第百四十八話:イチカの激戦
「っ、くそっ……! 畜生……!」
帰ってきて早々アインは凄まじい勢いで壁殴りつけ、悔し涙を零した。
アレはDoGの試合同様、コンマ0.何秒の差で決まった勝負だったと俺は見た。
なら、アインとしては悔しいだろう。悔しくて悔しくて、どこにその気持ちをぶつければわからない気持ち。
俺も剣道の試合で負けた時はそう思ったし、アーサーやPythonに負けた時、同じように行き場のない怒りや悔しさがあった。
「あと少し、あと少し速く踏み込めてたら……畜生ッ!」
「そう壁を殴るな、お前の失敗など気にも留めん」
敗北を悔やみ続けるアインに対して、イチカが肩をポンと叩いて笑う。
「イチカ、さん?」
「俺が勝利する、それだけでアインの負けはチャラだ。そしてその後は、お前たちが勝つだけだろう」
「はいッス! 一人の負けは皆の負けだってんなら、俺たちの勝ちでそれを覆すッス!」
「えぇ、だから気にしないでください。朧之剣との戦いで私たちが足を引っ張った分、それを取り戻しますから」
涙を目に浮かべ、嗚咽を漏らしそうになっているアインの頭を撫でる。
こうして見るとハルには母性のような物を感じるが、それはあくまで年齢が離れているからだ、と自分に言い聞かせる。
アバターの造形とかそう言うのじゃなくて、純粋に高校一年生と小学六年生ってだけだからな。
相手が俺とかならただの『先輩を慰めるために背伸びしてる後輩』に過ぎないからな、うんうん――と、誰が聞いているわけでもないのに必死に心の中で言い訳を考えていた。
「ほら、先輩。先輩からもアインさんに一言お願いします」
「あっ、あぁ。お、おう」
いつの間にか俺の後ろに回り込んでいたハルにバシッと背中を叩かれたので、俺は立ち上がる。
ここは集う勇者のリーダーらしく、アインにキッチリと言ってやらないとな。
「アイン、お前はスゲー頑張った。凄く凄くすごーく頑張った」
「は、はい……」
「だから、その結果がどうであれ過程を誇れ! 悔しさをバネにして飛べ! お前はそしたらきっともっと強くなる! リアルでも、VRでも、逆境を跳ね除ける心意気さえありゃ何とかなる! ぜってぇ折れねえ芯を持ちゃ、きっと何とかなる!」
「っ……!はい!」
俺がVRを通して学んだ事、剣を握って幾年も経って学んだ事。
それは諦めないこと、大事なのは心意気であると言うこと……即ち、不屈の精神。
例え一度負けようとも、次があるのならばその次までに死ぬほど努力する。
次がないってんなら、死ぬ気でその瞬間を勝ち取るべく魂を込める。
俺が今も先輩相手に食いつけるのは、これをずっと掲げていたからなんだろう。
尤も、今も一本取れてないしSBOでも純粋な剣の勝負で勝ったことはないんだけども。
「さて、アインのメンタルケアは終わった所か? 俺はもう準備を済ませたぞ」
イチカは俺たちにそう確認を取ったところで、腰の雑嚢に何か詰めていた。
恐らくMPポーションとSPポーションなんだろうが、それだけで足りるか心配になってくる。
「あぁ言ったからには、ちゃんと勝ってくださいね」
「そうですよー。兄さんとアインくんをガッカリさせないでくださいね」
「当然だ。あの手合いには俺も慣れている」
イチカはそう微笑むと、客席から控室へ足を運び、その控室を抜けて闘技場へと入場。
相手はアルゴーノートの弓使いである【アタルンテ】、トライアスロンイベントで見た覚えがある。
一回戦のログを見た限りでは、大量の矢を同時に放つと言う大技が得意なようだった。
しかし、相手は実際の矢を番えているのに対してイチカはMPやSPの量が手数に直結している。
