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破戒  作者: 高梁 鉄棒
1/1

スイーツ(笑)

僕が高校の頃に書いた黒歴史です。

プロローグ


「人間は価値を失ってしまった。我々はもう一度価値を取り戻さなくてはいけない。だが、それは全員である必要はない」

独白するかのようなその男の声はどんよりとした部屋の中を反響していた。

――資源の枯渇、汚染による居住可能地の減少。人類は生き残るために自己淘汰を行なおうとしていた。

 「劣るものは切り捨てる。それが人間が生き残る唯一の方法だ。しかし、そこに罪を感じる必要はない」

目は虚空を見つめ焦点があっていない。

――世界を分けるは天分の差。人種、国境、言葉、ありとあらゆるボーダーをこえ人類を分けるのはただひとつの壁。世界は今、この男により内と外、二つに別れようとしていた。

 「そう。我々はさらなる未来をも見渡さなければならない。これはそのためのプロセスなのだ」

口元はつり上がりやせこけた頬に皺を作っている。

――今よりも人々が社会に順応した世界。今よりもほんの少しだけ人間が人間の心を忘れた世界。

「さあ。始めよう。最後の審判を」

 ――そんな世界の話。












肥溜めの町 造花の町



   1


「大量生産された物にはどうしても欠陥品って物が生まれてしまう。君はようするにその欠陥品なのさ。人よりもほんの少しだけ運がなかっただけ。ただ、そのほんの少しってやつに君を含めたこの町の人々は苦しめられている」

郊外の廃墟の二階。四方をコンクリートに囲まれた一室。いつもは静寂だけを糧としているこの場所も突然の来訪者への対応に困っているようだった。オレがここに移り住んでからいったい何人ほどがここを尋ねてきたのか。まあ、両手があれば余裕で数えられるだろう。

月の光がささやかに部屋を照らす。人工の明かりなんていうものはない。

不知火はテーブルを挟んでわかりきったことを言う。そんなことはずっと前から教えられてきた。

「はっ、俺が欠陥品か。他のやつはどうだか知らないが確かに俺は欠陥品さ。そこは、否定しない。自分のことは自分が一番わかっているってね。だが、そういうアンタも立派な欠陥品だと思うぜ?」

「そうだな」あっさり認める。

「私も否定はしないよ。しかしね、誰もが欠陥は持っているものなのさ。ただ、欠陥の度合いで欠陥品かそうではないかが決まってしまう」

「それでもアンタが欠陥品であることには変わりはねえな」

「ああ、否定はしないさ」

柳に風。そんな言葉がつくづく似合う女だと思った。

「ちっ、でもアンタの場合は違うな。アンタに欠陥なんてなかった。それは確実であり覆ることはない。しかし、今のアンタは欠陥だらけだ。どこもかしこも見ちゃいられねえな」

実際、嫌味でもなんでもなく不知火からは何かが欠けてしまっているようだった。端麗な容姿に腰まで伸びた銀髪。存在自体が芸術と言っても誰も責めはしまい。それだけに――相反するように欠陥が存在した。

漂う空気はそれを敏感に読み取っていたようだ。不知火の周りはより一層闇を深くしている。

「そうか、もうそこまで侵食が進んでいるのか。私はね、原始の記憶を失いつつあるのだよ」

「原始の記憶?」

「原始の記憶を失った時、私は私を失う」

ややこしい話だ。つい顔をしかめる。

「そう難しいことを言っているわけではない。人間であるための存在証明というのかな。いかに世界がまわり、人類が進化を重ねようと原始の記憶が人々の奥底から消えるということはない。君にだってわかるはずだ」

