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第百二十八話:獅子王圭

 所詮、VR内での話……本当かどうかのことなんてわからない。

 けれど、俺は……盾塚春の先輩としての剣城勇一は、アイツの言ったことを信じる。

 助けて欲しい、泣きながらそう言ったアイツの言葉は演技とは思わない。

 の、で。


「どうもこんにちは、お邪魔してます」


「誰だ、貴様は」


 今俺は、盾塚の家で盾塚の従兄の男、【獅子王シシオウ ケイ】と対面している。

 身長180cmはあろう高身長、健康的な生活をした上でジムにでも通って鍛えたのかという体つきに、黒く綺麗な長髪で眉間に寄っているシワ。

 確か年齢は20代とは聞いていたが、俺を睨んで眉間に寄っているシワのせいで20代の若々しさみたいなのは感じられない。


「聞こえなかったのか? 誰だ、と貴様に聞いたのだが」


「俺からするとあんたこそ誰だって話なんですけどね」


 ピクリ、と獅子王の額に青筋が立ち、プルプルと震え始めた。

 怒ってるのか、随分短気なのか余程急いてる用事でもあるのか。

 まぁいい、とっとと名前教えて話を先に進めるとしよう。


「俺の名前は剣城勇一、盾塚と同じ部活の先輩で……ゲームを一緒に遊ぶ仲、友達です」


「フン、ただの赤の他人ではないか。ソレが私に何の用だ?」


「まぁ、言っちゃあそうですよね……でも、俺は盾塚自身に『本家に縛られたくない、助けて』って言われたんで、割り込みに来ました。

ガキのくせに生意気だって思うかもしれないけれど、俺はダチが曇ってる顔してるとこは見ていたくないんです」


 盾塚のことを親指で指差しながら、俺は真剣に自分の想いを伝える。

 自分が結婚する女が、知りもしないクソガキにそんなこと相談してたら嫌だろう、けれども……俺は盾塚の先輩で、大切な友達で、頼れる仲間なんだ。

 だから、この問題に首を突っ込む道理はちょっとくらいあるだろう。


「……くだらん、ただの子供同士の戯言ではないか。

春よ、その男を追い出せ。今日は今後の話を──」


「嫌です」


「……?」


 盾塚の言葉に面食らったのか、獅子王は首をかしげる。

 何を言っているのかわからない、何故そんな言葉が出てくるのかわからないと、本気で困惑してるようだ。


「私は、貴方と結婚するのなんて嫌です」


「……ほう、まさか本家に逆らうつもりか?」


 獅子王は盾塚を威圧するが、盾塚は負けじと獅子王を睨み返した。

 うんうん、そうだ。やっぱり盾塚はこういう風に、丁寧ながらも自分の意思をはっきりと持ってる奴だった。

 結局、俺が剣道で今の今まで勝てなかった先輩に対してもこれくらい強気だったんだ。

 だったら、こんな相手にだって負けないで欲しい、自分らしくあって欲しい。


「例えお父さんやお母さんがへーこら頭下げたとしても! 私は、逆らいます! あなたに、真っ向から!」


「ほう……ならば、教育が必要のようだな」


 獅子王は更に顔を強張らせ、盾塚を再度威圧した。

 コイツがどういう野郎かはわからねえけど……俺の嫌いな野郎ってことはわかる。

 脅迫材料チラつかせて人のこと脅かして、何でも思い通りにしようとしやがる。

 だからこそ、それを止めるために俺が来たんだ。


「獅子王さん、でいいですか」


「なんだ、まだいたのか? 早く出ていけ」


「一つ聞きたいんです。部外者の俺が、個人的に気になったから」


「ふん、なんだ」


 ……質問はちゃんと聞いてくれるみたいだ。

 想定していたよりも話を聞いてくれるので助かった。

 けれど、大事なのはここからだ、大切なのは相手から言葉を引き出すことだ。


「なんで、分家は本家に逆らっちゃいけないんですか?」


「知れたこと。敗者は勝者に従うのが常だからだ。この女の父親は、我が父に後継ぎ争いで負けた。

分家は敗者の血筋。本家は勝者の血筋。故に、春が私に従うのは当然の道理だ」


「……じゃあ、その理論を正しいとすると……ですね」


 俺は手のひらに拳をパン、と打ち付ける。

 こう言い出すのは事前に盾塚から言われていたので、俺は安心してこの言葉を言える。


「今、俺がアンタをボッコボコにして負かせば、アンタは俺の言うことを聞くってことだよな」


