第百五十八話:最速の男
「何とか勝てたが、俺もまだまだ未熟だったな」
「いいや、勝ったんだから十分助かるッスよ。強くなるのはこの後からでも出来ることッス。
でも、王の騎士団に勝つって言うのは今じゃあないと絶対に出来ないことッスから」
息をついて戻って来るイチカを迎えながら、ユージンは左手に持っていた団子を差し出した。
自分は右手に持っている方を齧り、ニコニコとした笑顔でイチカに席を譲る。
「そうか……では、今度修行に付き合ってくれ、ユージン。俺もいずれはここの一軍に入るつもりでいるからな」
「いいッスよ、でも集う勇者看板メンバーの座は譲ってやらねえッスからね!」
「しゅ、修行するなら僕も混ぜてください!僕も、もっと強くなってカッコ良くなりたいです!」
男子陣はもう修行の約束をして拳をコツンとぶつけ、イチカとアインの二人はユージンを見送る。
さて、俺たちもユージンに応援の言葉の一つでもかけてやらないとな。
「ユージン、頑張れよ。お前ならきっとニナ相手でも勝てるさ、前回は勝ち寸前だったんだしな」
「そうですよ。その速さは何より物の武器なんですから、キチンと活かせば負けませんよ」
「私も応援してますから、勝ったらご褒美もあげますよ」
「ヤマダさんもきっとどこかで見てるから、皆で応援しますね」
俺、ユリカ、ハル、ランコの言葉を受けてユージンは若干涙ぐんだがすぐに目をこする。
失敗続きだっただけに、こうやって期待されたら涙だって出るよな。
「うおーーーっ!皆にそこまで期待されたら絶対に勝つしかねえじゃねえッスか!よぉし、見ててくれッス!俺の勇姿!」
ユージンはそう言って飛び跳ねるように走って行き、客席から控室を抜けて一気に入場する。
入場してくる時にはとんぼ返りやらバック転やら体操選手を思わせるような大技で闘技場へと入場してきた。
着地まで綺麗に決めたからか、客席からは歓声がキャーキャーワーワーと響いて大盛り上がりだ。
「集う勇者三番目!最速の男、ユージン!ここに参ッ上ゥッ!」
変身ヒーローのようなポーズまで取って、エンターテイナーの鑑だなアイツは。
と言っても、戦いの方にも集中して欲しいんだが……。
ユージンの前にゆっくりと現れるのはニナ、王の騎士団の三番目の女だ。
「……レイドボス戦ぶり」
「そうッスね。でも、俺からすると第三回イベントぶりなんッスわ。
だから……今度こそ俺が勝って、一緒に茶ァ飲んで貰うッスよ」
「いいよ、私が勝つから」
「決まりー。じゃ、負けても泣き言言わせねえッスから」
ユージンは前のイベント同様ナンパなんてしているが、目つきは真剣だ。
腰の短剣を抜き放ち、いつもの腑抜けた顔から一転した真剣な顔つきでニナと対峙する。
ニナは無表情のままに、仕込み刀を抜いて鞘を腰に差す。
『それでは、試合開始ィ―ッ!』
「超加速!」
「超加速!」
コンマ0.5秒ほどズレて、二人がそう叫んでからアバターをブレさせた。
スピードアタッカーである二人は闘技場のど真ん中で金属音を鳴り響かせながら、高速の剣戟をぶつけ合っていた。
ユージンは短剣二刀流による凄まじい猛攻を繰り出すが、ニナは防御に徹してそれを捌き切っている。
「中々やるッスね、前よりも速くなってるじゃないッスか!」
「当然、貴方に勝つために仕上げて来た」
「でも……レオに負けてるんじゃ、俺には届かないんじゃあないッスかァ!?」
ユージンは更にギアを上げ、タタンと踏み込むとニナの胴に二撃当てた。
防御力が低く、攻撃力と素早さの高い二人ならば当てたもん勝ちだろう。
