第百四十四話:マイデビルシスターVS姫
「すみませんでした」
戻ってきて、開口一番の言葉がソレだった。
集う勇者四番目であるハルさんは朧之剣四番目、HawKに敗北を喫した。
しかし、ハルさんを責める者は今の集う勇者には誰一人としていない。
あれだけの激戦を繰り広げた上での敗北なんだから、責めようがない。
「謝らなくたっていいですよ、ハルさん。笑って笑って」
私、ランコは肩の力を入れながらお辞儀をするハルさんの頭を上げさせる。
そして肩の力を抜かせて、椅子に座らせる。
「まだ負けじゃないですから」
「そうだぜハル、やっとスコアが互角になっただけだ。
お前はよく頑張ってくれたから、こっからは俺たちに任せてくれ」
「そうです。ランコとブレイブさんを信じてください」
兄さんとユリカは落ち込むハルさんの頭を撫でたり、肩に手を置いたりしてから慰めの言葉をかける。
そして、空いた手でハルさんの口に食べ物を突っ込んでいる。
「先輩、ランコさん……」
「私がちょちょいと勝って来て、また勝ち越しにしますから。
だから、ほら……笑って見ててください」
私はハルさんの前髪を上げてから、デコをコツンとぶつける。
絶対に勝つから、そんな不安な顔をしないで……って想いが伝わったかな。
「……応援してますね、ランコさん」
ハルさんはそう言って、私に一つの白パンを差し出してくれた。
ので、それを受け取って口の中に放り込み、咀嚼してから飲み込む。
うん……ハルさんのくれる食べ物ってハズレがないね。
「頑張ってね、ランコ!」
「うん。君の応援があれば絶対に負けないよ、ユリカ!」
ユリカを抱きしめてから、ユリカに元気を分けて貰う。
兄さん、ユリカ、N・ウィークさん……色んな人から教えて貰った剣技が私にはある。
だからこそ、ここで私はしっかりと勝たないと。
「期待してるッスよ、ランコさん!」
「あぁ、同じく期待しているぞ。お前の剣には様々なものが乗っているからな」
ユージンさんとイチカさんの応援を胸に抱いて、私はアインくんの方に向き直る。
彼は何も言わない、ユリカのように抱き着くわけでも言葉をかけてくれるわけでもなかった。
「ッ!」
「うん、頑張るよ。君みたいに勝利を持ち帰って来るよ」
アインくんは無言で拳を突き出して来たので、私はそれに拳をコツンとぶつける。
本来なら勝った後にするべき所作だろうけれど、私はこれをアインくんからの応援エネルギーとして受け取る。
そして、兄さん。
「まだまだ一回戦、されど本戦だ。だから気合い入れていけよ、マイデビルシスター!」
「いだっ」
兄さんの方に向き直ったのに、わざわざ背中を向けさせられてバシッと叩かれた。
VRだから痛みの感覚はないけれども、リアルでも叩かれた経験があると何故か痛みが起きてしまう。
信号がどうこうって言うよりも、記憶をそのまま再生してるから……って感じなのかな、コレ。
って、それよりも!
「マイデビルシスターって何よ、兄さん!」
「超可愛い妹、ってことだ。頑張れランコ」
百パーセント嘘なのがわかるけれど……まぁいいか。
後でイタズラ一回で済ませておいてあげればいいし、今は私が戦うことに集中しよう。
と、私は控室を抜けて入場しながらそう思ったのだった。
「ふむ、貴方変装がお得意なのかしら? 遠方から拝見した時とはまるで別人でしてよ?」
「話には聞いてたけど……ホントにお嬢様らしいや。いつ私のこと見たのか知らないけど、多分それオシャレしてた時ですね」
如何にもな令嬢剣士、細い剣に加えて冒険者や戦士らしさのない綺麗な服装……ドレスみたいな服だし、白い綺麗なマントには汚れ一つない。
まるで、周りに攻撃させて弱ったところにトドメの一撃とか放ってそうだ。
PrincesS……KnighTさんの親友で大事な人とは言ってたし、そんなことする人じゃないと思うけどね。
「KnighTのご友人とて、手心を加えてあげるつもりはございません。この場に立つ者ならば、覚悟なさい!」
「勿論、私も全力で行きますよ……ただ、這いつくばる覚悟を決めるのはそっちですよ!」
『試合、開始ィーッ!』
お互いにタンカを切ったところで、私は背中から抜いた槍を構えてスキルを詠唱する。
一方でPrincesSは腰から抜いた剣を片手で構え、もう片方の手も何か別のことをしてるようだ。
……まさか、同時に複数のスキルを詠唱してるとかじゃなかろうか。
「さぁ、味わっていただきましょうか。私の戦いぶりを!」
PrincesSは黒い雷を剣に纏わせたと思うと、真っ直ぐにその剣で斬りかかって来た。
私はスキルの詠唱を中断して、PrincesSの攻撃を転がって避けてから後ろに回り──腰から抜いた剣で斬りかかる!
