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華と花の散るところ  作者: 音の葉
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 シオンは家を出てから数日がすぎ、後宮への入り口となる門に到着したのはその日の辺りがかなり暗くなってからであった。

 そこからは宦官によってセイショウの住む建物まで案内されていく。門からセイショウの暮らす建物まではかなりの距離があるようであった。

 いくつもの立派な瓦屋根の木造の建物を眺めながら歩き進めていく。どの建物も中の様子はわからないものの、美しく飾られた庭の雰囲気で建物に暮らす主の趣味が伺い知れた。それらはどれも妃候補者が住む家とのことだった。

 中でも立派な八重の桜の木が一本植えられたひと際大きな建物の庭はその敷地の至る所に美しい彫刻が置かれ他の建物を圧倒させていた。シオンはあまりの立派さに思わず立ち止まって眺めてしまったが、宦官によると左大臣の娘リンカが使っている屋敷だということだった。


 後宮に到着したその日の内にシオンは、後宮でのセイショウの立ち位置を誰に説明されることなく理解した。それは暮らしている場所と建物の豪華さでわかるのだ。皇太子の暮らす東宮殿からの距離こそが後宮の妃候補者達の序列を表しているのだ。そして妃候補の実家の財力こそが建物の豪華さを象徴している。

 セイショウの暮らす建物は、後宮で最も奥まったところに建てられた小さく質素なものであった。




「セイショウ……」


 部屋に入りシオンはセイショウを目にして内心ほっとしていた。半年前に別れた時からあまり姿は変わっていないように見える。


「シオン、ごめんね。わざわざ遠く都まで来てもらって」


「ううん。あの街を出ていつか広い世界を見てみたいと思ってたんだもの。まさかセイショウのいる後宮に来るとは思ってなかったけど。立場は違うにしても後宮に私がいるなんてね。馴染めるといいんだけど」


 シオンは努めて明るく話を続ける。


「お土産も色々持って来たんだよ。綺麗な反物とか帯止めとか。それにルリの家のお菓子もたくさん持ってきた。セイショウはあそこの落雁大好きでだったでしょ」


 門で預けたそれらの荷物は明日セイショウの元に届けられることになっていた。母親のスイレンが選んで持たせてくれた数々の品を見れば、セイショウはきっと喜ぶはずだとシオンは思った。


「シオンさん!」


 見慣れた顔が両手に夕食らしい御膳をもって奥の部屋から姿を表した。建物の裏口の方で夕食を受け取っていたらしい。


「ヤオ!」


 ヤオは小さい頃からセイショウやシオンと一緒に育った家の使用人の娘だ。セイショウが後宮に入ることが決まった時、セイショウと一緒にお世話をする女官として同行していた。


 こうして後宮の片隅でシオンはセイショウとヤオの三人で新たな生活を始めることとなった。




 翌日、シオンは朝食を済ませるとヤオから午前中は特にすることはないと言われ、一人庭を散歩してみることにした。

 昨日の夜は、夜遅くまで三人でお互いのここ半年間の近況などの話にあれこれ花を咲かせていた。そのためシオンは少々寝不足気味で頭がぼんやりしていたが、建物の外に出ると春の朝にしてはずいぶんと強い日差しが目に飛び込んできた。空を見上げるとそこは雲ひとつない晴天が広がっていた。とたんに目は覚め、頭はくっきりとする。


 シオンは昨日の夕方は薄暗かったこともあり、セイショウの暮らす建物もその庭もよく見てはいなかった。

 今、改めて眺めていると、昨日ここに辿り着くまでに見てきた家々のような豪華さはここには無かったが、セイショウらしい品の良さが感じられる庭になっていた。

 庭には石畳の小さな小道が建物の周りを散歩できるように配置されていた。この石畳は所々苔が蒸していたり、石がすり減っていたりしてかなりの年月が経っていることが伺えた。セイショウより以前に住んでいたこの屋敷の主が作ったものだろう。

