表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
150/270

第百五十話:いつもの

「本当に、ホンッとぉぉぉにすまねえッスゥゥゥッ!」


 ガツーンと床に頭を打ち付けて土下座する彼を、私──ハルは見下ろしていた。

 三番目の試合で文句がつけようのないほどの敗北をしたユージンさん、彼はこれで二度目の敗北だ。

 アインさんが一回戦で一勝を上げているのに対して、彼は本戦でまだ一勝もしていない。


「あー……その……兄さん、ハルさん、なんかその怖い顔やめてくれたりは……しない、かな?」


 歯切れが悪そうに言うランコさんを無視して、私はユージンさんを立たせる。

 口をへの字に曲げて申し訳なさそうにしている彼の背中を押して先輩の前に突き出します。


「……お前は頑張ったよ。ユージン」


「ありがとうございますッス。でも、俺……」


「いいよ、負けは取り返せばいい。なぁ? ハル、ユリカ。

お前らはユージンの分までキッチリと勝ってくれるよな?」


 先輩のその言葉はただ同調させるための圧力ではなく、私たちを信頼してくれた言葉。

 朧之剣との戦いで敗北して醜態を晒した私たちにとっては、汚名返上の良い機会です。

 何よりも……先輩から信じて託された戦いと言うのなら、負けてやるわけにはいきません。


「当然ですよ、これ以上無様な姿を晒すわけにはいきませんから」


「えぇ、今度はちゃんと実力勝負出来そうな相手ですからね」


 私とユリカさんはそう答え、拳を互いにぶつけ合ってから私は応援の言葉が告げられるのを背に控室へと足を運びます。

 そのまま足を止めず、アインさん、イチカくん、ユージンさん、ランコさん、ユリカさん、先輩の応援を胸に闘技場へと入場します。

 私の対戦相手はボルクス……アルゴーノートにいる双子の兄弟の弟で、片手剣使いのボルクスだ。

 兄のカステロとの連携が真骨頂のようだけれど、一人一人が強いのはユージンさんとの戦いで良くわかった。

 それで、カステロの動きを見ていたおかげで私はボルクスの動きを完璧に予測し、どう動くかを理解できた。

 故に――


「徹底的に叩き潰します」


 そう言い切って、私は修繕された鎧と共に胸を張りながらボルクスと対面します。

 彼は兄のカステロ同様にウール素材の布を巻きつけたエクソミス、即ち右肩を出した服の着方……確か、これを含めてキトンと言うんでしたっけ。

 革のサンダルに加えて、髪も短く反り上げたアバターであることを見ると、彼は正に古代ギリシャの男そのもののアバターです。

 彼は剣士なので運動量に耐えるためにか下には不釣り合いな黒いズボンを履いていますが、これも歴史に倣ったもののようで、兄弟揃って熱心なギリシャオタクなのだと私に感じさせました。


「軌道に乗っている以上、私も兄のように一勝挙げさせて貰おう」


「そう意気込んでいる所に申し訳ないですけど……私が負ければ後がないですし、私個人としても汚名を返上したいところなので、そこは譲れません」


 私は腰から剣を抜き、左腕に盾をくくりつけ、腰を落として構えを取る。

 ボルクスはフッと笑うと私が使っているような細目の片手剣を抜き、最短距離で私を突きに行けるような構えを取りました。

 どうやら彼は細身の片手剣と言うこともあってか、突きを主体とする戦いが得意なようですね。


『それでは、試合開始ぃーっ!』


「せぇやぁっ!」


「ッ!」


 スキルの詠唱もせずに、いきなり高速の突きを放ってくるとは……!

 ガツン、という音と共に重い衝撃がビリビリと私の盾から腕、肩へと伝わってきました。

 こんな細い片手剣だと言うのに、重く感じます……!


