椿
「と、言う理由で貴方を殺しに来た次第です。御理解いただけましたか?」
淡々と事情を説明する鈴蘭に表情はない。
そんな憐れみも喜びも感じさせない鈴蘭の言葉に、目の前に立つ胡散臭い男はからかうように笑ってみせた。
「理解できませーん」
「そうだぞー。」
男と、その男の肩に乗る小さな獣は口を揃えて「否」を唱える。
黒い髪をした男性、歳はおおよそ二十代後半、黒っぽいコートを羽織り未だ癪に触る表情を崩さない。
一方その男の肩に陣取る獣は、依頼主からは聴かされていなかった。赤い体毛を持つそれに鈴蘭は首を傾げた。
鈴蘭は獣に指をさす。
「……その、ちんちく……。おっと失礼、けむくじゃらは殺せと言われてませんので見逃してあげますよ。」
「えっ?ほんと??ラッキー」
「おい」
その言葉を信じたか信じていないのかはわからなかったが、鈴蘭の提案に獣は嬉しそうにピンと耳を立てる。赤い体毛がブルブルっと震えた。
手のひらを返した相棒の態度に、男は些か不服そうだった。
男は腕を組み、鈴蘭と向き直った。
大きく溜息を吐く。
「あのねぇ、それを言われてはいはいそうですかとはいかないでしょ。」
男の言い分は最もだ。肩に乗っかる獣もこくこくうなづいていた。
「それもそうですね。では実力行使です」
鈴蘭は男の返事を待たず、背中の剣を取った。話し合いで解決、なんてものではそもそも無いのだからとっとと殺してしまえばいい。
「ちょ、こんな街中でその剣振り回すつもり??おっかないお嬢ちゃんだ」
口調ではそういうものの、男はやはり笑顔を崩さない。殺されるかもしれないのに、どうしてそうも表情が動かないのか。
怪しい男だ。
鈴蘭から一歩引き、距離をとった男は、肩の獣に呼びかけた。
「リア、逃げるぞ。」
「えー。おれは見逃してくれるって〜」
獣はふわっと、欠伸をした。
「薄情なやつめ。じゃあ置いてくぞ。」
「もう、冗談だって」
獣はケラケラ笑って、男の肩からふわりと飛び降りた。
「な!」
その瞬間、獣が発光した。
溢れた光に、不意をつかれた鈴蘭は瞬き間に合わず思わず光を直視してしまった。
閃光による目くらまし。あまりにも単純な時間稼ぎ。
しかし、鈴蘭の目が慣れた頃
もう彼らは姿はそこにはなかった。
ぐるりと周囲を見渡しても姿は当然無い。
「……見事に撒かれました。はあ…」
ため息混じりに言葉を吐くと、また苛立ったようすで脚を揺すった。
「……私から逃げられると思わないことですね」
ぼそりと呟き、鈴蘭は事前に調べていた情報を思い出しながら、今来た道を引き返し始めた。