↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
霧のはし 虹のたもとで  作者: 萩尾雅縁
Ⅱ.冬の静寂(しじま)
67/193

64 サンデー・ロースト

 庭の片隅にスノードロップが花開く二月に入ってから、マリーの様子がなんだか落ち着かなくなってきた。対してアルビーは至って普段通り。マリーの気鬱の原因はアルビーに違いないのに、彼はそんな彼女の変化に気づいていながら無視している。そんな気がする。


 僕はどことなくぎくしゃくした二人を眺めていても、どうしていいのか判らないまま。マリーにも、アルビーにも、もう一歩踏み込んでいく勇気を持てないでいる。

 やはりマリーの気掛かりはアルビーの交友関係のことかな、と思うのだけど、そこに触れると、「コウがつれない仕打ちをするから」って、逆切れされてますます収拾がつかなくなってしまいそうで。

 この辺りのマリーの誤解は、ちょっとやそっとじゃ解けない気がする。そこのところも、本当はちゃんとアルビーと話し合うべきだと思うのだけれど、怖くて訊けない。肯定されるのも、否定されるのも、どちらも怖い。


 僕は、この薬指にいる火蜥蜴(サラマンダー)で、アルビーと密やかに繋がっていたい。これの持つ意味なんて考えることなく。

 こんな曖昧であやふやな(しるし)で安寧を得ている僕は、ズルいのかも知れない。だからマリーを苛立たせるのかも知れない。


 でも、僕がここに居ることで許して欲しいんだ。それだけで、マリーが言っていたような過去の悪夢が繰り返されることはないのだから。



 スティーブたちが海外赴任で香港に移ることになり、学生寮にいたアルビーがこの家に戻ってくることになった。落ち着いた環境で論文を書く、という目的もあったけれど、女の子の一人暮らしを心配してのことだ。そして何よりも、スティーブとアンナがそれを望んだ為もあったのだと思う。

 アルビーが帰って来てくれる。マリーは嬉しくて堪らなかったそうだ。同じロンドンに住み、週末や長期休暇には戻って来るとは言え、家族同様の彼が家を出てからは、やはり淋しくて堪らなかったから。

 ところがいざ両親が居なくなると、アルビーやマリーの友人たちが家に押し掛けてくるようになった。初めは新しい、刺激的な人間関係を楽しんでいたマリーも、その内にアルビーと彼らの生々しい関係、自分の友人たちの下心に辟易するようになったそうだ。

 スティーブの言い残していった、「節度ある共同生活」が重く意味をもたげてきた。


 そして、友人たちを全て立ち入り禁止にして、また似たような状況に陥らないように、固い同居人(シェアメイト)を募集した、ということだ。それも、彼らのことを知らない留学生ばかりの大学進学準備(ファウンデーション)コースの掲示板で。

 

 そうやって選ばれたのが、僕。それだけだ。なのに、いつの間にか意味がすり替わっている。アルビーは、ステディになる相手探しの為に同居人を募集した訳ではないのに。いつまでも決まらなかった同居人と、(らち)が明かないアルビーの交友関係が、マリーの心情を追い詰めていたのだろうか?


 もしそうならば、アルビーが僕にこの指輪をくれた理由は、彼女を安心させる為。それ以外にないのではないかと思う。


 でも、そんな答えをマリーは望んではいない。




 週末のサンデー・ローストを食べ終えて、満足そうに口角を上げてデザートを眺めるマリーに、僕はほっと安堵していた。


 クリスマス休暇の後から、意識しないと三人で食事することもないということで、日曜日の昼食は当番制にした。朝が遅いので、昼食といっても二時、三時からで夕食兼用だ。

 前回は日本食にしたし、このところマリーの元気がないので、今回はイギリス料理の定番中の定番に挑戦することにした。

 僕はアンナとすっかり仲の良いメル友になっている。サンデー・ローストを作ってみたいと相談すると、彼女は時差をものともせず、調理のコツをビデオ通話で伝授してくれた。


 ローストビーフに、ヨークシャー・プティング、付け合わせの温野菜。ほとんどオーブン任せだから、レシピと段取りさえ解ればそこまで大変じゃない。それにアンナが画面越しに見てくれている。


 二人が食卓についてから、アンナとスティーブにも出来上がりを見てもらった。香港は、もう夜の十一時近かったのに。

 沈みがちだったマリーも、いつもの威勢の良さを取り戻して喜んでくれた。

「やっぱりママの方が美味しいけれど、コウのもまぁまぁね」

 なんて言いながら完食していた。買ってきたお惣菜は、いつも食べきらないで残すくせに。


 カロリーを気にする彼女のためのデザートのトライフルは、生クリームの代わりにヨーグルトを使ってレモンジャムと合わせたので、殊のほか気に入ってくれたみたいだ。アルビーも。尤も彼は、料理よりも、パソコン画面の中のスティーブとアンナの姿の方が、御馳走以上のサプライズだったみたいだ。


 マリーの笑い声。アルビーもいつも以上に喋ってくれる。和やかな食卓。だけどきっと、心の奥では、僕たちはバラバラなことを考えている。

 それでも、同じものを食べ、同じ話題を共有し、同じ貴重な時間を過ごしている事を、互いに認識しあっていると僕は信じている。


 一人ではないと、互いを意識して暮らすこと。

 それが、スティーブの望んだ「規則(ルール)に則った、節度ある共同生活」ではないのかと、僕は思うんだ。


 決して根本解決にはならないと、解ってはいるけれど……。それでも。


 



 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。