第百三十四話:キングスノーマン
「せえええあああッ!」
「でえああああありゃああああああッ!」
『キーーーングーーーン……』
KnighTの全力の一撃と、俺の渾身の一撃。
炎の剣はキングスノーマンの体である雪を溶かし、大ダメージを与えたハズ――なのだが、キングスノーマンはすぐに溶けた部位を再生する。
その上、ジャック・フロストをポコポコと出すせいで中距離技は通じない。
肉壁のようにジャック・フロストが集合するので、ロクな攻撃が当たらんのだ。
「もう、無理ゲーだろコレ……」
「何か、ギミックがあるのかもしれませんね」
「つっても……どうやって解くんだよ」
フィールドボス出現から既に一時間以上が経過していた。
冬将軍は十分ほどで倒せたのに、キングスノーマンは全く進展しない。
その上、この激しい戦いを長時間続けたことで倒れだすプレイヤーは少なくない。
アルゴーノートや朧之剣のメンバーも何人か離脱している。
集う勇者でも、残っているのはハル、ユリカ、ランコ、イチカだけだ。
アインやユージンはジャック・フロストに囲まれてやられてしまったからだ。
「先輩、そろそろ私たちもガス欠です……もうポーションが尽きかけちゃってて」
「そもそも、戦うのを想定してなかったから物資が不十分過ぎたんだよ、兄さん……!」
「第一、敵の情報が少なすぎます!」
「あぁ、嫌になる戦いだ」
……どうやら、俺の仲間たちもそろそろ限界のようだった。
朧之剣で唯一残っていたGianTも、動きが鈍くなっている。
王の騎士団のモードレッドやガウェインたちも雑魚狩りで忙しい。
因みにイアソーンは死んで、ヘラクレスも仲間たちを引き連れて撤退している。
だからこそ、キングスノーマンを相手に出来るのは俺とKnighTだけだ。
アーサーやカオスが雑魚を食い止めてくれているから、俺たちも戦えるのだ。
『【スノー・キャノン】』
「ブレイブ!」
「わかってらぁっ!」
キングスノーマンは木の枝に手袋を被せたような細い手をこちらに向けて、巨大な雪玉を飛ばしてくる。
俺はそれを流星盾含む多重のシールドで受け止め、お返しにフェニックス・ドライブを放つ。
しかしフェニックス・ドライブでは着弾までに時間がかかり、ジャック・フロストが肉壁になってしまう。
『キーン』
「やべえ、KnighT! 相殺頼む!」
「了解です!」
『グゥゥゥン!』
キングスノーマンは両手を合わせたと思うと、巨大な氷の塊を飛ばして来た。
それも、あちこちにスパイクやらエッジがついている恐ろしい物だ。
シールドでも止めきれないサイズとなれば、KnighTが相殺する他ない。
「炎天斬!」
「チィッ、邪魔だ……!」
KnighTがキングスノーマンの大技を破壊しても、隙は訪れない。
だって、キングスノーマンをカバーするようにジャック・フロストが動くのだから。
もう泣けてくるくらいの恐ろしい連携、ボスキャラの心情が今分かった気がする。
「どうしますか、このままでは磨り潰されますよ!」
「そうは言っても、俺にはどうすることも出来ねえよ!」
俺の出来ることなんて、小鬼を召喚したりぶん殴るか斬るか守るかくらいだ。
それに、小鬼召喚以外に関しちゃ他の皆よりも劣っているところが多い。
だから俺のやれることなんてショボいもんだ。
「畜生、膠着状態ならまだマシだったってのに……!」
俺はキングスノーマンが転がしてくる雪玉を回避しながら嘆く。
ただ戦況の変わらない状況とかだったら、じっくり考えられる。
だが、こっちは無尽蔵に回復出来るわけじゃないしプレイヤーの数だって減っていく。
「くっ、これが最後のMPポーションか……!」
「私もSPポーションはこれで最後……そろそろホントにマズいかも」
「奇遇ですね、私もHPポーションはこれが最後です」
イチカ、ランコ、ハルはそれぞれに必須なポーションを切らした。
ユリカはまだ平気そうだが互いに助けに行ける状況じゃないし、この三人はもう落ちるだろう。
特にイチカは何をするにもMPを使うらしいので、攻撃も防御も出来なくなる。
「打開策もなしに、補給手段もなしか……どうする、諦めて帰るか?」
「冗談! 補給できないだけで、私たちはまだ負けてない!」
「らしくないこと言わないでくださいよ、先輩!」
