第百十話:Heaven's Killer VS 集う勇者
――日米親善試合五番勝負・一番目。
Heaven's Killer VS 集う勇者。
俺たちは特設フィールドへと転送され、決まったスタート位置へと全員が揃っていた。
高い崖に囲まれた平たい地形、崖は垂直になっているので上るのは至難の技。
上からの奇襲は出来なくないだろうが、崖の上に上れるポジションは一か所しかない。
故に、先行してそこを抑えれば初期位置への奇襲はないだろう。
「小鬼召喚、騎乗魔法・狼。行けホブゴブリン」
『ギャふっ』
ホブゴブリンと狼は同時に答え、崖を上れる場所へ走る。
仮に倒されたとしても、俺ならそれがわかるので敵の狙いも判別可能。
もし、崖を上らず正面から来れば迎え撃つまでだ。
「よし……では打ち合わせ通りに動くぞ」
「了解」
先輩の一声で、最初の作戦会議の通りにメンバーが分かれ始める。
俺とイチカとユージンは、迂回して敵の集まる場所を狙うことにした。
初期転送位置は一定時間待機しているとHPやMP、SPなども回復出来ることから、大人数で安全に休める場所として設定されていて、唯一無二の休憩スポット。
つまり、そこを潰せば少数の俺たちにも勝機があるってワケだ。
「気をつけとけよお前ら、今回は死んだらそこで終わりだ」
「無論わかっている、他のイベントでのルールは混同出来ん」
「大丈夫ッスよ、俺は元より死なねーつもりッスから!」
走りながら俺は二人に注意を促し、大きく広い道を走る。
かなり遠回りにはなるものの、広くて大きな道なら敵に遭遇してもやりやすい。
逆に先輩たちは、横並びになると移動するだけでも狭いような道だ。
だから多少タイミングをズラして縦に並んで移動する道で、最短距離を走っている。
けれど、その分が陽動として目立つから……というメリットがある。
「……接近してくる敵はいるか、ユージン」
「んー、【気配感知】のスキルは持ってるッスけど、別段見当たらないッスよ」
「あぁ、俺の【魔力感知】もまだ何も見つけていない。
俺たちの動向を読み、待ち伏せしている伏兵などはいないハズだ」
三人で走りながら、探知できる範囲に敵はいないと見た。
先輩たちからの連絡などはないし……敵は徹底的な防戦か?
「なら、もう少し強めに踏み込んでも良さそうだな」
「そうッスね! 男は早い段階で動いてこそッス!」
「一応武器は抜いておくぞ」
イチカは手に剣の形をした、光り輝く何かを出した。
確か、イチカが習得してるスキルの……魔法剣って奴だったか。
MPをそのまま武器の形にするって奴で、結構扱いが難しいらしい。
「よし、俺が一番に――」
ユージンが速度を上げた瞬間、俺は何か直感的にマズいと悟った。
何かが乱れていて、何かやってはいけないことをしている感覚。
説明できなくても……俺は咄嗟に動いた。
「下がれッ!」
「ええッ!? うわっとぉ!」
俺は走るユージンのジャケットの襟を掴み、思い切り引っ張った。
反動でユージンはすっ飛んで地面を転がるが、どうだっていい。
「『おいおいおいおい……勿体ねえじゃねえか』」
「やっぱり勘は当たってたか……Python!」
そこには、腰から抜いたであろう彼の武器を構えたPythonがいた。
分厚い包丁……いや、まるで首を落とすためだけに作られたような鉈。
赤黒く染まり、まるで血に濡れたかのような恐ろしい見た目だ。
「『日本人の方のイベントのログは見てたからな。
だから、集う勇者ってのと戦える時はワクワクしてたんだ。
特に……お前のことだよ、ブレイブ!』」
「ッ! 流星盾!」
隠していた顔を表し、頬が裂けそうなほどに笑うPython。
彼がライトエフェクトを纏わせ、振り下ろして来た鉈を止める。
バチィンッ!と、火花が散ってPythonの鉈はそこで止まり――
「イチカ!」
「わかっている、巻き込まれたくなければ下がっていろ!」
イチカは魔法剣から形を変えた【魔法弓】の弦に矢を番え、放った。
それも一本の矢だけではなく、三本の矢だった。
「『ヘッ!』」
Pythonは手元で鉈をクルクルと回して振るったと思うと、矢を叩き落としていた。
だが、俺たちは一人でも二人でもない……三人だ!