「やぁっ!」
「ハァッ!」
キン、と言う軽い音と共に私の剣は弾かれて、PrincesSは剣を肩の高さまで持って来た。
恐らく私やユリカも使うであろう剣の突進系スキル。
となれば、敢えて正面から受けて反撃に転ずるのがベスト!
「ジェット・ストライク!」
「流星槍!」
星々と共に突き出された槍の穂先と、黒い雷を纏う剣の切っ先はぶつかり合って弾かれあった。
だけど、私はすぐに剣を構えてPrincesSへと迫る。
「ハァッ!」
今度はガキィン、という音と共にお互いの剣が十字に交差した。
私が左手に握る槍を突き出すとPrincesSは顔を捻って避けてから後ろへジャンプ。
距離を取ってから、何をするつもりなのか。
「【フォース・サンダー・キャノン】!」
「フィフス・ジャベリンッ!」
私の槍はPrincesSの放った炎の砲撃とぶつかり合って相殺され、弾かれた。
けれど、これでいい……! 次に彼女が取る行動は読めている!
「ジェット・ストライク!」
「フォース・カウンター!」
猪のように突撃して来る黒い雷の剣戟を回避しながら、一撃をPrincesSに見舞ってやった。
PrincesSはそのまま派手にスッ転んだので、私は追撃に一歩踏み込む。
「フォース・スラッシュ!」
「ッ! っと! 三途の川が見えたところでした……危ない危ない」
転んだ姿勢だったのに、私の剣を見切って避けた。
ギルドマスターの友達にしてこの位置にいるって言うのは、伊達じゃあないか。
お情けだとか、数合わせでこの場に立っているワケじゃないのは多分マジの方。
剣と槍を同時に使っていては対処出来なそうだし、ここはどっちか一本だけに集中して戦おう……手数を増やすと、かえって選択肢の多さで咄嗟の判断を間違えそうだし。
「灰となって散りなさい! フォース・ファイア・キャノン!」
「同じ手を何度も……! 流星槍!」
今度は流星槍で火炎の砲撃を相殺し、向かってくるPrincesSの剣を受け止める。
そのまま数合打ち合ったところで私の槍が弾かれて、槍は手元を離れて転がる。
チャンスと見て振るった縦斬りを避け、私は腰の剣を抜くと同時に横薙ぎ。
ギィン、という音と共にPrincesSの斬り上げで私の剣は止められた。
「っ! 中々やりますわね……!」
「そっちこそ、中途半端なステ振りとは思えないですよ」
鍔迫り合いになりながらそう言葉を交わし、私は後ろに引く形で競り合いを避ける。
押し込んでもよかったけれど、アダマンタイターの耐久値だって無限なわけじゃない。
下手したら折られる可能性もあるし、そうなると色々マズい分下手な殴り合いはやめた方がいいよね。
「では。今度は煙の中でも、その余裕を保っていてくださる?」
「なんでも来い、ですよ」
私は槍を足だけで拾い上げて、左手で握りながらPrincesSの出方を伺う。
彼女が何をしてくるかはまだわからないけれど……恐らく特大火力の魔法か何か。
だったらやり方はいくらでもあるし、最速で仕留めてやったっていい。
何が来たって対応して見せる……! 来い、PrincesS!