「あぁ、それにまだ策は残っているとも」
……どうやら、俺以外の三人はまだまだ強気らしい。
それに、イチカはどうやらキングスノーマンを倒す手段を考えているようだ。
「イチカ、何か策があるのか? 雑魚の相手、代わってやるから教えてくれ」
「承った」
俺はMPポーションをまとめた雑嚢をイチカに向けて投げる。
で、ダンと踏み込んでジャック・フロストを一刀の下に斬り伏せる。
「答えはシンプル、絶大な火力を産み出す方法はこれだ」
「え」
イチカはMPポーションをグビグビガバガバと飲み干した――
と思うと、更にはHPポーションとSPポーションまで飲み始めた。
パーティメンバーだからこそわかるが、どう見たって飲んでいる量が過剰だ。
「俺のスキル、【過剰充填】を利用すればいい」
「そんなスキルが……知らなかったです」
「アイテム消耗凄そうだなー……ソレ」
ハルとランコはジャック・フロストを捌きながらイチカを見守る。
俺は小鬼召喚で多少楽をしながらイチカを見ている。
KnighTは今も一人でキングスノーマンの攻撃を止め続けてくれている。
全く、タンクでもないのに張り切ってるその姿には敬意を表する他ないな。
「では、行くぞ!」
イチカはパンッ! と手を合わせてからゆっくりと浮遊を始める。
ふよふよと浮いてから、キングスノーマンの頭上よりも高い場所で静止。
「離れていろ、火傷するぞ」
「っ、はい!」
KnighTは強力な炎攻撃をキングスノーマンに見舞ってから大きく後方へと跳ぶ。
俺はジャック・フロストに殴り殺されそうなゴブリンキングの援護をしつつ、イチカから目を離さない。
ランコとハルにこれ以上負担をかけてはならないが……それ以上にイチカの方が気になる。
「過剰充填からの……【オール・リソースロード】……!」
「まさかアレは……!」
イチカのHP、MP、SPはみるみる減っていく。
オール・リソースロード……過剰に溜めたHP、MP、SPの全てを注ぎ込むと言うのか。
それをイチカの魔法攻撃力で放ち、炎としてキングスノーマンを一息に溶かすのか。
だが、KnighTや俺が全力で撃ちこんでも倒せなかったコイツを殺れるのか。
「おいブレイブ・ワン……いや、団長」
「なんだ!」
「後は頼む」
イチカが全てのリソースをつぎ込んだエネルギー弾は、巨大な炎の球体となって静止した。
……あぁ、つまりはそうしろって事なのかよ、お前一人でブッ放すってワケじゃねえのかよ。
俺は剣を構えながら嘆く。
「美味しい所、人に譲っちゃダメだろ……!」
シールドを足場にしながら俺はイチカの作り出した炎の球体へと飛び込む。
超加速、諸刃の剣、超加力、フェニックス・アーマー、鬼化を使って極限までステータスを高める。
そして――!
「エンチャント・スラスト!」
イチカの作り上げた炎の球体を剣にチャージするが、俺はそこでスキルを放とうとする腕を止める。
本来なら、システムアシストの通りに俺は腕を突き出して充填した炎をキングスノーマンにぶつける。
だが、俺はそれに逆らうようにしてスキルを中断し、炎を剣にエンチャントした状態で踏みとどまる。
まだ威力を上げることは出来るのだから。
「行くぜ……! オーガ・スラァァァッシュッ!」
『キィィィン! グゥゥゥン!』
キングスノーマンは、待っていました!と言わんばかりに巨大な氷をチャージする。
スキルをブチ砕いてから俺を穿つつもりなんだろうが……負けてやるか!
イチカが命懸けで込めてくれた分、全部ブッ込んだモン! 全部ぶつけてやらぁ!
「せえええええええあああああああッ!」
『【獄氷砲】!』
「いっけええええっ!」
俺は真正面から放たれた氷を真正面から迎え撃ち、断ち切る。
そして、そのままキングスノーマンの顔面に剣を叩きつける!
「おおおおおあああああッ!」
『あぢぢぢぢぢぢぢぃっ!』
ようやく悲鳴を上げ始めたキングスノーマン、凄まじい間抜けな声だ。
だが、そのまま押し通ってやる……!
「ぐんぬぁぁぁ……! 潰っ、れろぉぉぉっ!」
『が、ががが……!』
キングスノーマンの顔はもうドロドロになって溶けかけているし、周囲の雪も消えている。
そして、コイツの体自体もどんどん溶けて薄くなっている。
あと少し、あとほんの少しの時間でコイツを完全に倒せる!
