第百三十一話:新たな目標
「はぁ……ったくあの馬鹿妹め」
「何かあったんですか?」
「まぁ……馬鹿二人のせいでストレスが滅茶苦茶解放されちまってな。
おかげで病院内で腫れ物にはなるし、別な理由で色々疲れるし……でも、VRでの体のズレが消えたしな……悩みに悩みまくってんだよ」
「一応、いいことじゃないですか」
「つってもよぉ……」
俺、ブレイブ・ワンは昨日こっぴどく医者に叱られたということからため息をついていた。
あの鞘華のふざけた発言のせいで、ブチギレたのは俺の勝手っちゃ勝手だ。
だが、俺だってあの時までずっと病室で悩んでいた時だってあったのだ。
VRで先輩に挑んで勝利したとして、それは俺自身が先輩に勝ったと言えるのか。
今俺がこうして入院している間にも、先輩は更なる高みを目指しているんじゃないのか。
彼女はどの面に置いたって、俺よりも学ぶのも極めるのもずっと早い。
そんな彼女に唯一迫れる自信のあった剣道ですら、もう絶望的な差が開いてしまいかねない月日。
三ヶ月ものの猶予があれば、先輩はもう誰にだって負けないほどの人間になるんじゃないのか。
彼女はそれだけ早く成長し、誰も寄せ付けない強さを保持し続けて来た。
だったら、俺はもう何も出来やしないんじゃないか――と、ずっと悩んでいたのだ。
「悩んでるときにおちょくられたら、誰だって怒るもんだろ」
「……かもしれないですね」
元気がなさそうに頷き、どうにか俺を宥めようとしているハル。
彼女にもこうして愚痴ってしまっている辺り、自分の不甲斐なさが痛いほどわかる。
先輩としてのお手本にもなれてないし、昨日は感情に任せて鞘華へ拳骨を落とした。
なんつーか……もう、人間としてダメになって来てる気がする。
「はぁ……何すりゃいいんだろうな」
越えたいと思った相手もいない、やりたいことはさして浮かんでこない。
そもそもこのSBOを始めた理由が先輩やハルと新しい世界を楽しむためだった。
だのに、先輩がここにいないと俺のやる気は著しく低下している。
今までは先輩がいない時でも『現実の先輩に挑める』って余裕があったからこそだ。
だが、今はもう何もない気がする。
「おや、お困りのようだね。ブレイブくん」
「いつから聞いてた」
「『おうハル、元気か?』から」
「すっごい前からだなオイ」
じゃあつまりさっきの会話とか聞かれてたんだよな。
と思うと、考えていることを全部声に出さなくて良かった。
「まぁまぁ、それでなにを悩んでいたんだい? 僕でよければ相談に乗ろうじゃないか」
「……タダか?」
「タダだよ、確かに僕は強欲だがこんなところで金をせびりはしないさ」
なら場所を変えるか、と俺たち三人は適当な喫茶店へと足を運んだ。
プレイヤーがやっている店みたいで、前にユリカと来た所と少し似ているな。
店内の様子とか店主のアバターが全然違うけどさ、メニューが似てる。
「ふむ、では早速聞かせて貰おうか。最近の君の覇気のなさにね」
「一部ボカすことになるけど、いいか」
「構わないよ、言いたくないことは言わなくていい。
ただ、出来るだけ言えることは全て言って欲しい」
「わかった」
と、俺はアーサーへ今までのことをキッチリと話した。
流石に獅子王とかの固有名詞は伏せたけど、しっかりと細かく話した。
ハルが補足までしてくれたしな。
「ふむ……なるほど、目標を失う。か」
アーサーは何やら興味深そうに俺を見てから、ガタッと音を立てて席から立った。
「ではブレイブくん、その悩み……僕が解決してあげよう」
「は? 出来るのか?」
「あぁ、その悩みは至極簡単な方法で解決するからね」
と、アーサーは手招きしながら俺たちを店の外へと連れだした。