「ユージン!」
「わかってるッスよぉ!」
「ゴブリンズ──!」
俺は右手に握る剣と共にスキルを詠唱。
ユージンも両手の剣にライトエフェクトを纏わせ、Pythonへと踏み込む。
イチカはまた魔法弓を構え、今度は五本の矢を番える。
「ダブル・ウィンドソードッス!」
「ペネトレートォッ!」
「サンダー・シュート」
三人がかりのスキルでなら、コイツをやれないことは――
「『勝手に飛び出すな、Python』」
「防がれたか……!」
「チッ、厄介な盾ッスね……」
ありまくりだった。
ズドン、と派手な音と共に爆発が起こり、その煙の中から出て来たのは。
深紅の盾を持ち、全身を鎧で固めた上に鉈を装備したプレイヤーだった。
豚のような耳が頭から生えていて、随分とがっしりした体系なのが特徴的だな。
「『よう、助かったぜ【Swift】』」
Swift、と呼ばれた盾使い……恐らくハル以上の硬さだろう。
なら!
「ユージン、イチカ! 盾使いはお前らに任せる!」
「ええっ、お、俺たちッスか!?」
「一人でいいのか、お前は!」
「構わねえよ! どの道、組ませてたらまともな勝負になりゃしねえよ!」
恐らく向こうは俺たちよりも連携は上手いだろうし、スキルも見たことないものを持っているだろう。
だから、組んで真価を発揮するようなスキルを使われないように分断して、一人一人ぶった斬ってやる!
「『一対一か、楽しませてくれよブレイブ!』」
「あぁ、死ぬまで楽しませてやんよ!」
互いに超加速を使い、俺とPythonはユージンたちから離れる。
更に隠れてる奴がいない、という保証はないが。
Pythonを俺が一対一で倒すことが出来れば、連携は崩せるハズだ!
「ッラァッ!」
「『オォッ!』」
走りながら徐々に体を壁に近づけ、三角飛びと共に剣を振り下ろす。
Pythonはそれを鉈で受け止め、いなす――
のを読み、俺は力を逸らされた方向に逆らわずに蹴りを繰り出す。
「『ごはっ!』」
「ファスト・シールド!」
「『がっ……』」
蹴りでグラついたPythonに、ファスト・シールドで動きを阻害する。
これでPythonは壁に追い込まれた……なら、やれる!
「バーニング・ソード!」
「『舐めんじゃねえええ!』」
Pythonは何らかのスキルを発動したのか、シールドを何もせずに砕く。
そして、俺が放ったバーニング・ソードをただ一撃振るっただけで弾きやがった。
「『ハッハァ! 死ぃねぇっ! ヒューマンズ・スレイ!』」
「ゴブリンズ・ペネトレートォッ!」
高笑いをしながら、人間特攻スキルを使用して斬りかかってくるPython。
俺は先ほど剣を弾かれて下がらされたが、ダンと一歩踏み込んでスキルを放つ。
Pythonの鉈と俺の剣の先端がガツゥゥゥン、と音を立ててぶつかり合う。
ビリビリとした感触が俺の腕にも流れ込んで伝わってくるほどの重さ。
「ぐっ……これは……!」
ユリカの物の倍以上の重さ……! アーサーのエクスカリバーを受けた時よりも、重い!