――わかるわけがない。

「話は少し変わるが心の構造というのはどうなっていると思う?」

それもわかりません。

「考えたこともないね。ぜひ解答をお聞きしたい」


なんとなく思ったことを口に出す。不知火は声を殺して笑っている。

無性に恥ずかしくなってタバコに火をつける。一ヶ月前に街に降りたばかりだというのにもうストックが切れそうだった。

「それは魂が球体として描かれているからそう言ったのだろう」

「まあ、そうかな。わりーかよ。だいたいそんなこと聞かれても普通答えられるかよ」

間違ったことは言っていないだろう。

「確かに今のは君に聞いた私が悪かったな。」

一応、俺は怒るべきなのだろうか。

「私はね。手のひらに乗ったほんの一握りの砂なんじゃないかと思う。それも真っ白なまじりっけのない。」

想像してみたがそれがどうして心と結びつくのか俺には分らなかった。

仕返しとばかりに不知火の顔をまじまじと見る。不知火からも俺の顔が見えるだろうが相変わらずのすまし顔をしている。やはりというか恥ずかしいなどとは思わないのだろう。

「うーん、まあいいや。小難しい話はわからん。それでよ、まだ聞いていなかったが何しに来たんだよ」

もう魂だの心だの面倒くさいので話を変えたい。というか、こっちが本題のはずだ。本題については何にも話さず無駄話をずっとしていたとは。俺は暇人だと思われているのだろうか。

「ああ、そう言えばそうだったね」

物から光が失われていく。月が雲の間に入ったのだろう。

「内側に入りたい。協力してくれないだろうか」

やはり俺は暇人だと思われているらしい。

「俺をおちょっくっているのか?アンタならそんなの朝飯前だろ」

「」

外側のヤツで内側に入れるのは俺だけだろう。だが、おまえは例外だ。『ソフィア』そう言われていたアンタならな」

不知火はいったいどんな顔をしているのだろうか。

沈黙。

手足が痺れてくる感覚。しかし、俺からこの沈黙を破るのは憚られた。不知火が喋りだすまで待とう。なぜだかその時の俺にはそれが世界で一番正しいことのように感じられた。

「さっき、私は心は手のひらに乗ったほんの一握りの砂だといったのを覚えているか?」

「ああ」

「砂自体が私の言う心の姿ではない。砂は本当の心を隠しているこの世のしがらみなんだ。心を、手を、そっと開いていく。そうして手の隙間から砂が零れ落ちていくと本当の心が姿を現してくる。その姿を形容することは難しいな。言語の域を超えている。しかし、どれも気高く美しい。私はそれを失いつつある。心を失ってしまえばあるのは砂ばかり。風が吹けば無だけの存在なんだ」

淡い光が部屋を染めていく。月が雲の陰から出たのだろう。不知火の顔が浮かび上がっていく。

不知火は、やはり、いつもの不知火だった。

すまし顔で窓の外の月を眺めている。月光に照らされた彼女はありきたりな表現を使うことが許されるのなら――まさに一枚の絵画のようであった。

不知火はテーブルに置いた自分の手を見つめ静かに言った。

「私の設計図を消滅させたいんだ」

俺は頬の内側を舐めた。


   2      


無粋な電子音が部屋に響きわたる。

手を伸ばしスイッチを切る。ディスプレイはいつも通り今が六時であることを表している。

「さあ、起きて。朝だよ。」

隣で未だに寝ている南を起こそうとするがまったく反応がない。時折、死んでいるのではないかと思うがいつものことなので一応形だけ起こし南をベットに残し起き上がる。

壁際まで行き部屋の照明を切る。もったいないとは思うがしょうがない。人口の光が消えるとカーテンの隙間から天然の光が差し込む。カーテンを全開にすると視覚だけでなく全身で朝の訪れを感じられる。

熱いシャワーを頭からかぶる。思考をクリアにする。


風呂から上がると南が部屋の中をあわただしく駆け回っていた。

「もう、今日も起こしてくれなかった」

「僕はちゃんと起こしたよ」

「いつもそればっかし。ちゃんと起こしてくれているのか疑わしいわね」

「そう思うなら自分で起きる努力をするんだね」

それはそうだけど、などと言いとりあえずは納得をしたようだがぶつぶつと文句を言っている。南はスーツに腕を通しながら廊下から玄関へ。

「じゃあ、行ってくるね」

「今日も遅い?」

「うん、まだしばらくかかりそうね」

「そっか」

額にキスをする。

「香水変えた?」

「うん」

「そっちの方があっているよ」

「ありがと」

「いってらっしゃい」

製薬会社の研究機関に勤めている南は最近は臨床実験で忙しいらしい。帰りが遅くなること度々ある。それでも、仕事場からこのマンションまでそこそこ距離があるにもかかわらず必ず帰ってくる。