持久戦にさえ持ち込めればイチカの方が圧倒的に有利だろう。
「貴殿が集う勇者の二番目・イチカか。映像で見るよりも良い顔をしているな」
「そうか」
「……ところで、随分と弓矢の扱いに長けているようだが、よもやこの私に弓で勝つつもりではなかろうな」
「どうだろうな、俺は弓だけが得意と言うわけでもないからな」
アタルンテが背負っている弓と矢を抜いて番えると、イチカも同じように魔法弓を構える。
イチカが魔法弓を構え、アタルンテもスキルの詠唱をしていると言うことはもう試合は始まっている。
ゴングの音も司会進行の声もかすかに聞こえたのだが、何故かこの二人の方に集中していた。
「神速弓・唯一射!」
「ッ――!」
二歩踏み込めば片手直剣でも十分相手に当たるであろう距離、即ち剣士の間合いででアタルンテはとんでもない速度の射撃をした。
かつて第二回イベントで、俺が反応することすら敵わずにやられた神速の一撃。
しかしイチカは魔法弓に矢の代わりに番えていた魔法剣で矢を叩き落としていた。
「その弓、打ち破ってやろう」
「なら、やってみせろ!」
アタルンテは続けて三本の矢を番えた。
イチカは弓で勝負するわけにはいかないと判断したか、魔法弓も剣へと形状変化させた。
これで剣二刀流だが、あの神速の弓を落とすには相当な技量とスピードが必要なはずだ。
「【神速弓】!」
「フッ!」
風切り音すら鳴らさずに放たれた三本の矢。
刹那。ガガガァンと三度金属音が鳴り響き、イチカは片手だけでアタルンテの放った矢を落とした。
矢じりを狙って斬ったのは、矢を回収されないようにするためか。、
「俺にはその神速の弓とやらも届かんようだが、まだやるか?」
「あぁ。こうなれば、根競べだ! 【流星弓】!」
「流星剣!」
互いにお喋りで詠唱時間を稼ぎ、流星の一撃をぶつけ合う。
星々を纏う剣と矢はその場で互いに砕け散り、イチカの右手には半ばから砕けた魔法剣が握られている。
だがアタルンテの砕けた物は矢、故にイチカが魔法剣を作り直すよりも前にもう第二射が放たれた。
「サンダー・シュート!」
「チッ! バーニング・ソード!」
イチカは左手の魔法剣に炎を纏わせて対応するが、またもやイチカの魔法剣は砕け散った。
CaTの短剣や爪と打ち合っていても折れるまで多少の時間を有していたはずなのに、たった一撃で折れた。
右手の方はさっきアタルンテの神速弓を斬っていたからまだわかるが、左手の方はまだ使ってすらいなかった。
「……何故、と聞きたそうな顔だな」
「無論だ。魔法剣がこの程度で折れるのは少々想定外だったのでな。折れること自体は想定内だが」
イチカは会話で魔法剣を作る時間を稼ぎつつ、新しい魔法剣を両手に握って構える。
だが、アタルンテは喋る余裕があるらしく矢を番えて発射寸前にしながらも対話を続けた。
「私が先ほど放った矢は【魔封】をエンチャントした矢だ。魔法を暫く封じる効果を持ち、魔法自体に当てれば規模を大幅に抑えられる。
尤も、弓ではなく矢へのエンチャント故に高価であまり使用は出来ないが、貴殿の魔法武器にはそれがよく効くだろう?」
「なる程、魔封とは考えた……が、俺がそれで止まるほど軟な男とでも思ったか? 俺自身に魔封は効かんぞ」
イチカは剣をクロスさせ、何やらスキルを詠唱しているような素振りを見せる。
今まで見たことのないスキル……のようにも見えたため、それがブラフか本物かはわからない。
いつもなら解説してくれるハルたちも、固唾を飲んでイチカの行動を見守っている。
「ふっ!」
「ハッ!」
アタルンテがスキルを使わずに放った一撃を、イチカは剣をクロスさせた状態を維持しつつ体を捻って躱す。
