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第百六十五話:自分に正直に

「うぅ……恥ずかしい……恥ずかしい……こんなの全然カッコよくないよ」


「いいじゃんいいじゃん、可愛いし似合ってるよ。ユリカ」


そう言いながらスクリーンショットをパシャパシャと撮り、微笑む彼女の目線から私――ユリカは目を背ける。

何故彼女が私をパシャパシャと撮影しては微笑んでいるのかは、というとだ。

それはほんのちょっと前、リアルでランコこと鞘華がゲーム機持参で私の家まで来た時のこと。




「いらっしゃい、鞘華。どうぞ上がって上がって」


「お邪魔しまーす」


私こと百合香は鞘華の手を洗わせてから自分の部屋まで案内して、椅子に座らせた。

部屋はそれほど珍しい物ではなく、正直今どきの女の子ならこんな形になっているだろうと言う陳腐なものだ。

勉強机、本棚、ベッド、クローゼット、タンス、ゲーム機……そう、ありふれた物が置いてある部屋。

だからこそ、鞘華がいちいち興味をもってあちこちガサゴソ漁る真似をするとは思わなかった。


「ここが百合香の部屋かぁ……前に来たときとちょっと変わってるし、今の内に匂いでも堪能しよっと」


「変態にしか聞こえないよ、鞘華」


いやまぁ、私も時々剣城家に遊びに行ったら鞘華の部屋の香りを堪能することくらいあるから鞘華にアレコレ言えないんだけど。

それでも口に出して言うのはちょっと引くなぁ……なんて、勝手なことを思っていたら。


「ベッドの下に何かあるかな」


「それは同級生の男子の部屋に行ったときにやることだよ!?」


突然こっちにお尻を向けるから何かと思えば、私のベッド荒らし……と言っても、問題はない。

私はやましい物なんてわざわざベッドの下なんて陳腐な場所に隠すような真似はしない。

だからまぁ、ガサゴソと漁られたって別に何があるわけでもないんだけどね。


「うーん、ベッドの下には反応なしか」


「なんで家宅捜査しに来た警察官みたいになってんの、鞘華……」


私はテンションが若干おかしい鞘華にツッコミを入れつつ、ホントに見られてはならないモノを見られずに済んでホッとした。

ま、流石にデジタルデータを覗き見るような真似なんていくらなんでもやるわけないし、わざわざ慌てることでもないよね。


「……ん?今、なんだか怪しげな気配を感じたんだけど」


「もう、SBOじゃないんだからそんなことあるわけないでしょ」


「いや、その雰囲気は――あった」


「ヴぇ」


声にならないくらいの変な音が私の喉から絞り出された。

鞘華は辺りをキョロキョロと見回したと思ったら、私が半年ほど研究して隠したメモリーカードを手に取っていた。

それは今頭につけているARデバイスにセットして使う物で、パソコンにおけるUSBみたいなものだ。


「え、あ、さ、鞘華?」


「これがなんか怪しい気配みたいなの出してたんだよねー。セットっと」


「ちょ、待っ」


敢えて隠ぺいのセキュリティを甘くし、怪しくないものと見せかけていたメモリーカード。

しかしそれは私が人に見せるのは少し……いや、かなりはばかられる程の物が入っている。

電子書籍として親の名義で購入した、ちょっとばかりいかがわしい書物……端的に言えばエロ本!


「おっとごめんね百合香」


「ひでぶ!」


急いで止めに入る私を鞘華は一瞬で組み伏せてから、メモリーカードの中身を見始める。

いくら親友でもそれを見られるのは心に大ダメージが繰るどころの騒ぎじゃない!


