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第百六十八話:恋

 ――第四回イベントを集う勇者が制してから、時は流れに流れた。

 バレンタインの2月、ホワイトデーの3月、SBOではそれにちなんだチョコレートイベントが開催された。

 しかし、その内容は至って陳腐なものであり、第四回イベント程血肉湧き踊るものではなかった。

 というか、生産職がメインのイベントだったせいで集う勇者たちは本領を発揮できず、あまり活躍できない冬の時を過ごしていた。

 ので、2ヶ月連続で開催されたそのチョコレートイベントを終え、桜の舞い散る春がやって来る頃となった。


「やっと退院かぁ、新年早々入院したと思えば長かったね。兄さん」


「そうだな、と言ってもまだ剣道禁止されてっけどな」


 リアルでの俺は、ようやく自分の足で歩いて腕を自由に動かすことが出来るようになった。

 とはいっても、激しい運動は絶対にするなって医者に釘を刺されたから、まだ完全復活というわけではない。


「ところで、結局成績の方はどうなったの? 留年?」


「先生がわざわざ病室まで来てテスト受けさせてくれたよ、どうにか赤点回避して進級は出来る」


「そっか、兄さん馬鹿だから留年すると思ってた」


「私立中学通ってて引き籠ったお前と百合香が進級出来てんだから、俺が出来ねえわけねえだろ」


 制服に身を包んだ俺と鞘華は学校に向かいながらそんな話をする。

 そう。ホワイトデーが過ぎた頃で、桜の花が咲いてくるような春となれば年度最後のイベントが来るのだ。


「これから先輩のこと、なんて呼びゃあいいかなぁ」


「フツーに『千冬さん』でいいでしょ、私だってそうしてるし」


「それが出来てたらとっくにそう呼んでる」


 高校三年生である太刀川千冬先輩の卒業、俺にとって学校で一番寂しいことだった。

 彼女が俺より一年早く生まれて来た時点で、それはわかり切っている出来事だった。

 だが、それでも俺は残り一年間を先輩なしで過ごすと言うのが学校生活で心細く感じる事だった。

 だって、だって彼女はいつだって俺にとって最大の目標だったのだから。

 目標が近くにいないと、心に少しぽっかりと穴が開いているように感じるのだ。


「ほら兄さん、行ってらっしゃい」


「……おう」


 鞘華のいる中等部は俺のいる高等部よりも後に卒業式を行うらしいので、鞘華は教室へと足を運ぶ。

 俺は在校生なので、三年生たちが入場して来るよりも先に体育館で待つこととなっている。

 ので、体育館に足を運んで出席番号順に並んでいる椅子の上に座り、久しぶりに話す友人たちと近況について軽く喋る。

 時間はそれだけであっと言う間に過ぎてしまい、俺たちはすぐに黙って姿勢を正して椅子に座っていた。


「三年生の、入場です」


 そこからは、誰が見たって退屈に感じる卒業式とハゲかけた校長の難しい話が始まった。

 正直俺もずっと退屈で、何でこんな仰々しく卒業を飾るのかなんて思っていた。

 けれど、先輩が卒業するのだと肌で感じた時にはそんな疑念はもう何処かへと吹き飛んでいた。




「先輩、卒業おめでとうございます」


「剣城か。お前も退院出来て何よりだ」


 卒業式が終わり、在校生も卒業生も好き勝手に帰り始めた時。

 俺は昇降口から出て来た先輩の前に立って、言えなかった言葉を送る。

 俺が入院している間に、剣道部の部員たちはとっくに卒業について言い終わっていたらしい。

 ので、俺は俺で改めてその言葉を伝えることにしていた。

 久々に会った先輩はもうすっかり髪も伸びていて、かつてのポニーテールを9割方再現していた。


「…………っ」


 卒業おめでとうございます。その言葉の先が出てこなくて、俺は息が詰まる。

 いつもの他愛のない会話なら、ボロボロといくらでも出てくるのに、その先がどこにもない。

 なんて言えばいい、何を言えばいい、俺は先輩に何を言いたいんだ。


「剣城……私はあまりこういう古いことを言いたくないのだが」


「っ、あ、はい」


「やはり……”そういうこと”は……男であるお前に言って、欲しい」


 先輩は少し顔を赤らめて俯きながら言ってから、俺の方に向き直った。

 彼女の顔は試合をするのかと言うような真剣な目であり、強い意志を感じる。

 ただ俺に丸投げしたんじゃあなくて、彼女がこうして想いを伝えたかったのだ。


「っ……すーっ、ふーっ……!」


 俺はバクバクと音を鳴らす心臓のある胸を右手でギュッと握り、乱れる呼吸を整える。

 そうだ……! ずっと胸に抱いていた想い、先輩は遠回しでも俺に伝えてくれたんだ。

 だったら、俺は先輩を越えたいって思ってるんだったら!


「ッ! 俺、剣城勇一はっ!」


 言うんだ、言うんだ、言うんだ、言うんだ! 好きだって言え! 剣城勇一!


「太刀川千冬さん、あなたのことがずっと、ずっと!」


 言ええええええええええええっ!


「大ッ好きでした! 一人の女性として! 剣士として!」


 続けろ! ここで言葉を途切れさせるな! 途切れさせれば、俺はもう多分喋れなくなるから!


「憧れと一緒に、恋心を貴方に対して抱いていました! だって、可愛くて、カッコよくて、強くて、それを裏付ける努力があって……!」


 言葉がまとまらないのならまとめなくていい!俺のノミみてえな脳みそで何か考えようとするな!


「だからっ、そのっ、とにかく! 俺はあなたのことがずっと大好きだった! だからっ、えっ、と……!」


 詰まるな! そこまで言ったなら日和るな馬鹿野郎が! 最後まで言いきってから赤面しろ!


