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ユイ・ストレンジェの秘密

作者: とよしま

前作では、評価、ブックマーク、感想ありがとうございます。なによりもたくさんの方が読んでくださり、本当に嬉しいです。

相変わらずの拙い作品ではありますが、どうぞよろしくお願いします。何か問題がありましたら、ご一報ください。


大陸の南西に位置するコルデリア王国。

ここはかつて女神に愛された小さな国だ。魔法が科学にとって代わられた今も、人々は女神への信仰を捨てずにいた。おとぎ話のような創世神話から時は流れて、神歴1012年。国中の紳士淑女が集まる学舎、王立コルテリアクス学園は、彼女の噂で持ち切りだった。



彼女の名前は、ユイ・ストレンジェ。

ストレンジェ男爵の一人娘、ということになっているが、ストレンジェ男爵は社交にも出てこない変わり者だ。だれも直接顔を見たこともないとか。そもそも、高等部からの編入生である時点で、何か訳ありだということはみんな察していた。訳あり貴族なんてほかにもいくらでもいる。はじめは、ユイも親に振り回される同族への同情と憐れみを以って、あたたかく迎えられた。しかし、季節が一つ過ぎたころ、次第に学園内の民意は二極化していった。



女学生とまともな者は、ユイから目を逸らすか、嫌悪のまなざしで見つめた。

一部の男子学生は、程度はあれどもユイに恋慕と情欲を向けた。



とある伯爵令嬢曰く。

「ストレンジェさん?ああ、淑女らしくないとか、王太子殿下やご学友に馴れ馴れしいとか、よくない噂を聞くわ。本当か嘘かは知らないけれど、あまり関わりたくはないわよね。」



とある侯爵令嬢曰く。

「ユイ・ストレンジェですって。その話をしたくもないわ。あなたも分別があるならわかっているはずよね?レティシアさまというご婚約者がいる王太子殿下にまとわりついて、いったい何を考えているのかしら。学園の品位を貶めるような言動は慎んでいただきたいわ。」



とある男子学生たち曰く。

「ああ、あの子?可愛いよなあ」

「かわいいっていうか美人だろ」

「あの子に言い寄られるなら、殿下も悪い気はしないんじゃないか?」

「馬鹿なことを言うな。レティシアさま親衛隊に聞かれたら抹殺されるぞ、社会的に。」

「俺も常識ってやつを持ってたほうがいいと思うけどな。」




……とまあ、こんな感じで、ユイ・ストレンジェについてはあることないこと囁かれている。少しでも良識があればさぞ当人の居心地は悪かろう、と思われているのだが、実際ユイはちっとも気にしていなかった。



「人の噂も七十五日っていうけど、収束の気配すらないね。常識がない、殿下に媚びてる、あとは……かわいい、美人?噂の内容は先月から変わってないけど。」


学園の日当たりのよい中庭のベンチに、二人の男女が仲良さげに寄り添って座っている。さらりとした長い黒髪を耳にかけて、ユイは噂を指折り数えた。それから、片手のサンドイッチにかぶりついて、もぐもぐ咀嚼しながら、傍らの顔の綺麗な男を見上げた。


「すまない、僕のせいで苦労をかける。」

「まあ、いいよ。注目されている分ちょっとやりづらいけれど、それは何とでもなるしね。可愛いフレディのためだもの。」

「フレディはやめてよ、もう子どもじゃないんだから」

「はいはい、アルフレッドさま」


コルデリア王国王太子、アルフレッド・コルデリアは照れたように視線を逸らした。そのままユイと同じくサンドイッチに手を伸ばして、慣れたようにほおばる。


「お昼くらいしか一緒にいないのにね。噂に尾ひれがつきすぎて、そっちが本体みたいだわ。」


ユイは手をゆらゆら動かして、人のあいだをすり抜けて、しっぽをくねらせながら宙を泳ぐ魚を想像してみた。ユイの頭の中では、すでにその魚の体長は1メートルほど。ほとんどが尾びれのひらひらした魚だ。ユイは思わず噴き出した。