「何……?」


 相手の持論に沿った上で、間違っていない言葉をぶつける。

 それが、相手が絶対に逃げることも拒むことも出来ない条件の出し方。

 獅子王は自分が言い出したことだからか、少しばかり沈黙した。


「…………だが、貴様は盾塚の家の者でも何でもないだろう」


「なら代理です。俺は盾塚春の意見を伝えるために、首を突っ込みに来ました」


 俺は失礼ながらも盾塚の肩を掴み、俺の近くに寄せながら真剣に彼を見つめる。

 獅子王の表情は段々と濁っていき……怒りを通り越して憎悪にも等しい物が全身から感じられる。


「いい加減にしろ、小市民の小僧が……! そのような戯言が通じるとでも思っているのか!」


「戯言はあんたの方だろうが! あんたのやろうとしてることは、時代錯誤も甚だしい亭主関白だろう! 誰かの自由を奪い、ただ自分だけが思い通りにするような家庭に、笑顔も幸せもないだろ!

そんな奴に、俺の大事な後輩を任せられるもんかよ! 盾塚が嫌な思いをするのは、俺たちだって嫌なんだ!」


 獅子王圭。彼の意見を真っ向から否定して、俺は戦う。

 いけ好かない奴だし、こんなやつに俺の大切な後輩を泣かされて、大切な時間を奪われてたまるか。

 盾塚がゲームで楽しそうに遊んでたり、剣道部で笑う時……あの幸せそうな笑顔がなくなるのは嫌だ。

 コイツがずっと悲しそうな顔をするのは、俺たちも笑顔でいられなくなる。


「……いいだろう、骨の二、三本が折れることは覚悟しておけ。小僧」


「その長髪全部引っこ抜いてやるよ、オッサン」


 怒りを露にした獅子王は上着を脱ぎ去り、今までの中で一番低い声を出した。

 俺も負けじと睨み返し、利き手の人差し指を彼に向けながらそう言い返す。


「……お二人とも、場所を変えましょう」


 盾塚は睨み合う俺たちを見て、打ち合わせ通りに足を動かし始めた。

 そう、ここまでは想定通り……あとは、俺が真正面から獅子王に勝つだけだ。

 リアルな喧嘩だってし慣れていることもあって、大人相手でも負けるつもりはない。

 けど、やっぱ大人が相手となるとちょっと怖いとは思う。


「ここなら、多少血が出ても問題ないかと」


「血が出るだけですみゃいいけどな」


 盾塚に案内されてついたのは、盾塚の家にある大きな道場……みたいな大部屋。

 木造りで、昔の日本家屋を思い出させるような作りをしている。

 剣道とかをやるなら、こういう場所が最適解だとも言えるような場所……俄然やる気が出て来た。


「ふむ……明確なルールはあるのか?」


「特にありません、相手に『参った』と言わせるか行動不能した方が勝ち、実に単純な勝負です」


「ステゴロファイトの唯一のルールみてえなもんだな」


 こう見えても、中学の頃は他校の生徒との喧嘩などもあって俺は喧嘩には慣れている。

 勿論、殴り方蹴り方だってただぶん回すだけじゃあない、キッチリと技術まで学んだとも。

 自分の身を自分で守って、大切な人も守るために、自分自身が身に着けた力をここで使う。


「では、始めてください!」


「おう!」


 盾塚がいつの間にかスッと上げていた手を振り下ろした瞬間に、俺は走り出す。

 獅子王は構えもせず、『たかがガキに自分は負けない』と言った余裕の表情を保ってやがる。

 その余裕がなくなるくらいの一撃、今ここで見舞ってやる……!


「せえっ!」


「っ……!」


 思い切り踏み込み、腰を捻って肩を入れた右のパンチを打ち込む。

 獅子王は咄嗟にガードするが、俺の拳から伝わる衝撃に余裕だった表情を少し歪める。

 ガードをすり抜ける拳だとか、そんなもんは打てない。

 が、ガードの上からダメージを受けるくらい、重い一撃を撃つことは出来る。

 鍛え上げた俺の体なら、ガードしてたって痛みが走るくらいの拳になるんだ。


「もういっちょ……!」


 そう言って、大ぶりの左……と、見せかけて足を取りに身を屈める。

 そのまま床に倒してから、マウント取って――


「温い」


「が」


 どう殴ろうか、そう考えていた矢先に俺の後頭部から鈍い音がした。

 と言うか、後頭部へ強い衝撃が来て……俺の目の前がぐにゃりと歪んだ。

 激しい痛みとかは感じられず、ただ鈍いだけの妙な痛み……!


