虹のたもとに2
僕が悪いのだろうか?
どう考えても納得できない。
ショーンの彼女、ミラはアルビーに憧れていた。マリーの友人という立場も利用して、かなり積極的にアプローチしていたらしい。一時期は、いろんな噂が飛び交うほどに交友関係が乱れていたアルビーだったけれど、マリーの友人にだけは手は出さなかったそうだ。自分のせいでマリーの友人関係がおかしくなることを心配したからだ。彼は時々とんでもない一面を見せることがあるけれど、こういう彼の中の規則に関して、僕は彼を信じている。
アルビーに相手にされず、傷心の彼女がやっと新しい恋に挑むことができた相手がショーンだ。だけどそのショーンは、恋人である彼女よりも、友人である僕の方が大事、なんて言う、彼女に取っては身勝手な奴だ。
憧れのアルビーと付き合って、その上、恋人に酷いことを言わしめる僕の存在は、彼女に取って疫病神以外の何ものでもないだろう。
これって、僕の責任なの?
頭が爆発しそうだ。最近ずっと微熱が続いている。ロンドンでは珍しい晴れ間が続いて、夏の訪れが感じられるようになってきたせいもあるかもしれない。気温が上がっているのに、上手く体温調節できていないのだと思う。
アルビーが良い顔をしなかったため、何となくこの件は保留になっていたけれど、大学も夏季休暇に入ったことで、ショーンやミラも誘ってピクニックに行くことになった。アルビーは、せっかくの休日なのにとぶつぶつ文句を言っていたけれど、今後の同居の件の査定も兼ねて渋々応じてくれた。
久しぶりのハムステッド・ヒースだ。アルビーと二人、明るい緑に覆われた梢の落とす煌めく木漏れ日をくぐり、パーラメント・ヒルに向かった。マリーはいつも通り、午前中はテニスに興じている。ランチの用意はミラとショーンがしてくれるらしい。ミラが、料理が得意だと思われてる僕への対抗意識を燃やしているからだと、ショーンがボヤいていた。
「コウ、」
アルビーが僕の指に彼の指を絡めて握る。僅かに歩調が鈍る。何も言わなくても、自動的に僕の歩調は彼と重なる。ゆっくりと息を整えて。
「ドイツに行くことを決めたのはね、」
「うん」
「僕はコウのことが好き過ぎて駄目だ、と思ったからなんだ」
「好き過ぎて? それは僕の方だよ」
アルビーの握る手に力を込めた。だけど彼は小さく否定するように頭を振る。
「きみはいつだって僕にたっぷりの愛をくれる。決して尽きることのない泉のようだよ。僕はそんなきみに溺れきっている。きみなしじゃ、一時もいられないほどに」
「僕だって変わらない」
僕は唇を尖らせて抗議したけれど、アルビーは笑って頭を横に振る。
「今のままの僕では、きっといつか、きみを食べつくしてしまう。僕は対等にきみと向き合えるようになりたいんだ」
「僕が、きみに甘えすぎているの?」
僕はその場に立ち止まり、彼を見上げた。アルビーはまた首を振って、僕の少し火照った頬を両手で包み込む。
「アーノルドがアビーしか見つめなかったように、赤毛の彼のことしか頭になかったきみを、僕に振り向かせたかった。僕だけを見て欲しかったんだ。でも、きみの瞳を僕に向けてもまだ足りない。アーノルドが望んだように、きみの魂を僕の中に閉じ込めてしまいたい。僕は初めて、あの人が自分の親なのだと自覚せずにはいられなかったよ。……そんな自分が怖いんだ」
「僕は怖くないよ」
アルビーを抱き締めた。
「頭を冷やしたいんだ。きみから離れて」
「離れても、好きでいてくれる?」
「もちろん!」
愛してるよ、と囁いてくれる彼の声は、細く掠れている。僕はどうすればいいのか判らない。だから彼に口づけた。彼が僕に教えてくれた形で、想いを伝えた。返ってきた彼の想いは狂おしく僕を掻き立てる。それなのに僕たちは、釣り合っていないのだろうか? 僕には、よく判らないよ……。
ロンドンの市街地を見渡す見晴らしの良い高台の柔らかな芝生の上に、持参したシートを広げた。
さわさわと優しい風が駆け抜ける。
腰を下ろし、アルビーの言葉の意味を、僕はぼんやりと考えていた。
彼は、僕との関係を終わりにしたいのだろうか、と。好きなのに、このままでは駄目だという意味が解らない。
シートに寝転がり、吸い込まれそうに蒼い空を眺めた。
アルビーは、荷物が多いから手伝ってくれと言うマリーたちに呼びだされ、迎えに行っている。僕は、僕たちの持参した食器類の荷物番だ。
「コウ、地の精霊の宝を見事に手に入れたな!」
甲高い声で覗き込んできた影に、頭をのけ反らせて視線を向けた。