「なにか変なこと考えてただろう。」

「ええ、ちょっとね。」


ユイはくすくすと肩を震わせながら答えた。

二人の甘さのかけらもない雰囲気からわかる通り、アルフレッドはおろか、ユイだって互いに恋心を向けたことはない。二人にあるのは家族に向けるような親愛だけだ。

彼らの間には、ちょっとした事情がある。ただそれだけ。


「そういえば、レティとはうまくやってるの?噂にのっとって、流行りの婚約破棄でもしてみる?」

「まさか、ありえない。レティシアとではなく、君と婚約するなんて。」

「失礼ね。私だってフレディとなんて、考えたこともないんだからね。」


肩をすくめるアルフレッドに、ユイは苛立ったように目を細めて見せて、アルフレッドの額を軽くはたいた。本気で怒っているわけではないと知っているアルフレッドは、ごめんごめんと謝ってユイをなだめる。こっちはアルフレッドの鼻水を垂らして泣きじゃくる姿だって知っているのだ、とユイはふんっ鼻を鳴らした。




それはそうと、王太子の婚約者、レティシア・アンバーは、誰もが認める美しい公爵家のご令嬢だ。白銀の髪に、澄み切った夜明け空みたいな瞳。所作はたおやかで心優しく、そして頭の回転も速い。才色兼備が服を着て歩いているかのよう。あまりの優秀さに、男子学生だけではなく、女学生もあこがれている者が大勢いる。とある侯爵令嬢を筆頭に、女学生たちは ”レティシアさま親衛隊” なるものをつくってお守りしているらしい。



ユイについて、彼女は肯定も否定もせず、中立的な立場を保っている。それを高潔さのあらわれだと周りは称えるが、レティシアは苦笑するばかりだった。それもそのはず、ユイとレティシアはとても仲がいい。ユイが編入する前は、なにかと交流していたし、ちなみにアルフレッドとレティシアの仲も良好だ。コルデリア王家の夫妻はラブラブ、というジンクスにもれないいちゃつきっぷり。将来が楽しみだとユイは思っている。



「最近忙しくって、会えていないものだから。元気にしている?」

「ああ、もちろん。レティシアも君に会いたがっているよ。王宮で会っても君の話ばかり。僕が妬けるくらいだ。」

「本当?今週にはひと段落させるから、お茶会でもしましょうって伝えておいて。」

「ああ、わかった。……というか、もう片付きそうなのか?」




ユイはまあね、と曖昧に笑って、昼食の片づけを始めた。サンドイッチの包み紙を丁寧に折りたたみ、バスケットに戻す。午後の講義が始まる時間が迫り、アルフレッドを迎えに来た護衛に、ユイはバスケットを手渡すと、じゃあよろしくね、と踵を返した。





ユイは足早に講義室に戻ると、さっと向けられて逸らされる視線を知らんぷりして、窓際の席に着いた。別に講義なんか受けなくてもよいのだが、そのほうが普通に見えるし、なにより面白い。ユイはこの数か月、割合真面目に勉強していた。知っていることも多かったが、ユイがまだ学ぶ側だった頃にはなかった知識もあった。昔、嫌いだった科目でも、学ぶ必要性を迫られなくなった今では面白く感じたりもするのだ。ユイはけっこうこの時間が好きだった。





午後の講義も終わり、陽が傾いて空が夕焼けに染まりだしたころ。放課後のざわざわとした話し声もなくなって、学園は静まり返っている。ユイは一度学内をぐるりと歩き回ってから、3階の講義室の最後列に頬杖をついて座って、じっと沈みゆく夕日を眺めていた。



「まさか君が待っているなんてね。」


ゆっくりとユイが視線を上げると、にこやかに笑う青年が立っていた。だけど、瞳の奥は表情と裏腹で、決して柔らかくはない。彼の髪はユイとよく似た黒に見えるけれど、それは夕焼けのせいであって、本当は影の落ちた森のような深緑色であることを、ユイは知っていた。だって、ずっと見ていたのだから。彼が掲げる右手には、小さな紙片が握られている。先ほど、すれ違いざまにユイが手の中にねじ込んだものだ。



「待っていたわ、リアム・スタンリーさん。」

「学内の噂の的である君のお眼鏡にかなって光栄だよ。」



ユイは警戒心が滲むリアムを少しだけほほえましく思った。彼の立場を考えれば、私なんかに呼び出されて、わけがわからないだろうな、と。



「別に取って食おうってわけじゃないのよ。私はあなたを評価している。ストレンジェ男爵家なんか存在しないってことに一番早く気づいたのは、あなたなのだから。」

「俺をどうしようって?それをネタに脅されるのは君のほうだと思うけど。」

「ありえない。だってそれは、単なる最初の罠だから。」



とうとうリアムは張り付けていた笑顔を消して、ユイを睨みつけた。ユイはいっさい動じた様子も見せず、手を組みなおして目を細めた。



「あなたのほかに、ねずみが三匹。」



リアムが息を呑んだ。



「一番賢いあなたならわかったはずよ。私とあなたは協力できる。そうでしょう?」

「……きみはいったい何者なんだ?」

「あなたと同じ……というわけではないのだけれど。話くらいは聞いてくれる気になった、スタンリーさん?」



リアムは一瞬、顔をしかめて逡巡した後、あきらめたようにため息をついた。そしてユイの隣をひとつ開けて、椅子に座り込む。その表情にはもはや棘はなく、困ったような微笑が浮かべられている。