「では……! 行きますわよ! 【ニュークリア・ミサイル】!」
「核撃魔法!?」
PrincesSの両手から放たれるのは、二本のミサイル!
無属性の中でも習得難易度はかなり高い核撃魔法、魔法を専門に鍛えてないと普通なら習得は出来ない。
カオスさんやディララさん、ディアブレさんみたいな高レベルの魔法使いでやっと使えるほどの魔法を、何故彼女が。
いや、そんなことを考えるよりも……この迫って来るミサイルをどう対処するか! ミサイルと名のつく魔法は大概追尾性能を持っていることが多い、だったら避けるのは普通なら困難――
だけど! それは普通なら、だ!
「私なら、避けられるッ!」
私は天空歩で空へ駆け出し、ミサイルの追尾でも追いきれないように複雑な軌道で走り出す。
こういう追尾スキルのAIは大体、対象との最短距離を走るように作られている。
となれば、触れただけで爆発を起こすミサイルともなれば避け方はシンプル!
「ここだっ!」
「まぁ、あなた回避がお上手ですわね。ビックリ」
私はミサイルの弾道が同じ位置で交差するようにジャンプし、ミサイル同士を誘爆させる。
爆発範囲は狭い……となれば、以前カオスさんやディアブレさんが見せた広範囲タイプじゃない、タイマン系。
当たっていたら私は愚か、兄さんやハルさんでも耐えきるのは厳しかったかもしれない。
「お返し! フィフス・ジャベリン!」
「【フィフス・スラッシュ】!」
「これじゃ決め手にならないか……!」
私の投擲した槍は叩き落とされ、地面に突き刺さった。
槍をチマチマ投げてて倒せないって言うのなら、直接踏み込んでぶった斬ってやる!
「せあぁっ!」
「ハ!」
キン、と鳴る金属音。
私は全力で踏み込んだって言うのに、軽い音しか出ないような受け流し方。
PrincesSめ、やっぱり剣技も相当練度が高いのか。
「スプラッシュ・スティンガー!」
「っと! 中々の剣速ですが……私には、二、三歩届きませんわね! ふふふっ!」
「あぁもう、だったら六歩踏み込んでやりますよ!」
剣をぶつけ合いながら、私たちはまた言葉を交わす。
彼女が随分お喋りなせいか、ついつい引きずられて私も言葉をぶつけてしまう。
心理戦と言うよりも、彼女自身が人から言葉を引き出させるのが上手いのか。
「加速!」
「ッ、雌雄を決しに来ましたね……!」
私は斬りこむ速度を上げ、高速の剣戟でPrincesSに反撃の隙を与えない。
ハルさんもやっていたけれど、攻めが得意な相手を倒すには反撃させないことが大切だ。
それが出来なければ、何も出来ずに相手の攻撃を許してしまうのだから。
「中々っ、苛烈な、攻め……ですわね……!」
「お喋りだね、その余裕もなくしてあげるよ!」
私は更に強く踏み込み、下がって逃げようとするPrincesSを壁に追い込む。
彼女は下がれる場所がないと知れば、ダメージを覚悟して斬り合いに応じるつもりだ。
だけど、私は斬り合いなんてリスキーなことは狙っていない。
反撃の隙を与えずに攻撃を続けたのは壁に追い込むのが目的で、彼女を倒すための剣戟ではない。
それでも、私の猛攻はPrincesSには自分を必死で倒そうとする姿に見えただろう。
だから彼女には私の剣戟が強く刻まれたハズだ!
