第百四十六話:一回戦を終えて
「っあ……疲れたぁ……」
KnighTとの激戦を終え、俺はフラフラと歩きながら倒れるよう、床に寝転がる。
全身が重い……集中力は高めすぎないように余裕は持っていたけれど、それでも疲れるものは疲れる。
特に、カウンターへのカウンターと最後の攻防は特に集中したしな……極限の一歩手前だった。
「先輩、お疲れ様です。膝枕でもしましょうか?」
「いや結構、男の頭なんて乗せたって嬉しかねえだろ」
ハルの気づかいには感謝するが、頼んでもないのにされるのはハルに悪い。
それに、嫁入り前の女の子がそんなことをみだりにするもんじゃないからな。
ということで、俺は防具の装備状態を解除してから椅子にもたれかかって寝ることにした。
「兄さん、折角のハルさんの好意を無駄にしちゃダメでしょ」
「俺に向ける暇があるなら、自分を労われよって話だ。それに、もっと自分を大切にしろ」
ランコがぶーぶー文句を言ってくるのを適当に流し、俺はここまでを振り返る。
朧之剣への勝利は、ギルドメンバー全員が一丸となって頑張ったおかげだ。
けれど……本当にギリギリの勝利と、ギリギリの敗北の繰り返しだった。
このままで、いずれ相手になるであろう王の騎士団と戦って勝てるのか──という、少しの不安が心の中に残っている。
「あ、そろそろ次の試合始まるみたいですね。ブレイブさん、起きて起きて」
一回戦第二試合は……確か、アルゴーノートとホーリー・クインテットの勝負だったか。
ユリカに背中を叩かれて揺すられたので、流石に眠ってはいられないと顔を上げる。
「アルゴーノート……前回は戦えなかったから、今度こそ戦いたいな」
「だね、やっぱりちゃんと戦って勝ってこそだもん」
アインとランコは戦いに燃えているようで、やる気十分のようだ。
俺も当然燃えてはいるが、相手の得体が知れない以上何をどうすればいいかは不明瞭だ。
直接パーティを組むこともなかったし、情報もロクに見つからなかっただけにデータの少なさは一番だ。
ただわかるのは、アルゴーノート最強のヘラクレスはKnighT以上の強さを持つってことかな。
「って言うか、一回戦は同時に行うんじゃないんだね」
「予選はともかく、本戦ですからね。同時進行では見れない試合もありますから」
ユリカの素朴な疑問に答えるハル、見ていると姉妹みたいで微笑ましいな。
イチカとユージンはタコヤキみたいなものを食べながら、無言で闘技場の方を眺めている。
入場してきたのはアルゴーノートの一番目であるカイナス、ホーリー・クインテットの一番目であるミーだ。
「先輩はミーさんと戦ったことあるんでしたっけ?」
「いや、それは随分前の話だし……不意討ちだったから戦った内にゃ入らねえよ」
「そうですか……一応、事前情報は欲しい所でした」
「いるか? どうせ戦うのはアルゴーノートだろ……」
一応ホーリー・クインテットも第三回イベントじゃ二回戦まで来ている。
一回戦の相手は我々冒険団だったようで、アイツら相手に接戦で勝利したというのを聞いた。
王の騎士団傘下のギルド相手に勝利している時点で、決して弱くはないってのはわかる。
けれど……相手が悪いんじゃないか、と俺は思った。
「で、カイナスはあれッスよね! ホウセンさんと激戦を繰り広げた槍使い!」
「そうですね、同じ槍使いとして私もなんだか熱くなりました」
普段は面積が少なめな白銀の鎧を纏っていて、褐色肌の女の子だったっけな。
棒切れを持ってるかと思いきやフェニックス系のスキルが使える槍、あとは円盾を持ってたっけ。
他にも本気を出すと鎧が黄金に変わったり、巨大な不死鳥を出せるようになるんだったか。
「どちらにせよ情報が少ないので、どっちが勝ちあがってくるにしても情報不足なのが痛いですね」