「わかった。君はどうやら俺なんかよりずっと上手のようだ。こうなったら俺は君を信じるしかない。」

「あら、思ったより話が早く進んで助かるわ。やっぱり私の見る目は正しかった。」

「君、話と違うって言われない?もっと天真爛漫な女の子だと思ってた。」

「さあ、噂は噂だし。」



ユイは首をかしげながら、リアムに向き直った。そもそもその噂だって、数か月前にできたばかりなのだし、と苦笑する。今までは周りには自分をよく知る人たちばかりだったので、見た目と中身が違うとも言われたことはない。



「あまり長く話し込んでいても良くないし、単刀直入に言うわ。あなた、ティエラの穏健派の下っ端なのでしょう。」

「ずいぶんと直球だね。下っ端と言われると複雑だけど、まあ、間違いではないよ。」

「冗長なのも嫌いじゃないけど、今は手短に済ませましょう。正直なあなたに感謝して、私も自分のことをある程度は明かすわ。私はコルデリア王直属の……諜報員ってやつかしら。」



ティエラはコルデリア王国に河川を隔てて隣接する小国だ。規模はコルデリアと同等か少し下。コルデリアと盛んな貿易を行っているわけではなく、以前は水利権をめぐっての小競り合いも絶えなかったが、今では講和条約により一応の終着点を迎えていた。



ところが、最近になってティエラ側が不穏な動きを見せていた。もう一度戦争を始める気なのか、それとも交易の打診のために奔走しているのか判断がつかず、そのうえ学園にティエラの者が入り込んだとわかったのだからさあ大変。王宮の一角でほかの部署にばれないようにしながら、日夜対策を議論し続け、苦渋の決断のすえにユイに白羽の矢が立った。



ユイは学園に編入生としてもぐりこみ、王太子アルフレッドの護衛をしつつ情報収集を行った。何か心のうちに思うところがある者は、ユイ・ストレンジェという学生について調査するように仕向けながら。そうして一番早くストレンジェ家の真相(かっこよく言っているけどただの嘘)にたどり着いたリアム・スタンリーを中心に調査を進めるうちに、ユイの頭の中ではあるストーリーが出来上がった。



「あなたと並行してティエラを調べているうちに、強硬派と穏健派に分かれていることがわかった。強硬派は戦争を、穏健派は交易を、だなんて国中大荒れもいいとこね。」

「強硬派が考えていることは連中を裸にするくらい調べたってわからなかったよ。利益なんてないのにね。」



リアムは肩をすくめる。ユイはひとつうなずいて、続けた。


「私たちもそう、戦う意思はない。だから、ティエラの穏健派と協力したいの。お互いにメリットがあると思うけど。」

「こちらとしてもありがたい。」

「じゃあ、交渉成立。これからよろしくね、リアム。」

「なんでもお見通しか。俺もユイって呼んでいい?」



ユイの家名、ストレンジェが存在しないように、スタンリーも架空の名前だ。そして、ユイにはリアムが本当の名前であることも知られているのだろう。今思えば、ストレンジェなんて、架空じゃなければ耳を疑うくらい適当なネーミングだ。



「いいわよ、じゃあね。」



手をひらりと振って講義室を出ていったユイを見送って、リアムはぽつりとつぶやいた。


「君にはまだ秘密があるんだろ?……ほんと、おっかないお嬢さんだ。」


彼女は恐ろしいほどの強さを持っている。深入りすればたちまち飲み込まれてしまうだろう。しかし、だからこそ彼女のことが気になる。

それは情報屋としての性だ、自分ではどうしようもない。

リアムは焦がれるような思いで、ユイが去った扉の奥を見つめていた。





リアムはティエラの王都で生まれた、小さな花屋の息子だった。今でも下町言葉が抜けないのはそのせいだ。両親を早くに失くしたが、運よくティエラの侯爵様に拾ってもらって、そこで言葉遣いもマナーも教養も、一通り教えてくださった。成長したリアムは侯爵家で働きたいと申し出たが、自分の好きなように生きろと言われて、一度はしぶしぶ侯爵家を出た。しかし、恩を忘れられず、いつか彼の役に立つことを夢見て情報屋になった。そんなリアムに根負けしたのか、侯爵は客としてリアムに依頼したのだ。コルデリア王国との友好の道を探してほしい、と。



