003、初めての魔物討伐
それから。
紆余曲折あって、10数日ちょっとが過ぎる。
僕は冒険者登録を済ませ、初期装備一式を受け取って冒険者となったのである。
初期装備はいくらかの種類があるらしく、個々の初期ジョブによって違っていた。
例えば、前衛職であるファイターなら、剣と盾。
弓を得意とするレンジャーなら弓と矢筒。
魔法を得意とする後衛職なら杖とマント。
(こんなとこはまるでゲームみたいだったなあ……)
と、不思議な思いを抱く。
(ひょっとして、ここはゲームの世界じゃあるまいな?)
確かにゲームでは似たような設定がよくあるように思う。
しかし、他の人間に聞いてみても、ダイノヘルムとかイグアなんていう地名は誰も知らないと答えた。
どちらにせよ、ここには頼るべき親も学校も国もない。
冒険者たちは日銭を得るために、否応なしに魔物との戦いに繰り出さねばならなかった。
僕は初期装備の革の服と手盾、メイスなどを手に街の外に出たのだが、
(ホントにいた……)
外壁に覆われた街の外。
ちなみに、街の名はバロ――通称冒険者の街だそうだ。
いわゆる、草原という奴だろうか。
雑草に覆われた大地に、ブヨブヨとしたゼリーのような物体が蠢いていた。
青、緑、紫、黄色と、色とりどりで大きさもまばら。
ただし、最大クラスでも1メートルくらいだろうか。
よく見ると緑のものは草を食べているようだ。
黄色のものはその場で上下に揺れるだけで移動する様子はない。
赤と紫はノタリノタリとゆっくり動いている。
これが冒険者の最初の敵・スライムだった。
初期装備一覧と一緒にもらった案内書によると……。
青スライムは空気中や土の水分を吸って生きているらしい。
緑は見たまんまの草食性。ほっておくと畑の作物を荒らす。
黄色は地面の養分を吸うので、放置すると土地が荒廃するそうだ。
紫は死んだ動物など、腐敗物を主食とする記されていた。
スライム自体の殺傷力は低い。
だがしかし、常人の人間ではなかなか殺せないそうだ。
しぶといものの例えにスライムと言われたりもするという。
一応追い払う手段もあるが、あまり乱用できるものではない。
弱点も言える火もまたしかり。
なので、対魔の加護を持つ冒険者が必要とされる、らしい。
冒険者の攻撃ならば、スライムにも確実にダメージが与えることが可能。
例え最低レベルの冒険者でも。
と、案内書には書かれているわけだが。
(ともかく、やってみるしかないか……)
僕は覚悟を決めて、メイスと小盾を構えてスライムに近づいた。
攻撃されない限り、基本スライムは人間を襲わないという。
生物としての実感も沸きにくい外観のせいか、わりと決意も固まりやすかった。
僕は力を込め、狙った緑スライムにメイスを振るう。
一撃で、大型スライムの半分ほどがグシャリと潰れた。
しかし、それでも絶命したわけではない。
残ったスライムの半分は、ぐにょりと蛇のように動き、跳ねた。
「うわっ!?」
その攻撃を素人の僕が防げたのは、ひたすらに動きが鈍かったためだ。
とっさに構えた小盾で十分に対処できた。
あわてたためか、尻餅をついてしまったが。
そうこうしているうちに、スライムは体勢を立て直そうとしている。
僕はあわてながらも、どうにかメイスで残り半分を叩き潰した。
そして、残ったのは潰れた粘液の塊。
(え。これで討伐終了?)
安全優先で比較的小柄なものを狙ったが、思った以上に簡単だった。
運が良かったせいもあると思うが。
と、スライムの残骸からふわりと紫色の粒子が浮かび上がった。
粒子は親指ほどの結晶へと姿を変え、ポトリと地面に落ちる。
(これが魔結晶か……)
拾い上げて日に透かして見ると、うっすらと金色の筋が輝く。
これが冒険者次郎の最初の戦い。いや、狩りか。
そして僕は魔結晶を求め、スライム狩りを繰り返していった。
何度か危ない目にもあったが、攻撃力の低い相手なので大事には至っていない。
もっとも、それは盾や分厚い革服のおかげだったろう。
これが学生服のままだったら、今頃野ざらしになっていた可能性も大。
一度、スライムの体当たりを腹にまともにくらって悶絶したこともある。
その時はゲロを吐きながらはいずり回って逃げ出した。
もう少し行動が遅ければ、紫スライムにのしかかられていたところだ。
後で聞いたところによると。
慣れてきた初心者が油断し、スライムに窒息死させられることも多いという。
(こりゃあやっぱり、一人で討伐するのは考えものだな……)
と、僕が考えている間に、いつの間にか周囲では集団行動する冒険者であふれていた。
むしろ、最初から集団行動していたグループもいたようだ。
もっとも、慣れない異世界で慣れない魔物退治の日々である。
色々と揉めることも度々あり、集合離散を繰り返しているような感じでもあった。
とはいえ、一人で行動し続けるのも考えもの。
僕が決心したのは、30体目のスライムを討伐した時である。
今までもスライムを倒すたびに、何か奇妙な感覚はあった。
それが恐ろしく明確になり、自分の中の何かが変じたのを感じる。
まるで、古い殻を脱ぎ捨てて、新しく再生したような。
「おめでとう。あなたもこれでレベル2ですよ」
魔結晶を換金しに行った時、妖精に尋ねたところ、返答はこれだった。
「レベル?」
「案内書に書いてあるはずですが?」
「そんなのなかったぞ」
「おかしいな……。ああ、こりゃいかん。落丁だ。ま、しょうがない。説明しましょうか」
妖精は面倒臭そうに羽を動かしながら、
「あなたがた冒険者の特性として、魔物を退治していくごとに……便宜上経験値としますが、これが貯まっていきます。それが一定数になると肉体が変化します。より強い筋力、より強い魔力が得られますな。まあ簡単に言うと一足飛びに強くなれるわけです」
いよいよもってゲームみたいな話だった。
「もちろん1つ2つ上がったくらいじゃあ、高が知れてますがね」
「ひょっとして、次のレベルまでどれくらい魔物を倒せばいいとかもわかる?」
ゲームのことを思い出しつつ、聞いてみる次郎。
「わかるわきゃないでしょ。スライムにだって個体差があります。一体ごとにたまる経験値はみんな違ってるんですよ。ただ、スライムばっか狙ってたんじゃ、いつまでたっても低いままですがね。強い魔物ほど経験値は大きいわけだから」
やっぱり、そういうことらしい。
今後のためには、一人でコツコツやるのではなく、多人数で効率的にやる必要がある。