46 クリスマス2
クリスマス・ディナーとはいうけれど、ジャンセン家の晩餐が始まるのは、午後三時だ。
恒例の女王陛下のクリスマス・スピーチをテレビで眺めながら、まずはソファーで食前酒のモルドワインとミンスパイを摘まむ。
「コウは少しだけだよ」
と、アルビーがグラスに半分ぐらいのワインを注いでくれる。
「あら、まったくダメなわけでもないのね。良かったわ、プティングも食べられないんじゃ可哀想だもの!」
アンナは大きな声で、にこにこと言う。
「調子に乗って飲みすぎないでね!」
マリーは、顔をしかめている。
「少々飲みすぎたって家の中じゃないか」
スティーブはおおらかだ。
オレンジとシナモンの香り高いモルドワインは、温かく、刺激的で、一口目でもう躰がぽうっと温もった気がする。それに、着慣れないジャケットにネクタイなんか締めて、やたら緊張しているからかもしれない。
内輪といってもホームパーティな訳だから、とアルビーに言われて、手持ちのネクタイを合わせて貰った服に早速着替えた。
部屋の前で待ってくれていたアルビーは、軽く眉を寄せて「それ、似合わないよ。ちょっと待ってて」と言い捨て、自室に駆けていった。戻った時には、臙脂色に細かくペイズリー柄の入る華やかなネクタイを手にしていて。「これ、あげるから」と、僕の地味なストライプのネクタイをするりと外すと、あっという間に締め直した。
「うん、似合っているよ」
満足そうに笑う彼は、僕のとよく似た紺のジャケット姿だ。だけどその下には、灰紫の細かな柄物のシャツ、同じく細かな柄の入った灰緑のネクタイという信じられない組み合わせで。それがまたびっくりするほどお洒落で、大人ぽくて、彼にとても似合っていて、いつも床でゴロゴロしている誰かさんとは同じ人に思えないほどで。
いや、アルビーはどんな時でも、何をしていても、品位と美しさを崩すことはないけれど。
それにしても、もしアルビーにパーティ向きのネクタイに交換してもらわなかったら、紺ブレザーにストライプタイなんて高校の制服と変わらない恰好の自分に、たまらなく惨めな気分になっていたんじゃないかな。
ため息が出るよ。この場に下りてくるまで、そんな場違いさにも気づけないなんて――。
そんな他愛もないことで落ち込んでいる間にスピーチも終わり、ダイニングテーブルに移動した。
赤地にヒイラギ模様のテーブルクロスの中央には蝋燭が等間隔に並べられ、小さなクリスマスローズが飾られている。
クロスとお揃いのナプキンの横には、大きなキャンディーのような包み。何だろうと見ていると、マリーが説明してくれた。
これはクリスマス・クラッカーというもので、隣り合ったテーブルを囲む面々で、この筒を包んだ端と端を引っ張りあうのだそうだ。
言いながらマリーは「さぁ、」と、自分のクラッカーの反対の端を僕に向ける。胸の前で腕を交差させるものらしい。左手はマリーのクラッカーを、右手に持つ僕のクラッカーはアルビーが持っている。
掛け声と同時に引っ張ると、ポンッと音がして、中からころんと何か出てきた。
「あー! コウのに入ってたのね!」
僕の筒から出たのは、小さなリップクリームだ。残念ながら僕は使わない。「あげるよ」とマリーに渡すと、「じゃ、これをあげる」と、アルビーに同じように小さなチューブを渡された。ハンドクリームらしい。
「マリー、化粧品メーカーのクラッカーはいただけないな。結局、全部きみのものになる」
スティーブにたしなめられ、マリーはシュンとしている。
「あ、でもハンドクリームは嬉しいかも」
僕は取りなすように声をかける。
このクリスマス・クラッカー、普通、中に入っているのは小さなおもちゃらしい。こうした大人用のものには、ミニチュアの雑貨や実用品など、各メーカーが趣向を凝らした様々な種類があるのだそうだ。
「王冠はここのが一番綺麗なのよ!」
マリーは気を取り直して、筒の中から折り畳まれた紙を引っ張り出して広げ、被ってみせてくれた。つるつるとした金色に赤と緑の複雑な模様が印刷されて、本当に綺麗だ。
「今日一日、これを被ってすごすの」
マリーに促され、冠を被る。アンナも、スティーブも。そして、アルビーが前髪をかき上げて。紙の冠の下に、あの傷が見え隠れしている。
なんだか、ドキドキした。このテーブルには、アルビーの傷を気にする人なんていない。心から打ち解けた安心できる人たちばかりだから。その中に、僕も加えてもらえているんだもの。
スティーブが切り分けてくれた七面鳥、ひとつの皿にこんもりと取り分けて盛っていく、ローストポテトや芽キャベツのソテー、日本では見たことのない人参に似た野菜のマッシュ、昔は七面鳥に詰めていたけれど今は別に作る方が流行りらしい、スタッフィン……。
アンナが朝からフル回転で仕上げた料理はとても素朴で、初めてなのにどこか懐かしささえ感じる優しい味がした。
窓の外にわずかに差していた陽がすっかり落ち切って、きらきらと揺れる蝋燭に照らされる食卓で、デザートのクリスマスプティングにブランデーが振りかけられ青い焔が燃えあがったとき、ふと、「僕はラッキーだった」と言ったアルビーの言葉を思いだした。
強がりなんかじゃない。きっと、心からの想い。
彼らが年を重ねる一年毎、アンナとスティーブがずっと守り続けてきた伝統。マリーも、アルビーも、きっと何よりも楽しみで待ち遠しかったこの日、この場所に一緒に居させてもらえていることが、僕は何よりも嬉しかった。