「中々良いを攻撃しますね、細いのに重いです……!」


「そちらこそ、随分と硬いようですね」


 私たちはそう言葉を交わすと、片手剣の突きと大盾の受けによる攻防が始まりました。

 ボルクスの放つ片手剣の連続突きは軌道が直線的なので、どうにか盾で受けていられますが、このまま速さが相手では、いずれ対応出来なくなりそうです。

 ですが……ここまでの重さと速さなら、恐らく彼は防御力に致命的な欠点を抱えているはずです。

 だから、この攻撃にどうにか慣れて反撃の隙を伺い、カウンターで仕留める!


「フッ、見掛け倒しか。存外大したことのない女だ!」


「そっちこそ、まだ私に一撃もくらわせてないじゃあないですか!」


「ッ、抜かせ!」


 一際重い突きが盾を襲ってきました。

 衝撃で私がノックバックさせられるほどの威力、一瞬のタメがあったことからスキルだと推測できます。

 ですが……一撃が重すぎますね、HPが削れていないとは言えどこのままではジリ貧かもしれません。

 攻撃には慣れてきましたが、いかんせん隙が無いのでカウンターを狙うのは大変難しそうです。

 それに盾も攻撃次第では砕ける可能性があります、私の盾は打撃に弱いですし。


「確かにまだそちらのHPは削れていない……だが、私はもうあなたがどれだけの攻撃に対応出来るかは見切った」


「ッ……! 随分と良い観察眼をお持ちのようで!」


 私が耐えきれる限界を見切った、と言うのがハッタリであるか否かはわからない。

 けれど、本当である可能性があるのならばそれ相応の攻撃が飛んでくるのは見えている。

 だったら、私もソレに対応できる程の盾を用意しないと、競り負けて殺される!


「さぁ、受け取れ!」


「来る……!」


 縮地と共にボルクスは私の眼前に迫り、既に右手を引いて突きを放つ体制に入っている。

 私はどうにか彼が剣を突き出すであろう軌道に盾を動かすのを間に合わせ、コンマ0.何秒単位で放たれるボルクスの三連撃の突きを止めた。

 が――


「く……!」


「フ、御覧の通りくらわせてみせましたよ。如何です?」


 私の防御力を貫通する三連撃の突きは、HPを少しだけ削って、私を大きくノックバックさせた。

 盾を構えていてもこれだと言うのなら、受け続ければ確実にやられる。

 なら、私自身も攻めに転じる……のは、向こうの思うツボ! かと言って防いでいてもキリがない!

 あぁもう……八方塞がりでイライラして来ます、まるで答えのない問題を解かされているみたいですね。


「その自然回復能力も合わせて、後どれだけ持つか試してあげようか!」


「しつこい……!」


 私はフロート・シールドをまとめて飛ばし、ボルクスの進む道を阻み軌道を一本に絞ります。


「【スターダスト・スプラッシュ】!」


「空蝉!」


「何!?」


 ボルクスが高速で繰り出して来た八連撃の刺突を空蝉で躱し、私は丁度彼の真後ろに回ります。

 そして、新たに先輩の剣から賜った物……キョーコさんのおかげで完成したこの武器に、賭ける!


「ゴブリンズ・ペネトレート!」


「ッ、ぐはっ!」


 アダマンタイターと先輩の大悪鬼の剣の劣化コピー品を合成した剣、【悪鬼の剣・金剛】。

 これのおかげで、ゴブリンズ・ペネトレートはユリカさんだけではなく私にも扱えるようになったのです。

 まともに受ければボルクスの防御力ではひとたまりもないようで、彼はゴム毬のように跳ねて吹っ飛んで行きました。

 その隙に私は鎧を回収して再度装備し、よろよろと立ち上がるボルクスを前に構えを取ります。

 私の攻撃力が低いのも原因なようですが、ボルクス自体にもある程度防御力があったせいか思ったよりもダメージが出ませんでした。

 彼のHPバーはまだ半分以上残っていて、最低でもあと二発……自然回復する可能性を考えたら三発当てなければいけません。


「全く、面倒ですね」


「っ……面倒とは、まるで私との戦いを作業のように言うではないか」


「えぇ、作業ですよ。決勝戦に進むまでの!」


 そうだ、アルゴーノートは確かに強敵だけれどもまだ決勝戦に辿り着いていないんだ。

 だったら、こんなところで負けてなんかいられない……絶対に勝って、王の騎士団と戦う!

