先輩の言うことに珍しく納得しましたよ、私……」
うーん、なんだか間違ってるような気がしてきたが……効果的に遠距離攻撃が出来る奴がいない以上、わざわざ陣を組んだところでって感じだよな。
何より、こういう派手な戦いはなんだかんだ好きだ、燃えるしな。
「アインくん、私はあまり乱戦得意じゃないから、ちょっと足引っ張るかも……ごめんね」
「大丈夫ですよ、僕がその分頑張りますから!ほらっ!」
ポージングを決めるアインをランコがクスクスと笑う。
ランコとアインは仲が良さそうで何よりだ。
あと一押しすればカップルになってもおかしくなさそうだな。
……まぁ、恋愛のイロハなんて俺にはわかんないからテキトーだけどな。
「それじゃあ……行くぞ!」
先輩は鉄の扉を両手でグッと押すと――
やはり蹴り飛ばして開けた。
「ホント扉蹴るの好きだな、先輩……趣味なのかな」
「ドアキッカー、って二つ名を進呈してあげたいですね」
俺が小さく呟くと、ハルが反応して共感した。
うん、本人が聞いたら怒りそうだな。
『来たか……人間……』
「あれがボス……豪華な服だなぁ」
「スケルトンとゾンビの中間みたい」
先輩が扉を蹴り開けた先は、玉座のような場所に……スケルトンだかゾンビだかもわからない奴が座っていた。
ボス部屋はかなり広い作りとなっていて、真ん中はボロボロのカーペットが玉座の辺りまで伸びている。
玉座に座っているボスは女王様が被るような冠を頭に乗せ、中世の女王様のような服装をしている。
右手には巨大な水晶のようなものがついた杖を握っており、その手は骨ばっている……って言うか骨そのものだ。
左手はゾンビと同じようなもので、壊死したみたいに色がおかしくなっていて、腐った肉で覆われた手だ。
『五百年前に私たちを滅ぼしたその恨み……今ここで知るがいい!』
玉座に座っているモンスターは俺たちに向けて声を発すると、杖を一振るいした。
すると、玉座をの前に三体のモンスターが淡い光に包まれながら出現した。
それぞれのモンスターにはHPバーが二本ずつ設けられており……同時に玉座の方にもHPバーが現れた。
『ウ"ゥ"ゥ"ゥ"……』
『我が主のために……この剣を……振るう……』
『ひひひひひあははははは!』
左端には怒ると変身して全身緑色になるアメリカンヒーローみたいな姿をした巨大なゾンビが現れた。
ド真ん中には、骨だけで出来た馬に乗った騎士のような奴、鎧の形から察するに女騎士のスケルトンか。
で、右端には軽そうな鎧を身に着け、巨大な斧を両腕で握り高笑いして身をよじっている男だ。
『さぁ行け、我が眷属よ。悪しき人間へ……裁きを!』
「くらえ!アックス・スロー!」
玉座に座っているモンスター……【クイーンウィッチ】に向けて、アインは斧の投擲スキルを使用した。
戦闘の開始直後だからか、まだ召喚された三体のモンスターは動き出す前だった。
『愚かな』
「なっ……バリア!?」
アインの投げた斧は、クイーンウィッチの眼前でガキィンッ!と言う音と共に弾かれ、砕け散った。
因みに投擲系スキルはエネルギーを武器の形にしているだそうだから、アインの武器がロストしたわけじゃない。
『フフフ……我が眷属らを倒さぬ限り、私には傷一つ付けらん!』
『ウ"ゥ"ゥ"ゥ"ァ"ァ"ァ"ア"ア"ア"ッ!』
『い、ざ……参る……』
『ふぅーははははははぁっ!』
クイーンウィッチが杖を一振るいすると、タキシード姿の男がクイーンウィッチの目の前に現れた。
その男は胸元から指揮棒を取り出し、まるでオーケストラの指揮者かのように指揮棒を振り始めた。
すると、それぞれ声を上げた巨大ゾンビ、女騎士スケルトン、大斧の男は俺たちに向かってきた。
……女騎士スケルトンが乗っていた骨の馬は、動き出すと同時に砕け散ったので皆移動速度はほぼ同じだ。
