009、パキケファの街から再スタート
「こいつが、この大陸の地図でさあ」
十三郎が広げた紙には、三角というか、台形の大陸が描かれていた。
「で、イグアはこのへんですね」
東のはしに位置する現在地から、おそらく山脈であろうものを超えた内陸部。
「本当に遠いな……」
僕は頭を振って、椅子に座り直した。
小柳亭の一階。
カウンター前の席で、僕と十三郎は話し合っていた。
「まあ、別にいいけどな。特に未練があるわけでもないし……」
むしろ、自分を切り捨てた連中と会わないだけせいせいする。
「それで、旦那は今後の予定なんぞはおありで?」
「ないよ。何もない」
装備も失い、あるのは手持ちのわずかな金だけだ。
(ああ、イグアで少し貯めてた金は惜しいかもなあ……)
「なるほど。で、話を聞いたところじゃあ、イグアでは冒険者をやってらしたと」
「まあね」
「じゃ、ここでも冒険者をやるんですかい?」
「まあ、他にも当てもないし……。いや、こっちにも、冒険者っているのかい?」
「いますねえ。よくわからねえけど、異界から来た人間にしかなれねえとか……」
面白そうに十三郎は笑った。
「どうもそうらしい」
「ともかく、それならそうで話が早いや。早速に登録にいきやしょう」
「僕はもう登録証持ってるぜ」
「そりゃイグアのでしょう? ネドケラじゃ通用しねえや」
現在いるのはネドケラという国である。
地図を見る限り、領土はイグアよりも大きいようだ。
「ああ、そう……?」
どうも大陸全土で通用するものではなかったみたい。
まあ違う国だと考えれば、普通通用しないものかもしれない。
パキケファの街は、バロよりも人種が多彩だった。
向こうは白人に似た者が多数を占めていたけど、ここでは色んな人種が歩いている。
というか、獣人とか亜人と呼びたいような者も多かった。
やはり海に面した土地のせいだろうか。
ついた冒険者ギルドは、まあバロのものよりも通常の家屋に近かった。
<ジロウ・ナミカワ――ランク:HR ジョブ:ヒーラー レベル5>
バロでは水晶のようなアイテムで検査して、後は手書き作業だったけど……。
こちらでは機械だか魔法アイテムだかわからないものを使用している。
「はい。こちらが登録カードになります」
渡された少し厚手のカードは、プラスチックみたいな素材である。
「こちらのカードがあれば、冒険者専用の宿泊施設を利用できます」
「どうも」
「それと登録者とご一緒なら、冒険者以外のかたも宿泊などができますよ」
受付の人は、ちらりと次郎の背後にいる十三郎を見て言った。
「え、そうなんですか」
「はい。何かあれば登録者の責任となりますが」
「ふーん……。便利なもんスなあ」
言って、僕はふと思い出す。
「そういえば、バロでは登録すると装備とかもらえたんですが?」
「ああ、初期装備サービスですか? それはレベル1のかたに限られています」
「やっぱり」
まあ、そんなものだろう。
「ついでに教えてほしいんですが、魔結晶の買取以外にお金になる仕事あります?」
「そうですね。レベル5ですと……」
と、受付は白い板のようなものを触り始めた。
板には何か文字の並んだ絵が浮かんでは消え、消えては浮かぶ。
(魔法で動くタブレットみたいなもんかな?)
これもバロでは見かけなかったものである。
「そうですね、魔物ネズミの皮を5匹分収集するというクエストがありますよ」
「ほえー」
もっぱら魔物退治と魔結晶集めばかりだったバロとは違うようだ。
「バロじゃ、そういうのはなかったですけど、こっちはあるんですな?」
「ああ、おそらく魔物の死体などを収集する専門のギルドがあるんでしょう。魔物は危険ですけれど、その素材は色んな用途で利用されますから」
「なるほど……」
「で、クエストを受けられますか?」
「あ、ええと」
尋ねておいて、僕は思い出す。自分は今ろくな装備もない。
それを買う金もない。ないない尽くしの最低状態である。
「お受けしなせえよ」
いきなり、横から十三郎が文字通り首を突っ込んでくる。
「うわっ!」
「あのでかいケチなネズミでしょう? 軽い、軽い」
「いや、君は軽くってもなあ……」
「旦那、あっしゃあまだ受けた恩を返していやせんぜ? いや、言ってみりゃあ杯を交わしたも同然の関係だ。例え火の中水の中、来世までも夫婦だと!」
「ナニ言ってんの……」
わけのわからないノリの十三郎に、僕は強い疲労感を覚える。
「じゃ、受けられるんですね?」
「あ、はい。お願いします……」
受付はくだらないやり取りに構うことなく、平然として言う。
「魔物ネズミはほとんどのダンジョンで浅い階層にいますから、すぐ見つかりますよ」
「どうもです……」
「じゃ、早速に行きやしょう!」
十三郎は次郎の手をぐいぐい引っ張る。
加減しているのだろうが、痛みを感じるほどのすごい強い力だった。
「君なあ、行こう行こうって、お菓子買いに行くんじゃないんだぞ? 色々準備しないと」
「なんで?」
「……何でって、ろくな装備もなしにダンジョンに行けるかよ。万一に備えて水とか食糧とか色々必要なんだ。中で何日も過ごすかもしれないし」
「はあ、人間には色々必要なんでござんすねえ……?」
十三郎は感心したような、呆れたような顔で言った。
「君らにはいらないの?」
「まあ、食い物ならでかいネズミを始め、いくらでもありますからね。水だって、あの何とか言う……ああ、そうそうスライム? あれから搾りとりゃあすむんで」
「すごいな、それ……」
野性味たっぷりのサバイバルに、僕は感心するしかない。
「でもなあ、君……じゅうざぶろう、さん?」
「ちょいと待った。それがいけねえ。あっしのこたぁ、親しい者はジューザと呼ぶんで」
「あ、じゃあ、ジューザ? 君と違ってこっちはひ弱な人間で、しかもレベル5の雑魚冒険者なんだよ。同じようには行動できないって」
僕は十三郎改めジューザに、噛んで含めるように言って聞かせた。
そんなもんですかねえ、とジューザは首をひねるばかり。