 そしてあの時の汚名を返上する様を先輩に見て貰うのです!


「やぁぁっ!」


「ッ! 生意気にも、私に攻めかかるか……!」


 今のボルクスは一撃貰ったせいか、覇気がないように見えます。

 自信の喪失とでも言うのか、それともただ弱っているふりをしているのか。

 けれど、例え罠だとしてもここで挑みかからねば勇者の一員など名乗れません。


「たぁっ、とぉっ! せぇい!」


「この……いい加減にしろ、凡人が!」


 化けの皮が剝がれれば、兄のような言葉遣いになる……徹底したRPです。

 私の放つ突きを躱すと同時に彼も突きを返してきますが、やはり見切りやすい。

 単純な軌道、咄嗟に出せるほど染みついている動き、何度も受けたおかげで私の頭にキッチリ入りました。

 それに、彼の動きは兄カステロとの連携を前提としている所もあるのでしょう。

 よく見れば、彼が突きを主体にしているのも投擲がメインな兄との空中衝突を避けるためです。

 彼が斬り下ろしや横薙ぎを使うのは稀なことなのでしょう。

 そうこう考えている間に、ボルクスはタンタンタンと跳びながら後ろへ下がる。

 なら私もスキルを詠唱して、彼の攻撃に備えておきましょう。


「穿ち抜く……!」


「来ますか!」


 ボルクスはクラウチングスタートのような姿勢を取って、地面にピシピシとヒビを入れます。

 グググググ……と強く力を込めてダンと軽く音を鳴らしたと思うと、突風を巻き起こすほどの速さで彼は私に肉薄しました。

 片手剣に纏わされるのは黄金のライトエフェクト、光属性のスキル! 彼が下がった瞬間からスキルの詠唱をしていて助かった!


「流星盾!」


「【フラッシング・ペネトレート】!」


 閃光の如く放たれた突きが、間一髪で間に合った流星盾に突き刺さり、片手剣は流星盾を砕かず貫きました。


「嘘――きゃぁっ!」


 構えていた盾ですら衝撃を吸収しきることは出来ず、私は壁に叩きつけられました。

 防御貫通攻撃……いや、防御力ではなく、盾などの障害物そのものを無視する一撃……でしょうか。

 腕が斬られていないのは直接的な貫通ではなく、ダメージのみの貫通として考えられます。

 アバターが欠損しなかったのは幸いですが、それでもダメージは洒落にならないものです。


「あと一撃受けたら、死にますね……」


 自然回復などを挟めば一撃受けてもギリギリ耐えられるかもしれませんが、その圏内に至るまで持つ自信がありません。

 けれど、それはあくまで受けを前提とした立ち回りをした話であって、私とて彼の動きには慣れています。

 あのスキルが障害物を無視するのなら、空蝉で避けてしまえば良いだけの話……いくらでもやりようはあります。


「あなたのような手合いは長引かせると何をしでかすかはわからない。

故に、さっさと終わらせるに限る。シャドウ・サーヴァント」


 ボルクスはそう言うと、カステロ同様に自身とそっくりな黒塗りのアバターを召喚しました。

 左右同時攻撃……ユージンさんなら回避で対処できますが、盾で防ぐ私には厳しいことですね。

 しかも、二人に増えたと言うことはカステロの放った技も使えるのでしょうね。

 全く、本当に詰ませにかかってる理不尽な技です……が、私だって日々成長しているのです。

 対処する方法はあるにはあります。


「行くぞ……双星輪舞!」


「ッ、いつもの!」


 私はもうスキル名を叫ぶのも馬鹿らしくなり、全てのシールドを展開しました。

 このスキルは見る限りでは直進のみのスキル、故に進路に多数のシールドを張って防ぐだけです。

 ファスト・シールド、セカンド・シールド、サード・シールド、フォース・シールド、フィフス・シールド。

 それらに加えてフロート・シールドらも、踏み込みからの斬り下ろしだけで砕かれて行きます。


「ハァァァッ!」


「流星盾!」


 ×の字に斬り裂く袈裟斬りは流星盾で受け止め、影と本体は下がりながら武器の投擲の構えを取ります。

 当然、それにも対応できます!