部屋に戻りセットしておいたコーヒーメーカーからコーヒーをマグカップに注ぐ。

週末までには原稿を仕上げなければ。すでに二ヶ月ばかり遅れてしまっている。

パソコンを立ち上げる。どうやらメールが着ているようだ。メールは二件。

一つはやはりというか担当者から。なるべく早く原稿を仕上げて欲しいというものだった。

アマチュアの頃は良かった。なんの縛りもなく自由に書けた。プロの物書きになって良かったことは自分の金でおまんまが食べられるようになったことだろうか。それなりに人気はあると思う。しかし、それにもかかわらず収入が南に遠く及ばないとはどういうことか。下手すると僕は働かなくても南の収入だけで生きていけるから困る。いっそのことそうしてしまおうか。

あと、強いて言うならペンネームが気に入っていることぐらいだろう。『カフカ』。いつのまにかまわり僕のことを本名ではなくカフカと呼ぶようになった。僕自身、本名はあまり好きではなかったからいいのだが。


もう一方のメールを開く。

『数日中にそっちに行くわ』

内容はこれだけだし差出人は不明。しかし、僕にはこれが誰から送られてきたのかも何を意図しているのかも分った。

まったく忙しい時期に何でこうなるんだろうか。思わず愚痴をこぼす。また原稿の提出が遅れてしまうな。自分から辞める前に首にされそうだ。

無駄だとわかっていたが内容は空でメールを返信する。ディスプレイには送信エラーの表示が。わかっていても腹が立つものは腹が立つ。

マグカップに残っていたたコーヒーを一気に飲み干ほす。黒い液体が体を通っていく感触がいやに生々しく感じられた。


   3


久しぶりに来た町は相変わらず変化がなかった。変化がない、つまり発展がないといううこと。工業地帯に行けばまあ違うのだろうが。

「あいかわらず辛気臭い場所だな。ここは」

不知火と一緒にメインストリートを進む。多くは平屋であり店先で商品を売っている店もある。メインストリートなだけあって人がたくさんいるがうざったくてしょうがない。それに、行きかうやつ等の目はドブ色に濁っていて俺をひどく不快にさせた。

「そう言うな。それに、君の廃墟(いえ)もなかなかに辛気臭かったぞ」

「ふん、俺は気に入っているからいいんだよ」

「昔はここもここまで(すさ)んではいなかったのだがな。世界が二つに別れてから外側は文明が止まった。むしろ後退してると言ってもいいかもしれん」

不知火は目線はこちらを向けたままスリを軽くあしらう。

「資源はほとんど内側(ソフィスト)が持っていっちまうからな。原始的な肉体労働に頼らざるをえないんだろう」

俺にも誰かスリに来ないだろうか。だが、一般的には女の方がちょろいと思うのだろう。……実際は誰もかなうわけがないのだがみんな不知火のほうに行ってしまう。俺のところに来ればそいつをボコボコにして少しは気をはらすというのに。

「憎いのか?」

――これにはまいった。

「オレそんな顔してたか?」

「君もまだまだだね。九回だ」

「あちゃあ、バレてたか。やはりごまかせないよなあ。さっきから、屁が止まらなくてな。いや、勘弁してくれ」

おどけて道化を振舞う

「無駄だよ。この街に来てから私にスリが入ったのが九回。そして、君が感情を外に出したのも九回だ。君がこんな短時間に感情をこんなにも表すのは珍しいことだ。この街ではなければこんなことが起こる確率は天文学的数字だろうね」

これだからこの女は嫌いなんだ。黙っていればいいものをべらべら喋る。

「別に。ただ、ストレス解消代わりにコソ泥の一人や二人とっちめてやろうと思ってただけだ。なのに皆オマエの方に行っちまうからな。嫉妬してたのさ」

「無駄だよ」

なにが無駄だと言うんだ。

「この世で唯一絶対のものは自分の存在だけだ。その自分を騙すことなんてそう簡単にできやしない。必ず綻びができてしまう。何を恨む。この世の不条理か、摂理か。自分の無力さか、運命か」