「つっても、どっちが勝つかってのはもうまるわかりじゃあないッスか」
ハルはぐぬぬ、と爪を噛むがユージンは今の状態を楽観視しているかのように言う。
まぁ、ホーリー・クインテットは決して弱くはないってのは自分でも本当にそう思ってる。
けれどアルゴーノートと比べるのは可哀想なくらいだ。
現にもう試合は始まっていて、ミーはカイナスの猛攻に押され気味だ。どうにか凌いでいるけれど、捉えられるのも時間の問題だ。
「オラオラオラオラ! テメェの実力はそんなもんかよ!」
「っ、この! 舐めるんじゃないわよ!」
槍の猛攻が続き、ミーは相手の間合いにいては不利と判断してか距離を取る。
だが自分の握っている剣の間合いはカイナスの槍よりも短く、彼女の間合いに潜り込まなければ戦えない。
となれば、取る行動は一つだろう。
「【アクア・ストライク】!」
「っ、うお……!」
剣に水を纏わせた突進攻撃で、ミーは強引にカイナスの間合いの内側に入る。
剣で槍を相手に戦うなら、そうせざるを得ないんもんな──と思った。
「ハァッ!」
「チッ……うざってえな……!」
カイナスはミーの連続攻撃をどうにか盾で防ぎながら、持っていた槍をクイックチェンジで別の槍に変えた。
その槍は三又の槍であり、遠くから見るだけでも神々しさのようなものを感じる。
そう、例を挙げるならヘラクレスが持っていた大剣や、アーサーのエクスカリバーと同じもの。
「今度は直接受けてみなさい! 【アクア・ブレイク】!」
「調子に乗るんじゃねえぞ……クソカスが! 【トライデント・オーシャン・キャノン】!」
「な――きゃぁっ!」
ミーの放った水属性のスキルは、カイナスが同じようにして放った巨大な水の砲撃によって押し返された。
かつてアルトリアが放ったカリバーンや、カオスの放ったメギドバーストと威力は同等レベルだろう。
吹き飛ばされたミーは壁に叩きつけられ、HPも残すところ僅かになった。
「ハァ……オレにわざわざこんなスキル使わせたんだ、もっと楽しませてみろよ、なぁ」
「ッ……アンタ、強すぎでしょ……!」
「あぁ、勿論オレは強ええよ。でもな、同時にお前が弱いんだよ」
カイナスはうずくまったままのミーを見下しながら、槍の穂先をミーに向けることなく隙を晒す。
当然、ミーはそれに食いつかないわけがなかった。
「ッ! だったら弱いかどうか見せてやるわよ!」
啖呵を切ってミーは立ち上がり、無防備なカイナスの胸に剣を突き刺――
そうとしたが、その剣は岩にでも当たったかのようにガァンと音を立てて弾かれた。
「刃は届かない、俺には一切な!」
「あがっ……そん、な……!」
カイナスの盾がミーの喉に当たり、そのまま頭を壁に叩きつけた所でミーのHPは0となる。
「クハハハハハ……! 見てるかお前ら! コレがアルゴーノートの実力って奴だ! 散々笑ってくれたがよぉ……今回はちげぇんだよ。
今回はもう、逃げ出すような俺たちじゃねえんだよ! わかるかぁ? わかるよなぁ! この強さがある以上、俺たちはもう棄権なんかしねえ! 最後まで見届けやがれ! 俺たちが勝ち続ける様をなぁ! ハハハッ、クッハハハハハハハハァッ!」
ミーのアバターは砕け散ったところで、カイナスの笑い声が闘技場には響き渡っていた。
……盛り上がっていた観客たちも、カイナスの演説を前にはちょっとシーンとしていた。
だって、演説の仕方が悪役っぽいんだもん。
「うわぁ……エグいやりかたするなぁ。一応、相手アイドルなのに……」
「あぁ、そういやそうだったっけ」
ユリカの言葉で思い出したが、ホーリー・クインテットはアイドルみたいなこともしてたな。
ライブ会場みたいなのを組み立てて歌って踊ったりしてて輝いてたな……あまり人気はなかったけど。
