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華と花の散るところ  作者: 音の葉
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 後宮での生活が始まって3日ほど、シオンはここでの暮らしについて、少しずつ理解し始めていた。


 まず皇太子妃候補付きの女官というのは、普段はそんなに忙しくないということだ。食事の支度も洗濯も掃除もそれぞれ担当女官が存在するので、シオンは日常生活で必要な仕事はほとんどすることがなかった。

 ヤオの話では歌会や何かの宴会など催し事が近くあれば、セイショウの着る衣装や装飾品などの準備を手伝うこともあってかなり忙しくなるという。しかし今は特に準備しなければならないような行事も特にないとのことだった。


 後宮には様々な決まりやしきたりが存在することもわかってきた。そして正式な皇太子妃が決まっていなくても妃候補者達の中には暗黙の了解として序列というものが存在しているらしかった。

 今から思えば到着した初日にそれは目に入っていたのだ。セイショウの住む屋敷に辿りつくまでの道筋に建てられた建物の数々。皇太子の住む東宮からの距離と建物の立派さはそれを物語っていたのだ。

 普通に考えれば皇太子の寵愛度順ということになるはずのこの序列は、現在皇太子に特別に寵愛を受けている妃候補はいないらしく、政治や地位、財力など複雑に数々の因子が絡み合ったものとなっていた。


 しかし逆に考えれば、特別に強く皇太子から寵愛を受けている妃候補がいないというのなら政治や財力といった本人とは関係ない要因に序列が大きく影響を受けているこの状態もセイショウがもし皇太子から気に入られれば全く違ったものになるのではないかとシオンはその時単純に思った。


 シオンは後宮にくる前から、薄々セイショウが皇太子の寵愛をまだ得られていないことは感じていた。だからこそ両親が心配してシオンを後宮に入れることにしたのだ。残念なことにセイショウには高い地位の両親も大きな財力も持ってはいなかった。

 それでもシオンはセイショウがそれ以上の武器をたくさん持っていることを知っている。人目を引く美しい容姿は言うまでもなく、高い知性とやさしい心、強い意思……数え切れないほど良いところをもっているのだ。

 後宮でセイショウが健やかに暮らすためには、どうにか皇太子との関係を好転させなければならない。


 今のところ後宮での妃候補者達の序列では、明らかに数いる妃候補者達の中でセイショウは最も下の底辺に位置していた。そのことを如実に表しているのが東宮殿から一番遠くて他に比べて質素な造りの建物に暮らしているということなのだ。


 そして現在、候補者達の中で一番力を発揮しているのは親の身分や財力であった。そして頂点に君臨しているのはシオンが初めて後宮に来たときに圧倒された美しい庭を構える屋敷の主、左大臣の娘リンカであるという。




 セイショウは普段週に三回ほど、午前中は妃候補者達のために開かれる何かしらの習い事に参加していた。それは日によって異なっていて、内容は書であり、詩歌であり、生け花であり、お茶であり……あらゆる花嫁修業ともいえる事柄が習い事として行われていた。


 そして妃候補付き女官の仕事のひとつに、前もって習い事に必要な道具を準備したり、習い事の当日に荷物持ちとして付いて行くというものがあった。

 今まではヤオがこの仕事を一人で行っていた。しかしヤオはシオンが来て人出が増えたことで、もう少し違った事に時間を割かせてほしいと希望を言った。


 そこでシオンとヤオは今後の仕事の担当を決めることにする。


「前々から思っていたのですが、今後もう少し時間を自由に使えるようになったら厨房や衣装、掃除といったそれぞれの担当女官達ともう少し親しくなる時間を持ちたいのです」


 ヤオはシオンに遠慮がちに話を始めた。


「私は後宮に来た当初、後宮という場所のことを何もわかっていませんでした。ここに来る前に特に奥様から指示されたこともありませんでしたし。とにかくセイショウ様のお世話に専念すればいいのだと思っていたのです」


