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セブンスブレイブ・オンライン ~小鬼勇者が特殊装備で強者を食らいます~  作者: 月束曇天
第六章:大体作者が思いつきで始めて迷走する奴
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第百三話:大好きだよ、鞘華。

 飲んで、食べて、笑った。

 昨日の出来事のはずなのに、それが遠く感じる朝。

 料理は全て盾塚が平らげ、後片付けは先輩が手伝ってくれた。

 おかげで、いつもと変わらない日々を過ごしたように思える跡だ。


「ふぁ……」


 夜更かしをして眠気の残る朝だが……今日は寝坊も二度寝もしていられない。

 大切な日だからこそ、いつもよりも早く起きる。

 いつもよりも綺麗に髪を整え、制服をキッチリと着て、作っておいた朝飯を卓に並べる。


「ん……あ、兄さんもう起きてたんだ」


「おう、目ェ覚めちまってな」


 制服を着て、朝飯を食べ終わった後の台詞ではないだろうが、学校に行く二人のために早起きしたなんて、ちっと恥ずかしくて言えやしねえ。

 だからこうして適当な理由をつけ、何気ない一日らしさを出すのだ。

 二人が変に張り切らないようにって意味もあるが、これはソワソワしてる俺の気持ちを抑えるためでもある。

 過保護になっても、困るのは鞘華たちだからな。


「おはようございます、勇一さん」


「おう、起きたか。朝飯は作っておいたから食いな」


 米に味噌汁に焼き魚に出汁巻き卵、おまけのほうれん草のお浸し。

 鞘華よりも朝早くから起きたせいか、随分気合いが入った。

 普段なら千切ったレタスとかなんだけどな、今日は早く起きたが故だ。


「ありがとね、兄さん」


「何がだ」


「百合香のことと、私のわがまま聞いてくれたこと」


「気にすんな、俺の清算のためでもあるんだ」


 俺の言葉一つなんかで、大きな影響なんて起きない。

 そうはわかっている、だから俺が責任を感じることはないのかもしれない。

 でも、あの時俺がユリカの言葉を受け止めることが出来ていたら。

 また何か、変わった未来があったのかもしれないと思うと、俺は今の百合香に出来るだけのことをしてやりたくなる。

 それが罪滅ぼしでも義務でも何でもない、ただの自己満足にすぎないとわかっていてもだ。


「ふぅ……」


 百合香は味噌汁を飲んで息をついた。

 彼女の目には鞘華が映っているんだろう。

 なら、鞘華と百合香の二人が映っている……今後も仲良くあることを願おう。

 そう思いながら、俺はARデバイスをいじっていた。




【新進気鋭の新人】ブレイブ・ワンについて語るスレ・8


『レイドボス攻略されたみたいだな』

『ブレイブ・ワンも大活躍だったららしい』

『でもラストアタック取ったのユリカだろ』

『LAだけが全てじゃないだろ』

『それな、LAに拘り過ぎはよくない』

『結局、8個目のスレになったのはいいけど、ブレイブ・ワンと接触した奴いんの?』

『してない、っつーかやろうと思ってもなんか間が悪い』

『ギルド入れて貰おうとしたら入団試験あって落ちた、スマソ』

『入団試験?マジかよ……寄生でもしようかと思ったのに』

『ぐう畜いて草』

『その前にブレイブ・ワンって寄生とか許してくれなさそう』

『許す方が異常だと思うんですがそれは……』


 相も変わらず、SBOの先端を走るプレイヤーたちで盛り上がっているみたいだ。

 ディララを崇めるスレはなんか得体のしれない怖さを感じ取ったのでロクに見れていないが……もうPart75だ。

 一人のプレイヤーに関する話題だけでよくまぁここまで話せるもんだぜ。


「ご馳走様」


「ごちそうさまでした」


 と、掲示板を眺めている俺の横で百合香と鞘華は朝飯を食べ終えていた。

 時間はまだ余裕があるが、かといって遊ぶわけにもいかないな……どうすっかな。

 そんな風に考えているうちに、時間はゆっくりながらも過ぎていく。


「……そろそろか」


 7時30分……俺が家を出る時間だな。

 俺がネットサーフィンをしている間に、鞘華たちも準備を済ませたみたいだ。

 俺は鞄を持ち靴を履きネクタイを整え、玄関のドアを開ける。

 つい先週もこの作業を機械的に行っていたハズだ。

 だが、今日は後ろに立つ二人の女の子がいる。


「行ってきます」


「いってきます」


「いっ、いって、きます」


 何か月……いや、一年ぶりくらいの「いってきます」。

 妹のその挨拶を聞けただけで、俺は嬉しかった。

 しかも、妹の友達の「いってきます」がセットなんて、嬉しくて嬉しくて仕方ない。


「なに笑ってんの、兄さん」


「いや、ちと嬉しかっただけだよ……」


 俺はそう言って、鞘華たちよりも足を速く動かして学校へ向かった。

 あの二人だけでいる、それが何よりも大事なんだ。

 だから、俺はとっとと高等部の教室に行ってしまおう。

 と、俺は光の速度で教室に駆け込み、流れるように自分の席に座る。

 そしてARデバイスを起動し、またもやネットサーフィンだ。


「……つまんね」


 三分くらいで飽きたので、デバイスの電源を切る。

 周りでベラベラゲラゲラ喋ってる奴らとは、ちょっとばかし話が合わない。

 課金してガチャ引いて強くなるタイプのゲームは今でも流行ってるけれど、俺はそういうのよりもコンシューマーゲームに近いゲーム性をしているようなMMOゲーの方が好きだから、仕方ないことだ。