それはイチカがやっている剣をクロスする動きがスキルを保持するのに必要だ、とアタルンテに認識させるのには十分だった。
となると、アタルンテがそこを逃すはずがなかった。
「【アローシャワー】!」
「ッ、これは……!?」
なんとアタルンテは矢筒にある全ての矢をまとめて掴み、乱暴な形で矢に番えたと思うと雨あられのように矢を降り注がせた。
イチカは剣をクロスさせたまま避けるにも限度があるし、剣で弾こうにもイチカのスキルの保持が出来なくなってしまう。
そうなれば、イチカは反撃することが叶わずにアタルンテの矢の補充でまた同じ流れを作られてしまう。
「――と、言うのがアタルンテさんの計算でしょうね。イチカくんはその上でしたが」
ハルは指を立ててそう言うと、なんとイチカは魔法弓を構えていた。
避ける素振りもなく、矢を弾く事もなくイチカは左手の魔法弓に右手の魔法剣を番える。
背中や肩のあちこちに矢が刺さっているが、イチカはそれを気にも留めていない。
「砕けろ」
「!? ッ! しまっ――な!?」
イチカの射出した魔法剣がアタルンテの頭目掛けて飛ぶ、かと思いきや突然剣の軌道が変わる。
ではどこに当たるのかと言えば、それはアタルンテの握っている弓だった。
「っあ!」
「よし」
イチカは空いた右手でポーションを取り出し、『作戦通りだ』と言わんばかりの笑みを浮かべる。
イチカの放った魔法剣がアタルンテの矢を遠くまですっ飛ばして、アタルンテは丸腰となった。
「確かに、凄まじい弓の技だが……俺にとってはピッチングマシンと何も変わらん。
同じ弓使いならば、俺と同期のシェリアの方がマシだろう」
「ッ、驚いた演技までするとは……中々の心理戦上手だな、貴殿は」
「それについては本当に驚いたとも。何せ、自ら丸腰になる間抜けを相手にするとは思わなかったのでな」
イチカは左手に魔法をチャージしつつも、右手に持つポーションで補給を完了する。
ベラベラと喋って隙だらけなイチカに攻撃を仕掛けないのも、弓を回収しに走れないのもそれが原因だろう。
動けば撃つ、何か不審な素振りをすれば撃つ、イチカの警告がよくわかる炎の魔法だ。
「降参しろ、お前も火達磨になって死にたくはないだろう。現に、そこから打つ手はないだろう?」
イチカは飲み干したMPポーションの空き瓶をポイっと捨てながら、空いた右手で魔法剣を握る。
アタルンテはどうするか悩んでいるようだが――
「いや、あれは違う!」
「どうしたの兄さん」
アタルンテは、本当に追い詰められた奴の困った表情なんかじゃなかった。
そう、アレは俺が前のイベントでアーサーにゴブリンズ・ペネトレートを捻じ込んでやった時と同じような表情。
”本気を出してやろう”って表情だ。
「イチカ! とっととトドメ刺せ! なんか企んでるぞ、ソイツ!」
「……?」
俺はイチカにそう呼びかけるが、イチカは『何言ってんだお前』って表情でこっちを見る。
だが、その一瞬が仇になってしまったようだ。
「敵に時間を稼がせるとはな……間抜けめ【獣化】」
「ッ! 【フォース・ヘルファイア】!」
イチカは左手から獄炎をぶっ放す、それはアタルンテに命中して爆散した。
が、しかし――
「フフフ、熱い熱い。先ほどまでの私ならこんがりと焼けていたであろうな」
「ち……そのように変身できたとはな、想定外だ」
アタルンテは黒い毛皮を纏った獣の姿となっており、獣人化の時よりも獣らしくなっている。
何せ、四足で立っている狼の姿をしているんだからな。
「今の私に、ちょっとやそっとの炎が効くと思うなよ?」
「なら凍てつかせるだけだ。【フォース・ブリザード・キャノン】!」