「『イイ事を教えてやるよ……このチョッパーはよぉ』」
「ッ……!」
奴の剣の重さが、更に増した。
「『相手が人間なら、攻撃力が二倍になるんだよ』」
「ッ……は、アァァ!?」
ヒューマンズ・スレイは人間特攻スキル。
通常のモンスターに向けて撃ってもダメージは半減だが、人間ならダメージは二倍になる。
というスキル……そして、奴の持ってる鉈の効果と合わさってしまったのなら。
「乗算かよ……」
「『オッルァァァ!』」
「あが」
俺の剣は押し切られ、そのまま腕が両断されて――
俺自身が壁に叩きつけられた。
「『ハァ!』」
「流星盾!」
「『【シールド・スルー】!』」
「嘘だろ」
横薙ぎに振るわれるPythonの鉈。
俺はそれを止めるために、流星盾を展開した。
だのに、奴のスキルが二撃目を放つと、ソレは俺の盾をすり抜けた。
「クソが……」
右肩口から、左腰へかけての袈裟斬り。
Pythonの人間特攻武器が、俺のアバターを易々と切り裂いた。
一撃で残りのHPが全損し、俺のアバターはポリゴン片となって砕け散った。
意識が薄れ、真っ暗な空間で……質感の無い半透明のアバターになった。
ギルドマスターだって言うのに、皆のリーダーだって言うのに、情けない姿だ。
「……頑張れよ、皆」
俺を倒し、愉悦の笑みを浮かべる男――
Pythonを、誰かが倒してくれることを祈る。
俺の信じた皆なら、きっとやってくれるハズだ。
――――ブレイブ・ワン、死亡。
そのアナウンスが聞こえた途端、一人の女性が叫んだ。
「おい……! ふざけるなよ! ブレイブッ! 貴様ァァァァァ!」
私、ユリカはその人の叫び声を聞くのは初めてだった。
いや、スキル名を叫んだり、力を込めて叫ぶことなら聞いたことはある。
けれど、今の彼女は――
「そこを……退けェッ!」
「『な、なんだコイツ……急に変わりやがっ……ギャア!』」
さっきまでは冷静沈着で、安全を心がけて戦っていた彼女。
集う勇者最年長にして、集う勇者で最強と言えるであろう女剣士。
N・ウィークさんは、安全地帯で防備を固めているプレイヤーを斬り続けた。
「『調子に乗るのも大概にしやがれ! 日本じ――』」
「黙れ……! そこを退くか斬られるか選べ!」
「す、凄い変わり様……」
「何がNさんをそんなに突き動かしてるんだろう」
怒り狂うように刀を振るうN・ウィークさん。
アーサーさんとの戦いを見たことがないわけじゃあない。
でも、その時の彼女よりも、今の彼女は鬼気迫るものがあった。
「でも……今ならHeaven's Killerの戦線を崩せるかも!」
「そ、そうですね……! よし! ベルセルク!」
鈴音さんの一声で、アインがベルセルク状態に入った。
なら、私とランコが続かないわけにはいかない。
正面から攻め込んだ時、私たちと同じ考えの敵プレイヤーはいた。
けれど、速攻で私とランコが倒したおかげで、今こうして安全地帯を潰せている。
なら、別の道から攻め込みに来ているプレイヤーを休ませないためには、戦う他ない。
「行くよ、ランコ!」
「うん!」
ランコも新たに手に入れたアダマンタイト製の槍を握り、斬りかかってくる敵に応戦し始める。
さて……N・ウィークさんが派手に暴れて、それをサポートしているのがアインと鈴音さん。
なら、私はここにいても邪魔になるかもしれない。
第一私がここに連れて来られたのは、対集団戦のためじゃない。
「すみませんN・ウィークさん、先に失礼します」
「あぁ、勝手に行け。この程度の相手ならば、私一人で斬り殺してやる。
可愛い後輩を真っ先に斬られたのだ、八つ当たりに丁度いい」
N・ウィークさんは尚も守りに徹するHeaven's Killerメンバーに突撃する。
……恐らく、彼女は怒って暴れるように見せることで、注意を自分に向けてるんだろう。
ブレイブさんが倒された時点で、ユージンさんとイチカさんも危ない。
なら、誰かがそこの救援に行って戦線を立て直さなきゃいけない。
それが出来るのは……多分、私だけなんだ。
「それじゃっ!」
「『待ちやがれ! 飛んだくらいで――あがっ』」
「『落とすぞ! くら――えっ』」
飛翔で飛び立って、私はブレイブさんたちが使った道をマップで見る。
ユージンさんとイチカさんがいるから、彼らが目印になってくれている。
それに、飛翔なら高い崖も関係なく飛び越して最短ルートで行ける!