――おかしい。ちゃんと蓋をしたはずなのに――どこが破損してしまったのだろうか。臭い物には蓋をしなくては――

「私は君のことはよく知らない。何を隠している?」

姿勢を低くすると同時に仕込んでいたナイフを取り出す。この女の背後に回り首筋に刃を当てる。

「強いて言うならこの殺人衝動かな」

白いキャンパスに赤が一筋の線を描く。ああ、胸の高鳴りがわかる。今、やっと気づいた。オレはこの女に欲情している。この女を殺し(やり)たい。殺し(やり)たい。殺し(やり)たい。殺し(やり)たい。殺し(やり)たい。殺し(やり)たい。殺し(やり)たい。殺し(やり)たい。殺し(やり)たい。殺し(やり)たい。殺し(やり)たい。殺し(やり)たい。殺し(やり)たい。殺し(やり)たい。殺し(やり)たい。殺し(やり)たい。殺し(やり)たい。殺し(やり)たい

次の瞬間、オレはブラックアウトした。


    4

「もしもし、白浜さん?」

「ああああああああああああ、カフカさん。やっと、原稿が仕上がったんですね。ええ、ええ、私は信じていましたとも。私もやっと報われるってもんです。いえ、カフカさんの苦悩と努力に比べれば私が毎日編集長に怒られるぐらいどうってことありませんよ。ぜんぜん気にしないでください。それで、今日はどこで祝勝会を上げますか?私に任せてもらえれば」

プツン。

思わず電話を切ってしまった。まいったなあ。あそこまで切羽詰ってたとは。本当のこと言ったら彼女怒るだろうなあ。自分でするしかないかなあ。しかし、そうもいかないしなあ。

