視える令嬢とつかれやすい公爵
思いつきで書いたもの。
ホラーとかでは全然ないです。
化け物を見るような――実際に視ているのだが――目で、私はやや離れたところに友人と思しき方達とおしゃべりしている公爵閣下を凝視する。
誤解がないように言っておくが、公爵閣下が化け物のような見た目なのではない。
公爵閣下自体は、艶やかな白銀の髪にアメトリンのような透き通った瞳で、とても整った顔をお持ちである。見目といい地位・権力といい立派なもので、女性達は放っておかない存在だ。
では何故私はほかの女性達と同じような目で公爵閣下のことを見れないのかというと。それは彼の周りにとてつもない量の人ならざるモノがくっついているせいだ。
私の目は他の人の作りとはどうも違うようで、何故か普通の人には視えない人ならざるモノが視えた。
そのせいで昔は色々と苦労したのだが、私の忘れたい記憶でもあるためその話は今は割愛しよう。
話を戻すが、人ならざるモノといっても、黒いもやもやした物体が浮かんでるとか手のひらサイズの小人が人に踏まれないように歩いているとかそんなものばっかりで、人を攻撃してきたり害を与えるようなことはほとんどない。
もちろん人についていることもあるが、一般的に言う「憑く」とは少し違う。例えるなら、親ガモに必死に付いていく子ガモのような感じだ。ついていると言うよりは、付いていっていると言った方がいいかも知れない。
つまり、ついている人に与える影響はまずないということだ。少なくとも今までの経験ではそうだった。
しかし、訂正しよう。塵も積もれば山となる。数が多ければ少なからず人に影響が出てくるようだ。
煌びやかな夜会の中、一際目を引く公爵閣下。今までの説明で察せると思うが、私の場合は閣下が精彩を放っているから目を引かれるのではない。
なんか、色んなものが、公爵閣下に集まっているからである。
噂では、公爵閣下はいつも顔色が悪い。体が弱いのでは?とか病気持ちなのでは?と言われていて、「そうなんだー」程度に聞いていたのだが、実際にこの目で見て納得する。
閣下の体の問題ではない。外的問題だった。流石にあそこまで囲まれれば、無害のものでも有害になる気がする。
あそこだけ空気がおかしい。
ひくつく口元を隠すように扇子を持ってくると、ぱちりと公爵閣下と目が合った。
あ、やべ。
公爵閣下がこちらに歩いてくると同時に、閣下についていた大量の人ならざるモノも近付いてくる。
ここまでの量をひとかたまりで視るのは初めてで、まさに壮観である。いや、そんなこと考えてる場合じゃない。待って、来ないで。
逃げるのは公爵閣下に対して大変失礼であるが、やや後ずさりしまうのは許して欲しい。叫ばなかっただけ及第点だ。
近くで視るとほんとにすげーな。
「初めてお会いしますね。私はロイシュタイン公爵家のヴィンセントと申します。貴女のお名前を伺っても?」
「お、お初にお目にかかります、ロイシュタイン公爵閣下。私は、メラレイア伯爵の娘フィオナと申します。お会いできて光栄ですわ」
目の前の圧に負けず、教育係に教えこまれた淑女の礼をとる。
黒い、ヒヨコのような形をしたモノ達がロイシュタイン様の足元にまとわりついているため、視線を下げた私は必然的にそのヒヨコと目が合う。もぞもぞとしていて可愛い。
「メラレイア嬢、顔を上げてください」
その言葉を聞き、ゆっくりとロイシュタイン様に向けて顔を上げるのだが。
途中、肩のあたりについている黒いスライムのような物体と目が合ってしまう。こっちは可愛くない。
というかこの方、目のやり場に困るな。どこ見てても目が合うんですけど。
「私に何かついてますか?」
「…いいえ?なにもついておりませんわ」
嘘です。美しい白銀の髪とは正反対の、真っ黒なのがいっぱいついてます、ええ。
昔こそ、こんな風に聞かれれば、まさか相手も視えるのかなんて期待していたけれど。
相手にとってその質問は「ゴミでもついてる?」くらいの言葉であったのだが、私は勘違いして「貴方も視えるの!?」なんて噛み合わない話をしてしまい気味悪がられる、というのを何度かやらかしている。
私はもう、社交界デビューしたのだ。昔のような失敗は絶対にしない。
肩から視線を上げ、ようやくロイシュタイン様本人と目が合う。
透き通るようなその瞳は、なにか探るように細められた後、優雅に笑んだ。
「そうですか。私の肩を見つめているので、なにか付いているのかと思ってしまいました」
「失礼致しました。少し、ボーッとしていたようですわ」
ほら、やっぱり。「ゴミでもついてる?」のノリでしょ。
まぁ、彼の場合視えていたならこんな平然としていられないだろうから、これ以外の質問である可能性はゼロに近かったけれど。
公爵閣下相手に変なことを口走らなくてよかったと胸をなでおろしていると、優雅な音楽が流れ出す。
ダンスが始まる合図だ。
視線を逸らせば、ロイシュタイン様のダンスのお誘いを今か今かと待ち構える御令嬢達。
私はもうお役御免。さっさと去ろうと、スカートに手を持ってきたところで、私に向けて手が差し伸べられる。
何だこの手は。
「せっかくの機会です。1曲、私と踊っていただけませんか?フィオナ・メラレイア嬢」
……どうやって?
