第百二十一話:大悪鬼
――――――暗い。
目を閉じているわけでもないのに、何も見ることが出来ない。
ただ浮遊しているような感覚だけがあって、それ以外は何も感じられない。
いったい何が起こったんだ。
さっき、SBOで試練の間をクリアして──その直後にフラッと倒れちまったんだっけか。
試練の間をクリアしたその直後に、今の俺がこうしているってことか。
……俺に、何が起きたんだろうか。
「どうすりゃいいんだ、こりゃあ……」
……口だけは開いたが体が動く気配はない、まるで水に浮かんでいるような感覚だ。
数日ほど続けたらどこか気がおかしくなりそうだな……いや、数時間で壊れるかもな。
つーか、何でこうなった……何らかのエラーでも起きたのか。
座標がバグったとかなら、自殺してリセットできるかもだが俺のアバターは動いてくれない。
浮かんでいるだけのこの感覚のまま、誰かが出してくれるまで待てと言うのか。
だとしたらこの状況を作った奴を一発殴ってやりたいね、下手したら俺のメンタルがイカれかねないぞ、コイツ。
『あなたは何になりたい?』
「あ……?」
俺が少しばかり運営に対して怒りを募らせていると、どこか聞き覚えのある女の子優しい声が聞こえて来た。
確か、闇の大聖堂かなんかで出会った……誰だっけ? そもそも闇の大聖堂に女なんていたっけ?
わからない、どこかで出会ったはずなのに……わからない。
いったいどこで出会ったって言うんだ、確かに出会ったって事実はあるはずなのに。
出会ったはずなのに、話したはずなのに、声を聞いたはずなのに、姿を見たはずなのに。
俺の記憶から声の主が誰なのかを呼び起こすパーツは一つたりとも出てこない。
『あなたは、どんな姿になりたいの? ブレイブ・ワン』
「俺の、なりたいもの……?」
声の主は俺の困惑など気にもしない、どうでもよいと考えているかのように質問してきた。
俺をブレイブ・ワンと呼んでの質問……SBOでの俺のことを指し示している質問なのか。
丁度、アバターは口以外動かないし……話し相手がいるなら、その質問に真面目に考えて答えてやろう、唯一の気の紛らわしになるだろうし。
「……強くなりたい」
今の俺は小鬼の王から帝へと進化した武具を纏って戦っているが、正直言って弱い。
情報が少ない、初見技……それだけに頼った結果、KnighTと再戦すればあのザマ。
アーサーの時だって、真正面からのぶつかり合いになった時はほぼ俺が一方的にやられているだけ。
奥の手を使わせる程に追い込んだのだって、たった一度限りの戦術に過ぎない。
だから、俺自身が……もっと強くなって、情報が知れたって強くなれるくらいの力が欲しい。
もう、小鬼なんて……小さい鬼なんて、そんなところに収まっていたくなんかない。
もっと大きくて、強くて……それでいて意地汚いくらいしぶとくて、ぜってぇに倒れねえような野郎。
だが今の俺自身を強くするために、小鬼が進化して強くなったような……格好のいい男。
それが、俺のなりたい姿。俺が望む一つの道。
「もっとデカくなりたい、俺だけの強さを得て、アーサーやカオスたちに勝ちたい。小鬼を超える進化をしたい、先輩の前に立って恥ずかしくないくらい、強くなりたい!」
『そう……それがあなたの望みなのね』
「……え?」
声の主がどこか遠くへ、スーッと消えるようにと去って行ってしまうのがわかった。
暗くて何も見えないし、特に音も鳴ったりはしていないのに……何故かわかってしまった。
「っ、あ、な、なんだ……おい、ちょっと……!」
しかもその直後に、なんだか体から大事なものが抜けていくような感覚が襲ってきた。
ずっと一緒にいた何か。俺自身が大切にしていたはずのものが……スルリスルリと外れて抜けていく。
「くそっ、返せ……! 返せよ……! オイ……!」
取り返そうと思って手を伸ばそうとしても、アバターは動かず何も見えないまま。
ただ無力さを味わいながら、俺は体中の力を抜かれるのを体感するだけ。
力を抜かれてしまったせいか眠る時のような脱力感が全身を支配して、俺を眠りへと誘い始める。
いつしか、また俺の意識はゆっくりと薄れていき……開けているつもりの目も……ゆっくりと閉じる。
だが、さっきの少女の声が流れてくるその瞬間だけは、しっかりと聞き取れた。
