鶴の恩返し殺人事件
( ̄▽ ̄;) これジャンル推理で合ってるのかな?
昔、昔、あるところに年老いた夫婦が住んでいた。
雪の降る寒い日のこと、老爺が町から帰る途中にケーンと鳴く鳥の声が聞こえた。老爺が鳥の声が聞こえた方へ行くと、一羽の鶴が罠にかかっている。
「可愛そうに」
老爺は呟いて罠にかかった鶴を助けてやった。鶴は一声、礼を言うように鳴くと飛び立っていった。
老爺は家に帰り老婆に罠にかかった鶴のことを話す。老婆は穏やかに、それはよいことをしましたね、と言って笑った。
その夜、遅くに老夫婦の家の扉を叩く者がいる。
「どちらさまですか?」
老爺が戸を開けるとそこには美しい娘がひとり。雪の中で道に迷い、どうか一晩泊めてくださいと、娘は頭を下げる。
「それは難儀したでしょう。中に入りなさい」
老夫婦は娘を家に迎え、湯を沸かし茶を飲ませ、娘の冷えた身体を暖める。老爺が雪が止むまで家にいなさい、と言うと娘は深々と頭を下げる。
雪はなかなか止まず、娘は老夫婦を労るように甲斐甲斐しく家の中のことをする。娘に聞くと行く当ても無く身寄りも無いと。子供のいない老夫婦は娘に、いつまでもこの家にいても良いといい、老夫婦と娘は家族のように共に暮らすことになった。
◇◇◇
「これは、酷い」
事件現場は血塗れで無惨な有り様だった。当事、新米の刑事の私が見た殺人事件の現場は凄惨なものに見えた。
被害者はこの家の老夫婦二人。いずれも斧で頭を割られて即死。現場の状況から見て強盗殺人と見られる。
家の中を調べていると奇妙なところがある。老夫婦が二人で住んでいるはずの家に、もうひとり、誰かが住んでいる痕跡がある。靴に歯ブラシ。下着に服は老婆とはサイズの違う女物がある。
周囲への聞き込みで、鶴、という名の女が以前よりこの老夫婦と共に住んでいた、ということが解る。
「その鶴という娘はどこに行ったのか?」
老夫婦の家の中には旧式の機織り機がある。この老夫婦はどういう訳か高級な織物を売り、それがオークションで高値をつけた。老婆の昔の持ち物を生活に困って売ったところ、予想外に高値がついた、というところだろう。
そう考えていたがここに機織り機がある、ということはここで生産していたのか。その織物を売った金を狙われての強盗殺人。
だが、老夫婦のところに住む、正体不明の娘に機織り機、高値のつく織物と。
まるで鶴の恩返しのようだ。待てよ?
「この家に住んでいた娘の足取りは掴めたか?」
「いまだ不明です。また住民票も無く、不法入国では無いかという疑いが。その娘が犯人ですか?」
「解らん。だが、その鶴という娘が犯人を見て逃げたとしたならば、その娘が唯一の目撃者だ」
現場の足跡から見て鶴という娘が犯人である可能性は低い。行き釣りの強盗を娘が見て逃げた、となれば強盗の顔を見たその娘が危ない。重要参考人として鶴の捜索が始まる。
鶴の恩返しでは、機を織るところで正体を見られた鶴が身を隠す。この奇妙な符合に落ち着かない気分になる。
埼玉県警ではこの強盗殺人事件の犯人を追うことになったが、証拠が少なく目撃者もいない犯人の足取りを追うのは困難だった。
一ヶ月後、埼玉県のとある林の中で無惨な男の死体が発見された。木に吊るされた死体は映画、ヒッチコックの鳥のように全身を鳥の嘴で抉られたように血塗れになっている。あまりにも無惨でもとの顔が解らない程に、全身の皮膚がひどく抉られている。
「こいつが例の老夫婦殺害の犯人、ですか?」
「どうやらそのようだ」
捜索中、一度だけ鶴という名の娘を見つけたことがある。犯人捜索のために協力して欲しい、と説得したものの逃げられてしまった。
復讐に燃える目で私が仇をとる、と言い放ち逃走した。警察の包囲からどうやって逃げ切ったのかは解らない。人間業とも思えない。この目の前の男の死体にしても、手口が尋常では無い。
その後も鶴という名の娘を追ったが見つけることはできなかった。
これは昔、昔の物語。
タバコに火をつけて深く吸う。あれから随分と時は過ぎた。刑事として他の事件を片付け、その合間には鶴という名の娘を追った。相手が強盗殺人犯であっても殺人は殺人。何年と追い続けても足取りさえも掴めない。まるで鳥になって飛び立ってしまったかのようだ。
「これが現代の鶴の恩返し、か」
空に向かいタバコの煙を吹く。
これは昔、昔の物語。
今日、その本名さえ解らない、鶴と呼ばれた娘の時効が成立する。