016、退治が終わって、卵を見つけ
僕が階段を駆け上がり、外へ出ると――
半壊した家屋の向こうに、どす黒い血反吐を吐いて倒れる竜の姿があった。
だらりとした舌を伸ばした顔を、ジューザが何度も蹴っている。
「おーい!」
「若旦那、見ての通り仕留めてみせやしたぜ!」
手を振る僕に、ジューザは腕を天に突き上げて快哉をあげる。
しかし、
「君、大丈夫なのか!?」
僕は驚きながら、両手をかざして回復魔法をかける。
ジューザの顔や腕には、あちこち焼け焦げたような跡が残っていたのだ。
しかも、肉の焼ける臭いをあげながら。
「いやあ、毒の息をちょいと喰らってね?」
「いくら治せるからって、あんまり気軽に傷を受けるなよ……」
「確かにあてにもしてやしたが、なぁに、この程度の毒はあっしらにゃ何てこたぁねえ」
「頑丈だね……」
「へへへ。それも取り柄の一つでしてね」
回復したジューザはうんを背伸びをして、周囲のレッサードラゴンを見る。
「雑魚とはいえ、こんだけ竜の死体がありゃあ村はさぞ儲かるでしょうよ」
「ドラゴン関係はもらった案内書にはあんまり書いてなかったな……。できるだけ戦うなとか逃げることを最優先にしろとか」
「人間ならそれが正解でさ」
「一応の他に生き残りがいないか、確認しないとな……」
ドラゴンのボスを見ながら、僕は嘆息した。
ちょっと戦線から離脱してる間に、もう勝負はついてしまったわけである。
ジューザの強さと共に、自分の間抜けさみたいものをヒシヒシと感じ、微妙な気分。
ボスは首をあらぬ方向に曲げ、家屋にもたれかかるように絶命していた。
落ちついてみると、翼を除けばそう極端なサイズでもない。
確かに雑魚よりもひと回り大きい程度だ。
(ともかく、討伐の依頼は一応終了……。後は村長からサイン貰って帰るだけか)
僕は緊張を解きながら、全く使わなかった棍棒や小盾を見る。
(これ、新調する意味あるかな……)
とはいえ、今後もジューザの力を当てにできる保証もない。
「ちょっと、ちょっと…………」
僕は少し物思いにふけっていると、どこからか小さくうめく声がする。
「ん?」
「ボンヤリしてないで、助けて欲しいんですけど……」
声の方を見ると、セラさんが瓦礫の下で仏頂面をしていた。
「あれま」
「あれま、じゃない! 早く助けてよ、薄情者!!」
「いつの間にそんなことになっちゃったんですか?」
「あんたの連れが暴れ回った巻き添え食ったの!!」
「ですよね……」
瓦礫をどけると、セラさんが埃を払いながら睨んでくる。
「ん!」
「何です?」
「回復魔法かけてよ! 下敷きになって足痛めたんだから!!」
「ああ、なるほど」
元気そうなのでうっかり失念していた、と僕は赤面する。
「はー、ほんっとよく効くのね、あんたの魔法……」
「それはどうも」
「こんだけできるってことは、ひょっとしてレベルも高いの?」
「今のところ5ですが」
「それ、高いの……?」
「いえ、ほぼまだ初心者みたいなもんです」
大体10ぐらいになってからが、冒険者としては一人前らしい。
「初心者で、これ? あんた、こっち来る時にチートでももらったの!?」
「ちーと……? さあ、まあガチャの結果はそこそこだったみたいですが」
「若旦那、念のために竜の巣を調べにいきやせんか?」
「え、あー。そうだな。そっちに生き残りがいるかも……」
もしも卵が孵れば、またレッサードラゴンが出てくることになる。
「ちょっと、話はまだ……」
「お前は留守番してろ。一応守りがいないとまずいだろうからよ」
僕を先導しながら、ジューザは振り向きもせずにセラさんに言った。
「何であんたに命令されなきゃいけないのよー!」
怒鳴るセラさんを尻目に、僕たちはドラゴンの巣へと向かうこととなった。
――。
「あれか……」
村から幾分離れた森を過ぎ、山へと続く傾斜の途中。
崖の中腹に、大きな鳥の巣みたいなものがあった。
遠目からだが、かなりのサイズであることがわかる。
「ちょっくら見てきやす」
と、ジューザが器用に崖を駆けのぼり、巣に到着。
「あった。卵があった。これに違いねえや」
かくして、僕たちは卵を全て巣から持ち出したわけだが。
「さて、これをどうしますかね」
「やっぱり村に渡すのかな」
「っと、若旦那。そりゃあ馬鹿正直ってもんです。話じゃ竜の死骸は全部残していくが、卵の方は何にも決めてねえ。こいつらはあっしらでお持ち帰りしても良いでしょうよ」
「そうか? うーん……」
僕は考えたが、
「わかった。じゃあ、これは全部君のもんにすりゃいいさ」
「いや、そりゃいけねえ。クエストの主役は若旦那ですぜ?」
「けど、僕ぁ大して何もしてないしな。主役なら、その主役が良いって言ってるし」
「そうですかい……?」
ジューザは遠慮がちに首をかしげたが、やがて納得したようだ。
「それじゃあ、ちょうだいしやす。」
ジューザはラグビーボールのような卵を手に取り、ニコリと笑った。
「しかし、あんだけいて、卵はこれだけか。意外だな」
回収した卵は、全部5つほどである。
「そうですねえ。そも、竜があんなにいっぺんに出てくるってのが変ですし」
と、ジューザは首をひねった。
「第一、あの竜は頭目以外全部オスでしたからねえ」
「何か珍しいな?」
アリやハチなど群れる生物は、大抵メスのほうが多いと聞いたことがあるが。
「ま、いいや。ともかく、とっとと帰る準備をしましょうや。卵は隠しとくんで」
「割らないようにね」
「なに、竜の卵ってのは頑丈なんだ。心配ご無用」
「けど、毒のあるドラゴンだって言ってたけど、卵はさすが大丈夫か?」
「あはは。面白いことを言いなさるね。そんな心配は無用でさ」
「なら、良いけど」
「こいつを街で売っ払えば、良い銭になりますぜ」
そんなことを話し合いつつ、僕らは村へと戻った。