差し出された手の手首には、蛇のような細長いのが巻きついていて、足元にはヒヨコ肩にはスライム、その他もろもろ。
とても踊りにくそうだ…。
しかし、格上の公爵のお誘いを断る訳にはいかない。引き攣りそうな口元を必死に抑え、ロイシュタイン様の手にそっと自分の手を乗せた。
蛇もどき、頼むからこっちに来ないでくれよ。
手を引かれ、ステップを踏みながら中央へと移動していく。
…ただでさえ注目を浴びているというのに、さらに注目されに行くのかこのお方は。
しかしそんな周りの視線に気を配っている余裕はない。
それよりも、足元のヒヨコ達や手首にいる蛇もどきが気になって仕方ないのだ。失礼にならない程度に足元に視線を落とすと、ヒヨコ達もステップを踏むようにぴょんぴょん飛んで避けてくれている。慣れているのかな。
ヒヨコ達は踏む心配がなさそうだと、次に手首にいる蛇もどきに目を向ける。
(あら……?)
しかし、すでにロイシュタイン様の手首に蛇もどきはいなかった。どこに行った?疑問に思いつつ、そのまま肩の方に滑らせていくと、今度は肩にいるはずのスライムもいなくなっていた。
どういうことだ?ダンスは動きがあるから、くっついていられないとかそういうこと?
しかし、ヒヨコ達は相変わらず私達の足を素早く避けながらロイシュタイン様についている。
「メラレイア嬢?大丈夫ですか?」
「え、えぇ…申し訳ございませ……え!?」
視線が泳ぎすぎていたのかロイシュタイン様に指摘され、慌てて目を合わせようと顔を上げた…が。今度こそ私は驚きを隠すことが出来ず声を上げてしまう。
あんなに彼の周りについていたモノは、ほとんどいなくなっていた。
と同時に、今まで私の視線は彼ではなくその周りのモノに行っていたが、今はロイシュタイン様のみが視界いっぱいに広がっている。
そう、つまり、たくさんのご令嬢を虜にする美男子が、目の前にいるのだ。
ぱちりと目が合うと、私の顔に熱が集中するのが分かった。いや、ほんと綺麗なお顔をしていらっしゃる…。
「漸く見てくださいましたね。なかなか視線が合わないものですから」
「ご、御無礼をお許しください。えっと…、ロイシュタイン公爵があまりにも素敵なものですから」
半分嘘、半分本当。
流石にあなたの周りにいる黒いモノが気になりすぎて、とは言えない。
私の言葉を聞いたロイシュタイン様は、それはそれは綺麗な顔で微笑んだ。心なしか、顔色も良くなっているような気がする。
「ありがとうございます。てっきり、嫌われているものかと」
「まさか!そんなはずありませんわ。今も、とてもリードがお上手で安心して踊れていますの」
「それは良かったです。私も、メラレイア嬢と踊っていると身体が軽くなった気がしてとても心地がいい」
それは本当に身体が軽くなってるんだと思います、閣下。ついに彼についていたモノたちは綺麗さっぱりいなくなっていた。上手に避けていた足元のヒヨコ達すらも。
疑問に思いつつも、これ以上ロイシュタイン様に失礼な態度は取れないと、他愛もない会話をしながらダンスを楽しむことにした。
音楽が終わり、お互いに一歩下がって礼をする。
すると、待ってましたとばかりに先程のヒヨコがどこからともなく現れ始める。
やっぱり、ダンスの時は動きが激しいからついていられないのだろうか。
ロイシュタイン様がまだ何か言いたげに口を開いたり閉じたりしているので下がれずにいた、が。周りのご令嬢達は、終わったと思ったのか次は私達の番と言わんばかりにロイシュタイン様の周りに集まってくる。
流石にここを割って行く訳にも行かず、見ているか分からないがしっかりと挨拶の礼をしてその場を後にした。
その後、私は私ですぐに友人達に捕まり、ロイシュタイン様と何を話したの?だの羨ましい!だのと詰め寄られてしまう。
友人達との会話の途中に盗み見たロイシュタイン様は、最初に見た時と同じように人ならざるモノにつかれていた。心なしか良くなったと思った顔色も元通りである。
ロイシュタイン様は最後までご令嬢に囲まれており、ついぞ話す機会は来なかった。
人ならざるモノに対しての疑問が増えた夜だったなぁと思いながら伯爵邸に帰り、ゆっくりと眠りについた。
そしてその疑問も頭の片隅に置かれかけたある日、ロイシュタイン公爵家から夜会の招待状が届き、我が家は大騒動に見舞われるのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございました!