第百四十七話:チャンチャラおかしいけどな
「さて、と……そろそろ始まりですね」
第四回イベント本戦の一回戦第四試合は瞬きの間に終わった。
ので、俺たちは二回戦第一試合の準備を済ませたところだ。
一番目であるアインはいつの間にかDoG戦で砕け散ったハズの装備を身に纏い、拳の骨をバキバキと鳴らしながら立ちあがった。
「相手はカイナス! スッゲー強いッス、頑張ってくださいッスよ、アインくん!」
「応とも! 一回戦みたいに勝って来て、皆を勢いに乗せますよ!」
アインは両手で親指を立ててニカッと笑うが、俺はアインの装備の方が気になって仕方なかった。
DoG戦で装備はバラバラになって砕け散っていたハズなのに、今は一式揃えて着ている。
だから、俺はこの空気を壊すことになりつつも手を挙げた。
「アイン、お前その装備どうしたんだ? DoG戦で壊れてなかったのか?」
「いやぁ、アレは壊れちゃいました。
けど、こっちはちょっと大変でしたけどキョーコさんにどうにか予備を作って貰ったやつなんです!」
「えっ、資金面とか大変じゃなかったの? その装備、結構すると思うんだけど」
俺同様、アインの装備について気になっていたランコも不思議そうに首をかしげる。
集う勇者自体の共有財産はそこまであるわけじゃないし、正直スカンピンと呼べるくらいだ。
というか、集う勇者は装備代金などは自腹を切る方式なので、アイン自身にに資金がなければ出来やしないハズだ。
「へへ、ゲームだからこそ出来たんですよ。現実じゃ出来っこないですし」
「……ゲームだから? おい、まさかお前」
リアルのアインこと優真は小学生、そんな奴が出来ないことって。
薄々察し始めたが、俺は言いたいことを堪えてアイン自身の説明を待つ。
「ツケです! ツケ代は結構凄いことになってますけど、休まず狩りに行けばきっと稼げますし、ここは未来への投資と思って――ぽぎゃっ!」
「……アイン、よーーーく聞け。試合前ではあるけれども、大事な話だ」
俺はアインの頭に拳骨を落とした。
コイツ自身が割と話の分かる奴だったりしたから忘れていたが、冷静に考えればアインはまだ小学生。
金の使い方も、わかっているようでわかっていないような少年だったのを、俺たちが失念していた。
借金を抱えた状態でこのイベントに参加するってのは非常によろしくない。
上位入賞すれば多額の報酬やらなんやら貰えはする。
が、アインの装備は現段階では入手の難しいアダマンタイト製の物、それも俺の大悪鬼シリーズの劣化複製品を合成したりしているから特注品故でお値段も凄い。
実際、ユリカやハルは金集めの効率が良い狩場をランコやアインに譲っていて、そこで夜通し狩りをしてようやく装備を一式揃えた──と、ランコから聞いている。
それくらい苦労して手に入れた特注品の一式を複数注文ともなれば、アイン一人で払いきれる額ではないだろう。
ツケは支払いが遅れれば払う額も増えるだろうし、その倍率次第では俺たちにまでしわ寄せがくるかもしれない。
「あ、あの、お義兄さん……?」
「アイン。最初に言っておくが落ち込んだりはするな。ただ、二度とやらないように気をつけろ」
俺はアインに金集めの大変さや、ツケをすることの恐ろしさをアインに説明する。
経験があるのか、苦い思い出を振り返るかのようにユリカとハルはうんうんと頷いていた。
ユージンは『そうだったのか』って顔をして驚いているし、イチカはため息交じりに馬鹿を見る目でアインを見ていた。許せイチカ、そいつはまだ幼いんだ。
「アインくん、ツケを返すのは私も協力するよ。だから今度からはちゃんと相談してね」
「は、はい……ごめんなさい」
「まぁまぁ、アインさんも悪気はなかったんですから。今度からはそうならないように考えて、ちゃんと対策も立てた上で活動していきましょう」
最後はハルの堅実的な意見で締められて、アインは控室を抜けてゆっくりと入場していくこととなった。
時間めいっぱいまでアインに話してしまったせいで、激励とかはロクに出来なかったが……試合中に、俺たちで全力の声出し応援をしてどうにかしよう。
「ようしお前ら、しっかり応援するぞ」
「ですね、この説教のせいで負けられたらこっちも気が悪いですし」
賛同してくれたユリカは立ち上がって、とぼとぼと入場してきたアインに向かって声援を送った。
「負けたら承知しないからねーっ!」
「むしろプレッシャーになってませんかソレ!?」
ユリカの独特過ぎる応援に驚いたハルはたこ焼きもどきを落っことしてロストした。
しかし、ユリカのその応援方法はアインには効果的だったみたいだ。
くるっとこっちを振り返ると、べーっと舌を出してから先に入場していたカイナスの方に向き直った。
「なんだよお前、オレと戦うってのにオレよりも集中してえ奴がいたってのかよ。生意気だな」
「ほんのちょっと後に戦う敵より、今ムカつく味方に仕返ししないと収まらないんですよ」
アインはぶっきらぼうにそう言うと、握った拳をガガァン! と打ち鳴らす。
カイナスはそれを見てニィ、と笑みを浮かべて先ほどミーを破った三又の槍を握った。
「テメェ、ホウセンと互角にやり合ってた野郎だよな」
「それが、何か?」
「オレ様の相手には相応しいってことだよ、テメェを踏み台にしてオレは高く飛んでやる」
「だったら、僕はそのままあなたを引きずり落として地面に叩きつけてやりますよ」
お互い煽り文句を一言ずつ言うと、構えを取って試合開始のゴングを待った。
いきなりこんな言い合いから始まって大丈夫なのか、と俺が不安を抱える中イチカとユージンは満足そうな表情だ。
あぁ、こういう戦う前の煽り合いとか好きなのね、お前ら。俺も嫌いじゃあないけどさ。
『それでは、試合開始ぃーっ!』
「【怪力】!」
「狂化!」
カイナスはアバターの筋肉を膨れ上がらせ、アインはいつもの狂化を発動する。
恐らくカイナスは真正面からのパワー勝負を望んでいる、となればアインのやることは一つだろう。
そう、回り込んで真っ向勝負は避けつつ相手のバフが切れるまで粘るという方法だ。
「ハァァァッ!」
「効くかよ!」
しかし俺の予想に反して、アインは真正面からカイナスに殴り掛かり、カイナスの円盾に攻撃を止められていた。
そのまま二連撃の回し蹴りを放って、空中で身を捻って踵落としを放つ。
それが出来るバランス感覚と速度は褒めたいけれど、盾持ち相手に正面から挑むのはマズいんじゃあないだろうか。
「ぬりぃんだよ! オォラァッ!」
「ぐっ!」
カイナスの反撃の横薙ぎを受け、アインは腕をクロスした防御状態のまま下がらされる。
片手で槍を振るっているとは思えないほどの速度に加えて、アインですら防御に徹するパワー。
予想こそしていたが、洒落にならんほどの力の持ち主だな。
「ハハハッ! 初っ端から終わらせてやるよ! トライデント・オーシャン・キャノン!」
「バーサーク・スマッシュ・オンリー・ワン!」
カイナスは一回戦でミーを打ち破った荒れ狂う海をそのまま砲撃にしたような技を放つ。
アインはそれを前にして、拳では不利と判断したか手斧を持って必殺の一撃を放った。
だが、アインの方が若干押し負けている。
「ぐ……! こ、このパワーは……!」
「吹き飛べ……! 吹き飛んで、死ねカスがあああッ!」
「おわあああっ!」
アインの手斧が弾き飛ばされ、アイン自体もカイナスのスキルをまともに受けて壁に叩きつけられた。
だが、無駄と言ってもいい程しぶといアインはそれくらいでやられる程ヤワではなかった。
「そらっ!」
「っぶな!」
とっととトドメを刺す、そう言わんばかりにカイナスは飛び込んでから蹴りを放つがアインはそれを屈んで回避した。
そして、カイナスの間合いの内側でアインは腰を深く落として拳を握りしめて構えていた。
「ッ――!」
「せあああッ!」
「がはっ!」
カウンターのボディブローが鎧ごしではある物の、カイナスの腹へとめり込んだ。
その一撃でカイナスは浮き、ガードも下がった。当然アインはそこを見逃さずにナックルアローを叩き込んだ。
スキルではないその一撃だが、狂化に加えてアダマンタイト製の籠手でブーストされた一撃のクリティカル。
カイナスを人形の如く叩きつけて吹き飛ばすには十分な一撃だった。
「やるじゃねえか、テメェ……!」
「いやいや、まだまだ!」
叩きつけられたカイナスが起き上がって武器を構え始める前に、アインは追撃をかける。
だが、その攻撃は余りにも素直過ぎた。
「バーサーク――おっぶえ!」
「何度も同じ技くらうかよ! バカが!」
カイナスは槍を凄く長く握っていた、具体的に言うと石突を握りしめていた。
リーチをほぼ倍くらいに拡大した三又の槍は、アインの拳と交差することすらなくアインの顎を跳ね上げた。
先ほどのカイナスと同じように、浮くと言うことは隙を晒すことも同義だ。
「【ポセイドン・テンペスト】!」
「うッ! あああああっ!」
カイナスは右手に握る三又の槍を片手で高速回転させると、そこから水を纏った竜巻が発生した。
ランコの使っていた風車及び大風車を更に進化させたような風と水の合わせ技は、空中で防御姿勢を取ったアインを容易く吹き飛ばした。
しかし先ほどと違って、アインは壁に叩きつけられはせずに蹴りで激突の衝撃を相殺。
「まだ、負けるかァァァッ!」
「いいねぇ、来い!」
衝撃を相殺するだけじゃなく、逆の足で壁を思い切り蹴って推進力をつけてアインは殴り掛かる。