 シオンはヤオが言いたいことを全部話せるよう、静かにうなずきながら話の続きを促した。


「ところが徐々にそれだけではこの後宮ではセイショウ様は取り残されてしまうことがわかってきたのです。他の妃候補者の人たちは何人も女官を自ら連れてきています。そして彼女達は自分の主のためにあらゆる方法を使って、ここ後宮で情報収集をしているのです。特に女官や宦官たちへの賄賂には余念がありません。もちろん、私はその人達よりさらに多くの賄賂を使って負けないように情報収集をしたいと言っているのではありません。私達には限られたお金しかないことは十分承知していますし、他の妃候補の人たちと同じ方法で女官や宦官達を懐柔しようとしても絶対に勝ち目はありません」


 シオンが使用人の娘という立場の違いがあったとは言え一緒に育ってきたヤオがこんなにも後宮のことを分析していたことに驚いた。

 半年前までのヤオはおっとりとした人のいい女の子で、シオンと一緒にちょっと仕事をさぼってお菓子を買いに出かけたり、二人して皆には内緒で料理に挑戦し鍋を真っ黒に焦がしてしまうような子だったのだ。

 後宮での状況を分析している目の前のヤオは、田舎にいた頃のヤオと本当に同一人物なのかと驚いた。ここ半年の間にシオンの知っていたヤオはずいぶんと成長し、しっかりとした考えを持つ立派な一人前の女官になっていたことにシオンは感心した。


「少し時間はかかりますが、まずは食事や洗濯、掃除を担当している女官達と親しくなって信頼を得たいのです。まだまだ浅い付き合いで本当のところはよくわかりませんが、他の妃候補の人たちにあまりいい印象を持っていない女官達も多くいるようです」


 シオンはヤオと話し合って、これからはヤオが他の女官達との交流を今までより持てるように仕事を分担していくことを決めた。

 シオンはヤオにたった半年の後宮暮らしでずいぶんと女官が板についていると言って褒めた。

 

「うーん。まぁ、いろいろありましたから」


 ヤオはそれに対してはお茶を濁した返答しか返さなかった。




 そのような経緯もあって、今日の生け花の講義のセイショウのお伴にはシオンが付いていた。


 講義の行われる部屋に着くとシオンはセイショウに生け花の道具を手渡すと、他の女官達同様部屋の外で講義が終わるのを暫くの間待つことになった。



 セイショウは迷うことなく部屋の一番後ろ、講師からは一番遠い場所に席をとった。


 少しすると、華やかな赤毛を凝った編み込みを入れて結いあげた女性がセイショウの隣に立った。


「ここの席いいかしら?」


「ええ、もちろん」


 セイショウはにっこりと微笑んで頷く。彼女はセイショウが後宮で一番親しくしている友人のキリンであった。


「妹さん、後宮に到着したんですって。良かったわね。この後宮では頼れる人が一人でも多くいてほしいものね」


 キリンは上品な物腰で生け花の道具を机に並べながらセイショウに話しかけた。彼女の物腰はとても優雅で仕草ひとつとっても育ちの良さが伺われた。


「ええ、そうなの。妹には申し訳ない気持ちもあるんだけど。でもやっぱり来てくれてうれしいわ」


 セイショウは心の内を素直に話した。


 少しの間そんな話をしているといつの間にか席は満席になり、講師が現れ今日生ける花が紙に包まれて各々に配られた。


 キリンもセイショウも他の生徒達同様紙の包みを開きかける。


「あっ」


 小さな声を上げたのはキリンだった。セイショウは声のした方に顔を向けると、キリンが受けとった花束はその中の何本かの花の花弁が無残にも落ちた状態で入っていた。


「……くすくす」


 キリンの受けとった花の状態を見て、妃候補者達を仕切っているリンカとその取り巻き達の座る席の方から笑い声が聞こえてきた。


 これは誰かが意図的にキリンに仕掛けた嫌がらせだとセイショウもキリンも理解した。



 その時、部屋中の椅子がガタガタと鳴り響き、座っていた妃候補達は一斉に立ちあがる。セイショウもキリンも慌てて後に続くように立ちあがった。


 部屋の空気が一瞬にして五度は下がったかのようにぴりりと引き締まる。


「ごきげんよう。皆さん。今日は天気もいいし花の生け方を学んでいると聞いたのでちょっと立ち寄ってみたの。私に気にせずにそのまま講義を続けて頂戴」


 貫禄のある立ち振舞い。皇后が久しぶりに妃候補達の前に姿を見せたのだった。


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