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第百五十二話:星穿の狩人

「っ、はぁ……ホントごめんね、ユリカ……」


「いいよいいよ、ランコ。まだ負けが決まったわけじゃないんだしさ」


 私、ユリカは今現在申し訳なさそうに私の胸に顔を埋めてるランコの頭を撫でる。

 予選でも皆全勝だったのに私だけぷくぷく倶楽部のキングに負けたし、一回戦でもGianTに手も足も出なかった。

 だったら、今こそ私が名誉挽回の一勝を決めてブレイブさんにバトンを渡す時ってワケだ。


「ユリカ、こういうことはあんまり言いたくねえけど……絶対勝ってくれ」


「勿論ですよ、一勝もぎ取ってダブルピース決めてやりますから」


 私はランコを座らせてから、心配そうにするブレイブさんに向けて親指をグッと立てる。

 で、アインは口をへの字に曲げながらも私の前に立っている。生意気。


「何よ」


「悔しいけど! 僕もランコさんも負けたからアンタに託す! 頑張れよ!」


「言ってろクソガキ、アンタに託されなくても勝って来てあげるよ」


 ちょっとブレイブさんっぽいかな、と思いながらも私は口角を釣り上げて笑う。

 こんな口汚く言うのは私の憧れた英雄の姿じゃあないけれど、私のかつての相棒、今の友達にして師匠。

 ブレイブ・ワンの言葉が私の剣にも乗っかっているのなら、私だって彼みたいに振舞ったっていいだろう。

 と言っても、急にこんな風な言い方したらイチカさんとブレイブさん以外は目を見開いて驚くんだけど。


「そ、その、ユリカさん。頑張って、くださいッス……」


「はい、ちゃんと勝ちますから。そう震えないでくださいよ」


 自分が負けたせいでこんなピンチなんだから、と思ってそうだけれど気にしない気にしない。

 私だって一回戦で負けたせいギルドをピンチに追い込んだんだから、人に言える立場なんかじゃあない。

 ので、ニッと笑ってユージンさんを笑顔で安心させ……られなかったみたいだ、ユージンさんも笑みが引きつってる。


「ユリカさん。なんだか目つきが怖いですよ」


「え、怖かったですか」


 ハルさんは骨付き肉を齧りながらも若干引き気味だ。

 うーん、やっぱ私のアバターって目つきを鋭くしたせいで高圧的な印象が強いのかなぁ。


「私はユリカの目、怖くないし好きだよ」


「ランコ……ありがと」


 私はランコをもう一度抱きしめてから、イチカさんと無言で目配せしてニッと笑う。

 そして、今度はブレイブさんと目を合わせる。


「ブレイブさん」


「あぁ、頼むぜ」


「勝ちますよ。例え相手が誰であっても」


 私は振り返って皆に背を向けて、客席から控室を抜けて闘技場へと入場して行き――

 凡そ日本人のアバターとは思えないほどの巨漢と相対し、自分はつくづく巨漢と縁があると感じる。

 相手はつい最近アルゴーノートに加入し、その強さでランコを倒したアステリオス以上の地位に就いた男。


「集う勇者に入ってくれなかったの、ちょっと怒ってますからね、オリオンさん」


「ハハッ、悪い悪い。あの時はホントにギルドとかに入るつもりはなかったからな」


 そう、私の相手はあのオリオンさん、レイドボス戦でも大活躍だったあの狩人だ。

 ある女性プレイヤーと一緒に仲良くSBOを遊び、ソロプレイヤーの中で名を馳せた男。

 掲示板でもソロの中では話題も話題であり、ギルドからの誘いがひっきりなしに来ていたのが記憶に残っている。


「勧誘の防波堤代わりに入った、とかだったら私怒りますよ」


「んなこたねえよ、俺は本心からアルゴノートに入りたくて入ったんだぜ」


 オリオンさんは豪快に笑いながらも、彼の目はとても真剣なのが伝わってくる。

 彼は本当にアルゴノートの一員として、集う勇者と相対するためにここにいるんだ。

 その理由を彼は語っていないけれど、恐らくその理由は愛なのだろう。


「なら、私も愛する人のために全力で戦います。貴方がそうするのなら!」


「おう、愛した奴のために本気出せるのはいいことだ。だから悪いが今回は俺も本気だ」


 オリオンさんの目つきは変わり、確実に私を殺すような目つきをしている。

 それだけで私は気圧されそうになるけれど、気迫で負けていたら今回の戦いには勝てない。

 だったら、簡単にやられてやるつもりなんてないってことを見せてやる!


