第百三十二話:冬の日、雪合戦。
「いぃぃやっふぅぅぅっ!」
「うおーっ、一面の銀世界ッス!俺初めて見たッスよ!」
一月、それは冬真っ盛りの季節。
現実でもしんしんと雪が降ってきて、手が悴んでさすさすと擦りながら歯を振るわせる頃。
SBOにも雪が沢山積もっていたので、ギルドホームの庭の雪に全身を埋めた。
ボフッ、とした固めた片栗粉のような感触とひんやりとした感覚が全身に伝わってくる。
「兄さん、何してんの?」
「雪かきされてない道に飛び込むのは雪遊びのマナーらしいからな、やってみたんだ」
なんでも、昔の健康的な男児たちはそうして形を残して来たんだとか何とかで。
俺は良く知らないけれど、まぁ面白そうなので雪遊びを色々とやることにした。
「雪……ですか。何か楽しむなら、コレはどうでしょう」
「お、なんだハル、いい案あるのか?」
ハルがポン、と手を叩いて何やら閃いたようなので見てみる。
と、ハルは突然雪を一か所に集め始めて、何やらボールのような物を作り始めた。
サイズ的にはサッカーボール……で、それをゆっくりと転がし始める。
「よいしょ、よいしょ……」
「あ、アレか。手伝いますよ、ハルさん」
どうやらユリカも直ぐに閃いたのか、ハルと同じ真似をし始める。
いったい何が始まるのか、俺の脳みそでは皆目見当がつかずにいた。
雪を集めて転がして……何をするのだろう、曲芸に使う玉乗りとかか?
「えっさ、ほいさ、えっさ」
「さっきから二人は何やってるんッスかね」
「雪像作りじゃないですか? ほら、よくテレビとかでやってた奴。兄さんも見てたでしょ?」
そういや年末年始のテレビでは、寒い地域で降ってくる雪を利用した像が作られていたっけな。
滑り台を作ったりとか、飛脚してる自分の像を作ったりとか、女の人を作ったりとか。
あとはなんか……こう、大砲みたいなのを作ってる人たちもいたなぁ、名前はなんだったか、ネオアーム……なんたら。
「雪像ってSBOでも作れるもんなんッスかね、俺たち生産職とかじゃないッスか」
「そこはまぁ、運営もこういう時だし多少の補正は働くんじゃないか?」
と、ハルとユリカが雪のボールを転がしている間に俺たちは軽い雑談をする。
因みに、今日は特に狩りをする予定などもないので、俺以外は皆オシャレな服だ。
ユージンは冬らしくいつものジャケットに暖かそうなマフラーをつけていて、ハルとユリカも現実にありそうな冬のファッションだ。
俺は鎧に耐熱耐寒の効果がついているので、いつも通りの格好なんだけどな。
「よーし、出来ました!」
「うんうん、VRだからか綺麗な真ん丸でいい出来ですね!」
「うお、なんだそりゃ」
ハルとユリカがじゃーん、と両手を広げてアピールしているのはよくわからないものだった。
座れるほどに大きい雪のボールの上に、一抱えほどの雪のボールが乗っかっているモノ。
上に乗っている雪のボールの方が小さいが、ユリカはその上にバケツを乗せ始めた。
「うーん、よくわからないッスね、なんスかコレ」
「雪だるまですよ。知らないですか?」
「小さい頃に作った記憶があるので、それをSBOでも作って見たんです」
首をかしげるユージンに、何やら感傷に浸りながら教えてくれるユリカとハル。
だが俺もランコも雪だるまとやらは知らないので、首をかしげるばかりだ。
「これって、何の目的に使うの? 投擲武器の練習とか?」
「違いますよ。ただのオブジェです」
それっぽそうな理由なのに、特に作る意味とかはないモノなのか。
芸術品とかと一緒で、眺めて楽しむタイプって奴なのね。
「雪遊びって、こういうこととかするのか」
「なんか、新しい文化に触れたね、兄さん」
ランコも抱く気持ちは俺と同じようで、結構ワクワクしているようだ。
積もった雪ならではの遊び……他にも色々あるんだろうか。
「では、次の雪遊びを――おばふ」
「どうした?」
ハルがにこやかに指を立てた所で、ハルの顔面に何か当たった。
白い石……いや、これ雪か?
