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華と花の散るところ  作者: 音の葉
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 皇后は誰が見ても見間違えることは絶対にないと思われるほど豪華な様相であった。金糸の織り込まれた絹の豪華で重そうな着物を着て、頭には色とりどりの宝石のついた簪をいくつも差していた。

 その姿には高貴な身分の人間が持つ傲慢さのようなものも幾分感じられたが、今日の皇后は機嫌が良いのか笑顔で候補者達を見まわした。


 すぐにどこからか椅子が用意された。皇后はそれに腰をかけると、妃候補者達を静かに見守ることにしたようだった。


 皇后の登場で辺りの雰囲気は一変した。生け花のような習い事は嫁入り前の娘の嗜みのひとつとされていた。後宮に入る妃候補者達のように良家の娘達は多少の得手不得手はあるにせよ、すでに皆身につけているものだった。

 そのため、このような講義は真剣に習いに来ているというよりは候補者達の交流の場であり情報交換の場である側面が強かったが、皇后がいるとなれば話は全く異なった様相をみせ始めた。

 一見、仲のいい友人のようにお互い振舞っていた人間関係は見る間にその場からなくなり、今やお互いが激しく火花を散らす競争相手と化していた。

 いかに皇后の目に留まるか、そして皇后に気に入ってもらうか、花を上手に生けることに誰もが集中していた。



 キリンは途方に暮れていた。中心に据えることのできる花がないのだ。核に据えたい花々は花弁が落ちとても使えそうにない。小花か端に沿えるような葉しかない花の束を眺めて溜息をついた。

 よりによってこんな日に意地悪をされるとは。


 すると隣の席から何本かの美しく咲く花が差しだされた。


「これを使って何とかお花をまとめてみて」


 セイショウは小声で言うとキリンに花を差し出した。


「でも、この花がないとあなたの方も困るでしょ」


 キリンはセイショウのやさしさをうれしく思いつつも受けとっていいものか躊躇われた。


「大丈夫。私の方は何とか形にしてみるから。さぁ、早くやって。あまり時間はないわ」


 セイショウはそう言うと話はこれで終わりとばかりにキリンの方は一切見ず、自分の花に集中しているような態度を示す。


 キリンはそんなセイショウに心の中で感謝しつつ、急いでもらった花を生かすような花の配置を考える作業に入った。



 候補者達が各々無事花を生け終わるころ、皇后はすくりと席を立つと部屋の中を歩き始めた。

 そして、良く生けてあるとか、ここはこう枝を挿した方がいいんじゃないかしらとか言いながら妃候補の生けた花を見て回った。


 皇后はキリンの前に回って来ると花をじっと眺めた。


「ずいぶんと花を選んで生けましたのね」


 明かに花数の少ないキリンの生け花に皇后は言葉を選んで声をかけた。


「はい、今回は普段の生け方とは変えてこの花を生かすにはどのように生けたらいいか試してみました」


 キリンはセイショウからもらった花を指しながら落ち着いた様子で答えた。


「そう、悪くないわ。他の人の花を見た後だったから少し寂しいかなと思ったけれど、それはそれで面白いわ」


 皇后はそれだけ言うと次の候補者の花に目を移した。


 その様子を見て周りの席からは何となくがっかりしているような雰囲気が伝わってきた。他の妃候補者達はキリンが皇后の前で恥をかくのを楽しみにしていたのだ。

 キリンはこのような露骨な雰囲気に、例え標的が今日のように自分ではなかったとしても、ついていけないとうんざりした。とにかく今回は無事乗り切れたのだ。本当にセイショウに感謝の言葉もなかった。



 講義も終わり妃候補者達はがやがやと部屋からで出てきた。部屋の外で待っていたシオンもセイショウの元に向かおうとする。その頃には、シオンの耳にも皇后が視察に訪れていたことは耳に入っていた。


 シオンは講義の様子を聞こうとセイショウに思わず駆け寄ろうとしたが、セイショウの隣には華やかな赤髪の美しい女性がいることに気が付いた。彼女もセイショウと同じ妃候補なのだろう。


「あら?」


 その赤髪の女性はシオンに気が付いたようだった。


「あなたがセイショウの妹さん?」


 どうやらその人は女官姿のシオンを見てセイショウの妹だとわかっているようだった。そんなことを知っているということはセイショウのことをよく知っている間柄なのかもしれないとシオンは思った。


「はい、シオンと言います。つい先日後宮に入りまして」


「やっぱりそうなのね。見かけない顔だったから。私はキリンと言うの。セイショウとはここ後宮では珍しく仲良くさせてもらっているの。実を言うと今日はセイショウにすごく助けてもらったのよ。本当にセイショウに感謝の言葉もないわ」


 キリンは満面の笑顔でシオンにそう答えるとセイショウの方を向いた。


「ねぇ、セイショウ。さっきのお礼をしたいわ。良ければ今日午後にでも、私のところにお茶を飲みにいらっしゃらない?実はとてもおいしいお茶があるの」


 キリンは親しげな様子でさらに話を続けた。


「良ければシオンあなたもいらして。セイショウの妹って聞いただけで仲良くなりたいわ。私の住む建物はあの大きな池の反対側にあるの。少し遠いけど是非一緒に来てね」


「でも……私はセイショウの、いえセイショウ様の女官ですので」


 シオンはまさか女官の自分が、例えセイショウの妹だったとしても、妃候補のお茶に誘われるなど思っても見なかったので驚いた。そして、セイショウの方をちらりと見る。


 セイショウは微笑んで頷き返した。


「ええ、それじゃお言葉に甘えて午後シオンとお伺いするわ。お茶を一緒にするのは久しぶりね。シオンが実家からおいしいお菓子をもって来たの。それを携えて行くから、それをお茶菓子にして」


「まぁ、それは楽しみだわ。それじゃまた午後に。ご機嫌よう」


 こうしてお茶の約束をするとシオン達はキリンと別れた。



 シオンは二人になるとセイショウに話しかけた。


「キリン様ってずいぶん気さくでいい方みたい。セイショウとはずいぶん親しいの?」


「ええ、ここ後宮で唯一仲良くしてもらっている方よ。何かと後宮で助けてくれる人」


「そう、シオンにそういう人がいて良かった。そう言えば、今日はセイショウに助けられたって言ってたけど」


「たいしたことではないわ。いつも助けてもらっているから少しでもお返しできて良かったという程度のことよ。それより今日、どのお菓子を持って行ったらいいかしら。リツの家のお菓子はどれもおいしいけど、やっぱり桜餅がいいかしら。華やかだし季節感も感じるし」


 二人はキリンの話題から離れ、お菓子についてお互い意見を言いながら楽しく帰路についた。家に着くころまでには、お茶の席で出す菓子も、それとは別に手土産で持って行く少し日持ちのする落雁のことも無事決め終わっていた。



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