第百十八話:約束の決闘
闘技場……そこは、プレイヤー同士の決闘等の見世物によく使われる。
この間はアーサーが公開決闘で、百人抜きを達成したんだったか。
まぁ、そんなことはどうだっていい。
今日は日米親善試合の参加を決めた時に約束した日なのだから。
「臆さずに来たようですね、ブレイブ・ワン!」
「いやお前が連れて来たんだろ」
どこで決闘をするのかと思いきや、第三回イベントと同じ場所。
闘技場で俺を倒してこそとかなんとか――
目の前に立つ”KnighT”が言っている。
「ったく……お前もイアソーンみたいに見逃してくれると思ってたのに」
「私は彼と違って何も貰っていませんからね」
何故イアソーンではなく、KnighTが先なのか。
それは思い返せばすぐに出てくることだが……ため息が出るような話だ。
『はぁ? 決闘についてはもういい……って、そりゃどういうことだよ』
『お前たちのギルドメンバーたちが、ウチの店を動画サイトに挙げたんだ。
その時、レビューでチャンネル初めての五つ星だからって理由で客が殺到してな』
『ギルドメンバー? 誰だ?』
『ほら、この三人だよ』
……と、イアソーンに見せられたモニターに映っていたのはシェリア、イチカ、鈴音だった。
集う勇者2軍ちゃんねる、という三人で管理しているチャンネルのようだった。
彼女らはプレイヤーが経営している店にアポを取って入店し、アレコレとレビューをする。
が、そのレビューはアテになるものとしてプレイヤーからそれなりの人気を得ていたらしい。
現に、シェリアのレビューした飯が食いたいという理由でSBOを始めた奴もいるとのことで。
『それで……来た客がどんどん金を落としていってくれてな』
『おう』
『船を修理しても余りある金が稼げてな』
『おう』
『もう、お前と決闘する必要がなくなったんだよ』
『……マジか』
と、俺はイアソーンのそんな予想外の言葉で決闘をせずとも済んだのだった。
ので……イアソーンの後に約束をしていたKnighTが俺と戦うことになったってワケだ。
しかも、ご丁寧に観客まで集めて、だ。
因みに客を呼んだのは朧之剣なので、こっちには1Gも入らない。
勝ったらギャラは貰えるらしいが、負けたら1Gも払わないだそうなので……ムカつくぜ。
「さぁ、いざ尋常に勝負です、ブレイブ・ワン!」
「ったくしゃあねえ、かかってこい! KnighT!」
KnighTは腰から銀色に輝く剣を抜き放ち、両手持ちでそれを構える。
俺も腰から小鬼帝の剣・改を抜いて、小盾と一緒に構える。
日米親善試合じゃいいとこナシで終わったんだ……鬱憤晴らしのつもりでやってやるか。
「ハァッ!」
「ッラァ!」
真正面から斬りかかって来るKnighTに、迎え撃つ。
だが、相手は両手剣……こっちは片手剣、そもそものパワーが違う。
ガァン! と激しくも重い金属音と共に、俺は押し負けて吹っ飛ばされる。
「チッ、相変わらず馬鹿力だなこのアマ……!」
「褒めた所で、手は抜きません!」
「褒めてねえよ、このゴリラナイト!」
追撃で放たれる突きを最小限の動きで躱し――
そのまま右足を軸にし、回転を加えた横薙ぎを放つ!
「甘い!」
「ぐ……!」
剣がKnighTの鎧に届く前に、膝蹴りが脇腹を襲った。
数歩分ノックバックさせられた俺に、またKnighTの剣が振るわれる。
「ンの野郎ォッ!」
袈裟斬りを盾で受け流して、お返しの中断蹴りを食らわせる。
だが籠手でガードされたためにまともなダメージになっていない!