一息つく。

仕方なく先ほどからずっとけたたましく震えている携帯を手に取る。

「まさかと思いますがまだ仕上がってないなんてことはありませんよね」

ここまで彼女を精神的に追い詰めていたとは。本人は隠しているつもりなのだろうがすすり泣く声が聞こえる。あの白浜さんが泣いている。これは一大事だ。

「いや、ほんとすまない。でも、あと少しで仕上がるから。ね?」

「ホントでずかぁ」

ついに隠しきれなくなった様子。

ごめんなさい。嘘です。まだ、全然書けてません。

「うん今回はかなりの出来だから期待してていいよ。そうだ。原稿が仕上がったら焼肉食べに行こうよ。焼肉。白浜さんすきでしょ」

「ビール飲んでもいいですかあ?」

「もちろん」

受話器の向こうでは喜びを表す奇声が。うう、心が痛む。

「そういえば、なにか用事があるんですか?」

やっといつもの声に戻る。

「ああ、そうそう。科学省の刑部長官にアポとってもらえないかな?」

「えっ、それって取材ってことですか?」

「うん、さすがに無理かな?」

科学省。僕たち壁の内側に住むもの「ソフィスト」の科学の粋を集めた研究機関。

「どうでしょうねえ?」

「まあ、駄目もとだから。一応、アポとってみて」

「はい。わかりました。ところで、今から取材をするってことはつまりそういうことですよね」

「いや、まあ、そういうことのなるのかな。ははは」

嫌な汗が流れる。しまった。さすがにばれてしまったか。

「はあ、もういいです」

「いつもすまない」

「さすがににもう慣れました」

さっき泣いてたくせにとはさすがに言えない。

「じゃあ、また後でこちらから電話します」

白浜さんも物分りが良くなったなあ。昔だったら切れて収集がつかないことになってたろうに。それもこれも僕の担当になったのが運の尽き。すまない、白浜さん。

さて、とりあえず報告だな。7回目のコールのうち目的の相手が受話器を取った。


  5


「無様だな」

オレがベットから目を覚ますと無精ひげを生やした三十台半ばのおっさんが不躾にそんなことを言ってきた。

「てめえ、誰だ?」

とっさにナイフを取り出そうとするがオレの喉元には見覚えのあるそれが。

「お探しのものはこれかい?」

「ああ、それだよ。何でてめえが持ってる?それにここはどこだ?」

やっべえな。絶体絶命ってヤツじゃねえかよ。オレあきらかにこのおっさんに喧嘩売っちまってるよなあ。

「質問が多いな。一つ目の質問だが、本当にまだ気づいてないのか?」

いや、まあ多少心当たりがなくもないのだが。現実は無常なものである。だめだ。認めてはいけない。

「アンタみたいなひげ面のおっさんなんか知らねえな」

「むう、このひげがいかんのか。それにかなり焼けたしな」

などと言いひげをさすっている。もちろんもう片方の手でオレにナイフを突きつけるのを忘れずに。

「あー、オレだオレ。高遠だよ」

「だああああああああああああああ。くそくそくそくそ。なんでその名前が出るんだよ。こんなひげ面の親父が高遠だあ?」

はっ。ものすごい殺気がすぐ隣から。

「おい、なんかよくわからんが殺すぞ」

「すいませんでした」

素直に謝るのが一番である。はあ、とため息をつき高遠はやっとナイフを納めオレに返してくれた。

「それで、二つ目の質問に答えるとだな」

「いや、いい。なんとなくわかったし三つ目の質問なんて今更愚問だろう。」

どうやらここは高遠の経営する宿場のようだ。なんとなくこの洋室も見覚えがある気がする。仲間内ではトロイの木馬などと呼ばれ隠れ家として利用されたりもしている。

「ところでよ、今回はどれぐらいやっちまったんだ、オレ」

「いや、まったく。オマエの連れの嬢ちゃんが事前に止めてくれたらしい」

「そうだ。そういえば不知火は?」

「やっと思い出してくれたのかい。ずっとここにいたのだがね」

やれやれと言った感じで窓際のテーブルに腰かけ紅茶などを啜っていらっしゃる。

「もう大丈夫なのか?」

「いや、オレは大丈夫だがオマエの方こそ平気なのか?だってオレ…」

「大丈夫に決まってんだろ。相手はあの不知火嬢なんだろ」

高遠が笑いながらバシバシと背中を叩いてくる。

「それから、不知火嬢。こいつはなんも覚えちゃいねえよ」

「どういうことだ?」

「まあ、それはまた後で話してやるよ。で、今度はこっちからの質問なんだがおまえら何しに来たんだ?」

「なんだ。不知火まだ話してなかったのか?」

「私もなぜここに来たのか知らないのでね。君に目的地だけ聞いていたので君をかついでここまで来たにすぎないよ」

それは知らなくてもしょうがない。しかし、街中を不知火に担がれてここまで来たのか。かっこ悪い。

「ああ、それはすまん。えっと、どこから、話せばいいんだ。高遠はもう不知火のことは知ってるっぽいよな?」

「本人から直接聞いたよ。まさか、オマエを担いできたのがあの『ソフィア』だとはなあ」

さすがの高遠も困惑したように不知火を見ている。不知火は我関せずでいるつもりなのかティーポットから紅茶を注いでいる。自分のだけ。やはりどこにいても性悪女だ。

「まあ、オマエのことだ。不知火嬢と知り合いであっても不思議じゃいがそうとうヤバイことに首を突っ込んでいるようだな。詳しく聞かせろよ」

高遠のやばい事好き病は相変わらずのようだ。だからこそみんなここに来るのだしオレもここに来たのだが。

「ぶっちゃけオレもよく知らないんだ。そこのブルジョアに内側に入りたいと頼まれただけだしな」

ブルジョア(しらぬい)を指差す。が、相変わらずすまし顔で窓の外などを見ていらっしゃる。

「まあ、とにかくオレ達が内側に入れるように手配してくれ」

「あいよ。オマエのだけなら今日中に準備できるが不知火嬢の数日かかるかもしれないぞ」

不知火は相変わらすの様子。こういうヤツには一度ガツンと言ってやらないとだめだ。

「おい、態度わりーぞ」

そう言って不知火の肩をつかもうとするがさらりとかわされてしまう。そして、そのまま、高遠の方へ。

「ちょっと二人だけで話したいのだが」

「ん?ああ、じゃあ、隣に行きましょうか。不知火嬢。オマエはもう少しここで寝てろ」

なんだろうか。この疎外感は

不知火が飲んでいた紅茶を一気に飲み干した





けんあいな兼愛


 

   1


 「生物の生きる意味を問われたのならわしは種の繫栄と答えるだろう。しかし、我々理性が広範囲に広がった人類(どうぶつ)にとっても同じことが言えるか?人類の生きる意味とは?カフカ君はどう思う?」

「いやあ、日ごろそのようなことはあまり考えないもので」

 応接室の中、齢八十を超えるであろう老人の威圧感に完全に僕は萎縮してしまっていた。白浜さんに関してはメモを書き取ってはいるが決して顔を上げたりはしない。

 「それに一介の物書きが刑部さんに物を申すなど恐れ多くてできませんよ」

 ははは、などど笑ってみるが場の空気が緩まるということはない。むしら、よけい息苦しくなった気がしないでもない。

 この老人こそが白浜さんの努力の末わずかな時間だけ会えることになった刑部敏明。科学省の長官だ。深く刻まれたしわは彼がいままで生きてきた過程を物語っている様であった。