「おーい! 皆さーん!」
「あれは、アインくんと……イチカさん?」
二人は何かを手に集めているようだった。
……アレ、まさか雪を小さいボールにしているのか?
「やっぱりこんな寒い日は、雪合戦ですよ! それっ!」
「上等だ!」
アインが雪のボールを投げて来たので、俺は剣を抜いて斬り落とす。
弾丸や弓矢ならいざ知らず玉を投げただけ、簡単に落とせるぜ。
「いや、剣使うのはルール違反ですよ、ブレイブさん」
「え、そうなのか?」
よく見るとイチカはいつも通りだが防具はつけていないし、アインも鎧すら纏ってない。
どうやら雪遊びで道具を使うのは基本的にルール違反みたいだな。
「じゃあ……私たちも武装解除しよっか」
「郷に入っては郷に従うがごとし、ッスね」
「若干違うけどそうですね」
と、そんなこんなで俺たちも武器や防具をストレージに納め、鎧の下に着ている服だけとなった。
で、ついでにハルから雪合戦とやらについての説明を受けた。
「なるほど、基本は雪玉を相手にブチ当てりゃいいんだな」
「と言っても、自分が当たってもアウトですからね」
試合は一定範囲が定まった場所でやるようで、バリケードなども築いているようだ。
基本はバリケードの中に隠れつつ、雪玉を作っては相手に当てる。
当たった奴はアウトとなって、場外へと出て味方を応援して鼓舞する。
割とシンプルなルールだな。
「じゃ、チーム分けからですね」
ハルが審判で、俺のチームはランコとユリカ。
アインのチームはイチカとユージンが入って、三対三の勝負となった。
……シェリアと鈴音、スターとムーンも来たらもっと楽しいかもな。
「よし、それじゃあ……始めーっ!」
「【スノーボール・スロー・オブ・バーサーク】!」
「え」
開始と共に、アインは狂化を使って俺たちのバリケードに雪玉を命中させた。
凄まじい勢いで放たれた雪玉は俺たちのバリケードを一瞬で瓦解させた。
「あ、あの、アインくん?」
「手加減はなしですよ……せえやっ!」
「お前えええええっ! それはズルだろ!」
武器は封印しておいて、スキルはアリっておかしいだろ! クソッ、今の所何とか飛び跳ねたりして避けてはいるが……イチカとユージンがせかせか雪玉を作りやがる。
その上、アインは投擲に集中……いいコンビネーションでムカつくぜ!
「こっちも反撃しないと、やられちゃうよ、兄さん!」
「あぁ、だったらこっちもこっちで対抗するしかねえな……流星盾!」
俺は盾なしで流星盾を展開し、その後ろにランコとユリカを立たせることで雪玉から身を守る。
その隙にユリカが雪玉を作って、ランコに手渡して……振りかぶってからの投擲!
