012、目的地での攻防
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお…………!!」
ビュウビュウと吹き付ける風に、僕は意味不明な叫びをあげていた。
街道から離れた道なき道を、僕を乗せた巨獣が走る。
風圧にまともに顔を上げられず、とにかく背中にひっついているばかり。
ある種の快感はあったがそれ以上に恐怖が強い。
このスピード……。落っこちたら命はないのだ。
次第に頭が麻痺して何も考えられなくなった頃――
脳内では完全に現実逃避して、今は遠くの日本のことばかり考える。
あのゲーム続きがしたい。映画観たい。お菓子喰いたい。
やがて、巨獣が停止した時、ほぼ硬直状態だった僕は、
「ふは」
と、ため息のような声を発して転がり落ちた。
「おっと危ねえ」
落下する僕を、するすると伸びた巨獣の尻尾が難なくキャッチ。
「あ、生きてた……」
「そりゃ生きてますよ。死なれちゃあ後生が悪いや」
情けない発言の僕を、巨獣はカラカラと笑う。
「どうやら、目的地が見えてきたようですぜ」
巨獣は少女の姿に戻りながら、くいっと顎を動かす。
なるほど、村らしきものが少し遠く見えた。
「じゃあ、急いで行くとしましょうや」
「そりゃいいけど、少し休ませてくれ……。体中がボキボキする……」
「あー、ずっとおんなじ姿勢だったから」
へたりこむ僕を見て、ジューザはポンと手を打った。
いくらか呼吸が整った後、僕は改めて村を目指して出発する。
「……しかし、こんな装備で大丈夫か?」
僕が最近買ったばかりの棍棒と木製の小盾を見る。
以前よりもグレードが落ちるのはしょうがないとしても。
果たして今回の敵に役立つかどうか。
「なぁに、あっしがいる以上旦那には近づけさせるもんじゃねえ」
ジューザは自信満々だが、僕は憂鬱だ。
と。
「…………」
陽気にしていたジューザが急に黙り込み、目つきを鋭くした。
「どした?」
「しっ」
話しかける僕をジューザは制すると同時に、
(これは……?)
僕も村の様子を見て、棍棒に手をやる。
村を囲む柵やあちこちの家屋が破壊され、人の気配がない。
家畜など動物類も見当たらなかった。
(これは、まさか手遅れ……?)
嫌な予感と共に、僕はごくりと喉を鳴らす。
ダンジョンでスライムの群れに追われた時を思い出した。
あの時とは、また別種の緊迫感と恐怖がこみ上げてくる。
僕たちは静かに、周辺を警戒しながら村へと入っていった。
やはり人の気配はない。
様子からして、人がいなくなってそう時間は経っていないように思われた。
幸いというべきかはわからないが、村人の死体はない。
「どう思う?」
「残った臭いからして、複数のようですね」
(――複数?)
ジューザの返事に、僕はゾッとする。
3メートルの人喰いドラゴンが複数いるなど。
それは、悪夢としか思えないような状況である。
「帰りたくなってきた……」
「用が済んだらとっとと帰りますかね」
冗談交じりで泣き言を言う僕だが、ジューザはウキウキしているように見えた。
「こりゃあ、やりがいがあらぁ」
「心強いネ」
腕まくりでもしそうなジューザの笑みに、僕は脱力感を覚えた。
その時。
「!」
何が、影の方を走っていくのを僕は見た。
見たというよりは感じたというべきだろうか。
(錯覚? 気のせい?)
そう思っていると、今度は真後ろで足音のようなものが。
右かと思えば、左。横かと思えば斜め。
「ふーん。囲んできやしたね?」
ジューザは立ち止まり、ポキポキと指を鳴らし始める。
やがて、シュウー……という呼吸音が聞こえた。
ざわざわと、近くの森がざわめくような感触がしたような。
「若旦那、こうおいでなせえ」
ジューザは僕を先導して、壁際に移動していく。
「おい、こんなところじゃ、囲まれるぞ?」
「けど後ろは壁だからやりやすいや」
ジューザが笑った途端、バッと黒い影が空中に踊った。
「プッ!」
ジューザは口から火球を吐いてそれを撃墜する。
獣だかトカゲだかわからないものが、絶叫を上げて地面に落下した。
途端に、あちこちから姿を見せたのは――
(小型の、恐竜?)
それはどこか既視感を覚えるもので……。
有名な恐竜映画でお馴染みの、小型肉食恐竜を想起させる姿。
小さな角らしきものがあり、後ろ脚には強靭そうな爪。
「若旦那、あっしの後ろへ」
「数が多すぎないか?」
「なぁに。どうってこたぁねえや」
複数の敵に対しても、ジューザはまるで怯んでいなかった。
口から牙をむき出して、闘争心を燃え立たせている。
それに対抗するかのように、敵は矢継ぎ早に襲ってきた。
ジューザはそれを、時に火球で撃墜し、近づいたものには、
「おらぁ!」
逆に後ろ脚や尻尾をつかんで投げ飛ばす。
敵はまるでボールのように扱われ、空中で仲間と激突、あるいは家屋に激突。
瞬く間に数を減らしていくのだった。
「すげえな……!」
「そうでしょ?」
称賛する僕に、ジューザはニコリと笑みを返す。
と、その隙を狙うように一頭が動いたが、途中で前のめりに倒れた。
そいつの頭部には、一本の矢が深々と突き刺さっている。