「ふん、大口を叩いてこの程度か」


「テ……メ……」


 声すら出なくなってくるほどに、目の前がグチャグチャになった。

 VRで感じるのと似ている……ゆっくりと、意識がなくなっていく感覚。

 それがスローに感じられて……俺の体は、前に投げ出される──よりも先に、意識は途切れた。




 ――――また、暗い空間だ。

 何もない、真っ暗で……よくわからない場所。


「……無様だなぁ」


 あれだけ大見栄切って、盾塚にちゃんと約束したのに。

 あんな一瞬で気絶させられて、負けるなんて……間抜けな野郎だな……俺。


「……ん?」


 気が付くと、この真っ暗な空間でも認識できるようなものがあった。

 壺のような入れ物で……何か文字が書かれているが、ボヤけて読めない。

 だけど、俺はいつの間にかその壺の蓋に手をかけていた。


 ――開ければ大変なことになる、それでも開けるのか?


 誰の声かもわからないソレが聞こえてくるが、俺は無視して手を動かしてしまった。

 本能で開けようとでも思ったのか、自然と手が動いていた。


「わ」


 壺の蓋を開けると、突然にまばゆい光が俺の視界を埋め尽くした。

 真っ暗な空間からの目を瞑りたくなるほどの閃光、そんな最悪の組み合わせを感じていた――

 なんて、思ったら。




「せんっ……ぱい!」


「が」


 ゴン、とデコに凄まじい衝撃が走った。

 俺はその衝撃を受けて今度は背中から床にビターンと倒れた。

 ……ん? いや、俺さっき前のめりに倒れて……気絶していたハズだよな。

 なのに、何でデコになんかされて背中から倒れたんだ? それに……なんだか体が重いというか、妙な違和感がある気がする。


「……え」


 俺は倒れた状態のまま、何か違和感のある左手を見ると。

 左手は血に包まれていて、それを視認した瞬間。


「が……あ……!」


 声が出ないくらいの激痛を、全身から感じた。

 左手を見た時、初めて傷だらけの体を認識したからなのか。

 けど……何があったんだ……!?


