表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
霧のはし 虹のたもとで  作者: 萩尾雅縁
Ⅱ.冬の静寂(しじま)
51/193

48 宴の後

 家の中が急に静かになった気がする。

 無口なアルビーはますます無口で、この数日間で一年分喋ったから、もう当分声を発する気はないと言わんばかりだ。その上、家にいない事も多い。夜になると出かけて行く。始まったばかりのバーゲン巡りに忙しいマリーも、帰ってくるのは遅い。僕は一人でコツコツと勉強している。休暇中に読んでおかないとならない本が三冊ある。


 暖かい居間で、温かい紅茶を飲みながら、曇ったガラス超しに外を眺める。イブの日にちょっとだけ降った雪は、積もることなく翌日には消えていた。以来、あれほど冷え込んだ日はない。今は薄っすらと日も差している。それなのに、この部屋はあの日よりもずっと寒々しい。



  

 マリーは今日も、今年最後にして最大の戦場に(おもむ)いている。年二回の夏と冬のバーゲンは、がぜん冬の方が割引率も高くて勝負どころなのだそうだ。毎日、これでもかと買い物をしてくるから驚きだ。

 クリスマスツリーは十二日以内に片づけないと縁起が悪い、とのジンクスを聞いたのに、マリーの戦いが終わるのを待っていたら学校が始まってしまう。僕は一人ででもツリーを片づけることにした。



 飾りを外して丁寧に梱包材で包み、入っていた箱に戻していった。

 と、お昼も過ぎてからやっと起きてきたアルビーが、居間に入ってくるなり怪訝そうに首を傾げた。


「もう片づけるの? 普通、ツリーは十二夜まで出しておくものだよ。十二夜って聞いたことない?」


 僕は顔面蒼白だ。

 どうやら完全に勘違いしていたらしい。十二日以内に片づけるのではなく、クリスマスから数えて十二日目の一月六日以内に、が正しいらしい。

 本来クリスマスは、キリスト降誕から、その後東方の三賢者がそのお祝いを持ってくる公現祭までの十二日間が、お祝い期間なのだそうだ。


 アルビーは、『クリスマスの十二日間』という歌を口ずさみながら、オーナメントをツリーに戻していく。


「マリーがいなくてラッキー。きっと腹を抱えて笑ってる」

 くすりと笑われて、僕は真っ赤になったまま、ギクシャクとツリーのてっぺんに顔ごと視線を逸らす。

「上の方は僕がする。危なっかしい」

 つま先立ちでツリーに腕を伸ばし、ふらついていた僕の肩を、アルビーが支えてくれていた。僕はますますぎこちなく戸惑ってしまい、そんな不自然な自分をごまかすために、マリーの話題を振った。



「マリーのお洒落への情熱はすごいよね。アルビーは、バーゲンに行かないの?」

「面倒くさいよ」


 会話がとぎれる。続く言葉が出てこない。そうなると僕もアルビーも、淡々とオーナメントを戻していくだけだ。本来の場所に……。


「コウ、明日はどうするの?」

「え? あ、ショーンが誘ってくれているんだ。カウントダウンパーティーに行こうって」

「ふうん、どこの?」


 アルビーの方から尋ねてくれたので、僕は勢いこんで返事をした。わずかな沈黙の生んだ気まずさを懸命に取り払いたかったのだ。


 それに、この数日間の彼の素っ気なさときたら、スティーブたちが戻ってしまって淋しいだけだ、とは思えなくて。何か嫌われるようなことをしてしまったのではないかと、悶々と自分を疑わずにはいられなかった。


 僕は誘われたパーティーのことを詳しく話した。ショーンのお兄さんがせっかく彼女とカウントダウンするために高いチケットを予約して買ったのに、直前になって振られてしまい無駄になってしまったということ。会場はテムズ川沿いにあって、チケットがなければみられない新年恒例の大花火が間近に見られること。

 

「明日は僕も、マリーもいないから」

 僕を一瞥して、アルビーは素っ気なく告げた。

「出かけるの?」

「パーティー。カウントダウンの」


 学生なら大晦日(ニュー・イヤー・イブ)は、パーティーだろ! 

 と、ほぼ強引に僕を頷かせたショーンの言った通りだ。クリスマスは家族で。新年は友だち同士で。それが一般的なのだそうだ。誘われた時は、前回のパブでの失敗のこともあって乗り気ではなかったけれど、この家で一人っきりですごすことにならずに済んで良かった、と今更ながらショーンに感謝した。

 

「コウ、」

「ん?」

「これで終わり」


 ツリーが元通りの煌びやかさを取り戻すと、アルビーはさっさと居間から立ち去った。

 つい話しこんでしまった僕に対して、アルビーは「ふうん」とか、「そう」とか、気のない返事をするだけだった、と後から気づいた。



 やはり僕は何かしでかしてしまったのだろうか? それとも、こんなことも知らなかった無知を呆れられた?

 

 優しかったり、冷たかったり、アルビーは気分屋だから気にしてはいけないと解っているのに。気持ちがちっとも落ちつかない。


 僕からは見えない曇りガラスに隔てられた彼の心は、本当はとても温かい彼の本質に触れられることを拒んで、僕を締めだしているように思えてならなかった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