故に、今ユージンが攻撃を当てたのは幸先の良いヒットだ。
「ッ……!確かに、私じゃ貴方には追い付けない!でも、そのために色々と覚えて来た!」
ニナは刀を腰に納め、風の魔法を叩きつけてユージンとの距離を無理矢理に開かせる。
そして、ユージンが直撃を嫌がって後ろに跳んだところで二人の距離は大きく開いた。
ニナは腰から小さな宝石を取り出し、指に挟んだ合計八つの宝石を地面に投げ捨てる。
「【ジュエル・マリオネット】!」
「チッ、結局数の暴力ッスか……!でも、ブレイブさんの奴に比べたらマシっすね!」
ニナが地面に捨てた宝石からは蝙蝠の翼を生やし、矢印のような尻尾を下げ、右手に剣を握ったエネミーが現れた。
如何にもな悪魔って見た目だが、その肌などは宝石のように輝いて少しキラキラしている。
俺の小鬼召喚と似たようなスキルなんだろうが、ニナが召喚したエネミーのサイズは結構小さい。
攻撃が当てづらいと言えば良いだろうが、大した攻撃力は見込めないのだろう。
……と言っても、対ユージンなら十分な攻撃力になるんだろうけれど。
「さぁ、行きなさい!」
「ヘヘッ、自律行動出来ないってんだったらお粗末なモンッスね!」
ニナがオーケストラの指揮者のように手を振り始めると、ジュエル・マリオネットとやらは動き出した。
翼を羽ばたかせ、一直線にユージン目掛けて突撃していく。
「超速剣!強風乱舞!」
ユージンの腕が分身して見えるかのような高速の剣戟がマリオネットたちを斬り落とした。
見事な腕前だと言わざるを得ないその強さ、ユージンはヘッと笑ってニナとの距離を詰める。
「シャァァ!」
「ハァッ!」
ニナは第三回イベントでユージンのアバターを切断したあの正体不明の技――
地面からの遠隔斬撃を放ったが、ユージンはそれが当たる直前にジャンプしてダメージを最小限に抑える。
「そぉりゃぁッ!」
ジャンプした隙を狙わせないためか、ユージンは腰から投げナイフを抜いて投擲する。
ニナは居合の構えを取っていたが、ナイフを落とすためにユージンを狙うことを諦めたようだ。
「貰ッ、たぁっ!」
「くっ!」
その一瞬を突いてユージンはニナに肉薄し、ニナに剣を受け太刀させた。
ユージンの間合いはニナには近すぎる、ここからはユージンのターンってわけだ。
あと一歩下がればニナの間合いだが、ニナの一歩などユージンならすぐに詰めてしまうだろう。
「決めるッスよ、強風――ッ!っぶな!」
ユージンは必殺スキルである強風乱舞を放とうとしたが、突然手を止めてニナの背後を取るようにジャンプする。
何故チャンスなのにも関わらずその手を止めてわざわざニナの背後なんて取ったのか。
それは先ほどユージンが斬ったはずのジュエル・マリオネットが強襲してきたからであり、ユージンはそれを察知したのだ。
だから、両方を相手取れるようにとユージンはジャンプしてニナの背後へと回り込んだのだ。
「ただ斬るだけで終わると思った?」
「思ったッスよ、厄介な敵ッスね!」
ニナは片手だけでマリオネットを操り、ユージンに向けて突撃させる。
ユージンはスキルを使わずにどうにか捌こうとしているが、いかんせん数が多い。
大雑把な攻撃だったとしても、五体のエネミーかつ小さいともなれば避けるのは難しいだろう。
「クソッ、意外と厄介ッスね!前言撤回ッス!ブレイブさんの小鬼と同じくれぇ面倒ッス!」
「そう、ならいい。死になさい」
ニナは刀身を光らせ、地面に向けての斬撃を放つ。
マズい、マリオネットのせいでユージンは思うように動いていられない。
そこにニナの遠隔斬撃まで入ったら――!
