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第百六十九話:自分の気持ち

「ここなら、落ち着いて話せるか」


「……すみません、わざわざこんなところに案内して貰って」


「いや、私も特に用などない故、構わん」


 私、ハルは泣き顔をアルトリアさんに見られてから、喫茶店の中へと連れ込まれました。

 お客さんは殆どいないみたいで、経営しているのもプレイヤーのようです。王の騎士団の皆さんの行きつけなんでしょうか。


「マスター、すまないがコレと……うーむ……よし、経費で落とすか……コレを頼む」


「あいよ。お連れさんの方は何にいたします?」


「え、っ、あ、じゃ、じゃあ……同じものを」


 メニューを全く見ていなかったのでついそんなことを言ってしまいました。

 お金は大丈夫かな……とこっそり所持金の枠を見て、装備を一式で修繕できるくらいの額はあるから大丈夫だろう、と安心しました。

 それにしてもアルトリアさん、経費でと言っていましたがギルド内に経理を任せられているプレイヤーがいるのですか。

 加えて、こういう喫茶店での食事などを経費で落とせると思うのは凄いですね……これが、常にトップをひた走るギルドというものなんでしょうか。


「さて、では何があったかを少しでも話して貰えるか? 同じ女として、少しでも力になりたいんだ」


「え……はい」


 どうして泣いていたか、それを思い出すとほんの少しの前の出来事だからというのもあって胸がチクリと痛む。

 私は悪いことをしたわけでもないし、悪いことをされたわけでもないし、私が泣く理由なんて本当はないはずだ。

 ただ自分が首を横に振られるのを恐れていたせいで、チャンスを逃したなんて間抜けな話なだけなのだから。


「……自分からでは、話しづらいか」


「ぃっ、いえ、話します。話します」


 それでも、自分の間抜けさで涙を流したのは事実だし、私が失恋したのも世間一般から見て事実だろう。

 それに、さっき『失恋しちゃいました』なんて言ったんだから、今更退けるものじゃあない。


「さっきも言った通りなんですけどその……失恋、しちゃって……」


「失恋……か。それは初恋で、か?」


「はい、初恋で、です……二年くらい抱えていたので……ちょっと、悲しくて」


 私はいつの間にか俯いていて、顔を上げる勇気もないままにアルトリアさんと目を合わせられなかった。

 笑われるのが怖い、初恋で失恋した程度で泣いて泣いて引きずるような子供だとか言われるのが怖い。

 わかっている、アルトリアさんがそんなことを言うような人じゃないと言うのはわかっている。

 ユリカさんも彼女に相談していて、馬鹿にされたことも笑われたこともなかった、と言っていた。

 それでも、私は私で自分のこの抱えているモヤモヤが他人の物だったら、馬鹿なものだと笑ってしまいそうだから、自分も言われるのが怖い。


「ふむ……そうか。それは辛かっただろう、顔を上げられないのも無理はない」


「えっ……」


「初恋、私もよく悩んだものだな。何せ初めての相手は10歳以上相手の男だった故、成就せずにゴールインされてしまったしな」


 アルトリアさんにも、そう言った悩んだ期間があったんだ。

 今まで私はこの人を見ていて、アーサーさんとは違うタイプの人間だと思っていた。

 けれど、それは大きな大きな間違いだったと言うことが私のお腹に中にすとんと落ちてきた。


「む、ハトが豆鉄砲をくらったような顔だな。意外か?」


「いっ、いえ……! そんな、意外って、こと、じゃあ……ないですけど」


 私はしどろもどろになって、取り敢えず置いてあった水をゴクッと飲み干した。

 キンキンに冷えた水が私の喉を通って、アバターの中に入り込んでなくなっていく。


「ぷはぁっ……」


「いきなりどうしたというのだ」


「い、いえ……その、ちょっと自分を落ち着かせたくて」


 私はコップの淵をなぞりながらそう言って、やや俯きながらもコップをテーブルに置いた。

 うぅ……なんだか、上手く話せてる気がしないなぁ。


「なんにせよ、恋する乙女なら失恋と言うのは人生につきものだ。きっと、其方にも良い男が現れるだろう」


「……現れて、くれますかね」


「確約は出来ないが、一応良い男の候補なら紹介してやれなくはないぞ?」


 そう言ってアルトリアさんはストレージから何故か男性プレイヤーの写真を取り出しました。