「私は【タイラントゾンビ】をやる。
お前たちは【スケルトンナイト】と【英雄の狂人】を頼む」
「私と先輩で英雄の狂人を倒しに行きます。
攻撃力が高そうですから、ここは盾持ち二枚で行きましょう!」
「じゃあ、僕とランコさんはスケルトンナイトですね」
「アインとランコは盾なしで大丈夫なのか?どっちか交換した方がいいと思うんだけどよ」
「大丈夫です、そう簡単にやられる程柔らかく出来てないので!」
そう言ってランコとアインは、スケルトンナイトへ向けて突撃していった。
二人が心配だから、とっととこの狂戦士を倒しちまおう。
「よしハル、最速で片付けるぞ!」
「了解です!」
俺とハルは駆け出して、英雄の狂人と対峙した。
英雄の狂人は俺たちに狙いを定めたのか、大ぶりな動きで大斧を振りかぶって来た。
「ハル!お前は左から頼む!」
「わかってます!」
『ヒャーハハハハハ!』
英雄の狂人が振り下ろして来た斧を避けて俺は右から、ハルは左から奴に近づく。
しかし……斧が振り下ろされた後の床を見てみると、見事なまでに砕けている。
石像の一撃よりも重いと考えていいだろうな、コレ。
だが、大振りかつそんな巨大な武器じゃ当然隙は出来る。
「セカンド・スラッシュ!!」
俺とハルが同時に発動させたスキルは、左右から英雄の狂人の肩に入る――
所で、英雄の狂人は倒れるような動きで体をブリッジさせた。
「なっ!」
「せんぱっ」
横薙ぎに振るわれた俺の剣と、振り下ろしで放たれたハルの剣は真ん中で交差した。
ギャリィィィン、と金属音を響かせながらぶつかり合った俺たちの剣は、反発する。
そしてそのまま体制を崩した俺に向けて――
『ヒャァァァハハハァッ!』
「ぐっ!」
驚く事に英雄の狂人は手だけで体の重心を支え、ブレイクダンスをするかのような動きで俺の脇腹に蹴りを入れた。
俺は吹っ飛ばされることこそなかったが、HPバーの三割を削られた上に体制を崩してしまった。
『アーハハハッハハハァッ!』
「セカンド・シールド!」
そのまま手だけで体制を変えた英雄の狂人は俺に踵落としを放とうとしたが、俺のセカンド・シールドは英雄の狂人の足の間……要は股間に盾が出現した。
『ヒャッ!』
「今だ!ハル!」
「はい、わかってました!インパクト・スラスト!」
英雄の狂人が転びそうになったところで、ハルの全力のスキルが英雄の狂人の背中へと突き刺さった。
衝撃波全体を英雄の狂人の全身に駆け巡らせているかのようなエフェクトが走ったところで――
英雄の狂人は派手に吹っ飛んで行き、よく見えないが……目測でHPバー一本の三割は減ったっぽいな。
『ヒャーハハハハハ!タノシイ!タノシイ!』
「先輩、このモンスター……もしかして普通に会話出来たりしません?」
「……ちょっと試してみるわ」
VRMMOにいるモンスターやNPCは、当然普通の会話なんて成立しない。
モンスターに言葉なんて通じないし、NPCは会話が噛み合わないことが多い。
だが稀に、特別なイベントなどのモンスターやNPCは普通の会話が出来たりする。
それこそ……本物の人間と錯覚するほどに賢いNPCがいたり、とかでな。
「え、えー……やーい馬鹿野郎!こんな殺し合いが楽しいわけねえだろ!アホッ!」
「罵倒のセンスが小学生並みです、先輩!」
「うるせっ、心は小学生のまま育ってんだよ!」
と、英雄の狂人が高笑いしているところに俺が罵って見ると――
英雄の狂人は急に腕をだらん、と下げた。
首だけを後ろに向け、見下ろすような角度でこっちを見て、思い切り睨んで来た。
かの有名な顔を向けた角度、明らかに運営の遊び心で、オタクにしかわからないやつだコレ。
『タノシイ、殺し合い、タノシイ……タノシイ……タノシイイイイイダロオオオオオオオオアアアアアアアア!』
「……会話イベント入りましたね」