 だから、俺が話を合わせられるような奴なんて全然いないわけで。

 かといって、することもない……


「はぁ……」


 ため息をつきながら、俺はノートへの落書きを始める。

 数分後にはページごと削除するので、どんな絵を描いたって良い。

 尤も俺には絵心がないから汚い絵しか描けんがな、美術の成績低いし。


「よう剣城、暇そうなツラしてんな」


「暇で悪いかよ、確かに暇だけど」


「いやぁよぉ、夏に入院なんかしたせいでお前と話すのも久々だからなー」


 俺に話しかけて来た人物……制服を着崩し、髪も金色に染めている男、【秋元アキモト 剣也ケンヤ】。

 夏休みに入る前SBOを俺に進め、やや強引に購入させた張本人。

 俺がSBOを始める頃には大怪我をして入院したらしく、SBOでは出会えなかった。

 というか、今はもうちょっと飽き気味になってログイン頻度も減ってるらしい。


「で、俺に何の用だよ」


「いや、まぁ……お前の妹ちゃん、久々にガッコ来たの見たからよ」


「鞘華のことか、それがどうしたんだ」


 なんとなく嫌な予感がしつつも、剣也を見つめる。

 すると剣也は物を頼むように、両手を合わせてやや頭を下げた。


「いやぁ、ぶっちゃけ可愛いしさ、ナンパでもしていいかなって」


「楽に死ねると思うなよ」


「おー怖っ。わかったよ、しないしない」


 オーバーなリアクションをしながら、剣也は両手を上げた。

 まったく……中等部からの数少ない親友だが、こういうとこは好きになれねえな。

 気に入った女子を見つければ、小学生からババアまでナンパする。

 ま、コイツは大体その女子にボロクソ言われるか、彼氏が出てきてブッ飛ばされてるんだけどな。


「あ、そろそろホームルーム始まるな」


「そだな」


「……」


「いや、席戻れよ」


 何やってんだコイツ、と思いながら俺は剣也にしっしと手を振る。

 剣也は何か笑いながら席へと戻り、それと共にチャイムが鳴る。

 ……しかし、鞘華と百合香は今頃大丈夫だろうか。

 授業前には何もなかったとしても、授業中に何かされる可能性はある。

 些細な嫌がらせでも、積み重なればそれは大きなストレスにとなるし、トラウマが再発して倒れてしまったりとかしないだろうか。

 あぁ、心配になってきてなんだか腹が痛くなってきた。


「……心配だ」


 ボソッ、と呟き……俺はノートにペンを走らせる。

 こんな時でも一応授業は聞いておくが……あぁ、二人のことが脳裏にチラつく。

 陰口を言われたり、暴力を振るわれたりしていないだろうか。

 百合香に至っては男子に襲われかけたとも言っていたし……どうか、どうか二人に何事もないことを祈るぜ、神様。


「……なんじゃこりゃ」


『くぁwせdrftgyふじこlp』


 と、鞘華と百合香の心配ばかりしていたせいか、授業は上の空だった。

 おかげで、電子ノートには何を書いたか入力したかも滅茶苦茶だ。

 誰かのデータをコピーさせて貰わないといけなくなる、こんなこと考えてる場合じゃねえ。

 とか思いつつも、やっぱり俺は鞘華と百合香が心配で心配で仕方なく、中等部の教室がある校舎ばかり眺めていた。


「何も問題がないといいんだがなぁ……はぁ」


 と、俺はため息と共にそんな言葉を漏らし――

 その後も、授業で集中することは出来ずで、昼休みになるまでずっとボーっとしていた。

 おかげで先生から『君やる気あるのかね』なんて言われてしまった。

 『それどころじゃなかったもんでして』とか返したら、イヤミ込みで返答されたせいでムカついたぜ。

 グーで殴ったりとかしないでたった一言と一緒に全力で睨んだだけの俺は偉い子だよ、ホント。


「剣城よぉ、お前不良にでもなりてえの?」


「誰がなるか、誰が。ルール一つ守れねえチンピラに成り下がるくらいなら腹斬るわ」


「でも、さっき先生にスゲー喧嘩売ってたじゃん」