「ゴブリンズ・ペネトレート!」
「ソード・セイントスラスト!」
三歩分ほど開いた距離を踏み込んでから詰め、ゴブリンズ・ペネトレートを放つ。
KnighTはソレを突きで止め、相殺してきたが……俺の剣は一本じゃない。
「フェニックス・ドライブ!」
クイックチェンジでフェニックス・ブレードに持ち替えてから不死鳥を飛ばす。
KnighTはスキルを放ち終わったところで、今からじゃあ相殺が精いっぱいだろう。
だが、俺にはまだまだ手があるんだ……と、俺は不死鳥に続いて走り出す。
「ソード・セイントブラスト!」
「ここだぁっ!」
「……その程度ですか」
フェニックス・ドライブを相殺し、隙を晒したKnighTに向けて剣を振り下ろす。
だが、瞬時に剣を横に向けたKnighTは俺の剣をガァン、と弾いた。
「やべっ――」
「終わりなさい!」
「ぐ……あッ!」
弾かれた影響で僅かに浮かされた俺に向けて、KnighTの剣が振り下ろされた。
俺は勢いよく背中から地面に叩きつけられた。
マズい、この状況は結構マズい奴だ! 十中八九死ぬ!
「覚悟なさい!」
「おい待て、パンツ見えてんぞ!」
「えっ、やだ……!」
「嘘じゃボケ!」
俺の咄嗟のハッタリにあっさり引っかかってくれたKnighTは動きを止めたので、俺は転がって距離を取り、立ち上がって構える。
ふー……KnighTが乙女で助かった、アーサー相手だったら死んでたなコレ。
「くっ……なんと卑怯な手を!」
「じゃあパンツ見えねえ服着て来いよ……」
先輩は袴だから相当覗き込まないと見えないし(っつーか見たことがない)。
スカートを着用しているプレイヤーは、総じてパンツが見えないように対策しているのだ。
尤も、ディララはそれをしてなかったが故にユージンに見られたわけだが……ってどうでもいい!
「許しませんよ……ブレイブ・ワン!」
「許さんで結構! 小鬼しょうか――ああぁ!?」
小鬼召喚を使おうとしたら、手元にナイフが飛んできた。
KnighTの奴、馬鹿力でナイフの投擲なんかしやがった!
「今度こそ覚悟なさい! ブレイブ・ワン!」
「畜生! 面倒臭さならハル以上だなお前!」
KnighTはナイフをまとめて投げつけてきたので、俺は地面に飛び込んでそれを回避。
だが、回避したと思ったらまたすぐに飛んでくる! 嫌になる攻防だ!
「いい位置に避けました……! ヘルフレイム・キャノン!」
「いい位置はそっちだ! フェニックス・スラスト!」
KnighTが剣から放つ獄炎の砲撃を相殺し、俺はKnighTへ肉薄する。
彼女は剣を振り下ろした姿勢から、斬り上げに入ろうとしている。
だが、こっちの方が一手先を取れる!
「おォッ!!」
「やあァッ!」
縦切りに対しては、Knightも斬り上げでは弾けなかった。
KnighTの肩口から脇腹にかけてまで、俺の剣の切っ先が通った。
だが、浅かった!
「レート合わねえな、畜生め……」
一歩遅れてのKnighTが斬り上げた剣が、俺の腕を切断していた。
だが腕を斬られて怯んだりとか、そのまま戦ってやるほど俺は間抜けじゃあない。
あるものは、しっかりと使いこなさなきゃあな!
「小鬼召喚! 足止め頼むぜキング!」
『ガアアア!』
ゴブリンキングを呼び出し、俺は斬られた右腕を蹴飛ばして転がしつつ距離を取る。
KnighTは最短で俺の近くに行こうにも、ゴブリンキングが邪魔をしている。
となれば、ゆっくりと回復を……回復を――
「はっええなオイ!」
「この程度で、私を止められると思いましたか!」
一応ポーションを使って腕はくっつけられた。
だが、まだHPは全快してないし若干気持ち的に押されちまう。
つーか、ゴブリンキングを倒すのが早すぎる!