『エクストラシリーズ【小鬼帝】をユニークシリーズ【大悪鬼】へ進化開始』
『エクストラウェポン【不死鳥剣】を統合』
『ユニークスキル【フェニックス・シフト】を獲得、完了』
『ユニークシリーズ一式装備発動スキル【不撓不屈】を獲得』
『【警告】ユニークシリーズ構築リソース・不足』
『邪竜のハチガネ、アダマンタイトガード、悪魔ズボン、回避の指輪、その他装備・アイテムを転換』
『ユニークシリーズ構築リソース・充填完了』
『ユニークシリーズ【大悪鬼】、完成』
『所持者【ブレイブ・ワン】へ返却』
『【アリス・ギフト】授与』
聞き慣れた単語や、聞き慣れない言葉が入り乱れたような少女の声。
少女の声が途切れた所で、俺のアバターは動かぬままだが……脱力感が消えた。
眠りから覚めたように目はパチリと開き、失ったはずのものが戻る感覚までする。
さっき消えた力が、更に強くなって帰って来たかのように……俺のアバターに力が宿る。
そして、段々と俺の視界には光が戻って来て、俺の名を呼ぶ声が、誰かの名を呼ぶ声が聞こえる。
同時に俺のアバターが力強く揺すられているのも、感じられる。
誰が俺を呼んでいるのか……考えるまでもなく、その声の主が誰なのかとすぐにわかった。
「兄さん!」
「ブレイブさん!」
「先輩!」
目を開けた時には、少しばかり前に見ていた天井。
そして、可愛い女の子三人の心配したような顔。
横を向くと、カオスが俺と同じように倒れていたようだった。
ディアブレとサンドラは、カオスのことを呼びながら待っていたようだ。
で、俺の名を呼んでいたのは……ランコ、ユリカにハル。
「おぉ……悪い、心配かけたみたいで」
「良かった、先輩が戻ってきて……!」
「VRゲームで稀に起こる離脱現象……まさか、三時間も起きるなんて」
「そんなに続いてたのかよ……」
俺としては体感時間はそんなに長くなかったし、何なら三十分も経ってないと思ってた。
なのに、皆は三時間もここで俺の意識が戻るのを待っていたと言うのか。
……ハードの方を無理矢理外されたりしなくて良かったと思った。
もしあの状況でハードが外されたら、意識が戻らず植物状態になっていた――
と、知りもしないのに何故か俺はそんな風に感じていた……俺の本能か何かが察知したのかな。
「兄さん」
「……おう」
「何があったの?」
「あー……取り敢えず、先にお前ら側から見て何があったかを聞きたい」
「わかった、じゃあ話すよ」
ランコ曰く、意識を失っていた時の俺は急に白い光に包まれたらしい。
少しばかりしたところで、俺の装備が全て消滅してしまったらしく、皆どたばたと大慌てだったようだ。
カオスの方も同じことが起きてしまって、ハルはオロオロしっぱなしだったそうで。
「それで、急にまた光が兄さんを包んだの」
「その後は、全身がその今のブレイブさんが着てる装備に変化しました」
「マジか……外から見たらそんな風になってたのか」
あの暗闇の中でボーっとしていた時に聞こえた声の内容。
【大悪鬼】シリーズ、だったか……確かユニークだとかなんだとか言われてたな。
「……まぁ、結果論だけどそれが起きて良かったな。カッコ良くなってるし、強くもなってる」
「確かに、見ただけでブレイブさんが別格になったってわかりますね。なんていうか、纏ってるオーラが違うって感じです」
詳細を見てみると、全てのステータスが小鬼帝の装備を遥かに上回る値だった。
しかも武器付属のスキルは全部進化していて、これ以上ない程の強さになっている。
「私の髪の色とお揃いだね、良いセンスしてんじゃん」
「別に望んでこんな色になったわけじゃねーんだけどな…まぁでも、綺麗な色してるし俺は結構好きなカラーだな」
見た目もすっかりと変わっていて、前みたいに不揃いな感じじゃなくて全身が統一されたような装備になっている。
前までは緑をメインとしたカラーだったのに、今の俺の装備は青一色……鞘から抜いてみると、剣の刀身も青いことがわかった。
鎖帷子は衣服のように変わっているし、鎧も精巧な作りのソレになっている。
籠手はアダマンタイトガードと似ていて、靴は前とそんなに変わらない……けど、盾は小盾のサイズ限界ギリギリまで大きくなっていて、鬼の顔が彫られている。