 そしてその小道を生かすよう、両側に挟むように様々な種類の小花が咲き乱れていた。それはあたかも雑木林の中にほんの一画、偶然存在している素朴でかわいらしい花々による花畑のようであった。

 それほど広くないこの敷地で周りを木で囲み、中に自然と存在するような花畑を作る手法にシオンは感心をした。高価な石像や、幾何学的に配置された美しい花々の花壇は見る者を圧倒させ素晴らしいが、この庭はそれとは全く違って人を安らかにさせてくれる。


 ザクザク……


 どこからか、音が聞こえてシオンは緊張する。そっと音の出所を探るようにあたりを見回す。すると少し離れたところに生えている木の根元で何やら穴を掘っているらしい人物が目に入った。

 シオンは恐る恐るその人物に近付いていく。


「あの……何をしているのですか?」


 突然声をかけられて、ビクリと驚いた様子でその人物はシオンの方に顔を向けた。


「あ、どうも。おはようございます。前々からここに背の低い何かを植えたら景色にいい変化がつけられると思ってたんですよ。そうしたら昨日いいギボウシが手に入りまして。早速植えにきたんです」


 満面の笑みを浮かべ満足そうにその男は答えた。


「……あのー、あなたはどなたですか?」


 ここに来る前、シオンは後宮には宦官か女官しか出入りできないと聞いていた。それなのにこんな場所で白昼堂々と若い男の人がいることなど想像もしていなかった。彼は昨日会った宦官達とは明かに違う作業着といった感じの服を身にまとっていた。そのため不躾ではあったが、直接相手に質問をぶつけてみた。


「ああ、これは失礼しました。私は後宮全体を任されている庭師です。名前はヨウヤといいます。ところであなたは……見かけない顔ですが。もしやその着物からしてセイショウ様付きの新しい女官ですか?確かヤオが新しい女官が一人来ると言っていたような……」


 セイショウやヤオの名前が出たことでシオンはすっかり安心をした。どうやら男の人でも庭師は後宮に自由に出入りができるらしい。


「ええ、昨日配属になった女官です。名前はシオンといいます。ヨウヤさん……これからどうぞよろしくお願いします」


「僕は庭師ですからヨウヤと呼んでください。私もシオンとあなたのことを呼ばせてもらいます。以後お見知りおきを」


 ヨウヤはシオンよりいくつか年上のように見えた。とは言えシオンと同じ歳の幼馴染のルリにどこか似ていて親しみを感じた。ルリの緑がかった青色の髪の色に彼の髪色は少し近かったからかもしれない。彼の髪色は青味がかった緑と言った方が近かったのだけれど。

 

「ギボウシってその草のこと?その草がそこにあるのとないのでそんなに印象が変わるの?」


 シオンはただの雑草のように見えるその草を見て、ついほろりと思わず疑問を口にしてしまった。

 そんな失礼な疑問にもヨウヤは全く気を悪くした素振りを見せず、笑顔を返す。


「もちろん。ここの庭はできるだけ自然に近いように作ってほしいとセイショウ様から依頼を受けていますから。なるべくその希望に沿うように、これでもかなり工夫されているんですよ。ここにギボウシがあると人の視線を移動させることができるんですよ。視線が動くと景色に変化が生まれるんです」


 シオンは暇なことをいいことに、それから半刻ばかりヨウヤの作業を見守りながらこの庭について色々と話を聞いていた。




 ヨウヤと別れてシオンは一人になると改めていい人が庭師で良かったなと思った。

 ヨウヤはとにかく人当たりが良くて笑顔を絶やさなかった。シオンの疑問にもひとつひとつ丁寧に答えてくれた上、セイショウの庭をずいぶん力を入れて手入れをしてくれているようだった。

 ヨウヤはこういう庭を作ったことは今までなかったから、とその理由を言っていたが確かにそうかもしれないとシオンは思った。昨日少し見ただけだったが、他の庭はどこもどれだけ豪華で人の目を惹くかということを目的に作られているように感じたからだ。


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