「売ってねえよ、授業よりも心配だったことがあるのは事実だ。マジで」


 と、剣也の指摘などは気にせず、弁当に入っているハンバーグを一口で食べる。

 あぁ、こんな時でさえも二人が心配で仕方ない……そう思うと、味はしなかった。

 先輩や盾塚に見られたら、情けないとか言われそうだけども。

 ずっと学校に行かないでいた妹が急に登校するなんて言われたらこうなるだろ、多分。

 保健室登校とか、段階挟めばまだ落ち着けたけどさ。


「ま、でも妹ちゃんが心配なのはわかるぜ?」


「わかるのか」


「あぁ、あんなに可愛い子だと変な奴に襲われないか心配だろ?」


「……あぁ、心配だよ。襲った側が死んでないかってな」


「ちょっとお前の妹ちゃんどういう奴なの?」


「悪魔」


「こっわ」


 剣也は体をブルブルと振るわせ、笑った顔もぎこちなくなっていた。

 ……コイツ、鞘華に何かしでかすつもりだったのか。

 だとしたら俺が全力でブッ飛ばすぞ、剣也。


「……ま、もう一回来たってことなら、覚悟は出来てると思うぜ」


「……そうだな、そうだよな」


 そうだ、もう一度イジメられないように、イジメられても折れないように。

 VRでも、現実でも……アイツのために剣道を教えてやったじゃないか。

 それだけじゃなく俺流とは言えど喧嘩のやり方も教えたんだ、それも二人とも。

 百合香はともかく鞘華は元から体が出来ているから、方法さえ教えれば強くなる。

 だから、あの二人が有象無象の奴らなんかに、負けるわけがない。


「うん、そうだな。そうだよな!」


 何を心配していたのか、俺は。

 心配ばっかりするってのは、アイツらを信じてないってことだ。

 馬鹿馬鹿しい、鞘華の強さを一番知ってるのは俺じゃないか。

 全く、数時間前までの俺を蹴っ飛ばしてやりたくなったぜ。


「元気出たみてえだな、剣城」


「あぁ、サンキューな剣也」


 俺は弁当の残りを一気に掻っ込み、高速で咀嚼してから飲み込む。

 それを自販機で買ったお茶で流してから弁当箱を片付けて――

 ARデバイスを開き、イヤホンをつけて音楽を流す。


「切り替えはえー……」


 音楽を流す直前に剣也のそんな呟きが聞こえたが、気にしない。

 ……と、そんなこんなで昼休みは終わり、五時間目へ。


「――で、あるからしてね、この方程式はあーだこーだすれば解けちゃうのよ、わかる?」


 全くわかんねえよ、と心の中で突っ込みながら板書をする。

 うんうん、やっぱり余計なことを考えなければ集中できるな。

 鞘華も百合香も、きっと今頃熱心に授業を受けてるころだろう。

 と、二人のことを思い浮かべたがすぐに頭の中から消す。

 今は授業を受ける時なのだから、とノートにペンを走らせ――


「……放課後、早くね?」


「気のせいだろ」


 集中していると、いつの間にか授業は終わっていた。

 今日は剣道部も諸々の事情で休みらしいし(かったるい話なので聞いてない)。

 となればとっとと家に帰って、SBOで金稼ぎでもするか。

 予習復習?テスト前に三十分くらいやっときゃ赤点は回避できるだろ。


「さーってと、帰るか」


「お? 帰るのか剣城」


「あぁ、寄り道の誘いか? ならパスだ」


「まだなんも言ってねえけど、合ってるから残念だ」


「そ、じゃあな」


 俺は教室の引き戸を足で開けて階段をダン、と飛び降りて行く。

 で、すぐに下駄箱まで来て靴を履き替えて校門まで足を進めると。


「鞘華と、百合香? それに、誰だアレ……」


 中等部の玄関から出て来た鞘華と百合香の前に、一人の男が立っていた。

 少し気になるから、こっそり陰から盗み聞きでもさせてもらうか。

 愛の告白とかだったら、失敗したあとにゲラゲラ笑ってやるだけだしな。

 と、俺は二人に気付かれないように二人の見えない位置に隠れ、聞き耳を立てる。