小鬼帝シリーズから、ここまでの変化が起きるなんてな……と思っていると。
「じゃあ、先輩の方で何が起きたかも説明してくれますか?」
「あぁ……まず初めに――」
説明を求められたので、俺は先ほどの暗闇の中で少女の声が聞こえたこと、装備の進化が起きた等。
自分が覚えている範囲での説明をし、その証拠として俺の装備を見せる。
……真の魔王側も、カオスがさっき目覚めてところで、俺たちと同じような会話をしているみたいだ。
「前の装備もそうでしたけど、ホントに見たことない装備ですね」
「えぇ、入手方法も何度も検証してようやくわかるくらいのものでしたし」
「それが進化しちゃって、ユニークになったのかぁ」
ユリカ、ハル、ランコは『この野郎』って視線で俺を睨んでいる。
いや、でも小鬼帝シリーズだって使っててそれなりに苦労したからな。
今は進化して大悪鬼らしいが、きっとこの装備でも苦労する時は苦労するだろう。
だから、ユニークだなんだと言っても決して無敵じゃあないはずだ。
……アーサーとか、異常なほど強いけど決して倒せないわけじゃあないんだし。
「カオスだって、同じような状況になってたしおあいこでいいだろ」
「それは真の魔王と、でしょ。兄さん」
「まぁ、戦力がお互い増えているという意味ではいいですけど」
「やっぱMMOゲーマーとしてはレアなものほど欲しくなっちゃいますよ、ブレイブさん」
くぅ……三人の羨ましそうな視線が俺にグサグサと突き刺さる。
一方で、カオスはなんかディアブレたちと楽しそうに笑ってるし。
この差はいったい何なのか……と思いつつも、俺たちはダンジョンから脱出するのだった。
レベル上限が解放され、俺たちはレベル80まで上げることが可能になったみたいだ。
……アーサーから聞いた話じゃ、70だったんだけど……運営が変更でもしたのか?
「まぁいいか」
あれこれ考えていても結論は出ないし、俺は後日先輩たちと狩りへ行くことを決めた。
レベルを80まで上げるための狩り……そして、久々に先輩のバニースーツを拝めるかもしれない。
羽織とセットなんてミスマッチな感じになる可能性はあるけど、それでも拝みたい、だって先輩だもの。
と、そんな邪なことを考えてからの翌日。
休日を利用した、真昼間からの効率重視ハンティング!
参加メンバーは俺、ユリカ、ランコ、先輩、ハル、イチカだ。
「【オーガ・スラッシュ!】」
『ギャアッ!』
「良い動きだ、ブレイブ」
「どうも、っす……先輩ッ!」
装備が大幅に進化した俺は、超特大の成長を遂げることが出来た。
……まぁ、カオスや他の面々もどうせ無茶苦茶な強化して来るから舐めてかかる真似は出来ない。
が、それでも俺はかなり強くなったと見ていいだろう。
ステータス面が超大幅に伸びているし、何よりも進化したスキルの数々が立派だ。
ゴブリンズ・ペネトレートを進化させたようなオーガ・スラッシュと言うスキルは使い勝手がいい。
「にしても、こんな急に成長されちゃうと足並みそろわないよ」
「そうですねー、ちょっとズルいですよ」
ランコとユリカは不満たらたらだが……こっちだって伸び悩んでたっつーの。
それに、結局のところ装備が進化しても、各種属性に対しての耐性は上がってない。
純粋なステータスは超上昇と言ってもいいが、他はそこまでのものじゃない。
何よりも、ハルやユリカはパッシブスキルで積み重ねてる分の倍率がある。
俺はその辺をあまり得られていないので、総合的にはハルの方が俺より硬い。
「そんな言うけど、戦って見たら意外と大したことないかもだぞー?」
「よく言いますよ……」
「ハハッ、言うさ」
と、俺は斬りかかって来る敵を受け流しながら笑う。
皆もいずれ、すぐに俺に追い付くくらいの成長はする。
だったら、俺も安心して今の強さを磨いて行こう。
プレイヤーネーム:ブレイブ・ワン
レベル:60
種族:人間
ステータス
STR:80(+190) AGI:100(+150) DEX:0(+40) VIT:40(+440) INT:0 MND:35(+230)
使用武器:大悪鬼の剣、大悪鬼の小盾
使用防具:大悪鬼のハチガネ、大悪鬼の衣、大悪鬼の鎧、大悪鬼の籠手、大悪鬼の腰当、大悪鬼の靴、大悪鬼の骨指輪