「俺と! 付き合ってくださいッッッ!」


 言い切った! 喉が千切れて喋れなくなるんじゃあないかと思うくらい、大きな声で、ハッキリと言い切った。

 頭を下げて、右手をスッと差し出して、全身冷や汗やら高揚する体温で凄まじいことになっている。

 風邪を引いたんじゃないかと思うくらい喉が痛いし、体が熱いし、汗がダラダラダラダラと垂れてくる。

 何なら足元が少しばかり震えてるし、このまま意識がどっかに飛んで行ってしまうんじゃなかろうか。

 そんな俺に対して、先輩――太刀川千冬は。


「勿論、喜んで」


 うるうると涙ぐんだ目で俺の手を取って、顔を上げさせたと思うと抱き着いて来た。

 第四回イベントを制したあの時のように、思い切りギュッと抱きしめられた。


「私じゃ、言えなかったんだ……ありがとう。剣城……いや、勇一」


「……俺も、貴方に言ってくれって頼まれなきゃ、言えませんでしたよ。先輩……いや、千冬――さん」


 俺たちは抱き合ったまま、お互いの愛を確かめるように下の名前で呼び合った。

 そして、その抱き合った形のまま、五分ほどそのままでいた。

 五分経つと恥ずかしさが湧いてきて、心臓が破裂しそうなほど動いていることに気付いて俺たちは距離を取る。


「……これからは、恋人同士ってことになるんですよね、俺たち」


「うっ、うむ……そう、だな。私と、つるっ、じゃなくて勇一が……恋、人」


 千冬さんは顔真っ赤にして口元を緩ませている。

 あぁ、可愛い。こんな可愛い笑みを浮かべるような少女が俺の恋人なんて、ちょっぴり信じられない。

 だから今、右手で頬を、左手でケツを思いっきりつねってヒリヒリとした痛みを味わった。


「勇一、突然どうした」


「いえ、千冬さんと恋人になれたのがホントは夢なんじゃないかって怖くなっちまいまして」


「フフ、安心しろ。例え夢幻だろうと、現実だろうと……私の思いは変わらん。私は、お前を愛するのみだ」


 先輩は漫画に出てきそうなセリフをいつもの声色でスラスラと言った。

 すげえなこの人の精神力、なんて俺が呆けていると先輩は踵を浮かせた。


「んっ」


「ん」


 俺はあまりに突然のことで一瞬何が起こったのかわからなかった。

 突然唇に暖かく若干水分を含んでいる何かが当たった……としか認識できなかった。

 しかし、千冬さんが唇を両手で抑えながら顔を赤らめているのを見て、俺は接吻されたのだと気付いた。

 ……マジかよ、千冬さん。


「お、思いのほか、恥ずかしいな……フフ」


「自分からやっといて顔真っ赤にしてんじゃあねえっすよ……ハハ」


 俺たちはまた顔を真っ赤にして笑い合った。

 周囲の生徒たちが遠めに俺たちのことを見ていることなど、もうすっかり頭から抜け落ちていた。

 けれど、いいじゃないか。俺たち二人の世界に入ったって、ちょっとくらいいいじゃないか。

 誰の迷惑になっているわけでもないし、誰かを傷つけているわけでもない。

 だから、もうほんのちょっとだけ夢を見るように気分の良いままでいさせてくれと願う。




 剣城勇一と太刀川千冬の二人が、恋人として結ばれた。

 それは妹の剣城鞘華にとっても、その親友の笹野百合香にとっても喜ばしい事である。