 何故か全員マグショットですが、そこは彼女の趣味なのだろうと思って気にしないでおきます。


「ご厚意のほどはありがたいのですが、もし本当にそう言う人が現れてくれるのなら、私は自分で見つけたいです」


「ン……そうか、余計なお世話だったようだな」


 アルトリアさんは私の前に差し出そうとした写真をストレージにしまい直してから水を一口飲んだ。


「っ、その……あ、アルトリアさんは、今も恋心を抱いている方っているんですか?」


「あぁ、いるよ。いるとも」


「ど、どんな人なんですか?SBOプレイヤーですか?」


 私は少し身を乗り出して聞いてみる。

 アルトリアさんが恋する相手と言うのは私にとって少し気になる。

 初恋が成就しないどころか、挑戦することすら出来なかった私に、もう一度恋が出来るのか知りたい。

 一度失恋したアルトリアさんがもう一度恋しているというのなら、私はその詳細を聞きたい。


「この人だ」


 アルトリアさんはそう言って、ストレージから写真を一枚取り出すと私の前に差し出して来た。

 ……写っているのはSBO内にもあるフィールドで、アバターもSBO内で作れるもの、しかし知らない人だった。

 けれど、私は写真から顔を上げて、アルトリアさんの方を見て、もう一度写真の方に目を落とす。


「……あの、これ写真間違えたりとかって」


「いや、これであっている、どこをどう見ても間違いではない」


 アルトリアさんは食い気味にそう答えてから水を一口飲み、私を見つめる。

 私は改めて写真のアバターを見てみるけれど、その人は――


「女の人、ですよね……この人」


「あぁ、女だ。SBOではネカマやネナベもいないので立派な女だな」


 ……私はピシッと固まって、水のお代わりを飲もうとする手も動かなかった。

 落ち着け、落ち着け私。ユリカさんとランコさんだってお互いを好きだ好きだと言い合ってるじゃないか。

 なら、たまたまアルトリアさんも同じような人だったってことなんだろう。

 だから、この写真に写っている狐耳の着物の女の人にアルトリアさんが惚れているのは変な事でもない。

 今の世の中は同性愛も普通にあるんだから、変な事なんかじゃないんだ。


「とても良い子でな、リアルでも一応知り合いなのだ」


「そうなんです、か……この人、王の騎士団のメンバー何ですか?」


「いや、王の騎士団のメンバーではない。彼女の所属ギルドは真の魔王だ」


「マジですか」


 真の魔王と王の騎士団はバッチバチと敵対し合っているギルド同士です。

 それに、最近は幹部レベルのプレイヤーたちが中堅レベルのプレイヤーたちを連れて戦ったりしているらしいです。

 どう足掻いても同盟を結んだり仲良くすると言うのは不可能に近いでしょう。

 現に、ディアブレさんとガウェインさんは鎬を削り合うようなライバルで絶対に上下が決まっていないのです。

 カオスさんとアーサーさんも、出会えば鋭い目線を送り合うような仲ですし……。


「結局のところ、誰を好きになり、誰と結ばれると言うことに立場は関係ない。

例えゲームで対立しているギルド同士だったとしても、リアルではただの人間だ。

だから、性別が同じだろうが何だろうが関係はない、恋において大切なのは気持ちだ。

それ故……お前も、一度自分の気持ちに整理をつけてみるといい」


 アルトリアさんはそう言うと、自分の胸をトンと叩いて見せた。

 私の気持ち、それはずっと……先輩――剣城勇一及びブレイブ・ワンに向けていたものだ。

 大好き、愛している、一緒にいたい、隣に並びたい、抱きしめたい、抱きしめられたい。

 そう思うことは何度もあったし、私はいつか彼を守って、支えてあげられるようになりたかった。

 だって、私の苗字は盾なんだから、人を守る盾の姓を冠して、暖かな春の名を持つんだから。

 だから、いつまでも泣いて落ち込んでなんかいられない。私の進む道が途絶えたわけじゃない。

 彼が大怪我してまで切り開いてくれた道、そこへ進むには止まっている暇なんてどこにもない。


「だからハル、ほら。今は食べて飲んで落ち着こう」


「……ありがとうございます。アルトリアさん」


 アルトリアさんと一緒に注文した、七段重ねのパンケーキと綺麗な絵の入ったラテアートがテーブルへ届きました。

 ラテアートはどうやら所属しているギルドのエンブレムを描いているみたいで、私のものには集う勇者のエンブレムが入っていました。