「ハハッ! 鈍い鈍い!」
アタルンテはイチカの放った氷の砲撃を躱すだけでなく、凍てつく地面すら滑りぬけてイチカへ肉薄する。
「ハァッ!」
「チ!」
振り下ろされた爪をイチカは右手の剣で受け止めるが、バシィンと言う音と共にイチカは下がらされた。
相当な威力のある攻撃だった、というのをイチカの持っている魔法剣の刃こぼれがそれを物語っている。
「我が爪牙にかかれば、貴殿の剣など恐るるに足らず!」
「確かに強力だが……それでは制限もあるのだろう!」
直線的な動きで突っ込んでくるアタルンテの猛攻をどうにか回避しながら、イチカは反撃の一射を放つ。
アタルンテは放たれた魔法剣を回避しながらイチカに噛みつきにかかる。
「あぁ、あるとも。こうしていると消耗が激しい上に私のHPもゆっくりと減るのでな。
貴殿ははただ耐えているだけで私が敗北してくれる……だが、本当にそれが出来るか?」
「説明とは、随分ご丁寧だな」
イチカはまたも飛び掛かって来るアタルンテの攻撃を受け流しつつ、余裕の表情を見せる。
しかし、それはイチカの強がりであることを俺は見抜いている。
先ほどからイチカはアタルンテの攻撃をまともに受けてこそいないがカスって少しずつでもHPを減らしている。
「ハァッ!」
「ふん……フッ!」
しかし、同時にイチカはアタルンテの動きに慣れつつもある。
今は完璧に回避した上に、失敗こそしたがカウンターを合わせていた。
「……! どうやら、私の攻撃に対応できるようになったようだな」
「直線的な攻撃など、見ていれば勝手にでも対応出来る。貴様はそれを知らんのか?」
本当の余裕が戻って来たからか、イチカはアタルンテを煽りつつも魔法剣二刀流の構えを取る。
今度のアタルンテはスピードでの攪乱を狙ったか、闘技場の壁、床を凄まじい勢いで跳び跳ねる。
「ならば! これにはァッ、対応できるか!?」
「ッ……する! して見せる!」
アタルンテの挑戦的な言葉に、イチカはアバターのあちこちに傷を作りながらも剣でアタルンテに少しずつ傷を加える。
「ウゥゥゥァァァッ! その首! 取ったァァァッ!」
「魔力増強、魔力加速……! カマイタチ!」
「【カリュドーン・ファング】!」
風のように流れる剣戟を放つイチカ。鋭い牙と共に猪の如く突撃するアタルンテ。
一瞬の攻防でお互いはすれ違った。イチカは折れた魔法剣を振りぬいた姿勢で、アタルンテは五体満足なままで立っていた。
「チッ……俺の技術不足か」
「フ……ハハハ……此度は、”貴殿の勝ち”か」
イチカは右肩から首にかけて、あと少しで首の切断に至ると言う域までにアバターを斬り裂かれていた。
だが、それは致命傷寸前であってイチカのHPバーを完全に削り切ったわけではなかった。
彼の右手の魔法剣は確かに折れていたが、もう一方に握る左手の魔法剣は刃こぼれすらせずに万全な状態だった。
右手の魔法剣によって致命傷を免れ、左手の魔法剣でアタルンテを斬り裂いたのだろう。
「中々の強敵だったな……アルゴーノート、アタランテ」
イチカはそう言ってから魔法剣を消し、顔面を真っ二つにされてアバターを砕け散らせるアタルンテを見送った。
二戦目は集う勇者の勝利となり、これで1-1のイーブンだ。
プレイヤーネーム:イチカ
レベル:80
種族:人間
ステータス
STR:0(+30) AGI:100(+120) DEX:10(+50) VIT:30(+70) INT:120(+180) MND:33(+170)
使用武器:魔水晶之バングル×2
使用防具:魔銀の額当て・改、魔銀の鎧・改、大悪鬼の衣・改、魔銀の腰当・改、魔銀の靴・改、魔銀の籠手・改、魔金のロザリオ・改