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霧のはし 虹のたもとで  作者: 萩尾雅縁
Ⅰ.秋の始まり
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3 地雷

 今、僕は彼の家にいる。


 掲示板の設置された廊下では、白けきった様子の彼にすっかり血の気を失った僕が謝罪と言い訳を言いつのり。「耳にタコ」を英語に意訳したところで面白くもなんともないのに。そこをどうにか解ってもらおうと必死だった。だがそんな下手な言い訳よりも、失礼なマネをしてしまい本当に申しわけなかった、と真摯に謝ったのが通じたのだろう。彼はその面から険を引っこめて、「部屋、見にくる?」と誘ってくれた。


 それなのに、今、肝心の彼は不機嫌そうに椅子に腰かけているだけだ。


 地下鉄でも、駅からの道すがらも黙りこんだまま。まだ怒っている――、というわけでもなさそうなのに。



 そういう訳で、さっきからこのシェアハウスの説明をしてくれているのは、彼の同居人の女の子だ。



 この家は彼女の両親の持ち物なのだそうだ。海外赴任で留守の間、彼と二人で住んでいるのだけど、いかんせん、家の中がどんどん荒れていく。週に一度清掃業者にきてもらうくらいでは追いつかない。かといって頻繁に業者が出入りするのをアルビーが嫌がるから――。


 アルビーというのが、彼だ。アルバート・アイスバーグ。通称アルビー。キングス・カレッジの大学院生。

 彼女はマリー・ジャンセン、今年度、大学二年生。ということは僕と同い年なのか。


 僕は遠慮がちに彼女を見やる。彼が僕を中学生と間違えたのも仕方がないという気がしてくる。

 なんていえばいいのか――。(かも)しでる大人の香り……、て感じ?


 長く緩やかにカールした金髪に青い瞳の痩せた彼女は、長い睫毛がバチバチでバービー人形みたいだ。雑誌なんかの表紙になっているような女の子。すごく美人なんだけれど、良く似た美人と同じに見える。そんな感じの子。


 アルビーみたいな、強烈なイメージはない。もっとも、彼が特別なのだろうけど。


 でも、彼女がバービーなら、僕はキューピーか? 「中学生」の文字が僕の頭でエコーをかけて響いている。


 そんなことを考えながら生返事を繰り返していると、彼女はアルビーと目配せしあって立ちあがり、「お茶を淹れるわ」といきなり部屋を出ていった。「手伝う」と、アルビーも彼女に続く。


 ほっと緊張が解ける。そのうち手持ち無沙汰から辺りを見渡した。

 サンルームも兼ねているらしいこの部屋の窓は大きくて、白い窓枠の向こうには濃い緑が広がっている。あまり手入れがいき届いていないのか、どこか鬱蒼(うっそう)としているほどだ。

 午後の柔らかな日差しに照らされてしんと静まり返った中にいると、どうにも落ち着かない。今のうちに、とぐるりと見回した室内には、明るい緑の壁紙に映える白い木枠の飾り棚が一つ。アンティークかな? 曲線を描く優雅な造りだ。光りを跳ねるガラスで中が見えづらくて、そばまでいって覗いてみた。




「コウ、お茶にしましょう」


 彼女の声に振り返る。楽しげに微笑んでいるその横で、ちらりと僕を見たアルビーはますます不機嫌そうな空気を醸しだしている。

 窓際のティーテーブルに戻り、僕は彼のこのとげとげしい空気を払拭しようと夢中で喋った。


「あの飾り棚の人形、白雪姫かな? アルビーに似ていますね。ちょっと深緑がかった髪色とか、瞳の色も。それに何よりも表情が! アルビーも人形みたいに綺麗な顔してるし、」

 

 話の途中で、タンッと音をたてて椅子をひき、彼は部屋を出ていった。僕はぽかんとその後ろ姿に見入ってしまい、声もでない。


 はぁっと、派手につかれたため息に、彼女の存在を思いだした。


「見事に地雷を踏みぬいたわね、あんた。それも二重に!」


 呆れているのか面白がっているのか――、彼女は、唇の端をあげて嗤っていた。

 




 

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