これまでそつなく、感情を動かさずにこなしてきた仕事だったが、ユイという少女の底知れぬ有り様に、リアムは自分が彼女への執着心を持っていることに気づいて驚いた。もっと知りたい。そう思うなんて初めてだ。



彼女の秘密を必ず暴いて見せる。

そのためにはまず依頼主への報告かな。

リアムは軽い足取りで講義室を後にした。







ユイはリアムと別れたその足で学園を出て、王宮へ向かっていた。基本的には学生は寮に入ることになっているのだが、強制というわけではなく、通いを選ぶ学生も少なくない。王太子であるアルフレッドは公務もあるし、警備の面でも問題があるので通いだ。そのうち王太子妃となるであろうレティシアも同じ。とくれば、ユイだって王宮に帰る。一応ユイ・ストレンジェの名前で寮に部屋はもらっているが、使ったのは注目されすぎて身動きが取れなかった数日間だけだった。



王宮の南門の前で、頭からつま先まで隠れるローブをすっぽりとかぶる。そのまま守衛のところに行くと、彼らは柔らかく礼をした。おかえりなさいませ、という言葉にただいま、と返して、ユイはそのまま奥へ奥へと進んでいった。





こんこんこん、とノックをみっつ。

ユイはきちんと返事を待ってから、扉の中に身体を滑り込ませた。

昔、返事を待たずに入って、こっぴどく怒られたことがあるのだ。それはもうすごい剣幕で。確かにここは王の私室で、その続き部屋は寝室だけど。王と王妃のキスシーンを目撃したからって、そんなに怒ることないじゃんね?



「やあ、ユイ。なんだか久しぶりだね」

「こんばんは、アーネスト。キャシーも。」



コルデリア王、アーネストの傍らで、その妻であるキャサリンが微笑んだ。ユイは向かいの質のいいソファにぽすんと座った。



「いろいろうまくいきそうよ。ほっとしたわ。」

「調査の進展は嬉しいけどね、昼食の包み紙に物騒なことを書いて寄越すのはよしてくれよ。」

「あら、ちょっとした遊び心じゃない。意図はわかってくれたでしょ?」

「君の遊び心で書類が数枚、無駄になった。」


困ったように眉を下げるアーネストを見て、ユイはコーヒーでもこぼしたのかしら、とくすくす笑った。サンドイッチの包み紙に、アーネストにだけわかる言葉でメッセージを書いたのだ。簡単に意訳すれば、今晩行くからね、と。少々過激な言葉遣いだったかもしれないけど、それはご愛嬌。



「まあまあアーネスト、それは置いておいて。」

「後でちゃんと持ってもらうからね。」

「あら、その言い回し、アルベルトもよく言っていたわ。やっぱり親子ね。」

「先代陛下もユイには手を焼いていたのねえ。」

「ちょっとキャシー、世話を焼いてきたのは私なのよ。」

「父上か、懐かしい。そういえばユイはもう……いち、にい、さん、」

「私の歳を数えないで!」



ユイはアーネストを遮ろうと声を上げたが、楽しげにゆがんだ彼の目尻にしわが目立ってきたのに気づいて、少しだけ目を伏せた。


ユイは歴代のコルデリア王を見送ってきた。アーネストの父である先代のアルベルトも、先々代も、そのまた先代も。そして、次はきっとアーネストとキャサリンで、そしてその後は、王になったアルフレッド。




彼らを見送ってなお、ユイは同じように生き続ける。





「ユイ?」

「ありがと、アーネスト。ちょっと思い出しただけだから、大丈夫よ。」



気遣うようにユイを呼んだアーネストに、ユイは微笑んで、そっとソファに張られた深紅の天鵞絨を撫でた。







ユイはそのころ、普通の少女だった。

みんなと同じように、多くも少なくもない魔力を持ち、15歳になって魔法学園に入学して、日々魔法の修業をする。それは当時、ありふれた少女の生き方だった。しかし、魔法の鍛錬中、ユイの魔力が暴走したことがあった。その時は教師たち数人の手によって鎮められ、一件落着したかのように、見えた。



ユイが、そして周囲の人たちが異変に気付いたのは、それから数か月後だった。ユイの爪が、髪が伸びない。あんなにぐんぐん伸びていた背も、不自然なほどぴたりと止まった。様々な研究機関が動いて調べた結果、ユイは不老不死になったのだと結論づけた。しかし、魔力の暴走が原因だとわかっていても、治す方法はいまだに知れない。幸いなことに、周囲はユイにとてもやさしかった。老いを知らないユイを気遣った。それは、当時のコルデリア王も同じだった。