 だがしかし、隅からでも彼らを見ていて悲しむ者がいない――というわけではなかった。


「ッ! ふっ、っ……うぅっ……!」


 卒業生たちを見送った上で、制服姿の少女は顔を涙で濡らしながら革靴で歩道を走った。

 少女は願わくば、ずっと走ったまま何処かへと消え去りたかったがそうはいかなかった。

 息が切れて、途中で電柱にもたれかかった乱れた息を整える。


「ふーっ、はぁっ、ふーっ……」


 深呼吸をしながら、少女――盾塚春は改めて泣き、右手で胸をギュッと握りしめて抑え、左手で涙をぬぐう。

 しかし、拭った傍から涙はボロボロボロボロと溢れ、悲しさや悔しさを取り繕えない、と無情にも告げられたような気分になっていた。


「私、己惚れてたなぁ……なんで、先輩から告白されるなんて思っていたんだろう」


 春は、剣城勇一のことが一人の男として大好きだった。

 SBOでもリアルでも彼女は勇一への愛を表に出し、勇一を自分に振り向かせようと考えていた。

 だが、勇一の気持ちはずっと変わることなく、千冬の物であった。

 勇一はとても大きな声で千冬に告白し、間接的に春を振ったのだ。


「せめて、私から……告白しとけばよかった……!」


 春は自分の判断の遅さを嘆き、大粒の涙をボロボロと零して零し続ける。

 どれだけ後悔しようと、過去も今も変わることはない。だから、春は自分の後悔が無駄だとわかっている。

 しかし、頭で理解していたとしても体はそんな合理的に物事を割り切れなかった。


「正面から、先輩にフラれてれば……泣かなかったのに……馬鹿っ、私の馬鹿っ……!」


 春はその場に座り込んで、自身の膝元に顔を埋めてスカートを涙で濡らした。


「うぅっ……先輩……先輩……」


 勇一のことを思い出しながら、春は改めて勇一と出会った日のことを思い出した。

 中学二年の頃に剣道部に入部したばかりで、まだまだ非力で弱かった自分と、力強かった勇一のこと。

 春たちの通う学校は中高一貫であり、中等部と高等部は部活動の際に一緒に活動をする。

 春は二年生になってから剣道部へと入り、当時中等部三年生にして中等部メンバーを仕切っていた剣城勇一と出会った。


「先輩、人の名前覚えるの苦手だったっけ……」


 勇一は剣道の腕こそは高等部に届く程であり、他の部員たちの動きを矯正するのも上手だった。

 だが、人の名前を覚えるのがあまりにも苦手で、ついつい部員たちの名前を間違えて呼ぶことが多かった。

 だからこそ、春は自分も最初は『モモノキ』だの『サクラノミヤ』だの『カイヅカ』だのと間違えられまくった。

 それでも春は文句ひとつ言わずに、部員たちを見分けやすいような表を作って勇一に渡した。


「人からの好意に、いつでも本気で応えてたなぁ……」


 春から表を渡されれば、勇一は必死にその表の通りに部員の名前を覚えようと努力した。

 その意思を組んで、部員たちも勇一に覚えられやすいように自分たちに特徴を残した。

 部員たちの名前を間違えられなくなってから、勇一に『ありがとな、盾塚』と呼ばれた時は春も嬉しかった。

 そんな勇一に惚れていたから、春は時折胸が苦しくなった。


「高等部に上がってからも、カッコ良かったなぁ……」


 勇一は高等部に上がってからも、中等部の時と変わらないままだった。