 「そんなことはない。それは自身を過小評価している。わしは君の作品を何冊か読んだことがあるがカフカ君の作品には人類の深い悲哀が描かれている。一個の人生ではとうてい経験できないようなね。本当に理解できる者が君の作品の読者に一割いればいい方だろうな」


「それって自分は理解できるって言いたいんですかね?」

こそこそと白浜さんが耳打ちしてくる。しかし、そこはやはりというかなんというかお約束どおりしっかり聞こえていた。

じろりと白浜さんを一瞥する。

「いや、そこのお嬢さんの言うとおりだな。いや、すまない。話しを戻そうか。カフカ君は我々は何のために生きていると思う?」

「はあ、思うに“我欲”ではないでしょうか?当たり前のことですが人が何かをするときそこに“私はこれをしたい”という感情が必ずあります。例えば、目の前に道に迷って泣いている子供がいるとして、その子を助けたいとしましょう。その動機というのは“私があの子供を助けたい”あくまで“私が”なのですよ。一見相手のことを考えている様に見える行動も裏にはお礼がもらいたいとか仲良くなりたい、嫌われたくない、人に認められたい、信用されたいなどの利己的な考えが渦巻いているはずです」

「なるほど、そのとおりだろうな」

 刑部老人はくっくっくっと笑っている。その笑いが不快だった。

「君の意見を私なりに補足するとすればその“我欲”は“種の繁栄”に帰結するのだよ。人類が“我欲”を持つということは種の反映にとって重要なファクターとなるのだ」

この老人が言いたいことはわかる。生物の強者とはどれだけ自分の願望を叶えられるかにあり、強者だけが繁栄を許される。

「世界は内側と外側二つに別れた。それはより人類の繁栄を可能とするためだ。力のない者、才能のない者が淘汰されるのは当然の結果でありなんら不思議はない。一世紀前、人類は自らの手で最後の審判を行なった。別にそれはオカルトなことではなく実に合理的にね。遺伝子による選別。そして選ばれたおよそ世界の人口の三割が壁の内側に移住した」

「その結果、人類はより飛躍的に繁栄したということですね。我々、ソフィストだけが」

それが正義であるのか悪なのかはわからない。全ては結果のみが示す。

「そうだ。いつしか内側に住むものはソフィストと呼ばれるようになり外側は荒廃していった。ふふふ、現実とは厳しいものだな。生まれた時からその一生が決まっているのだから。しかしねわしはこの年になって思うのだよ。死とはなんと理不尽なのかと」

その時。この老人がひどく凡庸に見えた。死ごときをこの老人は恐れるというのか。

「お言葉を借りるとするなら死種の繁栄に必要なことなのでは?」

「たしかにな。だが才能あるものが死ぬのは人類にとってデメリットでしかない。わしには余りに時間は短すぎるのだよ。時間と言う概念から解き放たれたい。あと十年だ。あと十年あればわしは人類の願いを叶えることができる」

この老人は何を言い出すのか。自分で人類の生きる意味は繁栄と言っておきながらそれを叶えるとはどういうことだろうか。繁栄に終着などない。あるとしたらそれは滅亡だ。いささかあきた。

「貴重なお話しどうもありがとうございました。僕たちはこれで引き上げます」

「そうか。いや、たいしたもてなしができなくてすまなかったね」

僕と白浜さんはこの老人に一礼してから退出する。

長い、長いエレベーターの降下。どういうわけか途中どこかの階で止まるということはなくいっきに地下の駐車場にまで着いた。なんだかそれがあの老人の傲慢を表しているように僕は思えた。

白浜さんの車に乗り込む。途中いさっい黙っていた白浜さんだがやっと緊張が解けたかのようにハンドルによりかかってぐったりとしている。

「はあ、疲れました。あのじじいずっと私のほうを睨んでいませんでした?」

「いや、それは白浜さんの被害妄想じゃないかな」

「えー、絶対に睨んでましたよ」

そう言って頬を膨らませる。ホントにいるんだ。そんなことする人。

「あのぉ、一応聞くけど白浜さんってぶりっ子?」

「えっ、なんでそんなことを聞くんですか?」

これが天然というものなのだろう。




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