「せえッ!」
「おおおッ!」
振り下ろされる剣を、剣と盾の両方で受け止める。
これならなんとか、押し切られずに済むが……反撃方法が浮かばねえ!
蹴りを放ってもバランスが不安定になるし……ここは!
「カウンター・バリ」
「させません!」
「あぶっ!」
カウンター・バリアも通じない……俺の見せた手の尽くが破られていく。
クソッ……侮っていたぜ、KnighTの強さを。
ステータス、判断力、そして対策力。
アルトリアの好敵手になれるほどの強さ、それがどんな意味を持つのかようやくわかった。
「ったく……お前、ホントに強いな、KnighT。
俺は全然変われてないし、正直正面からじゃお前よりも弱い」
「……何が言いたいのですか?」
「いやぁ……まぁ、な……降参するつもりはねえ。
けど、その代わりお前に文句は――言わせねえよ!」
俺は剣を全力で投擲した。
KnighTはすぐに俺の剣を叩き落とした。
ここからが、勝負だ!
「うおおおおッ!」
「馬鹿な真似を……!」
フェニックス・ブレードも捨て、俺は武器を持たない状態でKnighTに迫る。
苛立ったような表情で彼女は剣を横に薙いで来る……のに、合わせる!
「ハァッ!」
「な……」
スライディングするように体勢を崩してから、思い切り右足を蹴り上げる。
その一撃はKnighTの手元に当たり、見事に剣を手から離れさせた。
「このっ……」
KnighTはまたナイフを取り出そうとするが、俺はすぐに立つ。
そして左拳の殴打を、KnighTの鼻っ柱に食らわせる。
「がふっ!」
「オォッ!」
「あぐっ、ぶぐっ、ごっ……!」
よろけたKnighTの腹に蹴りを放ち、倒れた所を踏みつける。
そこからは、ひたすらに拳を叩きつける。
殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打!
「これで!」
「――ッ!」
「んの……!」
顔面への殴打、即ちクリティカル攻撃によって減ったHPを削り切ろうとした時。
KnighTは自由な手で俺の拳を掴み、それを阻止している。
「私は……! 朧之剣、ギルドマスターのKnighT……! だから、もう、絶対にっ……! 負けない……!」
「そうかよ……! だからって、はいそうですかって俺が負けてやるわけ!」
ねえだろ。と、言う四文字の言葉代わりに頭突きを放つ。
ぶつかった所から火花が散る程の、熱烈な一撃を!
「あ……! あぁぁ……!」
KnighTはこの一撃でHPを全損し……アバターはポリゴン片となって砕け散った。
辛くもだが、俺はKnighTとの一戦に勝利することが出来た。
が、俺はこの勝利を0点としたのだった。
「あぁ……アホらしい勝利だ」
俺は放り投げた剣を回収し、闘技場を出た。
観客席には先輩たちもいたようで、俺の戦いを見守っていたみたいだった。
「ブレイブ」
「先輩」
「……0点」
「ですよね」
先輩からも辛口な評価を下されると共に、軽いゲンコツが来た。
結局のところ、KnighTの望む結果にはならなかった。
正々堂々なんて結果じゃあないし、俺自身も何も変わっていない。
スキル頼りで、純粋な剣の腕はアーサーどころかKnighTにも負ける。
……こんなんじゃあ、先輩に勝つなんて土台無理な話だ。
「やぁ、無事勝利おめでとう。ブレイブくん」
「アーサー、お前もいたのかよ」
「俺もいるぜ」
アーサーの後ろからはカオスがひょっこりと顔を出している。
どんだけ客集まってんだよ……朧之剣の儲け額が気になるぞ、オイ。
「お前との決闘が楽しみになって来るぜ、ブレイブ」
「そうかよ、俺はお前に勝てる気がしなくなってきた」
そもそも初めて戦った時だって、カオスは最初右手の杖しか使っていなかった。