「ユージン!今すぐジャンプしっ……え」
俺は急いで叫ぶが、途中で言葉を失った。
だって、ユージンは一刀でジュエル・マリオネットを斬り伏せたのだから。
その上、ニナの放った遠隔斬撃を難なく躱し、ニナの腹に投げナイフを刺していたのだから。
「何、今の速さ……!」
「神速。アンタんとこのアルトリアさんが使ってたスキルっすよ。
俺はまだ限定的で、ほんの一瞬しか使えないんッスけどね」
「っ……!忌々しい速さ!」
ニナは腹に刺さった投げナイフを抜いて捨て、ジュエル・マリオネットを復活させようとする――
が、ユージンはその場に倒れているマリオネットたちに短剣を突き刺した。
刺したところはそのマリオネットたちの頭だ。
「最初に出て来たのは八体、なのに復活したのは五体なんッスよね。
じゃあ、復活したのと復活しなかったのにはなんか差があるハズなんッスよ。
その差は何かっつったら、俺ン中じゃ頭の損傷だと思ってたッスけど、当たりみたいッスね」
ユージンがそう言うと、転がっていたマリオネットたちは今度こそ砕け散った。
なるほどな……頭はプレイヤーでもモンスターでもクリティカルヒットになる部分。
俺の召喚する小鬼たちもそうだし、ジュエル・マリオネットたちもそれに該当するのか。
「……もう、見抜いたの」
「へへっ、俺を甘く見てるんッスかぁ?俺だって考えなしのヴァカってわけじゃあないッスよ!」
ユージンはキメ顔でそう言うが、まだ勝負はついてなどいない。
が、ニナの優位性を保つためのマリオネット、ニナの奥の手であろう遠隔斬撃。
それらを真正面から乗り越えたともなれば、精神的な優位性はユージンにあるだろう。
「良い流れですね、このままいけばユージンさんが勝てるでしょう」
「えぇ、ここからが大事ですが、勝ち目は十二分にありますね!」
ハルとユリカはこの流れにきゃっきゃきゃっきゃとはしゃぐが、ランコは怪訝な顔をしている。
ユージンが何らかのミスをしてやられるパターンでも想定しているんだろうが、大丈夫だろう。
いくらなんでも、一度負けた相手にそんな油断から生まれるようなミスなんてしないハズ……だと信じたい。
「……なら、コレはどう?」
「ヘッ、まぁた遠隔斬撃ッスか?同じ手が通用すると思うなんて、俺も舐められてるッスね」
ニナは刀身を薄い緑色のライトエフェクトで包み、一度鞘に納める。
取るのは居合の構え、ユージンは短剣を二本クロスさせて構える。
「ハァッ!」
「ッ!速っ……!」
ニナが超高速の居合を放つと、それはユージンのいる位置から数メートル以上離れている闘技場の壁を斬り裂いていた。
ユージンは咄嗟に高く跳んだためにそれを回避できていたが、今のニナの斬撃はどう見ても遠隔斬撃ではなかった。
斬撃を飛ばすタイプのスキルなら、その衝撃波や放たれた斬撃の軌跡が見えても良いはずなのに俺には見えなかった。
そして、真正面から見ていたユージンにも飛んできた斬撃が見えないのなら、それはもう遠隔斬撃ではないと確信しているだろう。
「刀身の長さ、拡張できるんッスね……!ソレ……!ビビって死ぬかと思ったッスよ」
「……でも、まさか避けるなんて。これを避けられたのはあの三人だけだったのに」
そう、ニナはあの刀の刀身を一瞬だけ拡張していた。
俺とハルは同じ結論に至っていて顔を見合わせてから頷いた。
そしてニナ自身がそれに頷いていることはもう間違いなく距離を拡張するタイプの斬撃だろう。
「じゃあ、今度はこっちの番ッスね、っと!」
「っ!」
「もう遅いッスよ、暴風乱舞!」
ユージンは一息にニナとの距離を詰め、遠隔斬撃も斬撃距離拡張も意味をなさない状況を作り出し――
自身の全力の乱舞を放った。
「ウゥゥゥリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャァァァッ!せいっ、ヤァッ!ッス!」