……会計はアーサー持ちなので、なんだか申し訳ない。
「さ、ここなら第三者の目はないかな」
「こんなところに連れて来て、どうやって解決するんですか?」
「簡単さ」
アーサーは、俺を連れてしばらく歩いたところで誰も来ないような僻地へ来た。
第四都市からかなり離れているし、クエストでもなきゃ来ないような所。
見渡す限りだだっ広い平原で、モンスターの湧きも悪すぎる場所。
何でこんなところに、わざわざ俺たちを連れて来たのか。
「ほら」
「えっ」
なんとアーサーは、パーティを組んでいる俺とハルに向けて決闘の申請をしてきた。
俺とハルは互いに顔を見合わせるが、アーサーの目はとても真剣な物だった。
「ブレイブくん、君の悩みは『強い者と戦えないこと』だ。
ならば、N・ウィークにも勝てると自負するこの僕が相手になるよ。
それに、君も戦うためにSBOを始めたんだろ?」
「戦う、ため……」
俺がSBOを始めたのは、先輩やハルと一緒にVRの世界を楽しむためだった。
……俺にとって、VRを楽しむというのは戦う事。
対人だろうが、対モンスターだろうが、戦って勝つのが俺自身のVRの楽しみ方。
そうだ、だったら――
「あぁ、なら受けて立つよ。ありがとな、アーサー」
俺は腰から剣を抜き放ち、アーサーからの申請を承諾する。
ハルも既に承諾していたようで、頭上には決闘開始までの時間が流れる。
「手加減は出来ない、故に全力でかかって来てくれ。ブレイブくん」
「あぁ、勿論俺だって最初から全力でやってやるよ!」
「私がいることも忘れないでくださいね……!」
と、互いに一言ずつ言ったところで決闘が始まった。
俺とハルは防御力が高い、ならここは踏み込まずに防御の構えを取る。
アーサーは攻め込まなきゃ勝てない、だったら数の有利を活かすまでだ。
「バースト・エア!」
「流星盾!」
アーサーが剣から放った風の一撃を、ハルが受け止める。
よし、いくらバースト・エアのクールタイムが早くても今なら間に合う。
「フェニックス・ドライブ!」
「っと!」
俺の剣から放たれた不死鳥は真っすぐにアーサーへ向かう。
だが、アーサーはそれをヒョイと避けてから踏み込んでくる。
狙いはハル、硬い所から崩したいってワケか。
「ハァッ!」
「やっ!」
アーサーの振り下ろしにハルが盾を合わせ、受け流す。
そこに踏み込んで、俺は横薙ぎに剣を振るう。
「【サマーサルト】!」
「ぐはっ!」
だが、アーサーは前のめりの状態からいきなり後方へ回転しながらつま先で俺を蹴り上げた。
サマーソルトキック……体術系のスキルとして既にあったのかよ……!
「ハッ!」
「ぬんっ!」
俺が蹴り飛ばされた隙を突いてハルが斬りかかるが、アーサーにいとも簡単に流される。
だが、俺だって蹴り飛ばされていつまでも転がっているわけじゃない。
アーサーだって剣を二本持っているわけじゃないなら、同時攻撃は防げないはずだ!
「ゴブリンズ・ペネトレート!」
「フォース・スラッシュ!」
飛び込むようにして放ったゴブリンズ・ペネトレートと、ハルのフォース・スラッシュ。
これなら、片方を弾いたとしてももう片方がアーサーへと当たるはずだ!
「エクスッ! カリバー!」
「なっ」
「そんな!」
アーサーは薙ぎ払うようにエクスカリバーを振るい、俺たちの攻撃を同時に弾いた。
しまった、俺もハルも剣を弾かれた上にお互いを庇える位置にいない。
「まずは君から、フォース・スラッシュ!」
「がぁっ!」
アーサーは流れるような一撃をハルの頭に当て、ハルは大きくHPバーを削られる。
だがまだ半分以上は残っているし、二度目のクリティカルヒットさえなければ大丈夫なハズ!
