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華と花の散るところ  作者: 音の葉
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「それで、セイショウの妹というのはどうだったんだ?」


 夜の帳は降りて辺りは暗闇に包まれていたが、豪華な調度品の置かれたその部屋には煌々と贅沢にいくつもの蝋燭の火が灯され昼間のように明るかった。

 美しい刺繍の施された大きな長椅子に横になって、天井を見るとはなしに眺めながらその男は質問をする。


「そうですね……まぁ、一言で言えば田舎のお人好しで世間知らずな娘といったところでしょうか。見た目はセイショウと違って至って普通だっていうのは間違いありませんね」


 長椅子の近くに置かれた小さな椅子に反り返るようにくつろいで座っていた男はそう答えた。


「それはつまらない展開だな。ありきたりすぎる。セイショウの妹がくると聞いてずいぶん前からギボウシ用意して待っていたというのにね、ヨウヤくん」


 少し茶化すように頬笑みながら、長椅子の男はヨウヤの方をちらりと見た。


「昨日到着したって聞いたんで様子を見にいったんですよ。まさかシオンとかいう娘と今日直接話ができるとは思ってなかったんですけどね。確かにギボウシは前々から用意してましたけど、今日のところはギボウシを植えに行きつつ様子を伺うだけのつもりでしたから。あそこの庭をかなり気に入ったみたいで、ずいぶん熱心に俺から庭のこと聞いてましたよ。あの娘なら今後何も状況に変化はないんじゃないかな。とにかく人を疑うとか全くなさそうだったし。リコウ様が気に留めるような娘じゃないですね」


 朝方シオンが話をした、人の良さそうな満面の笑顔を浮かべた庭師ヨウヤの姿はそこには全く存在していなかった。恐ろしい程冷静にシオンについて印象を話す。


「ふうん……でもそう決めつけるのは早いかもよ。今日会ったばかりでしょ。そのシオンって娘には。頭がどのくらい早く回る娘なのかもう少し観察してみてくれ」


 リコウ様と呼ばれた男はようやく体を起こすと長椅子の上に足を組むようにして座り直してヨウヤの方に顔を向けた。

 リコウという名の端正な顔を持ったその男は、その顔立ちを際立たせている漆黒の髪と瞳に蝋燭のちらちらと揺れる火の明かりを不気味に反射させながら静かに話を続けた。


「今は鈍くさい田舎娘だったとしても後宮にいれば誰でも人は変わってしまうからな。その娘だって後宮の陰湿さを理解したらそうお人好しではいられないはずだし。そんな娘数多く見てきただろ、ヨウヤくん」


「それはそうかもしれませんけどね……。もちろん、このまま継続してセイショウの周辺は観察していきますよ。それはそうと前々から言ってますけど、ヨウヤくん、ヨウヤくんって呼ばないでくださいよ。本当に自分がヨウヤっていう庭師になったようで気分が悪いです。ちゃんとセイヤって呼んでください」


 セイヤは少し膨れて長椅子の上でくつろぐリコウに言い返した。


「ヨウヤくんは人がよくて笑顔を絶やさない従順な人間なんだろ。そう反抗的なこと言うな。それにおまえはもう立派な庭師だろ。ずいぶん植物の勉強したじゃないか。実際のところ本当の庭師より花の育て方なんて詳しいだろ。“影”を引退したら、庭師をやればいい。おまえ見た目以上に力もあるし適職だろ。な、ヨウヤくん」


「冗談じゃない。この前の松の木の移植の時のことは話したでしょ。樹齢何十年だか知らないけど、立派な木だから枯らさないように移動させろとかあの左大臣の娘偉そうに言ってきてさ。リコウ様にはかなり大変な仕事になるからそれなりの人手配してくれって頼んだのに、単に力あり余っていますっていうような馬鹿ばっか何人もよこしてさ。危うく松の木駄目にすることだったんだから。庭師の仕事を舐めるなっていうの」


「お前、やっぱり庭師じゃないか。もう“影”辞めちゃってもいいよ。名前もこれからは本当にヨウヤって名乗れ。庭師一筋で頑張っていけ」


 リコウはさらに意地悪く、くすくすと笑う。

 セイヤは脹れっ面をしていたが、暫くすると何かを思い出したのか表情とともに話題を変えて話をし始めた。


「そうそう、シオンって娘、ある意味失礼なやつでしたよ。俺の髪見て、庭師にふさわしい素敵な色ですね、なんて言ってくるんだから。青緑色の髪だからって何で庭師にふさわしいっていうんだよ」


「ははは!」


 リコウは思わず噴き出してしまった。セイヤは自分の青緑色の髪と瞳の色をとにかく嫌っていた。緑系の髪を持つ人間というのは珍しい分類に入るので“影”という仕事をしているセイヤには人目につきやすく印象に残りやすいという欠点になった。必要があれば髪の色は他の色に染め直して極力目立たないよう工夫することもあったが、本気で他の色の髪と取り換えられるのなら取り換えたいとさえ思っていた。瞳の色に至ってはすでにあきらめているといったところだった。


 セイヤは強く自分の髪と瞳の色を憎んでいたが、一般には青緑色の髪や瞳は別に特に気になる色というわけではなかった。まして誰もが羨むかなり珍しい漆黒の髪と瞳を持つリコウには全く理解できない悩みであった。


「あーあ、緑っていうのは葉の色と同じだから庭師にふさわしい色ってことなのかよ。そもそも俺は庭師じゃないし。あいつの髪と瞳だって怪しいもんさ。日の光具合で青っぽく見えたり赤っぽくみえたりしてさ。全くあいつこそ場所によって色が変わるアジサイかっていうんだよ」


 ぶつぶつと文句を言っているセイヤがシオンのことを花に例えるのをリコウは聞いて、セイヤは本当に庭師になった方がいいのではないかとさえ思い始めた。


「それからあいつ、俺から半刻近く庭の話を聞いたあげく、そのお礼とか言って妙な菓子をくれたんですよ」


 セイヤはまたもあらぬ方向に突然話を変えた。


「菓子?」


「ええ、それが見たことないくらい不格好な菓子で。何と白蛇を模したものだとか」


「白蛇?」


 リコウにはセイヤの話の筋が全く見えなかった。


「細長い形をした饅頭で・・・まぁ、あれを饅頭と呼ぶというのならですけど。端っこに胡麻で目も付いてるんです。ちゃんと。それで中に餡が入っていて蒸された菓子なんです。白蛇は幸運の象徴とかいうことで知人が都に行く時に持たせてくれた菓子だとか言ってましたけど。白蛇ですよ。白蛇。普通、菓子にします?あんな変な菓子、人に餞別として贈りますかね。本当は自分で作ったんじゃないかと疑いましたけど。でも味は想像以上にすごくおいしいんですよ。餡の甘さが絶妙で。都にある菓子屋でも見た目を度外視すれば、あんなおいしい饅頭はなかなかないんじゃないかなぁ。リコウ様の分ももらってくれば良かったですね。あれは食べさせたかった」


 アジサイ色の髪と瞳を持ち、白蛇の饅頭を食べる娘――セイショウの妹は最初にセイヤが話していた印象からずいぶん逸脱した、本当はかなり変わった娘のようだ。


 リコウは白蛇の話を聞いてかなり興味を持ち始めていた。とは言え相手はセイショウ付きの女官なのだ。焦らなくても時期に会う機会は来るだろう。宮廷での単調な生活に小さな楽しみがひとつできたと密かに喜んだ。


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