「あぁ、思わぬ誤算と言うか、病院の目の前で車に跳ねられたと言うか……」
すると、さっきまではしゃいでいる子供かのように笑っていた英雄の狂人は自分の兜を取って地面に叩きつけ、何度も踏みつけてからそれを壊した。
それだけでは収まらないのか、両手で頭を引っ掻き始めた。
それも、ただ痒い所をどうこうするとかの話ではなく、思い切り皮膚を抉っている。
と言うか、HPバーがどんどん削れて行ってるんだが。
一本丸々HPバー全損させるとか、どんな狂気に侵されてんだコイツは。
『殺し合い、タノシイ!タノシイ!タノシイ!タノシイイイイイイ!』
英雄の狂人は自身の頭を掻きむしる動作を一通り終えると――
スタスタスタ……と、何事もなかったかのように歩き始め、大斧を持ち上げた。
……HPバーはもう一本の内の七割ほどだ。
こんな短縮イベントがあるとか大発見だな。誰にも教えねーけど。
にしても、何で全年齢対象のVRMMOでこの引っ掻きイベントは血とか出てんだよ。
VRMMOだと、普通に傷を負ったとしても血などは出ないようになっているのに。
「先輩、早めに決着付けちゃいましょう!」
「あぁ、そうだな。とっとと終わらせて、アインたちに加勢するか!」
『ヒャァーハハハハハァ!』
そうだ、そんなことを考えている暇があったらとっととコイツを倒すことを浮かべなければ。
頭を掻きむしり、そこから肉やら血やらがモザイクなしに溢れ出した英雄の狂人が斧を横薙ぎに振るった。
心なしか、頭を掻きむしる前よりも速く感じる。
「はや―きゃっ!」
「ハル!」
俺はAGIにこそ自信があるから何とか攻撃を避けれたが……
ハルは元々防御寄りのステータスをしていたから、避けると言うのには無理があったか。
『ヒャーハァッ!』
「っぶね、セカンド・シールド!
クソッ、ギブアンドテイクな感じだな……」
続けざまに俺に飛び掛かって来たので、セカンド・シールドを出して行動を阻害するが直ぐに砕け散った。クソッ!
HPバーを一本削るのと引き換えに、こんなに速くなるとかズルいだろ。
おまけに攻撃力の高さは折り紙付きで、ハルが盾で受けたのにも関わらずかなりのダメージを負った。
HPバーの半分より僅かに少ない、大体四割くらい……つまり俺は直撃したら即死は不可避、盾で受けても致命傷か。
まぁ、根性があるから何とかHP1で耐えきれるだろうが……耐えきったその先はないだろ。
「うっし……来いよ、折角だから、精いっぱい楽しもうじゃねえか。ボス戦!」
『ヒャハヤヒャハヤハヤハヤハヒャヒャヒャ!タノシイイイイイイ!』
英雄の狂人は、今度は俺に向けて走って斧を振りかぶって来た――
と言う所で、急激に俺の背後を取るように曲がって来た。
「させるかよっ!」
普通なら、人はこうやって背後に回られたら距離を離すだろうが……
俺は敢えて踏み込んで、英雄の狂人へ肉薄してゼロ距離で剣を構える。
そうすれば斧が当たることはない。
「サード・スラッシュ!」
俺の必殺スキルが英雄の狂人の肩口から左脇腹にかけて放たれた。
HPバーの減りは二割……見た目に反してかってーなコイツ。
『ヒャァハァッ!』
「それは別の奴で見たッ!」
ホウセンと戦った時のことを思い出すかのように――
英雄の狂人が放ってきた拳攻撃を、俺は左手に持つ盾で跳ね上げる。
だが体制を崩すことはないので、スキルを発動させるほかない。
「セカンド・シールド!」
『ハァァォ!?』
セカンド・シールドをぶつけるように出現させ、何とか英雄の狂人の体制を崩させる。
SPのことは考えずに、ここでごり押しする他ない!
「セカンド・スラッシュッ!」
そのまま続けてスキルを発動させ、英雄の狂人の頭……つまりクリティカル部分に俺のスキルを叩きつけた。
HPバーの減りは……クリティカル込みでも三割!あと少しで倒しきれる!