片手だけで手を抜いて相手しててあの強さ……それが両手だ。
あの時は相討ちに持ち込めたが、今度はそうはいかないのが容易に想像出来る。
日米親善試合の時だって、もうカオス一人で完封出来たかもしれないくらいだ。
「ま、俺との決闘までには日が開いてるんだ。それまでお互い頑張ろうぜ、ブレイブ」
「そうだな……俺も、新しいスキルとか手に入れるの頑張るよ」
とは言ったものの……各種属性剣は全部習得したしな。
KnighTたちが使う聖剣の技は、俺じゃ習得できなかったし。
色々と何ができるかとか試しては見たけど収穫はナシ……それ故、第三回イベントの辺りから俺は何一つ変われていない。
フェニックス・ブレードが進化しても、大した強化にはなってないし。
「うーん……レベル上限を上げてみるのはどうかな、ブレイブくん」
「あぁ、そういやもう実装されたんだっけ?」
「そうだよ。僕らは初日で攻略したけれど、朧之剣やアルゴーノートはまだらしい」
朧之剣は俺との決闘のために東奔西走してたらしいから当然か。
アルゴーノートは店が忙しそうだし……うーむ、レベル上限突破か。
そろそろ70くらいには上げたいし、丁度いい話だよな。
「フ……因みに私はソロで攻略してきたぞ」
「えええええ」
どうして俺たちに言ってくれなかったんだ。
っつーか、よくソロで攻略出来るな……スゲーよ先輩。
「あ、真の魔王もまだ誰も上限は突破してなかったな」
「へぇ、そうなのか」
意外だな、真の魔王なら王の騎士団に張り合うように挑むと思ったのに。
「まぁ、ソレよりも大事な用があったからな……」
カオスはそう呟くと、どこか遠くを見つめ出した。
……友達のうちの誰かとかが、どこか引っ越していったとかだろうか。
「ふむ、まぁ概ね何があったかは理解できるよ。
攻略に乗り出さずにいた君の気持ちはわかる」
「フ、MMOでならばよくあることだろう。
しかし、その一瞬一瞬の出会いと別れは尊きものよな」
アーサーと先輩はどうやら詳細まで知っているみたいだが……気になる。
カオスに直接聞いてもいいけど、アイツはどこか感傷に浸ってるみたいだ。
まぁ、しばらくは放置でもいいか……と思っていたら。
「ブレイブ・ワン!」
「おっわ」
KnighTがツカツカツカツカツカ……と歩いてやって来た。
リスポーン地点からここまでもう来たのか。
KnighTは何やら神妙な顔つきで俺を見ている。
「……私の負けです」
「お、おう……俺の勝ちだし、確かにそうだな」
「私は、正面からの戦闘で貴方に勝利していたはずでした」
「そうだな……俺もお前と剣で勝負してちゃ勝てなかった」
あの重さと速さには、俺も対応しようがなかった。
だから、素手での勝負に持ち込んで勝てたのはある種の奇跡だろう。
「ですが、私はまだまだ上を目指します。
故に……今後私があなたを討ち取るその時まで、誰にも負けないでください」
「……あぁ、お前にも負けねえくらいに強くなっといてやるよ」
ニッと笑って拳を向けるKnighTに、俺は笑って拳をぶつける。
アーサー、カオス、KnighT……そして先輩。
色んな目標が、このSBOの中にある……だから、このゲームは楽しい。
改めてそう思える日が来たのだった。
プレイヤーネーム:ブレイブ・ワン
レベル:60
種族:人間
ステータス
STR:80(+110) AGI:100(+95) DEX:0(+20) VIT:40(+165) INT:0 MND:35(+100)
使用武器:小鬼帝の剣・改、小鬼帝の小盾・改
使用防具:邪竜のハチガネ、小鬼帝の鎖帷子・改、小鬼帝の鎧・改、小鬼帝のグリーヴ・改、悪魔ズボン(黒)、アダマンタイトガード、回避の指輪+2