「待ってて……!」
私は背中の剣を抜き、グッと握りしめる。
もう私は、王の騎士団にいた傲慢なユリカじゃあない。
集う勇者の一員の剣士ユリカとして、必ず勝つんだ!
「『ハッ! ブレイブの方がまだ楽しめたぜぇ?』」
「あの人がウチで二番目に強いんだから、そりゃ当然ッスよ!」
「耳を貸すなユージン、コイツは揺さぶりをかけているだけだ」
「『おいおいPython、必勝パターン見破られてるぞ』」
「『仕方ねえな……二対二でキッチリ真正面から屠らねえとなぁ』」
いた! ユージンさんとイチカさんが、Heaven's Killerのマスターと戦っている。
名前は確か……そう、ブレイブさんが言っていた、Python!
「ハァァァッ!」
「『うお!?』」
私はマックススピードで飛び、猛スピードでPythonに向けて突撃した。
当然見え見えだったから避けられたけれど……私の狙いは別にある。
「魔力……放出!」
「『これは……氷に木!?』」
私が左手に握る剣からは、透き通る透明な氷。
と、その氷の彫刻のような木々が伸びて、一つは何もない所に絡まる。
他の木々はPythonと、深紅の盾を使うプレイヤーに伸びてゆく。
「『うぐっ……これ、取れない……!』」
「【吸収】」
「『えっ、HPと、MPが……!』」
何もない所には、女の人が屈んでいたのだった。
恐らく、透明化及び気配を遮断するアイテムやスキルを使ったんだろう。
けれど私の左手に握る剣、それはキョーコさんに作って貰った新たな剣。
アダマンタイター・改と狼雪の剣と血樹の剣を合成した剣。
【金剛狼樹剣】なら、生きているってだけで探知するのに十分だ。
「ここからは……私が相手だよ」
「『ヘェ、面白ェ……女か!』」
「『Python、俺はこの二人の足止めをする。そっちは任せ――なっ!?』」
「ディフェンス・ブレイク」
わざとらしく剣を抜きながら宣言、それと同時に超加速を使って踏み込む。
悠長に相談なんかしてる盾使いの男に、突きを放つ。
が、Pythonが彼を蹴飛ばしたせいでカスる程度になってしまった。
「『こっ、コイツ……中々のやり手だな、Python。しっかりとやれ』」
「『おうよ、ブレイブ以上に楽しめるかもしれねえ獲物なりゃぁ、本気でやるさ』」
ニィィィ、と笑う彼の不気味な笑みを前に、私は剣を構え直す。
トライアスロンイベントで頑張った分の報酬……その強さを、ここで見せよう。
プレイヤーネーム:ユリカ
レベル:60
種族:人間
ステータス
STR:100(+150) AGI:100(+100) DEX:0(+10) VIT:30(+60) INT:0 MND:25(+75)
使用武器:金剛狼呪剣、ソウルブレイカー
使用防具:デビルコート・改、デビルチェーンメイル・改、デビルブーツ・改、休魂手袋、疾風のスカート、休刃の鞘×2