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霧のはし 虹のたもとで  作者: 萩尾雅縁
Ⅲ.春の足音
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125 旅43 ストーンヘンジ1

 今回、ショーンにこの旅に誘われるまで、僕は古代遺跡や、廃墟と化した文化史跡に興味を持つことなどなかった。あまり歴史や物語にロマンを汲み取れるだけの情緒を持ち合わせていなかった、と言うべきか。

 だが、こうして雄大な自然の中に残る人類の足跡とも言える遺跡を実際に巡ると、その悠久の時の中に脈打つ人間の息吹や、連綿と続く生死の環を見守り続ける自然の大いなる視線を、強く意識し感銘を受けずにはいられなかった。


 だから、僕は僕にこんな経験をくれた、コリーヌとミシェルに感謝している。僕はレイラインという言葉すら知らなかったのだから。

 恩知らず! 彼らが知りたいということを教えてあげればいいじゃないか、と僕の心が呟く。

 だから、それは不可能なんだって! と、今度は僕の頭が反論する。


 冷めてしまったコーヒーを、ふと思い出して手を伸ばし、こくりと飲み干してから深く息を継いだ。朝食を掻き込み、お腹を満たして少し冷静になった気がする。


「どう言えば解ってくれるんだろう? 言い渋っているんじゃないんだ。本当に、僕では再現するのは無理なんだよ。だいたい、ハムステッド・ヒースでさえ大火事になり掛けた危険な儀式を、世界遺産のストーンヘンジ内で再現なんて、絶対に無理だよ」

 ショーンは、その通り、とばかりに力強く頷いた。

「大丈夫だよ。そんな真面目に考えなくてもなんとかなるからさ。まぁ、あれだ。あいつらには世話になったしな。できるだけの誠意は見せる、そんなフリだけしとけばいいさ」


 ショーン……。


 彼もまた僕以上に怒っていることに、たった今気づいて、僕は一瞬息を呑んでいた。

 こんな険のある眼つき、苦々し気な口調。

 彼は、口は悪くても本気で怒ったりはしない。僕はショーンのことをそんなふうに思っていた。今みたいに露骨に感情を表に出す彼は、初めてなんじゃないだろうか……。てっきりコリーヌの味方だとばかり思っていたのに。別れた彼女の時でさえ、悪し様に口にしても、それは嘘だと思える優しさと一体だったのに。


 学問に対しては凄く真摯な彼が、「どうせ解らないのだから騙せ」なんてことを言うこと自体がもう、その胸の内が煮えたぎっていることを物語っていたんだ。


「でも、」

 あくまで言い淀む僕に、彼はにっと意地悪そうな笑みを浮かべて立ち上がる。

「もう俺に任せておけよ。これでも責任を感じてるんだ。俺がきみの事情も考えずに安易に喋っちまって、あいつをつけ上がらせたのもあるからな」

 テーブル越しに、ぽんと僕の肩に手を置いた。


「向こうがあくまでもきみにこんな無礼な態度を取るんなら、こっちだってせいぜい、あいつらを利用してやればいいさ」

 声を低めて囁かれたのは、こんな言葉で。

「さぁ」

 頭を起こした彼は、笑ってウインクして出口に向かって顎をしゃくる。

 僕は困惑したまま、仕方なく彼の後に続いた。




 日没時間に合わせて、ストーンヘンジを訪れることになった。時間潰しも兼ねて、周辺の遺跡を見て回る。

 車中で、ショーンが説明をしてくれた。

 

 まずはオールド・セーラム。旧ソールズベリーの中心地と言える、堀と塀に囲まれた王宮や、大聖堂跡の残る史跡だそうだ。今は崩れた城壁が僅かに残るのみだと言う。


 平気な顔で会話するショーンとコリーヌを尻目に、僕は夕暮れまでにどうコリーヌを納得させるかを、目まぐるしく思案する。

 

 

 オールド・セーラムについてからも、殆ど上の空。細かな石積みの城壁の残る、今は緑の中に静かに眠る夢の跡をそぞろ歩きながら、とめどなく流れる思考の、どれを摘まみ上げるかばかりに気を取られていた。


 頭上に落ちてきそうな、灰色の空に問いかけた。

 騒がしい風に、あの雲を払って、成すべきことを教えてくれと頼んでみる。


 

 ……決めるのは、あなた。

 

 そんなふうに、つむじ風は笑いながら僕の髪をかき散らしていった。


 



 

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