「本当に、申し訳なかった! ごめん!」


 第一声がそれかよ、何をしでかしたんだコイツ。


「僕は、小学生の頃から友達なんかいなくて……いつも一人ぼっちだったんだ。

だから、初めて出来た友達が嬉しくて……その居場所を失いたくなくて。

自分の居場所が欲しかったから、つい彼らに便乗して……こんなことに……本当にごめん、ごめん……! 謝って許されるとは思ってないけど……ごめん!」


 男……それも、鞘華たちのクラスメートと思われるヤツが、お辞儀から土下座へ。

 ……あぁ、周りの奴に流されて、当たり前のように鞘華に手を出したってわけか。

 よくいるよなー、嫌われたくないからって理由でいじめとかに加担して、仕方なかったんだって被害者面するやつ。

 出来ることならそういう奴らをブッ飛ばせるお仕事に就きたいもんだ。


「……言いたい事、それだけ?」


「あ、あぁ……だから、こうして土下座して謝ってるんだ……」


「顔上げて、中西くん」


 百合香は黙ったままだが、鞘華は口を開き始めた。

 男……中西と呼ばれた野郎は、恐る恐る顔を上げた。

 直後、鞘華のつま先が中西の鼻っ柱を蹴り上げ、背中から地面に落とした。


「ぶごっ!? が……!?」


 あまりにも早い蹴りに、何が起きたか理解できていないようだった。

 鼻血を出し、患部を両手で抑えながら中西は左右を見回して、目をパチクリとさせる。


「君の居場所ならそんなクズのところになくても、別の所があるよ」


「えっ……な、なに……」


「地獄だよ、クソ野郎」


 今まで鞘華の口から聞いたことのなかった言葉、及びすごーく低い声色と共に、もう一発キック。

 今度は腹に入って、砂ぼこりがブレザーを汚すと同時に中西が悶絶する。


「いっ、いたぁぁ……」


「居場所がどーだの、友達がどーだの言うけどさ」


 鞘華は倒れてる中西の髪の毛を掴み、無理矢理顔を上げさせる。

 傍から見たら、鞘華がイジメてるようにしか見えなくなってきた。


「君のそのくだらないオナニーのせいでさ、私も百合香も居場所を失ったんだよ。

私は自分からイジメられに行ったようなもんだけどさ、百合香は違うよね。わかる?」


「だ、だって……笹野は、あんなのだから――ふごっ!」


「はぁ? 随分偉そうに言うね、それが謝る人間の態度?」


 中西の頬を、今度は右拳が襲った。

 ……そろそろ止めないとマズい奴かな、コレ。


「君が誰とつるむかとか、そんなのはどうだっていいけどさ。

本当に私たちに申し訳ないって思うなら、やることあるよね。

大人になれば誰もが『楽しかった、あの頃に戻りたい』って言うような時間。

人生、八十年間の内のたった三年しか訪れない中学時代。

”ソレ”の半分近くを台無しにされた私たちに、君がやることがあるよね」


「い、慰謝料の支払い……?」


「あ、そ。紙切れ数枚でどうにかなると思ってるんだ、君って人に対して凄い薄情だね」


 鞘華は髪を掴んでいた手を離すと、今度は右足で中西を蹴っ飛ばした。

 蹴られて吹っ飛んで、中西は数メートルほど鞘華たちと離れた。

 ……そこら中に鼻血が点々としてるけど、コレホントに大丈夫な奴だよな。


「二度と私たちに関わらないこと、それが一番やるべきことだよ」


「で、でも……僕は、ホントに……申し訳ないって……」


「だから何? 申し訳ないって思ったから、それで相手も許してくれるなんて甘い話があるなんて思ってるの? いつまで小学生やってんだよガキ。

お前の謝罪なんて受け取ったってこっちは時間を無駄して不快な気分になるだけなんだよ、クズ」


 鞘華は淡々と怒りのこもった言葉を告げると、百合香に持たせていた鞄を肩に下げる。


「鞄持っててくれてありがと、百合香」


「いや、これくらいはいいけど……やりすぎじゃないかな、鞘華」


「……そうかもね。ごめん、私が先走っちゃった」