「流星槍!」
「なんと――!」
スムーズに剣から槍に切り替えて、私は至近距離での流星槍をPrincesSへ浴びせた。
……けれど、PrincesSは抜け目ないことに空蝉を使って脱出していたみたいだ。
マントだけがその場に残って、PrincesSは空中にいたのだから。
「良い手でしたが、私を甘く見ましたわね!」
「見てなんかない! いつだって、第二第三の手くらいは考えてた!」
落ちる勢いに自分の全体重を乗せて上から剣を振り下ろすPrincesSに、私も剣を突き出す。
「ぐ……!」
「くっ!」
でも、お互い狙いがそれて互いの利き腕に剣が刺さってしまった。
そのまま重力に逆らわずしてお互いのアバターをお互いの剣で斬り裂き、私たちは腕を落とす。
私は左手に槍一本、向こうは左手に何もなし。
「片手じゃ使い辛いけど、やるしかないか……!」
「舐められたことですわね、私が魔法を使えるようになったのはこういう時のためですもの!」
PrincesSは左手に光を集め、一本の槍を形成する。
……イチカさんの魔法剣みたいなスキルなのか、それともただの魔法技か。
「【フィフス・ホーリー・ランス】!」
「フィフス・ジャベリン! ……っあ!」
フィフスレベルの魔法攻撃……! 咄嗟に対応して槍を投擲してしまった。
もう片方の手が空いていれば、エネルギー状の槍を形成して放つことが出来たけれど、片手が故にやってしまった。
後悔してももう遅く、私の槍はPrincesSの光の槍を打ち砕き、地に落ちた。
「槍を、手放しましたわね!」
「マズい……!」
隙アリ、と言わんばかりにPrincesSは走り出して来た。
私は後ろに下がって距離を取るけれど、なんとPrincesSは私ではなく槍の方に走り出して、地面に突き刺さっている槍を蹴っ飛ばした。
そのせいで槍はあらぬ方向にすっ飛んで行って、隙を見て取れるような位置じゃなくなってしまった。
「うわぁ、一手どころか二手ミスるなんて最悪……どうしよ」
おかげで右手なし、武器なしなんて最悪な状況……これ、相当マズいかも。
いや、でもまだ勝機は消えてない……! どうせ死ぬなら、出来るだけ足掻いてから死ね、私!
「少々心苦しいですが……このままあなたを打ち砕かせていただきますわ!」
「ッ……! 何が来る……!」
PrincesSは左手に魔力をチャージし――
「ニュークリア・ミサイル!」
「――!」
魔法名を言われた瞬間、私は考えるよりも先に体が動いてしまった。
自分が何を考えているかもわからないまま、勝手にアバターが動き出してしまった。
最適な行動をプログラムされたかのように、ただ『PrincesSを倒す』と言う目的のために。
「な、避けもせずに突っ込んで……!?」
私はミサイルに真っすぐ飛び込み――
当たる直前で天空歩を発動させながら跳躍し、PrincesSの真後ろに立つ。
そして、彼女が振り向くのと同時に左手だけで首を鷲掴みにする。
「あぐ、な、何を……!」
先ほど私が跳躍して回避したミサイルは、今も尚私に迫っている。
故に、私はPrincesSを引きずったまま天空歩を発動させる。
「ま、まさか!」
PrincesSは何をするのか察して私の手を剥がそうとするけれど、私はそれを意に介さない。
最初に踏み込むときに加力と加速を使用しているので、素の状態の彼女では引き剥がせない。
「砕け散れ!」
「ちょっ――!」
私を追尾するニュークリア・ミサイルに向けてPrincesSの頭を叩きつける。
それと同時に爆発が起きて、PrincesSのHPは残り1割を切った。
同時に、私も左腕がねじ切られるけれど……空中では私が完全に有利だった。
「ッあ……! まだ、まだですわ……! サード――ぶがっ!」
「ハァァッ!」
空中で落下しながらも回転を加えた蹴りをPrincesSの顔面に叩き込む。
そのまま頭から地面に叩きつけ、私は自由落下しながらも着地してどうにかHPを残す。
PrincesSは、地面に叩きつけられた衝撃でアバターを砕け散らせた。
「私の、勝ち!」
ない腕を上げるつもりで、私は天を見上げて喝采をこの身に引き受ける。
あぁ、SBOをプレイしていてよかった。とても楽しい瞬間が、こうして味わえるんだから。
プレイヤーネーム:ランコ
レベル:80
種族:人間
ステータス
STR:53(+125) AGI:50(+110) DEX:50(+60) VIT:50(+200) INT:50 MND:50(+200)
使用武器:アダマンスピア・改、アダマンタイター・改
使用防具:大悪鬼の冠・改、魔獣のジャケット、アダマンチェーンメイル・改、、双星のスカート、休魂手袋、天空歩、魔のロザリオ