「あ、ぎ……っ!なんて、速いの……!」
ユージンの剣戟はニナの全身を斬りつけ、流石にレオのようにバラバラにすることは出来なかった――
が、彼女の身に纏っている防具をボロボロにし、HPをあと僅かまでに削り切ったのだ。
「これで、終わ――ってわっ、ちょ……!」
ユージンはニナに背中を向ける形で剣を振り抜いた姿勢から振り返ったと思うと、ニナから顔を背けて下がり出した。
どう見ても絶好のチャンスだったと言うのに、ユージンは顔を真っ赤にしてニナの方を見ないようにしていた。
「?なんで、わざわざ距離を…………あっ」
ニナもユージンの行動に首をかしげていたが、自分の格好を見て気付いたらしい。
……うん、やっぱそういう理由で下がったんだな、ユージン……と俺たち男性陣は納得した。
だって、ニナの着ている服がボロボロになったと言うことは、元々露出度の高いニナはとんでもない格好になってしまうのである。
ユージンは流石にあそこまで露出されるとやり辛いと言うか戦い辛いようで、かなり悩んでいるようだ。
流石に全年齢対象のSBOでは局部が丸見えになることはないが、それでも破廉恥と言える格好だ。
「……心外、服で戦うのを拒まれるなんて」
「ふぅ……良かったッス、流石にボロボロの服の女の子をブッ飛ばすのは気が引けるッス」
ニナはため息をつきながら服を予備の物に変えたようで、斬り裂かれる前の格好に戻って刀を持ちなおす。
ユージンはホッと息をついて剣を構え直し、ニナと対峙する。
「それじゃあ、仕切り直しね」
ニナは服を変えると同時にHPまで回復していたようで、ユージンと大体同じくらいだ。
ユージンもカスり当たりなどでHPを削られているが、八割以上はキープしている。
「そうッスね……今度は、健全に決着つけるッスよ!」
「フフフ、面白い人」
「ハハハ、ありがとうッス」
初めて見た時から笑うことのなかったニナが、ユージンを見て笑った。
そして、ユージンもニカッと笑って互いに武器を薄い緑色に光らせる。
「【嵐星斬】!」
ニナは刀に星々を纏わせ、巨大な嵐を呼ぶと共に斬撃を放った。
流星剣に風を加えた、強化版のスキルってところか……!
威力、攻撃範囲、速度、どれに対しても対処するのは至難の業だろう。
だがこの集う勇者で最速の男である、ユージンは。
「【疾風怒涛】!」
剣だけじゃなく、全身に風を纏ったユージンは一度バック転で闘技場の壁際にまで移動した。
そして、壁を蹴っ飛ばして剣を突き出した姿勢でニナに向かって突撃した。
その速度は今までのユージンの速度の比ではなく、恐らく俺が制御不能になる程の速度を上げた時よりも速いだろう。
「いいいいいぃぃぃけえええぇぇぇぁぁぁッ!」
「ハ――っ!綺麗……」
嵐を突っ切って来たユージンがニナの胴体を全身でブチ抜く瞬間、ニナはそう呟いた。
そして、両腕と両足を星と風に斬られてぐちゃぐちゃにしたままユージンは地面に倒れ込む。
嵐は止み、星は虚空へと散り、勝者たる男だけが闘技場のど真ん中に倒れていた。
「ハハッ……、やったッスよ……皆……!」
ぜえぜえと息を乱しながら、ユージンは首だけを俺たちの方に向けて笑う。
俺たちも親指を立ててそれに返し、微笑んだ。
集う勇者VS王の騎士団、2-1で俺たちが一歩リードだ。
プレイヤーネーム:ユージン
レベル:80
種族:人間
ステータス
STR:90(+150) AGI:173(+185) DEX:30(+50) VIT:0(+20) INT:0 MND:0(+20)
使用武器:アダマンダガー・改×2
使用防具:剛烈ハチマキ ジャッカルジャケット・改 根性シャツ・改 チーター・ブーツ 瞬敏手袋 爆速ズボン・改 回避の指輪+1