ドガァン、と凄まじい衝撃音がカイナスの盾とアインの拳によって打ち鳴らされ、アインの猛攻がカイナスの円盾を襲った。
「ハァァァッ!」
「はは、効くかよ! オラァッ!」
カイナスがアインの攻撃を捌き切った上でのカウンターを放つが、アインは半身を捻ってそれを回避。
そのままカイナスの懐へと潜り込む。
「ベルセルク・スマッシュ・オンリー・ワン!」
いつの間にかベルセルク状態へと移行したアインは、カウンターを外して隙を晒したカイナスにまたもボディブロー。
カイナスはまた浮くが、今度はアインの攻撃を回避した。
「……飛べるのか」
「あぁ、ホントはホウセンの野郎に使うまで取っとくつもりだったが……テメェは強い。
だから、オレ様の本気の本気で相手してやるよ、かかって来な」
ユリカの飛翔のようなスキルを持っていたか、カイナスはアインの攻撃を飛んで回避してから着地。
彼女はそのまま全身に黄金のオーラを纏い、鎧も白銀の物から黄金の物へと変化させる。
更に、円盾を地面に突き刺したかと思うと入場してきた時に持っていた槍と三又の槍を両手に握っていた。
「行くぜ狂戦士、覚悟は出来てるか?」
「……勿論!」
アインはダァン、と地面を強く踏み鳴らして拳を握りしめてボクサーのようなファイティングポーズを取る。
カイナスは燃える槍の火を三又の槍の穂先に移したと思うと、ストレージに格納してから地面に刺していた円盾を持ち直した。
「【ポセイドン・フレア】。海の神が火炎だなんてチャンチャラおかしいが……まぁ、お前を倒すには十分すぎるぜ」
「僕だって、理性なんて何一つ失ってないのにベルセルクだ。おかしいのはお互い様です」
お互いそう言うとニィィィ、と口角を釣り上げて笑いスキルを詠唱する。
アインは赤黒いオーラを手足に集中させ、カイナスは槍の穂先から伝導させた炎を全身に纏う。
「ハァァァ! 【ポセイドン・ブレッシング】! 【ポセイドン・メイルシュトローム】!」
黄金のオーラと共にキラキラとしたエフェクトを纏ったカイナスが突き出した槍からは、超高圧の水で作り出された荒れ狂う波のような一撃が放たれる。
「おおおおおッ! 超加力! ベルセルク・スマッシュ・ベスト・ワン!」
アインはカイナスの槍の一撃に対抗すべく、手斧にオーラを込めた上でSTRを二倍にする。
そして、その上でお互いの最強の一撃がぶつかり合った。
「うううおおおおおッ! 負けるかァァァ!」
「勝つ、勝つ、勝つ……! オレはどこまでも、飛べるんっ、だァァァ――ッ!」
赤黒いオーラを推進力にも利用し、文字通り全身の力を込めて競り合うアイン。
全身火達磨になってHPを大きく削りながらも、攻めるための力を極限まで込めたカイナス。
どちらも自己へのダメージを顧みず、死んでも相手を食らおうとする気迫。
それはカイナスが制しており、無情にもアインの一撃は押し流されてしまった。
だが。
「ッ! 僕の、負け……なわけあるっ! かあぁぁぁッ!」
「な、テメェ――」
アインは右腕を犠牲にしながらも、競り合いをやめて最小限の消耗と最低限だけ残したHPと共にカイナスへ突撃した。
己が命を賭してでも敵を食らわんとする獣のように、アインはカイナスに飛び掛かった。
「いっけえええええッ!」
「アインくーんっ!」
俺とランコは立ち上がって、拳を向けて吠えた。
アインも、声にならないほどの咆哮を上げながらカイナスへと拳を放った。
「認めてやるよ、テメェは戦の上手さならオレの上だ」
「な、あ……! だはっ!」
「でもな、オレのスペックの方がお前より高ぇ。勝負を決めるのは、戦い方だけじゃねえんだよ」
アインの拳はカイナスの盾によって受け流された。
更に、勢い余って転ぶアインの左腕もカイナスの三又の槍によって断ち切られていた。
「そんな……!」
「カイナスの方が、一歩先を行っていたか」
口元に手を当てて動揺するランコ、爪をガリッと噛み悔やむイチカ。
カイナスはそんな俺たちの方に目線を向けると、ヘッと笑った。
「狂戦士アイン、討ち取ったり」
カイナスはそう宣言してから、アインの首を刎ねた。
アインのアバターは刎ねられた首と共にポリゴン片となって砕け散り、勝者であるカイナスを飾った。
限界ギリギリの勝負である一番目、それを制したのはカイナスだった。
プレイヤーネーム:アイン
レベル:80
種族:人間
ステータス
STR:120(+150) AGI:100(+100) DEX:0(+30) VIT:50(+200) INT:0 MND:23(+200)
使用武器:アダマンアックス・改
使用防具:アダマンヘルム・改、アダマンアーマー・改、大悪鬼の衣・改、大悪鬼の腰当・改、アダマングリーヴ・改、アダマンアーム・改、疾風の腕輪・改