 意外にも、鞘華は百合香の言葉をすんなりと受け入れた。

 まぁ、ついさっきまでは頭に血が上ってたって事なんだろう。

 鞘華は倒れて動けない中西に歩み寄る。


「百合香は優しいからあぁ言ってくれるけど、私は君たちを許さない。

だからさ、償いがしたいって言うなら……今日は派手にスッ転んだんだって、友達にでも言っときなよ。

か弱い女の子をイジメるためにしか集まれない、絆の薄い友達にね」


「鞘華……ホントにやりすぎじゃないかな、ソレ」


 百合香は青ざめた顔でそう言うが、鞘華はヘッと笑った。

 ……やりすぎなくらいが丁度いいんだよ、という言葉が伝わってくる。

 口を開いていないのに、そう聞こえてくる。

 それと同時に、俺は思い出した。

 怒りを溜め込んだ鞘華が、これほどまでに恐ろしいんだった──と。




「……はぁ」


 所変わって剣城家・鞘華の部屋……俺は帰るためにせっせと荷物をまとめている百合香を見ながら、ため息をつく。

 いや別に百合香がいなくなるのが寂しいワケじゃないんだが、ないんだが。

 百合香には、鞘華が玄関前で中西という少年を派手にぶちのめしたのを見てたことは伝えている。

 だが、百合香はもうすっかり青ざめていた顔から元に戻っている。


「……なんとも思わねえのか、百合香」


「さっきは、鞘華のことおっかないって思いました。

でも、恨んでいた相手だからこその怒りですし、仕方ないと思います。

それに、イジメはイジメられた側に原因がある――なんて、イジメる側を正当化するだけの文句を使えば正しくその通りですから」


 うん、メンタルつえーなコイツ。

 俺が百合香の立場なら、鞘華との仲に軽く亀裂入ってるぞ。


「百合香は何もしてなかったけど、いいのか?」


「鞘華が、私の分も蹴ってくれたので丁度良かったです。

むしろ、変にやりすぎて入院沙汰にしても大変ですし」


 ……既に入院沙汰になりそうなくらい血ィ出てたんだが。

 というツッコミをする気力はないので、俺は諦めて百合香の言葉に頷いた。

 まったく、このコンビはどこかタガが外れてる気がするぜ。


「さ……てと、私はもう帰らせていただきますね、勇一さん」


「……そうか、頑張れよ。色々と」


「はい、一週間お世話になりました」


 百合香はそう言って、大きなカバンを肩から下げて玄関へと向かう。

 その音を聞いてか、鞘華がエプロン姿のままパタパタと走って来た。


「百合香」


「……鞘華」


「一週間、楽しかったよ。

百合香といられて、百合香と友達になれてよかった」


「私こそ、鞘華に色んなものを分けて貰えた。

すっごく嬉しくて……人生で一番楽しい一週間だった。

だから……これはそのお返しだよ。んっ」


 ……俺は目を皿にして、その場で固まった。

 百合香はなんと、鞘華の頬を両手でつかんだと思うと、そのまま引き寄せた。

 そう、つまり……それは、キスに他ならなかった。


「……ぷはっ」


「ゆ、百合香……え、っと……」


 鞘華は顔を真っ赤にして、俺の後ろまで後ずさった。

 百合香はそれを見ていたずらっ子のように笑うが、耳真っ赤じゃねえか。


「大好きだよ、鞘華。それじゃ……さよなら!」


「さ、さよなら、また明日……」


 百合香は玄関のドアを開け、外へ出たと思うとこちらに手を振る。

 そのまま手を振りながら走り出して、恐らく百合香の家へと向かって行ったのだろう。

 ……と、鞘華の方を見ると、顔が真っ赤のままで唇に手を当てていた。


「ファーストキス……取られちゃった……」


「……初めての相手が、親友とはな」


 この後、しばらく鞘華が一言も喋らなかったのはここだけの話だ。

百合香の名前、ここのシーンのためだけにつけました(大嘘)

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