『それでは試合、開始ぃーっ!』


「スーッ……フーッ……!」


 試合開始の合図が響くと、オリオンさんはこん棒と弓を抜いて深呼吸をする。

 私は背中から剣を抜いてクロスさせた状態でスキルを詠唱し、オリオンさんの出方を伺う。

 間合いとしては弓使いである彼の方にあるけれど、私だって二歩踏み込めば届く距離だ。


「ゥッ! 潰れろォッ!」


「クロッシング・スラッシュ!」


 二本の剣をクロスさせてから放つ斬り下ろしと、オリオンさんが踏み込んで振り下ろして来たこん棒がぶつかり合う。

 それらはガツゥン、と凄まじい金属音を響かせると――


「きゃぁっ!」


 私を紙細工のように吹き飛ばし、私は空に浮かされた。


「オラッ、よッ!」


「ッ! ハァッ!」


 こん棒から矢に持ち替えたと思うと、オリオンさんは左手に握る弓で矢を三連続で放ってきた。

 私は空中で飛翔を発動させて飛んでくる矢を斬り落とし、そのままもう一度オリオンさんに斬りかかる。


「フゥッ、せいっ!」


「ジェット・ストライク! ぐっ……ぁぁっ!」


 空いた右手と弓を握る左手をぶつけ合わせて火花を散らし、オーラを纏わされた拳が私の剣の切っ先とぶつかる。

 が、またも私はパワーで押し負け、低空ながらも空中に投げ出されてノックバックさせられる。

 オリオンさんは弓に矢を番え、今度は数ではなく一本の強さを重視したのか矢を強く引き絞る。


「避けられると思うなよ? ソリャァッ!」


「んの……! 避けなくたってぇぇぇ!」


 飛んでくる矢をクロスさせた剣で受け、当たれば致命傷になりかねない矢の軌道をどうにか逸らす。

 空中じゃあ的になるだけだし、一旦地上に降りて――


「フン!」


「おわっ! い、石……?」


「闘技場の地面も、立派な武器になるもんだな」


「えぇ、うそぉ……」


 オリオンさんはどうやら拳で地面を砕いて、適切なサイズの石を用意したようだ。

 それも、三個や四個じゃ数が効かないほどのものを……!


「それじゃあ、ストライクはいくつ出るかな!」


「一個も出るか!」


 私は加速を発動し、高速の剣戟を繰り出すことによって石を全て叩き落とす。

 けれどその隙にオリオンさんはこん棒を持って私に接近してくる!


「くらえっ!」


「当たるもんか……!」


 私は横薙ぎに振るわれるこん棒の攻撃を屈んで躱し、超低空飛行状態に移る。

 そしてそのまま体を捻り、無防備な足に蹴り一つ!


「足を狙ってのバランス崩しか。悪くない手だが、俺の体幹は強いぜ?」


「理不尽!」


 なまでに強い、私はそう思って追撃に振り下ろされるこん棒を躱しながら距離を取る。

 距離を取れば弓矢が飛んでくるけれど、まともに受けることも出来ないこん棒に比べたらマシ!


「そぉら、よッ!」


「ッ! さっきよりも強い……!」


 飛んでくる矢を打ち払うけれど、さっき打ち払った弓矢よりも威力も精度も上がっていた。

 生半可な受けじゃ簡単に打ち破られるし、全力で防御に徹していても勝てる相手じゃない。

 攻めるために一歩踏み込んだとしても、向こうは拳とこん棒で近接戦にも対応して来る。


「……なんだ、凄い理不尽なゲームじゃん」


 私は着地しながらそう呟くけれど、やる気がそがれるとか絶望するとかはない。

 なんてたって、そういう理不尽な状況を己の剣のみで覆すのが私の知る英雄の姿だ。

 憧れをこの身に纏うのならば、私もその理不尽な状況をこの剣で覆すのみだ。


「ランコ……応援しててね、絶対勝つから」


 私の唯一無二の親友にして、この世の何よりも愛せるであろう人。

 彼女の応援されあれば、私は勝ち目のある戦いであれば絶対に勝って見せる。


「……ふぅ。女の子を泣かせる趣味はないから、泣かれると困るんだが――

イアソーンから、『集う勇者だけには全力でやれ』って言われたからな。奥の手を使わせて貰うぜ」


 オリオンさんは私のを目をしっかりと見たと思うと、一度弓とこん棒を地面に捨てる。

 そして、自由になった手をグッと握りしめてから力を溜めるように腰を落とす。


「はぁぁぁぁぁ……! 『我が命 我が理想 我が魂 月女神に捧げよう 肉体に豪快なる力を 精神に情熱の炎を そして我が愛をここに示そう』」


「詠唱つきスキル……!」


 アステリオスもやっていたアレ、内心カッコいいと思うのと同時にヤバい香りがしてくる。

 詠唱文から考えられるのはセルフブースト系スキル、多分対応するのは難しい……! なら!