「先輩、大丈夫ですか!?」


「だ、い、じょ……ぶ……だと、おも……う」


 盾塚がやや涙混じりの目で声をかけてくるので、俺は何とか強がる声を出す。

 変に心配をかけさせても困るし、強がるの元気はある状態を見せておこう。


「で……何が、あっ、たんだ……?」


「それについては……その、後で話させてください」


 盾塚がそう言うと、大部屋の扉が開いて知らない人間たちがゾロゾロと入って来た。

 ……格好から見るに、病院の人間……いや、救急隊員か。


「患者はこちらの二名で間違いないですね」


「はい、もう一人は気絶しているので……」


「わかりました」


 ……あぁ、盾塚が救急車を呼んでくれたのか。

 まぁ、よく見ると俺……あちこち血まみれだし、骨とか折れてるっぽいし。

 今くしゃみでもしようものなら、ショックで気絶出来る気がする。


「……獅子王は?」


「先輩が、ボコボコにしました」


 盾塚が指差して言うので、俺と一緒に担架で運ばれる獅子王の方を見る。

 長い髪の一部が引っこ抜かれたり、顔面はボコボコに腫れていて俺と同じく血まみれだ。

 ……気絶している間の俺がゾンビの如く動いてやった、とかだろうか。

 だとすると、身に覚えのない怪我とかもあるこの状況に説明はつく。


「あぁ……大問題だよなぁ、コレ……」


 盾塚を助けたい、とか感情に任せて考えることを放棄していたけど。

 冷静に考えたら俺のやっていることは、獅子王にとっちゃ最悪のことだろう。

 勝手な都合で赤の他人が結婚に割り込んできて、いきなり暴力沙汰だ。

 その上、救急車が必要なほどの大怪我なんて負わせた。

 学校の停学くらいで済めばいいが……鞘華たちにまで迷惑が行かないことを祈ろう。

 済むなら、せめて俺一人が苦しむだけに……なんて、そう都合のいい事なんてねえよな。

 ……と、愚かな俺自身を呪いながら……またも俺の意識は薄れ、瞼を閉ざした。




 ――目が覚めると、そこには見知らぬ天井……と、俺があまり好きではない臭い。

 薬やら包帯……少しでも菌を少なくしようと努力したであろう掃除の跡が見える部屋。

 ここは病院のようだ。


「……いてえ」


 体を動かそうにも、左手と右足が吊られていて胸の辺りにも違和感がある。

 多分、折れた骨を支えるために何らかの処置が施されてるんだろうが……満足に起き上がれない。

 いや、力込めれば起き上がれるが……楽になるには寝てるしかないって状況だ。


「あ、お目覚めですか、先輩」


「盾塚……」


 盾塚は俺が起きるのを待ってか、健気にもリンゴを剥いてくれていた。

 兎の形に切りそろえて……うーん、俺じゃ絶対出来ない芸当だね。

 鞘華なら出来るだろうけど……俺だったら途中でそのまま齧るもん。


「丁度良かったです……彼も目覚めたようですし」


「彼……?」


 盾塚の視線が、俺から若干逸れたので俺は隣を見てみる。

 ……と、そこには全身包帯でグルグル巻きになった男の姿が。


「まさか……」


「圭さんです」


「えええええ……」


 彼はミイラ男みたいになっていて、心の中にあった罪悪感が更に大きくなった。

 一時のテンションで行動する物はないのだと散々心に刻んでいたはずなのに、後悔の念がどんどん膨れ上がる。


「その……なんて言うか……すみませんでした。間違ったことしたつもりはないですけど……ただ、手段とやる限度を間違えました、ホントすみません……」


 俺は何とか体に力を入れて起き上がって、獅子王に向けて頭を下げる。

 過ぎたことはどうしようもないが、謝罪の一つや二つくらいは出来る。

 価値のない頭でも、下げないよりかはマシだろう。


「気にするな……私も……視野が、狭かった……」


「え」


「殴られている時に、感じたとも……『何故こんな目に遭うのか』とな……だが、それは簡単な事だった……理不尽に他者の自由を奪う……その罰が私にも下っただけだとな」


 顎の骨の辺りにも異常があるのか、話す声はとてもボソボソとしていて聞き取るのに苦労はする。

 だが、ボソボソと喋りながらも、獅子王はゆっくり起き上がる。

 俺よりも体への傷が大きいはずの彼が起き上がるのは、全身に痛みが走るだろう。

 それでも、彼は起き上がって俺……いや、盾塚の方に向き合った。


「春よ……先の私の独断で、辛い未来を思わせてしまっただろう。

身勝手な都合で、お前の自由を奪おうとしてしまった……私は、かつての先祖たちのように……一人の人間の生を終わらせてしまう所だった。

その過ちに気付かせてくれたことにも感謝する……そして……本当に、すまなかった……!」


「い、いきなりそんな謝られたって……困りますよ」


 盾塚も、いきなりの獅子王の豹変ぶりには戸惑っている――

 が、獅子王の謝罪が真摯な物だと俺には伝わってくる。

 謝る気がないのなら口すら開かないだろうし、世間体を気にしているのなら俺を警察に突き出して終わりだ。

 でも、獅子王は今の状況を受け入れて、痛い体を起こしてまで盾塚に謝った。

 いきなり、何故こうなったかのかは俺にも盾塚にもわからない。

 だが、獅子王自身が変わったというのは、決定的な事実なんだろう。


「だが、春よ……その上で一つ、私の言葉を聞いて欲しい……」


「は、はい」


 盾塚は畏まった様子になる。

 獅子王の改まった態度を見て、盾塚も強くは言えないんだろう。


「私は、あの幼気な姿から成長したお前が……剣道の試合で竹刀を振るう姿を見て、惚れた」


「え」


 突然の大胆な告白、盾塚は赤面して椅子から落ちた。

 ガシャン、と大きな音が立ってしまっているが病室には俺たちしかいない。

 わざわざ俺たち二人だけの相部屋だなんて、高くつくんだろうなぁ。


「故に、私はどのような手を使ってでもお前を手に入れたい、そう望んだ。

それでいて、格好の良いお前でいて欲しかった……ゲームなどにかまけ、怠けたお前を見たくなかった……。

だが……それは、他ならぬお前の自由を奪うことだった……すまなかった……愚かな従兄と、どうか罵ってくれ……!」


「…………」


 獅子王の言葉を前に、盾塚は何を言うことも出来ないようだった。

 俺が口を挟む問題じゃあないが……一度突っ込んだ首、抜く前に色々言ってやろう。


「好きな人を前にして、自分の気持ちが抑えられないってのは、俺もわかる。

だから……まだ、何か奪われたわけでもないってんなら、憎むことはないと思うぜ。盾塚」


「でも、先輩が……」


「いいってことよ、これも人生の経験だ」


 手足骨折をするのも人生経験。そう言い聞かせて、俺は胸の内に燃え上がる思いを抑えるのだった。

 ――正月終わりに、入院生活の始まりとかふざけんじゃねえ!