「やぁっ!」
「甘い」
「え」
ランコが投げた雪玉は空中でイチカの魔法弓によって落とされた。
……いや、ズルいとかそう言う問題じゃなくなってきたぞ、コレ。
「……ブレイブさん、どうしますか?」
「殺す」
俺はフェニックス・アーマーを使用して全身に炎を纏わせる。
これなら、雪玉程度はぶつかる前に溶けるから真正面に突っ込める。
「いけっ、兄さん!」
「おおおおおおおおっ!」
「あの、なんか私の知ってる雪合戦と凄い違って来たような気が……」
審判役のハルは困惑状態だが、知ったこっちゃねえ。
俺はバリケードの後ろに隠れるアインたちに向けて飛び込む。
「死に晒せやオラアアアアア!」
「ギャアアアアッス!」
「まさかそんな方法があったか……!」
「僕のよりズルい……」
ボガーン、と音を立ててバリケードは吹き飛び、俺たちは四人でくんずほぐれつ。
まるで放課後の男子高校生かのようなノリでじたばたと暴れる。
「ぷっ、あははは……なんですかこれ……」
自分の知っている雪合戦、雪遊びと全く違う光景を見たからか、ハルは笑い始める。
まぁ、そもそもやり出したのはアインだから何か言われるとしたらアインからだろう。
「もう、面白過ぎですよ。先輩」
「ははは、そりゃよかった」
「でも、雪がドロドロになっちゃいましたね」
ハルの言う通り、俺のせいで庭の雪は殆ど溶けてしまったようだ。
雪だるまは辛うじて無事みたいだが、雪が戻るまでには少し時間がかかりそうだ。
「どうします? 場所、変えますか?」
「そうだな、他のギルドも巻き込んで雪合戦をしたら面白そうだ」
ユリカの提案にイチカが賛成し、アインたちも乗り気のようだった。
ので、俺たちは王の騎士団メンバーや真の魔王なども誘って雪合戦を始めたのだが。
が……
「アッハハハハハハハハ! 大氷壁バリゲードーっ!」
「トラジック・オーバーチュアスノーボール!」
「ギャアアアアアアア! 何このチートみたいな雪合戦ンンン!」
超巨大な氷の壁の上から放たれる、理不尽な数までの雪玉。
それはフィールド上でダメージ判定があるために、被弾した者は次々にHPバーを削られる。
完全武装しながら雪合戦なんてし出した真の魔王を前に、皆逃げ惑う。
「ハハハハハハハ! 楽しいなコレ! ハクスラやってるみたいだ! ハハハハハ!」
「なんか、いつもよりキャラ違くねえか……?」
「雪の時は三割増し陽気になるんだよ、アハハハハハ!」
狂気的な笑いと共に、カオスは雪玉どころか氷のトゲを次々に降り注がせてくる。
ソロプレイヤーとか小規模なギルドのプレイヤーの一部に至っては、もうポックリ逝ってる。
雪合戦がただの殺し合いと化してきている。
「フハハハハ! カオスよ! それが貴様の全力であるか! ならば真の悪魔たる我の本気も見せてやろうではないか! フォース・ブリザード!」
「もうスノーボールとかですらねえええ!」
阿鼻叫喚、最早雪合戦なんて可愛らしい物はそこになく、ただの虐殺が始まっていた。
真の魔王メンバーは完全にプレイヤーキルへとひた走っており、PKギルドのぷくぷく倶楽部が可愛く見えてくる。
いや、何だったらそのぷくぷく倶楽部すら、完全に真の魔王に遊ばれている。
「ヒイイイイ! お助けえええ!」
「俺と戦えェェッ!」
「ドラゴニア・ブレス!」
ズドーン、と広がる真っ白な息のような攻撃。
ぷくぷく俱楽部、ギルドマスターのコフィンがあっさりと死んでいた。
……いやもう、なんか……コレ、なんでこうなったんだろう。
「……どうして、こうなったんだろうな。ハル」
「私が知りたいです」
「兄さん、王の騎士団の方も凄いことになってるよ」
ランコが指差すと、そこにはアーサーを中心とした王の騎士団メンバーがいた。
勿論、彼等もまた雪合戦と言う名の虐殺を行っていたのだった。
「いやああああ! もう強すぎるわよっ!」
「ねえツブラ! どうにかならない!?」
「全然ならないよぉ!」
ホーリー・クインテットを相手に、雪合戦とか言いながら必殺スキルをぶっ放しまくっていた。