「超加速、超加力!」


「【ムーン・ラバーズ】!」


 スキルを唱え終わると、オリオンさんのアバターは一回り大きくなった。

 更に筋肉が増し、ズボンとブーツははち切れんばかりに膨れている。


「そんなに大きくなって、鈍重になるんじゃあないですか? まるで世紀末にいる偽りの天才じゃないですか」


「ハッ、こんなもんだと思うなよ? 【獣性の豪腕】!【星穿の狩人】!」


「いやぁ……これは……嘘だと言って欲しいなぁ」


 オリオンさんは更に腕が大きくなり、獣のような体毛に覆われた豪腕となっている。

 加えて、何らかのオーラまで纏っているせいでなんて表現すれば良いかもわからない人になっている。

 プレイヤーなのかモンスターなのかもわからない禍々しさと神々しさの混ざり合った姿――


「まるで、究極の人間ですね。さっきの言葉を取り消したいくらいです」


 神の祝福、獣の力、星をも見据えるその学習能力……人間の偉業や逸話をまとめたものみたいだ。

 とても恐ろしい姿だと感じるのと同時に、英雄のような輝きも感じられる。


「この姿だと加減が効かねえからな。覚悟しろよ?」


「お互い短期決戦は望むところ、ってワケですか。決められる側としては、望んでないですけど!」


 そう言葉を交わした後は、お互いの武器を構えて空中で交差する。

 お互いに武器を振り抜いた姿勢で静止しているけれど、私は信じられないとしか言いようがなかった。

 オリオンさんのこん棒の攻撃は大振りであるが故に躱せる、そして返す刀で斬りつけることも出来る。

 けれど、彼が大振りなのは細かい所作による調整を必要としないからだった。

 例えカウンターで斬りつけられたとしても、彼の肉体には傷一つつかないのだ。


「通常攻撃じゃダメか……!」


「そんなもんか、お前の力は」


 オリオンさんはグググ……と矢を引き絞り、矢が放たれたとは思えないような音と共に弦を手放した。

 風切り音どころか、ジェット機のような音と共に飛来する矢。

 当然、それを斬ろうとするなんてアホのする真似……故に、私は半身を捻ってそれを躱し――


「アダマン・ペネトレートッ!」


 踏み込んで、全力の突きを放つ!


「フンッ!」


「ッ! これでもダメなのか……!」


 両手が塞がっているオリオンさんは右足を薙ぐように払う。

 それだけで私の全力の一撃は弾かれ、私自身も空中で右腕に体を持っていかれる。


「ダァラァッ!」


「ッ! あぶな……わ!」


 オリオンさんの拳の叩きつけ攻撃を躱すと、間髪入れずにこん棒が投擲される。

 飛翔のおかげでどうにかそれを躱すけれど、本当に紙一重の攻防だ。

 少しでも判断を誤れば私は確実にやられるし、恐らくそれは一撃必殺だろう。


「ソォォォリャアアアッ!」


「あっ!」


 獣のように飛び掛かって来るオリオンさんは、私の右手の剣を巻き込みながら壁に突っ込んだ。

 壁は無残なまでに砕け散り、私の剣はすっ飛んで行って地面に刺さった。

 ヤバい、片手だけでオリオンさん相手に打ち合うのは無謀すぎる!

 だったら、もうアレしかない!


「ハァァ!」


「ッ、F1レーサーの車のがまだ遅く感じますよ……!」


 ギリギリで反応できる速度で突っ込んでくるオリオンさんに背を向けて走り、私は壁に足をつけて――!


「ラァッ!」


「っ! 飛翔あって良かった……!」


 壁目掛けて拳を振るい、壁を粉砕するオリオンさんを飛び越えるように私は彼の背後を取る!


「間に合え! 魔力放出!」


「ッ!? 何……!?」


 私の全MPを使用して生み出された氷の木々や氷壁がオリオンさんのアバターを覆いつくす。

 勿論、彼の馬鹿力を考慮して拘束は幾重にも巡らせ、その上で地面や壁ごと凍らせて癒着を強くする!


