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008、タヌキ少女・赤星の十三郎




「っていうか、君、ナニ?」


「あっしですかい? あっしゃあ、マミ族のもんでござんすよ」


「……知らない」


「まあ、この国じゃあ知らないでしょうな。遠い海の向こうから来たもんですから」


「ふーん……」


 変な状況になってきたが、少なくとも若干死は遠ざかったかもしれない。


 そう思うと僕は脱力し、その場にへたりこんでしまった。


「おっと、大丈夫ですかい?」


「ああ、まあ……。ところで、ここってどこかわかる?」


「ここですかい? パキケファの近くにできたダンジョンですが」


「パキケファ?」


 知らない名前だ。おそらく土地の名前なのだろうが……。


「こっちはさっきまで、バロ……イグア国にいたんだけど」


「イグア? えらく遠いところから来たんですねえ?」


 タヌキ少女は感心したように言って、僕に肩を貸してくれた。


 少女の体臭は花の匂い――


 ではなく、家で飼っていた猫の匂いを思い出させるものだった。


「ともかく、できれば早く脱出したい。そうでなくても、水や食料の確保が……」


 言いながら、僕は一瞬気が遠くなるのを感じた。

 少し安心したせいか、今までの疲労やダメージがぶり返してきたらしい。


「こりゃいけねえや」


 タヌキ少女は僕をひょいと背負い、スタスタとダンジョンを進み出す。


「……どこいくんだ?」


「ここじゃちゃんとした飯や寝床もねえ。ひとまず、街に戻りやしょう」


「……そりゃ助かるね」


「ええ、まかせておくんなさい」


 しばし僕は十三郎の背中でボーッとしていたが、やがて意識は闇に飲まれていった。



 ――。



「……旦那、旦那」


 気がつくと、近くで十三郎の声がする。


 同時に食欲をそそる臭いが鼻をつつき、覚醒を早めた。

 しばらく視界はかすんでいたが、やがてハッキリと十三郎の姿が。


 どうやらベッドで寝かされているらしい。


「お、気がつきやしたね、旦那」


 笑う十三郎は木製のトレイを持ってベッドの脇に腰をかけた。

 トレイには野菜の入ったスープと、小ぶりのパンが二つ。


「飯、持ってきやしたが、食べられますかい?」


「ああ、大丈夫……」


 答えて、僕は身を起こした。

 体のあちこちが痛んだけれど、幸い致命的なダメージはないようだ。


 ここはどこか? 今どうなっているのか? そもそも、この十三郎は何者か。


 色々疑問はあるが、それよりもまず空腹を満たす方が先決だった。


 意識してゆっくり食べながら、僕は疑問を口にしてみる。


「ここ、どこ?」


「パキケファの街でさあ。ここ小柳亭って宿ですがね」


「イグアからはどれくらい離れてるんだ?」


「さあてねえ? ここは大陸の東側ですから。イグアはだいぶ内陸のほうで」


「……ええと、じゅうぶろう、だっけ。君はその、何ていうか……」


「ああ、最初はでっかかったでしょう?」


 言って、十三郎は少しばかり照れ臭そうに笑った。


「マミ族はああいう術が得意なんでさあ。変身魔法ってんですかね」


 ふわっとした説明だが、そういうものだと納得しておく。


(深く考えても、多分理解しがたいだろうしなあ)


「あっしもほう聞きてえところだ。深手だったあっしを一発で治しちまったあの魔法。旦那はさぞ名のある回復魔法の達人、ヒーラーってんですかね? それでしょう?」


「いや――」


 顔を近づけてくる十三郎に対し、僕は目をそらして言った。


「簡単な傷にも苦戦するポンコツヒーラーだ」


「いや、そりゃおかしいや」


 十三郎は首をかしげて天井を仰ぐ。


「現にあっしはすぐに治っちまったんですぜ? ポンコツなんてありえねえ」


「……偶然だろ」


「そんなおかしな偶然があるもんか。いや、謙遜は言いっこなし」


「だから、違うって……」


 少しイライラしながら僕はトレイに目を落とす。


 気づけば、もう全部食べてしまっていた。

 どうやら、相当空腹だったらしい。


 まいったな、と思いつつ僕は頭を掻いて――


(……ん?)



 ふと、記憶の一部を刺激される。

 思い出す、この世界の召喚された直後のことを。


HRハイレア。治癒魔法。ただし人間種を除く>


 ただし人間種を除く。



「あ」


 僕はハッとして十三郎のこげ茶頭を見る。

 そこには、タヌキの三角耳がピコピコ動ていた。


「……あの、ちょっと聞くけど、君って、人間?」


「はい? アハハ、冗談言っちゃあいけねえや。あっしはれっきとしたマミ族でさ」


 つまり、人間ではない、ということらしい。


(ひょっとして、僕の魔法は人間は専門外というか……人外専門?)


 しかし、それならあの説明も納得はいく。

 HRという妙に高めのランクも。


「なあ、この辺りに君以外の、つまりその、人間じゃない種族って、どれくらいいる?」


「さてね、この大陸は人間ばっかと聞いてますが、それでも色々いますぜ」


「……そうか。いや、待てよ? 別に他種族とかじゃなくって、動物でも……」


 次郎は思考を忙しく動かしながら、腕組みをした。

 だが、すぐに身体が重くなり、強い眠気がわいてくる。


(ダメか……。まだ、体が疲れてんのかよ……)


 歯がゆく思いながら、僕は右手を自分の胸に当てた。

 そして、回復魔法を使ってみる。


 が、効果はなし。


 いや、ゼロではないが、やはり微々たるもののようだった。


「旦那、大丈夫ですかい? 回復魔法ったって、空腹にゃきかねえ」


「……そうみたいだね。いや、もう腹はへってないけど」


 僕は力なく笑って、ベッドに倒れこむ。

 どうやら体はまだ休息を欲しているらしい。


「ともかく、ゆっくり休んでおくんねえ。なぁに、宿代は心配いらねえ。魔物退治でちょいと稼いでいるんだ」


「心強いね……」


 自慢げに胸を叩く十三郎に笑みを返し、僕は目を閉じた。


 何だかわからないが、この世界に来て初めてゆっくり休めるような気がする。


(もしかすると、ラッキーなのかもしれないな……)





 

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