逃げ惑う彼女たちを前に、彼らは雪玉を投げつつスキルをぶっ放している。
……ガウェインはガラティーンを使うと雪が溶けるからか、自重させられていた。可哀想に。
「ブレイブさん、あっちもヤバいです」
「え」
今度はユリカが指差した先、そこには朧之剣メンバーが勢ぞろい! しかも、KnighTが持ち前のゴリラ並みパワーで雪玉を投げまくってやがる! 他のメンバーはKnighTともう一人に雪玉を献上し、二人が剛速球を投げている。
いや、まぁ……真の魔王とか王の騎士団に比べたらマシな気がするんだけどね。
「いや、割とマシにも見えないか?」
「……被弾してるプレイヤー、見てください」
「……前言撤回、アイツらもヤベえ」
真の魔王とか王の騎士団は、必殺スキルなどが主な死因と化していた。
けど、朧之剣は純粋に雪玉の投擲だけでプレイヤーが死んでいっている。
「なんか、僕たちも凄い事しなきゃいけない気になってきました」
「落ち着け、流されるなアイン」
「そうッスよ、俺たちは普通でいりゃあいいんッスから!」
混乱し始めたアインをイチカとユージンが宥めるが……いや、もう既に手遅れな気がする。
だって、ログインしててもどこにいるのかわからなかったはずの四人がいたのだから。
アルゴーノートと一緒に、彼女たちはプレイヤーに巨大な雪玉を作っては投げつけている。
雪だるまになる程の雪玉を作って、力を合わせて投擲している。
「もう、なんか……無関係であれたら良かったな」
「そうですね、無事にヤバいギルドの仲間入りしてますね、私たち」
現実の雪合戦ではこんなことにならないというのは、雪遊び未経験の俺でもわかる。
でも、SBOでの雪遊びは……こんな地獄のような光景を生み出してしまった。
もしも運営がこの状況をしっかり把握しているのなら、来年からこういうのはナシにして欲しい。
いや、ホント……マジで。
「はぁ、本当にどうしてこうなっ……ん?」
俺が二度も同じことを呟こうとしたところで、何かが上空から降りてくるのが見えた。
プレイヤー……いや、異常なほど高い位置だから吹っ飛ばされてるってわけでもなさそうだ。
飛翔……いや、よく見ると円盤のような何かに乗っていて、見覚えのある姿。
「あれは……ニコりんさんですか」
「SBOでの公式アイドル、となると運営が施した何らかの処置か?」
ハルが認識した通り、ニコりんとやらなら運営がこの事態に何か手を打ったのか。
彼女がやめてー、と言えば流石にこの騒動もちゃんと収まってくれるだろう。
アーサーやカオスだって大人のはずだし、流石にこれを守らなかったら俺が止めるぞ。
『皆さん、冬の中でも元気いっぱいですねー!』
「あれは!」
「ニコりんだ!」
「SBOの魂!」
「そうだ、SBOの正義はニコりんにあるううう!」
訳の分からないネタを始めるプレイヤーたちだが、王の騎士団たちの攻撃が止んで喜んでるみたいだ。
っつーか、やってることはただのPKだから攻撃されてない俺たちでも普通に嬉しい。
『そんな皆さんに、緊急イベントを用意しましたー!』
「緊急イベント……まさか、この虐殺を加速させるような事になったりしませんよね」
ユリカが青ざめてそんなことを言うが、流石にそれはないと信じたい。
そう、大体こんな殺し合いを止めるとすれば。
『限定フィールドボス、登ッ場でーす!』
「やっぱりな」
「わぁおっきぃ」
ハルは目を点にして語彙力を失っているが……いや、大きいって言ったって全長5mちょいだろ。
出て来たのは下手な建物くらい潰せそうな巨大雪だるま、木で出来た腕に手袋をはめて王冠を被っている。
もう一つは雪像のように真っ白な鎧を着て、自身も真っ白な武者……将軍様みたいな風格がある。
『緊急ボスエネミー、【キングスノーマン】と【冬将軍】です! 皆さん、頑張ってくださいね!』
「ったく……ふざけた真似してくれるぜ、運営も!」
俺は剣を抜き放ち、キングスノーマンたちを睨む。
皆さんは雪合戦などで遊んだことがあるでしょうか。
作者は一度だけありますが、もう殆ど忘れかけています。