「ですが、まだ一敗。ホーリー・クインテットが巻き返す可能性だってありますよ」
「そうだな、そう考えて見守って見るとしよう」
ハルの言葉に賛同するイチカは、いつの間にかハルからも食べ物を貰って食べ始めていた。
彼女と馬が合うのかもしれないな、イチカは。
「それで、次の選手は誰でしょう。アルゴーノートの方は知らなくって」
「アタルンテという弓使いと、アンズという槍使いだな」
と、そんなこんなでアルゴーノートとホーリー・クインテットの試合は進んで行き――
「酷いもんだったな」
「うんうん、ちょっとホーリー・クインテットに同情するよ」
ランコは残念そうな顔をして、負けたホーリー・クインテットを見送っていた。
結果は7-0でアルゴーノートの圧勝であり、アルゴーノートが完全に格上であることを見せつけていた。
「つ、次の試合ってどことどこでしたっけ。僕、忘れちゃって……」
「真の魔王とメイプルツリーだな、結果は見えているようなものだ」
話題を変えようとアインがそう言ったはいいものの、組み合わせは同盟相手とライバル。
メイプルツリーには勝ち進んで欲しい気持ちこそあるが、俺は真の魔王とも戦いたい。
故に、どっちを応援すれば良いかわからずに俺たちはピシリと固まった。
というか、結果があまりにも見え見えな時点でメイプルツリーに同情の念が湧いてくる。
「む、どうしたのだ」
「いやぁ、その……板前です」
「それを言うなら板挟みッスよ」
困惑するイチカ、つい語彙力を失うアイン、アインの言葉を訂正するユージン、憐れみを込めて合唱する俺。
男性陣がこうもバラバラな上にネガティブ気味な中、女性陣は気を取り直してと言わんばかりにおやつタイムだ。
「はぁ……二回戦は王の騎士団と真の魔王で決まりか」
「好カードだが予選の時のやり直しも同然だな。俺としては楽しく見れそうだが」
「じゃあ、それまでは結果が見えてる試合ッスし、売店行かないっスか? 今んなって食いたくなった物もあるッス」
「だな、丁度買い時だと思ってたし」
と、俺たちは真の魔王と王の騎士団が勝ちあがってくることを確信し、控室を出ることにした。
ハルが買い込んでいた食べ物がもうなくなったので、売店で買い足しに行くのだ。
なんて俺たちは売店エリアに足を運ぶと――
「あ」
「ブレイブ・ワン、いたのですか」
朧之剣の面々が長いテーブルを囲みながら長椅子に座り、売店でそれぞれ購入したと思われる物を食べていた。
……GianTがそのバカみてえにデカいアバターで器用に箸を使ってるのを見ると、つい笑いそうになる。
本人に言ったら絶対失礼だけど、ゴリラとかサルが道具使って飯食ってるみたいでなんかじわじわと腹筋に来る。
「ブレイブ・ワン、貴方今とても失礼な事考えていませんでしたか?」
「い、いやぁ、別に?」
笑い声を堪えながら、俺はその場を後にして売店巡りを始めた。
ユリカたちは朧之剣メンバーと少し会話したところで売店巡りを始めたので、皆別行動だ。
「さぁて、今度は何を買うかねっと」
さっきは串焼きの肉やパンなどを購入したので、もっと別の物を買ってみるか。
そう、メイプルツリーが作っているようなクレープみたいなものとかを――
「いらっしゃいいらっしゃい、アルゴーノート特製ギリシャ料理は如何だー? 料理スキルカンスト、イアソーンのギリシャ料理が食えるのはここの出店だけだー!」
……知人の声がしたので、その方向を見てみると一軒の出店で二人のプレイヤーが働いていた。
一人はイアソーン、もう一人はメディアと呼ばれていたポニーテールの女の子だった。
「売れ行き、順調ですね。イアソーン様」
「あぁ、実に愉快だ。ヘラクレスたちも良い成果を上げているし、今こそアルゴーノートが軌道に乗る時だな!」