 高等部の生徒の名前を覚えるのも一苦労していたが、春はそんな勇一を支えようと奮起していた。

 だから自分も勇一たちに少しでも追いつけるようにと、練習量を増やし、竹刀を振る時間を増やした。

 勇一は手に沢山のマメを作り、それが擦り切れて血まみれになろうとも竹刀を握って振り続けた。

 それも、竹刀は真竹で出来ているためにとても重く、勇一自身は腕に重りまでつけていた。

 それだけ鍛えたとしても遠くにいる千冬に追い付こうとする勇一を見て、春は応援したい気持ちでいっぱいだった。


「だから、ずっと先輩に追い付こうとしてたんだっけ」


 好き、という気持ち以外にも勇一を応援したかったから、春は勇一の背中を追いかけ続けた。

 けれど、春は勇一のもう一つの気持ちを知っていたからこそそれを自分に向けさせようと別に努力した。

 が、春は自分でも気づかぬうちに勇一が千冬に告白できるように背中を押してしまっていた。


「あぁ……私って、本当に馬鹿なんだなぁ」


 俯いていた顔を上げ、空を見上げながら春は自嘲気味に笑った。

 そして、もう剣城勇一は自分に振り向いてくれることがないのだと受け止め、笑った。


「……ちゃんと結婚して、幸せになってくださいね。先輩たち」


 道行く通行人も、当の本人たちにも聞こえないくらい小さな声で春は呟く。

 初めての恋を二年半前に味わい、初めての失恋を今味わった。

 いつしか涙は止まり、春はフラフラと歩きながらも家に戻り始める。

 いつまでも引きずっていてはダメだ、と自分に言い聞かせてから春は家に帰ってからSBOにログインする。

 現実にいたら、勇一を思い出してまたすぐに泣いてしまいそうだから、SBOの仲間といればきっと泣かないから。

 春は自分にそう言い聞かせて、ギルドホームの自室にある布団の上で目を覚ます。


「……は、ははっ」


 ハルとして目覚めてから、いつもの自分を演じようと笑みを浮かべる。


「狩り、行こ……」


 ゆっくりと立ち上がり、ギルドホームを出てから日常的にしていた狩りをしようと歩き出す。


「っと」


「あ、すみません……」


「良い。私も気付いていなかった故……ん?集う勇者のハルか。いったいどうしたんだ、その顔は」


 気が付くと向かい側からやって来たアルトリアとぶつかっていた。

 ハルは自分がどんな顔をしていたかもわからず、慌てて自分の顔に触れる。

 そして、今日ログインして初めて触れた顔が涙にまみれていたことに初めて気が付いた。


「……私、失恋しちゃいました」

【SBO・バレンタインイベント、ホワイトデーイベント】

イベント期間は出現するモンスターが全てチョコになっており、撃破することでドロップするチョコレートを料理し、それをイベント限定NPCに渡すことで得られるポイントの総数を競い合う。

料理スキルの高いプレイヤーほど出来るチョコの質が良くなるため、貰えるポイントの数も増える。

チョコ狩りに動員できる人員、料理スキルを上げているプレイヤーの数、練度の差も出たことから集う勇者たちはトップ10入りすら逃してしまった。

ちなみに優勝したのは真の魔王。

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