「チッ、思ったよりも硬いか……」
「おおっ!」
「ふっ!」
アーサーに向けて俺は斬りかかるが、アーサーは俺の剣をまたも受け流す。
ぬるりとした感触、まるで現実で剣術に精通した相手と戦っているみたいだ。
だが、ここはVR……スキルを使えば、その技術も多少は眩ませられる。
「シッ!」
「ヌルい!」
俺は左手で殴り掛かったが、アーサーはそれを捌き俺に膝蹴りを入れる。
だが、何度も言うが俺は決して一人で戦っているわけじゃない。
「せやぁっ!」
「いい加減にくどいよ、その作戦は!」
アーサーは俺をハルに向けて押し付けるように蹴飛ばした。
が、ハルは盾で俺を押し返した。
「いけぇっ!」
「オォッ!」
俺はハルの言葉に応え、真っ向からアーサーに打ちかかる。
アーサーは俺の剣を流すように払う――
のを読み、俺はアーサーの受け流しに敢えて力を入れてみた。
「うっ」
「オラァッ!」
予想通り、アーサーは少しばかりバランスを崩して隙が生まれた。
ので、アーサーの顔面に全力の頭突きを見舞いし、左拳のアッパーカット。
「中々やるじゃないか……!」
「まだまだッ!」
俺は右手に握る大悪鬼の剣を水平に構え、距離を取ろうとするアーサーへ追撃をかける。
「【フェニックス・アーマー】!」
「なんだ、その姿……!」
アーサーも動揺を隠しきれないのか、一瞬怯んだ。
そう、俺の姿は誰もが驚くような姿……全身火達磨状態となっている。
設定的には『不死鳥の炎を己に纏わせることで』とか言ってるが、ただの火達磨だ。
ほぼ全身燃えているなんてダセえ姿だが、これで俺の耐久力は大幅に上がる。
「ゴブリンズ・ペネトレート!」
炎を纏わせた剣で俺の愛用し続けた技を放つが、紙一重で避けられた。
まぁ、剣についている火がアーサーにカスりこそしたんだが。
「ッ! 炎属性がついてるのか……!」
そう、今の俺が繰り出す攻撃の全ては炎属性となっている。
炎を無効化とかする奴がいたら無意味だが、耐性ならば無視出来る。
アーサーも各種属性への耐性くらいは持ってるんだろう。
だが、それくらいなら今は無意味!
「だが、その程度の小細工で僕を倒せると思ったか!」
「倒せるさ!」
距離を取って剣を構えるアーサーに向けて俺は剣を薙ぎ、炎の斬撃を飛ばす。
アーサーはそれを一刀のもとに斬り伏せ、剣へ光を充填する。
それを両手で構え、切っ先から光を放出した!
「ホープ・オブ・カリバーンッ!」
「フォース・スラッシュ!!」
アーサーの一撃を相殺し、俺はアーサーとの距離を詰める。
その間にハルへ目配せしてハルをアーサーの背後へと回らせる。
「ッ、また挟み撃ちか……!」
「いくぜ!」
「ならば、ここで決めよう!」
走り出す俺に向けてすぐ体を合わせ、アーサーは剣を輝かせる。
エクスカリバー……なら、破るつもりの一撃を放つまでだ。
ゴブリンズ・ペネトレートを越える俺のスキル。
ただ突くだけではない、用途は多数な剣において最も単純な攻撃方法を持つスキル!
「エクスッ! カリバァーッ!」
「オーガ・スラッシュ!」
ほぼゼロ距離でぶつかり合う両方の剣。
普通なら両手で剣を握るアーサーの方が力的には有利なはずだ。
だが、俺はこうして装備まるごと進化してきたんだ!
「ハァァァッ!」
「ぐっ……あああっ!」
「やれ! ハルッ!」
俺はHPを回復させている最中のハルに向けて叫ぶ。
当然、アーサーは一瞬だが後ろを気にして視線をチラリとハルに向ける。
だがハルは盾を構えているだけで動く様子などない。
「引っかかったか……!」
「あぁ」
ほんの数瞬の出来事、アーサーが必殺技を破られて空中に浮かんだ僅かな瞬間。
その僅かな瞬間で俺に騙されたことが、アーサーの敗因。
そして、俺が幸運にも勝利を掴むことが出来た理由だ。
「フェニックス・スラスト!」
「ごっは!」
アーサーの頭に向けてフェニックス・スラストを放ち、クリティカルの一撃を命中させる。
俺はそのまま刺さった剣を斬り下ろし、アーサーのアバターを両断する。
「フ……それでこそだよ、ブレイブ……くん……」
「……よく言うぜ、なんだかんだ手ぇ抜いたくせによ」
アーサーはHPを全損し、アバターはポリゴン片となり砕け散った。
……やけに脆いと思ったら、俺の記憶にあったアーサーの鎧が違った。
なら、今回の勝利は二対一ってこともあってなんだかんだ必然の勝利だっただろう。
「やりましたね、先輩」
「なし崩しで喜べる勝利じゃねえけど……それでも嬉しいな」
不思議と、もう迷いも何もなくなっていた。俺の戦う新たな目標は、アーサーだ。
先輩とVRで戦うことにモヤモヤする何かがあるってんなら、先輩を目標にしなきゃいい。
少なくとも今の目標は、本当の本気で挑んでくるアーサーへ一対一で勝つことだ。
「……ありがとよ、アーサー」
俺は既にアーサーのいない地へともう一度感謝を述べ、ハルと共に街へ戻る。
来たる第四回イベントに備えて……そして、俺自身がVRMMOを楽しむために。
今回は二本立てです。