「はぁぁぁ……」


「浮かない顔だな、ブレイブ」


「ハルさんの問題解決出来たんだし、そんな落ち込まなくてもいいじゃん」


 獅子王との決闘(と言う名の殴り合い)から数日後。

 あれから家族やらクラスメートやらがお見舞いに来てくれたので、心の寂しさは誤魔化せた。

 が、暇つぶしは何も出来なかったので、病院長に土下座してどうにかVR機器の使用許可を得た。

 まぁ、医療目的で使われるフルダイブ技術なんてのもあるし……案外通るもんなんだよな。


「先輩には、本当に感謝してます」


「つっても、お前はお前で今後はどうするんだよ」


「……そこは、卒業してから決めるつもりです。まだまだ学校生活も長いですし」


 卒業……か、もう一月だし先輩は部活を引退してしまっている。

 俺が剣道部に入ってから掲げた目標の一つである『先輩から一本取る』と言うのは達成できなかった。

 いやまぁ、先輩は受験とか気にしなくてもどうにかなる人だから何時でも挑めるのだが。

 目標を『先輩の卒業まで』としても、今の俺のリアルの体じゃどうすることも出来やしない。

 最低でも全治三ヶ月はかかると言われているし、全身のダメージを考えるとこれでも早い方だ。

 自業自得の大怪我なのだし、入院費等を獅子王に払って貰っている分感謝しなきゃならない。

 と、わかっていてもやはり目標の一つが潰えてしまう、と言うのは心に来る。


「はぁ……」


「まーたため息ついてる」


 ランコはやれやれ、なんて言うけどなぁ……目標が潰れるってのは辛いんだぞ?

 いやまぁ……コイツにも目標が潰れることくらいあっただろうし、俺だけが辛いなんて言ってられないけどさ。


「ブレイブよ、お前も辛い思いをしていることはわかる。

だが、そう悩んでいても前に進めぬということは、お前自身が知っているだろう」


「んまぁ……そりゃ、そうではあるんですけども」


 うだうだと悩んでいて停滞する、高一の頃はそんなことがあったっけ。

 どうしても二年生に勝てない、って悩んでた頃が懐かしい。

 まぁ、今なら先輩以外の三年生には勝てるんだが……今じゃそれを実践する術もない。

 先輩……嗚呼、俺がこうして入院している間にも鍛えてるんだろうな。

 剣道部を引退してからも、彼女は日々のトレーニングを怠っていないことがわかる。

 だって、こないだスチール缶をペキャッと潰して捨てていたんだから。


「あぁもう、漢なんでしょ? 兄さん、悩んでないでいつもみたいにしなよ!」


「ごふっ」


 後ろからランコの蹴りが突き刺さり、俺は前のめりに倒れる。

 あぁ、リアルとVRでのアバターへのギャップに慣れてないな。

 怪我などをしている時にフルダイブを使うと、感覚のズレが起きたりする。

 その感覚を調整できるようにしなきゃならんが、ちと時間がかかりそうだ。


「ブレイブさんの悩んでることなんて私にはわかりません。

でも、ハルさんを助けたいと思ってやって、今があるのなら」


 ユリカはそう言ってから、剣を抜いて俺に突きつけてくる。


「今からでも、またやりたいことをやりましょうよ」


「やりたいこと……か」


 俺のやりたいこと……やりたいこと。

 俺にはやりたいことがあったから、このゲームを始めたんじゃないか。

 そう、俺のやりたいことは。


「先輩たちと、仲良くして……楽しい時間を過ごしたい」


「そうか……では、今からゆっくりと楽しもう」


「そうですね、第四回イベントまであと少しです。

なら、それまでの間に精いっぱい楽しみましょう、先輩!」


 俺の希望に、先輩とハルは手を差し伸べてくれて……ランコとユリカは笑ってくれた。

 リアルで縁を結び、共に笑い合う仲になれた彼女たちに感謝しないとならない。

 本当に、本当に……この四人には感謝してもしきれない。

【ケセケセとした話】


獅子王の顔にシワが寄りやすいのは幼いころからストレスを溜めこんでいたからです。

髪が長いのは彼に血の毛が異常なほど多いからです。

因みに彼のお父さんは彼以上に威圧的な性格をしています。

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