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華と花の散るところ  作者: 音の葉
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 セイショウはシオンとヤオを呼んだ。


「今日の夜、私はキリンの家を訪ねてみることにしたから」


「え!」


 シオンもヤオも驚いた。シオンはさきほど、医官のイオリという人を見送る時、セイショウが話していたことから何か危険な予感はしていた。

 しかし、セイショウは謹慎中の身だ。外出などできないことになっている。キリンに何かあったのかも知れないが、シオンにとってはセイショウの方が心配だった。


「それはいけません。もしそのことが発覚したら大変なことになります」


 シオンより先にヤオが反対した。


「ええ、わかっている。でもキリンのことだけは絶対に放っておけないの」


 カリュウ隊長の妹だから?シオンは心の中で尋ねていた。


「でも、無理よ。セイショウが道を歩けば目立つもの。その青い髪を見ればすぐにセイショウってわかるはずよ」


 セイショウは少し考えているようだった。


「ええ、だから夜を待っていくの。それとシオン、あなたの女官の服を借りて行くわ。女官の振りをして訪ねた方が見つかりにくいはずだから。あと、この髪は……。髪を黒くしたらどうかしら。真っ黒にならなくてもいいわ。すこし黒っぽくなれば。暗くなれば夜だから目立たないと思う」


「夜でも危険すぎる。宦官達が見回っているし。絶対駄目。それに髪を黒くって……セイショウの青い髪が台無しになる!」


 シオンは怖くなった。セイショウはいつも冷静で的確なことを言うのに今の様子は全く違っていた。キリンのことと言うだけでこんなに我を忘れてしまうのだろうか。


 ヤオもセイショウの様子に異変を感じているようだった。最初に反対をしてから何も話さず黙っている。


「髪のことはいいのよ。とにかく目立たないように行かないと。シオンお願い。手に入れてきて。たしかクチナシで髪が黒く染まると聞いたことがある」


「そんなことしたら余計怪しまれる。セイショウが髪を黒くする理由なんてないもの」


 セイショウは困った顔をした。シオンは提案した。


「私が様子を見て来るというのは?何か用事を作って行って来る。セイショウは家で待っていて」


「いいえ、それじゃ駄目よ。キリンは私の親友なんだから」


 セイショウが本当に本気で行く気なのは確かだった。セイショウの気迫で十分それは伝わって来た。シオンはセイショウを説得するのは無理のようだと諦め始めた。どれだけ言ってもセイショウは一度決めたことをそう簡単に変えたりはしない。


「わかった。それなら私も行く。二人で行こう。髪は私が染めると言って分けてもらってくる。誰でもこの紫の髪なら納得すると思う」


「でも、そんなことを言ったら本当に染めないと後で疑われてしまうわ」


「うん、実際に染めるから大丈夫。やってみよう。もう危険は覚悟したから」


 シオンはもう腹を括る覚悟をした。夜ならきっと大丈夫。とにかく誰にもみつからずに行けばいいのだから。自分にそう言い聞かせる。


 ヤオはずっと黙って話を聞いていた。セイショウとシオンの話がまとまったことで、もう何を言っても駄目だと感じていた。


「それなら、私がその染料を分けてもらってくる。女官で頼めそうな人を知っているから。でも本当に大丈夫かしら。すごく怖い」


 ヤオは心底セイショウ達を心配していた。




 夜になった。セイショウ達は出かける準備を整えていた。ヤオが手に入れてくれた染料を二人は試したが、これは大変なことになってしまっていた。


 二人とも髪を染めるのは初めてのことだった。そのためヤオが聞いてきた通りにやってみたつもりだった。ところが染める時間が足りなかったのか、配合がうまくいっていなかったのか。髪の毛は残念ながらあまり染まらなかった。少し暗い色になったという程度であった。

 それより問題だったのは斑に染まってしまったということだ。明るい所で見なければそれ程でもないくらいで極端にというわけではなかったが、ずいぶんおかしな髪になってしまっていた。


 セイショウとシオンはお互いの髪を見て思わず笑った。


「一体、私達は何をしているのかしらね。聞いた話と実際にやってみるのとではずいぶん違いがあることがわかったわ」


 セイショウはそれまでずいぶんと張り詰めた空気を纏っていたが、このことで少し気を楽にしたようだった。



「それじゃ、行ってくるから」


 ヤオにそう言うと二人は夜の暗闇の中で出て行った。




 後宮内は道の所々に灯籠が置かれ辺りを照らされている。今日は月も出ていて、いつもより少し明るかった。


 本来ならそれだけでは薄暗いので、手持ちの行燈や手燭を持って歩くことになる。しかしセイショウ達は人に見つからないように、明かりは手にしないで行くことにした。


 キリンの家は大きな池の反対側にあり、セイショウの家からは少し遠かった。しかし二人は何度もキリンの家を訪れたことがあるので、道に迷う心配はなかった。

 人に見つかる危険のありそうな十字路のような場所はシオンが先に進んだ。そして様子を見て大丈夫そうならセイショウも後に続く、といった感じで二人は慎重に歩みを進めて行った。


 そして何とか無事キリンの家まで辿りつくことができた。


 戸口から訪ねるのは危険だった。キリンの家にいる女官に必ず見つかってしまう。セイショウが訪ねてきたと知れば相当驚かれてしまうだろう


 そこで裏庭に回ってキリンの部屋の窓をたたいてみることにした。運が良ければキリンが気づいてくれるはずだ。


 二人は裏庭の方へ歩いていった。キリンの家の庭もまた何度も来たことがある。かなり薄暗かったが、どこにどんなものがあるかは検討がついた。


 キリンの庭には彼女の庭独特の黒い石が所々に配置されている。それらを目印に足元に気をつけながら進んで行った。


 すると二人の目に驚く光景が飛び込んできた。



 月明かりの下、綺麗に刈られた芝の上を、キリンが一人裸足で歩いていた。



 もちろん、怪我をした右足には包帯が巻かれていた。しかし靴は履いていない。もう片方の足は文字通り裸足で、そこが部屋の中のであるかのように、ゆっくり歩き回っていた。


「……キリン」


 セイショウは小さな声で呼びかけた。シオンも同じ気持ちだったが、セイショウもまた、目の前の光景が信じられないようであった。


 キリンは声がした方向にゆっくりと顔を傾けた。


「セイショウ?」


 セイショウは急いでキリンの元に駆け寄った。そしてキリンの両腕に手を添えた。キリンの腕は春の夜に外にいたこともあり、ひんやりと冷たかった。


「ねぇ、セイショウ……私が会いたいって思っていたことが伝わったの?」


 キリンは想像以上にやつれていた。わずか二週間会わなかっただけで、そんなに変わるのだろうかというくらい青白い顔をしていた。


「ええ、そうよ。私もキリンに同じくらい会いたかった。だからこうして会いにきたの」


 セイショウは静かに答えた。


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