「セェイッ!」


「ジェノサイドイーター!」


 暴食の化け物を二体呼び出し、投擲された片手剣にぶつけて相殺します。

 元々チャクラムのように投げて戻ってくるような武器ではないために、双星輪舞はそこで終わりました。

 本体の剣が私の足元に落っこちたところで、彼の召喚していた影も時間制限が来たのか消えました。


「貰った……!」


「チッ、判断を誤ったか!」


 ボルクスはそう嘆いて、予備の剣を取り出すためにと下がり始めますが無駄です。

 私にとって、直線的な距離など関係ありません!


「狂化、そして――!」


 私は剣からもう一本の新たな武器に持ち替えます。

 それは第四回イベント直前に実装された新たな武器であり、入手は困難でした。

 ですが私たちは偶然にもそれを入手することが叶い、今この瞬間に役立てることが出来ました。


「出力最大、120%……! 【ブラスト・ダッシュ】!」


 相手を貫くことに特化したランスに砲身を加え、爆発的火力と加速力を生み出すことを可能とした新たな武器──もはや、兵器と言っても過言ではない武器の【ガンランス】。

 ランコさんの持っていた魔法を放てるランスに限りなく近い武器でありながら、決定的な違いがあります。

 それは!


「ッ、速ぁぁぁぁぁ!」


 私が海老反りになるくらいの出力を出して、スラスターのようにも扱えると言うことです。

 が、今はそれでいい!


「なんだと、きさっ、ぐわぁっ!」


「取った……!」


 カタパルトで射出されたように飛んだ私は、今も尚下がり続けているボルクスに突撃して圧し掛かりました。

 フルプレートアーマーと言う重装備で固めている私の重量ならば、ボルクスとて一瞬で抜け出すことは出来ません。

 そのまま彼に馬乗りになった私は、ガンランスも盾も捨てます。


「っ、あなたはいったい何をする気なんだ……!?」


「女が男に馬乗りになったんです。ならやることは一つでしょう?」


「なっ、ちょ、待って!」


 力が劣る女の子でも、馬乗りになってしまえば相手が男だろうと絶対に勝てます。

 ボルクスもそれを察してか、顔を真っ赤にしながらジタバタともがき始めます。

 ですがもう遅いのです、ブッ潰してやります。


「くらえ!」


「へぶっ!」


 私は拳の乱打をボルクスの顔面へと叩き込み、一発一発丁寧に殴ります。

 徹底的に潰す、なんとしてでもユージンさんの雪辱を果たす、集う勇者の勝利のために!

 今ここで勝たなければ、先輩たちの勝ちのために!


「せええええっ!」


「ぐっ、がっ、くっ、兄よ……! 申し訳ありませんでした……!」


 続く拳の乱打の中ボルクスはそう言い残してHPを全損し、アバターを砕け散らせました。

 そうして、四番目の勝負の勝利は私に与えられ、戦績は2-2のイーブンとなりました。


「あとはお願いしますよ、ランコさん、ユリカさん、先輩……!」


 私はそう言うと、はしたないですが全身の力を抜いてその場に寝転がりました。

プレイヤーネーム:ハル

レベル:80

種族:人間


ステータス

STR:100(+140) AGI:20(+80) DEX:0(+40) VIT:91(+380) INT:0 MND:90(+380)


使用武器:悪鬼の剣・金剛、アダマンシールド・改

使用防具:アダマンヘルム・改、アダマンアーマー・改、大悪鬼の鎧直垂・改、アダマンフォールド・改、アダマングリーヴ・改、アダマンタイトガード・改、守りの指輪+3



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