「……ァァァ! このくらいぃぃぃ! 俺の力でブチ砕いてやるぁぁぁ……!」


 恐ろしい事に、オリオンさんは私が次のアクションを起こすよりも先に氷の木々にヒビを入れている。

 コレはブレイブさんでも壊すのに多少の時間を有していたのに……! オリオンさん、どんなSTRしてんのよ!


「でも、私のが速い……! 『金剛ノ乙女の中で全身を貫かれ、苦痛と共に死に絶え、魂をも焼かれ、地獄へと堕ちよ!』」


「そ、その詠唱は……!」


 オリオンさんも何が来るか、もう察しただろう。

 けれど、HPがマックスな今だからこそできる私のスキル、今だけなら多分私だけのスキル!


「アダマン・メイデン!」


 鉄ではなく、金剛石によってくみ上げられた処刑器具。

 観音開きとなる針だらけの扉は、凍らされたままのオリオンさんをゆっくりと吸い込む。


「ッ! 確かにコレなら俺もタダではすまねえだろうな……! だが! まともに食らえば、な!」


「もう、砕いた……!?」


 オリオンさんは雄叫びと共に氷を砕き、彼を吸い込みながら閉じようとする扉に手をかける。

 かつてN・ウィークさんや私がやろうとした時のように、扉へ抗っている!

 彼のパワーは私や彼女以上のものであり、現にアダマン・メイデンの扉を凹ませている。


「こんなぁぁぁ、こんな、もので! 俺がやられるかァァァ!」


「でも、それは想定済ですから! N・ウィークさんや私に出来なかったことを! 誰かが出来るかもしれないと思ってたから!」


 私は予備の剣を抜いて、左手の剣をオリオンさんに向け、飛翔して彼に向かって飛び込む。


「ジェット・ストライク!」


「ッ、効くかよ……!」


 グググ、と剣を押し込もうとしても彼の体には私の剣は通らなかった。

 破壊不能オブジェクトを叩いてるのかと思う程の堅さだ。


「ラァッ!」


「あぐっ……!」


 頭突きで私は無理矢理下がらされるけれど、今はそんなことを気にしていられない!

 幸いにも威力の籠っていない頭突きだったから、くらっても耐え切れた!


「カンテス・トゥエルレイション!」


「ゥゥゥッ、しつこいぞお前……!」


 私の高速の十二連撃が彼の体へと次々に放たれ、少しずつながらもその身に傷を負わせていく。

 あと少し、あと少し押し込めれば!


「ユリカーッ! 頑張ってーーーっ!」


「ランコ……!」


 彼女の一声と共に、私は最適な行動を導き出すAIのようにアバターを動かしていた。

 アダマン・メイデンの中にオリオンさんを押し込むよりも、私は先にアバターを動かした。

 アダマン・メイデンの代償はとっくに支払っているけれど、まだ支払う方法はある。

 HPの大幅減少、それは弱体状態を解除するポーションとHP回復のポーションで先んじて治した。

 ならば、また同じことをやればいいだけの話だ。


「【アダマン・メイデン・セカンド】!」


「なっ、おま、それは……!」


 詠唱を済ませ、ポーションの瓶を咥えて私は手を翳しそう叫ぶ。

 すると、オリオンさんが拮抗していたアダマン・メイデンの後ろにもう一つの処刑器具が現れる。

 最初に出したのよりも一際大きく、プレイヤーよりも大きなものを飲み込むためのようなサイズ。


「ぐっ、がああああ……! ち、畜生ォォォッ! アルテッ、ミス……すまん……! ギリシャ随一の狩人が、この、ザマ……だ……!」


 四枚の針の扉が閉まる力には勝てず、オリオンさんはその硬い体を貫かれた。

 そして、あっという間にHPを全損しその体をポリゴン片に変えて砕け散らせた。

 そして、六番目……私、ユリカの勝利をここに納めた。

プレイヤーネーム:ユリカ

レベル:80

種族:人間


ステータス

STR:100(+250) AGI:138(+150) DEX:0(+10) VIT:30(+120) INT:0(+) MND:25(+150)


使用武器:金剛狼呪剣、ソウルブレイカー

使用防具:大悪鬼の冠・改、大悪鬼の外套、アダマンアーマー・改、アダマンソール・改、休魂手袋、双星のスカート、休刃の鞘×2

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