「これで、終わ――え」
俺は更に剣を深く刺そうとしたら、突然キングスノーマンが消えた。
いつものようにHPを全損してポリゴン片となるわけではなく、消されたかのように。
「おわ!?」
しかも俺は着地なんて考えていなかったので、頭から地面と激突した。
……あれ、よく見るとキングスノーマンの周りどころか、ここら辺全部雪が消えてるような。
『終了でーす! フィールドボス、討伐ならず! プレイヤーの皆さーん、またらいねーん!』
「えっ!?」
「……制限時間、あったんですね」
「なんて言うか、凄い無駄な時間だった……」
「皆、犬死……ですか」
ため息をつくハル、座り込んで倒れるランコ、一筋の涙を流すKnighT。
そして、俺は――
「ど”お”し”て”だ”よ”お”お”お”お”お”お”お”っ!」
地面に突っ伏し、悔しさゆえの全力の叫び声をあげた。
露払いを頼んだアーサー、カオス、他一同……様々なプレイヤーたちに申し訳が立たない。
しかも、ご丁寧に見渡す限りの雪は溶けて消えてしまっていた。
銀世界から始まった雪遊びは、運営からの無慈悲な手によって終わりを迎えたのだった。
「危なかったぁ……死ぬかと思った」
「マジで危なかったな、ちょっとコレ調整ミスってない?」
「いやぁ、ちゃんと予定していた通りの数値ですよ。
ただ、キングスノーマン自体がちょっと残念な感じだったので」
SBO、運営会社の一室。
そこには先ほどまでアナウンスをしていた宣伝アイドルのニコと、十二郎の大宮と相多がいた。
彼等は運営チーム専用のダイブ機器を頭から外しながら起き上がった。
「相多、ごめんな。二人にやられちゃったよ」
「あぁいいよいいよ、アレトップレベルのプレイヤーだろ? 冬将軍のスペックじゃあんなもんでしょ」
「大宮さんは十分やったと思いますよ~」
彼等は先ほどまでSBOにダイブし、あるアバターを動かしながら戦っていた。
そう、それは冬将軍とキングスノーマンであり、これは一種のテストプレイでもあったのだ。
「キングスノーマンはちょっと調整入れようか、俺が動かしてコレならAIだともうちょい強化欲しいね」
「冬将軍もスペック上げた方がいいでしょ、第六回イベント後のボスにしては弱すぎるよコレ」
「じゃあ、ついでにジャック・フロストもちょっといじっときますね。
トップのプレイヤーたちだと、大体クリティカルで一撃みたいですし」
カタカタとせわしなくキーボードを打ち込み、モンスターのステータスをいじる。
ニコの本職はデジタルアイドルではなく、ゲームプログラマーだったのだ。
「いやぁ~ホント助かるよニコちゃん、最近課金プレイヤーも増えて来たしさ」
「SBOも、今やVRMMO界隈じゃかなり上位の方に来てるしねぇ」
相多と大宮はニコがモンスターの調整のためのプログラムを書き込んでる傍らで業績を確認している。
課金額、総接続時間、プレイ持続率、どれにおいても右肩上がり。
サービス開始から一周年経たずして、ニュースでも話題になる程の人気を得たSBO。
それらも全て宣伝アイドルとしての活躍をする傍らに、プログラムを組んでいるニコの手腕にあった。
「でもさニコちゃん、時には休んだ方がいいよ?みゅーちゃんとかこないだ倒れたんだし」
「お気遣いありがとうございます。でも、私は大丈夫ですよ。SBO関連の仕事は楽しいですし」
楽しい、その一言だけでデスマーチにも等しい仕事量を涼しい顔でこなす少女。
それを見て、ねぎらいの言葉をかけた相多も大宮と顔を見合わせ、首を左右に振る。
あぁ、この子はもう既に仕事をすること自体に喜びを見出してしまっている、のだと。
「あ、もう少しで終わるので、終わったらお茶にしませんか?」
「そうだね、一時間くらい休んでも社長たちも許してくれるでしょ」
「だな、休日出勤してるんだし多少は自由だろ」
パソコンから顔を上げるニコの目は笑っていなかった。
が、相多と大宮はとやかく言っても仕方がないと割り切り、お茶を沸かし始める。
この先動き出す巨大プロジェクトのために、SBOはまだまだ終わらない。
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