「待って鞘華!マジ待って!リアルに!ギガステーイ!」


支離滅裂な言語を喚きながら足をバタバタさせながら鞘華による私の秘蔵データの閲覧を止めようとした――

のだけれども、鞘華はもう既にメモリーカードの中身を隅から隅まで確認したようだった。

冷ややかで静かな怒りを含んだ目線、第三回イベントの時のような情熱的な目とは違う物。

……勇一さんが言ってたっけ……『鞘華がマジでキレた時は冷酷で無慈悲で滅茶苦茶怖い』って。


「百合香、ちょーっとお話、しよっか。向こうで」


「は、はーい……」


私は目に涙を溜めながらそう答え、SBOへダイブすることとなった。

場所は幸いにも集う勇者ギルドホーム、他のプレイヤーにじろじろと見られる心配はない。

そこで、鞘華ことランコがストレージから取り出したとっておきのアイテムが私に手渡されたのだ。


「はい、これ着て」


「え、ちょっとそれは恥ずかしいよ……」


「ん?何か言った?」


ランコは腰からアダマンタイターを抜いて切っ先を私の首に突きつけながら、顔に笑みを浮かべる。

その笑みは凄まじい冷気を含んでいて、多分ブレイブさんでも震え上がるだろうなと思った。

だって、その笑みの奥には憤怒の炎がギラッギラに燃え上がっているんだから、氷と炎のコンボに叶う術なんてないよ。


「ひゃ、はーい……」


私は涙を浮かべつつも無理矢理笑みを作ってそのアイテム――メイド服を受け取った。

普段黒いコートに身を包み、英雄の如くカッコいい装備を求める私にとっては凄く恥ずかしい。

N・ウィークさんが着ているバニー服じゃなかっただけマシだけど、メイド服も十分恥ずかしい。

いや、まぁ、メイド服は他人が着る分にはいいけど私が着ると言うのが凄い恥ずかしい。

なんだか、無力にされて誰かに奉仕させられたみたいで……悪い人に負けたヒロインみたいだ。




「んー、でもメイド服着せるだけじゃちょっと足りないかもなぁ……何かいいのないかな」


……で、今に至るわけだ。

鞘華は現在進行形でストレージの中身を漁って悪魔的な笑みを浮かべている。

悪魔的な一面があるのは前から知っていたけれど、こういう方向で来られるとかなり怖い。


「……首輪とか、つけてみる?鎖付きで」


「それだけはやめて……!」


ストレージから猛犬でも飼いならすかのようなトゲ付きの首輪と鎖を取り出すランコの手を掴む。

コレをつけて連れ歩かれでもしたら変な噂が立ちかねないし、掲示板の書き込みがとんでもないことになりかねない。

いくらゲーム内とは言えど、剥ぎコラとか作られたら嫌だよ。


「んーっ、じゃあどうしよっかぁ。なんか面白いのないかなぁ」


「そんなの都合よくあるわけないでしょ……この服、性能ショボいし特に大したことが出来るわけないでしょ」


「そうなんだよねぇ……あ、そうだ。こうしようか」


ふと思い立ったように手を叩くランコ。

一体何を思いついたのか分からないけれど、彼女は手に持っていた首輪をそっと床に置いた。


「ちょっとこっち来て」


「えぇ、何よ……」


私は何か嫌な予感がするなぁ、なんて思いながらランコの傍に立つ。

すると彼女は突然私の腕を掴み、強引に部屋の中まで連れてきてから敷いてある布団の上へ押し倒した。


「ら、ランコ!?何するの!?まさか私に乱暴するつもり!?えっちなビデオみたいに!」


「ユリカうるさい黙って、気分的にお仕置き追加」


「さ、流石にそれは酷すぎるんじゃない……?」


「問答無用、罰を受ける側の甘えは聞かないよー」


「あぅ」


ランコは抵抗しようとする私の両腕を押さえ込み、馬乗りになって私を見下ろす。

よく見ると、武装解除しているどころかもう既に上半身なインナー姿だ。


「で、これから私が何をすると思う?」


「え、いや、あの……わかんない……」


「正解はね……」


そう言うとランコはゆっくりと顔を近づけて来る。

頬に彼女の吐息を感じて少しむず痒いような感じがした。


「えっと、ランコさん?」


「んーっ……」


「ちょっ、ストップ!ストーップ!!」


「ん?」


私はどうにか抑えられていた腕を一本だけ抜いて、ランコの顔をグイッと力を込めて押し返す。

彼女が唇を重ねる寸前で何とか阻止できたものの、私の心臓はバクバク鳴っていて顔は真っ赤になっていることが鏡を見てなくてもわかった。


「ちょっ、なんでこんなことしようとしてるの!?」