だが。
「こんな時にSP切れかよ!」
肝心な時に限ってSPが切れていたことに気を取られた。
しかも、そのせいで一瞬反応が遅れて――
『ヒャヒャヒャヒャヒャ!』
「ぐっ……だぁほっ!どぼっ!つつつ……」
英雄の狂人が繰り出す高速の拳撃をまともに受けてしまった。
そのせいで俺は吹っ飛ばされ、無様にも地面を転がった。
……ハルはHPポーションを飲み終えて回復したようで、立ち上がって俺の前に立ってくれた。
「私が攻撃を止めるので、先輩は今のうちに回復を!」
「お、おう……助かるぜ、ハル。サンキューな」
俺のHPバーはまだ半分程残っているが……ここは強がってなんかいられない。
下手こいて死んだらこのボス戦も台無しになるだろうし……何よりも俺が嫌な気分だ。
散々死ぬのを避けて来たのに、ボスの前座で死にましたなんてのはカッコ悪すぎるぜ。
『ヒャハハハハハ!』
「せああああっ!」
ポーションをアイテムストレージから取り出して飲み干し、俺は立ち上がった。
英雄の狂人の攻撃を盾で受け続けているハルの元へ駆け寄る。
『ヒャーハァァァ!』
「くっ……ふぅぅっ……」
ハルが英雄の狂人が放つ拳の乱打に苦戦している。
乱打ゆえか、一発一発はあまり強くないみたいだが、HPバーは少しずつ削れている。
死なせてしまえば大変なことになる、だから死なせねえ!
「サード・スラッシュ!」
俺はハルを殴ることへと意識を向けっぱなしの英雄の狂人の背後へと立ってサード・スラッシュを放つ。
『ヒャッハァァァッ!』
だが、英雄の狂人は途端に振り向いて俺のスキルに拳で対抗してきた。
ガチィィィン、と巨大な金属音のようなサウンドエフェクトが鳴り響く。
だが……俺のSTRは、まだまだ上乗せできる。
競り合いで今こうして、全く動かない鍔迫り合いの状態ならば。
「うおおおおっ……加力ッ!」
『ヒャ――』
1.5倍になった俺の攻撃力は、英雄の狂人の拳を押し返した。
だが、もうサード・スラッシュはクールタイムに入り、SPもあと僅か。
なら……俺の持つスキルの中でやれることは。
「エクストーションッ!」
バランスを崩した英雄の狂人を倒すスキル。
それは……剣を使わずして、盾による攻撃で放つ物。
俺の残りSPを全て使った上での攻撃だ。
『ヒャァァッ!』
「くそっ!やり損ねたか……」
しかし俺のエクストーションは英雄の狂人を倒すには至らず、英雄の狂人のHPバーはまだ一割残っている。
残り二割の内、たった一割。
攻撃を受ける瞬間に腕でガードしていたことが、コイツのHPを減らしきれない理由か。
『ヒャァァァォ!』
「くっ――」
英雄の狂人は、俺を倒さんと飛び上がってから蹴りの構えを取った。
だが、ここにいるのは俺一人だけじゃない。頼れる後輩が、後ろにいたんだ。
咄嗟に身を屈めた俺の後ろから――
「ファスト・スラッシュ!」
突。ハルが放った一つのスキルは、英雄の狂人の喉を貫いた。
『ヒ……ァ……ァ……』
『タノ……シ……イ……タ……ノ……シ……カッ……タ……』
「何とか、終わりましたね……」
「あぁ、もう駄目かと思ってた」
英雄の狂人は、ハルの攻撃でHPバーを全損し――
ポリゴン片となって砕け散った。
「さて……アインとランコの援護に……行かねえとな」
SPは僅かだが回復し始めていて、もう少しでファスト系のスキル一回分くらいは回復する所か――
と思って横を向くと、アインとランコは既にスケルトンナイトを倒し終わったようだった。
それで尚先輩の戦っているタイラントゾンビに向けて攻撃を放っていて、タイラントゾンビのHPも丁度全損したようだった。
「ふむ……助力感謝する、アイン、ランコ」
「いえいえ、早くボスモンスターを倒さなくてはいけませんし」
「あ、ブレイブさんたちも倒し終わったみたいです。
これでいよいよ……クイーンウィッチに挑めますね」
……マジかよ。
「先輩、私たちが一番遅かったみたいですね……」
「だな。あんなイベントまでこなしたのに、こんなザマってよ……」
三体の中ボスたちを操っていた指揮者のような男の頭を握りつぶし、杖を持って立ち上がったクイーンウィッチを見る。
さぁて、いよいよここを終わらせる程の大きな大きなボス戦ってことになりそうだ。
プレイヤーネーム:ブレイブ・ワン
レベル:35
種族:人間
ステータス
STR:60(+55) AGI:70(+45) DEX:0(+15) VIT:33(+65) INT:0 MND:33(+45)
使用武器:小鬼王の剣、小鬼王の小盾
使用防具:龍のハチガネ、小鬼王の鎖帷子、小鬼王の鎧、小鬼王のグリーヴ、革の手袋、魔力ズボン(黒)、回避の指輪+2