王はユイを王宮で保護し、衣食住を保証する代わりに、生まれたばかりの王子を守り、教育してほしいと言った。ユイはうなずいた。そのころはまだ、不老不死がどういうものなのか、本質的にわかっていなかったのだと、今は思う。



そうして、何人かの王を見送った。最初は絶望した。途方のない時間を、ひとりで生きていかねばならないのだと悟ったから。しかし、小さな王子がユイに言った。ひとりではないと。



「ぼくも、ぼくのこどもも、まごも、ひまごも、ひひまごも、きっとユイのそばにいる。」



ユイは笑って、ひひまごではなくやしゃごよ、と言った。



それから、ユイは彼らを笑顔で見送るようになった。みんな、楽しかった、幸せだったと旅立っていった。苦労をしたこともあっただろうけれど、ユイはそれがとてもうれしかった。だんだんと魔力持ちも生まれなくなって、魔法もすたれた。気づけばもう―――って、年齢の話は地雷ですから。






「すまないね、私の代はユイをこき使ってしまう。」


おどけたようなアーネストの言葉に、はっと我に返ったユイは苦笑した。


「謝る気がないのはわかったけど。大丈夫。アーネストもキャシーも、フレディ坊やもレティも、私が守るわ。」



いつもは平和なもので、ちょちょいっと守護の魔法をかけておけば済むのだけど、今代は一筋縄ではいきそうにない。しかし、リアムを引き入れられたことで、勝機は確実に見えてきている。



「ティエラ国の穏健派とつながりを持てそうなの。やっとひと段落ね。」

「そうか、それは朗報だ。」

「今度リアムを連れてくるわ。まずは3日。」



ユイは右手の指を3本立てた。

それを見て、アーネストは不思議そうに首をかしげる。



「なにかあるのかい?」



ユイはにこり、と笑って、立ち上がった。



「お休みをいただきます。じゃあね、アーネスト、キャシー。」



まずはレティシアとお茶会。

心躍らせながらユイは王宮の廊下をスキップで進んだ。







翌日。

ユイはたいそう困っていた。



「あの、スタンリーさん?ちょっと、離して、引っ張らないで……ねえってば!」



なぜかユイはリアムに引きずられていた。

新しくできた王都のカフェに行くらしい。

誰と誰が?なんで?

人目を気にして家名で呼んだユイに、リアムはキラキラした瞳を向けて言った。



「ユイのこと、もっと知りたいんだ。」



ユイは頭を疑問でいっぱいにしながら、なんとなく流されてしまって、キャラメルフラペチーノとかいう意味わからないほど甘い飲み物を見つめながらため息をついた。すごくおいしい。



「情報屋ってもっと裏から探るんじゃないの?」


ユイはリアムがいったい何をしたいのか、計りかねていた。


「探ってもわからなそうだし、それなら直接聞こうと思って。」

「教えないわよ。」



確かにユイが不老不死の魔女だということは最大の国家機密だ。頭が切れるとはいえ、一介の情報屋であるリアムにわかろうはずもない。



「でも、知りたいんだ。自分でもわからないけどね。」

「なにそれ。わけがわからないわ。」



リアム本人にもわからないことなんて、ユイにはお手上げだ。しかし、このお手上げ具合に既視感がある。あ、幼いアルフレッドだ。

そう気づいてしまうと、なんだか憎めなくなってくる。こういう手合いは突っぱねづらくて、ユイはほとほと困ってしまった。




そして思ってしまうのだ。

しかたないなあ、と。



そうしたら、もはやユイの負けは決まってしまったようなもので、ユイはリアムに度々振り回されるようになった。そんなユイを見て、アルフレッドとレティシアが笑っている。二人を恨みがましく見つめながら、今日だけ、と心に決めて、繋がれた手を握り返してみた。






それから数年後。

リアムがユイへの恋心に気づいてしまったり、ユイがしかたないなあと秘密を明かしてしまったり、遂にリアムに捕まってしまったり……するかもしれないことは、まだ誰も知らない。



2019.11.14 21:30 追記

2作目も多くの方に読んでいただき、大変幸せです。

本日、3作目「平凡少女と天才貧乏人」https://ncode.syosetu.com/n2285fw/ を投稿いたしました。こちらもよろしければ、読んでいただけると嬉しいです。

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