「いや、ユリカを徹底的に辱めようと思って。前にリアルでディープなキスでファーストキッス持ってかれたし、やっぱやられたことは三十倍ぐらいにして返さないとさ」


「え、そんな無茶苦茶な……!」


「拒否権はないよ。ほら、暴れたらダメ」


「ひっ、ひぃぃぃ!誰かあああぁぁぁ――っ!」


私の絶叫空しく、その日は私たちを除いて誰もいない集う勇者ギルドホームにて、私はランコに食べられてしまいました。

女の子同士ってこともあって、倫理コード外せば最後の最後まで……って、ダメでしょ。

なんで全年齢対象のはずのゲームでこんなことが起きてしまうんだろう。


「はぁぁぁ……明日から、どんな顔でランコとゲームすればいいんだろう」


ログアウトしてから鞘華はすぐに帰って行ってしまったし、その上休日だからまだ鞘華と会うことはない。

リアルで一線を越えなかったことだけが唯一の救いと呼べるだろうけど、それでもモヤッと来るものはあった。

再ログインしてから縁側で寝っ転がってずーっとそんなことを考えているけれど、そうしていたって何も変わらない。

そうわかっていても、やっぱり引き籠っていた時の名残かそんなことを考えてしまう。


「はぁぁぁぁぁ」


そんな風にため息を吐いているだけでも時間は経つけれど、私は何もする気になれないでいた。

今はブレイブさんももN・ウィークさんもハルさんもログアウトしているし、相談できる相手がいない。

と思っていたら、一人ログインした通知が来た。


「ふーっ、ん……そんなとこに寝っ転がってため息吐いてどうしたのよ、ユリカ」


「あ、シェリアさん。実は――」


正直他人に話して良い悩みなのかはわからなかったけれど、言わなきゃ言わないで根掘り葉掘り聞かれただろうから良いのだ。

ので、私は今日一日に鞘華ことランコのことを少々ぼかしつつ何があったかを話した。

話している途中にシェリアさんが若干顔を赤くしたり『うぇっ』とか『えええ』とか『マジ?』と驚いていたのはこの際どうでもいい。

大事なのはシェリアさんが私のこのモヤッとした感情にどう返してくれるかだ。


「まぁ……その……うんなんて言うかさ、ユリカ」


「はい」


「随分楽しそうな惚気話だったね。彼氏いない歴イコール年齢のあたしに喧嘩売ってる?」


「わ”ぁ”ぁ”ぁ”ごめんなさい」


シェリアさんは満面の笑みで私の胸倉をつかんで持ち上げ、彼女の華奢な見た目からは信じられないほどの馬力を感じた。

飛翔で逃げようと思えば逃げられるけれど、この怒りを込めた笑顔から逃げたら一生関係にヒビが入る気がする。


「はぁっ……ったくもう、恋愛経験ないあたしはアドバイスできるって言えるかわっかんないけどさ」


シェリアさんは私を下ろして座らせながら、自分も座ってからいつの間にか出していたお茶と饅頭を片手ずつに持つ。

そして饅頭を一齧りしてからお茶を一口飲み、ふーっと息を吐いてから指を一本ピンと立てた。


「いーい?恋愛ってのはさ、結局のところヤるための気持ちを増幅させる~、みたいなものなのよ。

それが異性であっても同性であっても、自分の頭ン中や体でそれを認めたのなら立派なもう性欲と同一よ、同一。

まぁつまり、恋愛イコール本能的性欲、オーケー?」


私は無言でそれにこくりと頷くと、シェリアさんはまた饅頭を一齧りして、お茶をズズッと一口飲む。

そこでまた息を吐いてから、私の方に向き直る。


「んで、ホントにヤれるくらいに興奮覚えるような間柄なら、相手といることに多幸感があるってもんなのよ。

あたしが今饅頭食べて喜んでんのと、アンタがランコとエロいことして恋愛するのも同じで、人間の三大欲求満たしてるだけよ。

だから、いーい?自分に正直に喜んで、後ろめたい気持ちなんてどっかにブッ飛ばせばいいのよ」


……なんだか、ちょっと違うような気もするんだけどなぁ。

そう言いたかったけれど、これはシェリアさんがシェリアさんなりに私に向けてくれてる言葉なんだ。

だから、大切なのはこの言葉自体よりも、シェリアさんがどう思って私に言ってくれたかだ。

そう思えば、胸に引っかかっていたモヤモヤは少し納まって来た気がした。


「……ありがとうございます、シェリアさん。ちょっと元気出ました」


「そ、ならよかった。ところで、団子食べる?」


「食べます」


シェリアさんから貰った団子の味は、ほんのちょっとさわやかに感じられた。

ちゃんと、自分に正直に生きて行こう。

箸休め回。

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