「……前回、棄権した時点でそのチャンスなくなると思ってたのになぁ、私」
「なんだ、なんか言ったか?」
「いえ、なんでも。それよりも、食材はもう半分を切る頃なので店仕舞いの頃には生で観戦できるかもですね!」
「そうだな、ヘラクレスたちの勇姿……決勝戦を見るには、生でなくては限らないからな! クハハハハハ!」
随分と、自分のギルドメンバーに自信を持っているようで何よりだ。
それでこそ、あのヘラクレスをブチ砕いて負かす気が湧いて来るってもんだぜ。
俺がヘラクレスに勝つってのは、即ちあの時有耶無耶になった決闘を完結させる時だ。
無論、カオスとの決闘もなんだかんだで向こうが先延ばしにしたので、ここでつけたい所だがな。
「……よし、別ンとこ行こ」
俺は振り返り、また別の売店へと足を運んで焼きそばのような麵料理とリンゴのような果実をスライムで固めたフルーツスライムを購入。
麺料理とフルーツスライムを入れた袋を左手で抱え、右手に焼きモロコシのような野菜を持って齧りつつ、ベビーカステラのような菓子の袋を右腕に下げて皆の元へと足を運ぶ。
「うーん、中々うめえな、この焼きモロコシ……」
料理スキルを上げるのは面倒臭そうなのでやる気は起きないが、SBO内の料理には興味が湧いて来た。
最初は大して美味くないものから始まったからか、プレイヤーメイドの飯は信頼できる味になりつつある。
まぁ、料理スキルの上限がアップデートと共に解放されるからどんどん美味くなっていくと言うのもあるんだろうな。
やり込んだプレイヤーほど美味い飯を食える、となればこのゲームをやる気力はどんどん湧いてくる。
しかし、現実への産業には何もダメージを与えていないっぽいのが凄い所だ。
何故なのかわからないが、むしろ現実では家庭での食品ロスが減っているだなんてニュースでやっている。
インタビューでは『VRのおかげです』なんて言い出す人もいて、俺はもう驚きっぱなしだった。
数年前までは『産業への大ダメージ!』だなんて言われてたってのに、今じゃむしろリアルの飯屋は忙しさでひっきりなしだ、なんでだろ。
「あうっ」
「っと、悪い」
ガラにもなく考え事をしていたら、歩いていたプレイヤーに肩をぶつけてしまった。
しかも、俺の方がSTRもVITも高かったせいかソイツは尻もちをついて持っていた串焼きを落っことしてしまった。
エプロンドレスを着て、ミニシルクハットをくっつけたカチュームをつけたそのプレイヤーは少しシュンとしている。
「あ……しまった」
「あぁ、すまねえ。俺の前方不注意だった、代わりにはならねえだろうがコイツを受け取ってくれ」
中学生くらいのソイツは男だか女だかわからなかったが、落ち込んだ顔を見ていられなかった。
しかし串焼きの類はもう全てハルやユージンたちの胃の中に消えてしまったし、新たに買い足してもいなかった俺はまだ手を付けていなかったベビーカステラを差し出す。
袋の中身を見ると、ほんのさっきまで落ち込んでいた彼(?)は顔を輝かせて立ち上がった。
「ベビーカステラ、俺の好物……! ありがとう!」
「お、おう……今度はぶつかって落とさねえようにな」
俺っ娘の可能性も否定できなかったが、少年のような笑顔と共に彼はぺこりと頭を下げた後に走って行った。
どこのギルドのプレイヤーかはわからなかったが、素直にお礼を言ってくれるとなるとこちらも少し照れる。
また会う機会があったら、一緒に狩りでも行って見るかな……と思い、俺は皆の元へと足を運んだのだった。
アルゴーノートとの戦いに備えるための飯を食らう、のとまだ終わらぬ一回戦の観戦も兼ねて。
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