 何度かデザイン変更を行っていて、今は三つ巴紋をバックに鬼の顔と二本の刀が刻まれているものです。

 王の騎士団は大きな十字架をバックに、真ん中に豪華な宝石を乗せた王冠を刻んだものです。


「……そっちのはラテアートによく合いますね」


「まぁ、洋風なエンブレムだからな。そちらは抹茶のラテアートにしておけば似合っただろう」


「そう、ですね」


 ロクにメニュー表を見ていなかった私が悪いですよね、と思いつつ私はスクリーンショットを撮る。

 七段もあって、たっぷりのメープルシロップと大きなバターが乗ったパンケーキ。

 私が女子高生という生き物だからなのか、それともただ単に現代日本の人間として生まれたが故か。

 あまりにも美味しそうだったので、少し喉をゴクッと鳴らしてしまいました。


「ン、食べないのか?私と同じものでは不服だったか?」


「い、いえ、いただきます!」


 私はすぐにパンケーキの一段目にナイフを入れて、シロップとバターを絡ませてからフォークで口に運ぶ。

 口の中に入れた瞬間、メープルシロップ特有の甘さと、バターのほんのりした塩味が口の中に溶けだした。

 パンケーキは舌触りもよくて、しっかりと焼かれていてもパサつかずにふわふわでとても美味しい。


「……美味しいです」


「そうか、良かった。ここは私のお気に入りだったので、他の女性プレイヤーにも教えたかったんだ」


「ユリカさんとかに、ですか?」


「あぁ、この店が開く頃にはもう彼女は集う勇者に行ってしまったのでな。中々出会えなくなっているのが現状だ」


 ……アルトリアさんは恐らくリアルだと社会人だろうし、ユリカさんとログイン時間も合わないんだろうか。

 それとも、ログイン時間が合っていたとしてもどちらかが相手を避けていると言うのだろうか。

 もし後者だとしたら、私は二人の橋渡しになることが出来る……ハズ。

 今ここでアルトリアさんに悩みを聞いて貰ってアドバイスをして貰ったんだから、少しでも何か返したい。


「何やら難しそうな顔をしているが、もしや七段は食べきれないか?」


「い、いえ! 食べられます、十分に、ホント余裕です!」


 私はアルトリアさんに余計な心配をさせないように、今はアレコレと考えるのをやめた。

 なので、ナイフでパンケーキを大きく切ってからフォークで口に運び、ラテでそれを流す。

 甘い甘いパンケーキの後に、ほんのりとした苦さのあるラテが丁度良く合いますね……苦みが強いわけではないので、口の中の後味にパンケーキもラテも程よく残ってくれています。


「……良い顔だな」


「え、あ、どうも」


「前に女子会をした時もそうだったが、ハルは何かを食べている時が幸せそうだし、可愛いな」


「あ、ありがとうございます」


 素直に嬉しい言葉だったからか、少し自分の顔が赤くなるのを感じられた。

 この人が男の人だったのなら、色んな人が惚れていたのでしょうか……。

 ユージンさんとか、コロッと惚れてしまいそうですし。

 なんて思いながら、私は積み重なったパンケーキと泡がもうなくなったラテを胃の中に放り込んだ。

 ……SBOの食材でこんなに美味しく作れるのって、やっぱり魔法の類を疑ってしまいますね。


「本当にご馳走様でした、このお礼はどこかで」


「気にするな。経費で落とすから私は何も苦悩することがない。可愛い女の子の涙を止めるなら、兄でも同じことをしたはずだ」


 アルトリアさんはそう言って、私に背を向けて歩き出して行ってしまいました。

 ……王の騎士団、私はずっと知っているようで知りませんでしたが、結構暖かいんですね。

 ユリカさんもこの暖かい面にもっと触れていれば、私たちのギルドに入ることもなかったのでしょうか。

 そう思いながら、私は私で歩を進めることにした。


「よーし。今日も遊ぶぞっ、私」


 いつも通りに、自分らしく、自由な一歩を。

プレイヤーネーム:アルトリア

レベル:80

種族:人族


ステータス

STR:100(+150) AGI:100(+130) DEX:0(+90) VIT:30(+120) INT:33(+110) MND:30(+120)


使用武器:真・カリバーンⅢ

使用防具:真・竜の兜 真・騎士王の鎧 真・暴風の衣・上 真・暴風の衣・下 真・騎士王の籠手 真・渡の靴 真・名誉の首飾り

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