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華と花の散るところ  作者: 音の葉
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 シオンはセイショウのいる部屋へ案内した。


 セイショウは普段と変わらず、着物の製作に取り組んでいた。部屋には裁縫道具や着物の生地などが広がっていた。


「突然訪問してしまい申し訳ありません」


 セイショウは若い医官が入って来たことに驚いた顔をみせた。


「キリン様のことで来られたんだって」


 シオンが説明をすると、セイショウはすぐに納得して立ち上がった。


「ここは散らかってますので、あちらの方に」


 セイショウとイオリが隣の部屋に移動するのを確認してシオンは言った。


「それでは、今お茶をお持ちしますので」


「いえ、とんでもありません。それに私は長くここに居られません。手短にお話だけさせていただきたいのです」


 セイショウはそれを聞いてシオンにそれならお茶の用意はいいからと言った。



 セイショウとイオリは卓を挟んで向かい合って座っていた。


 イオリは上座に座るセイショウを前に少し緊張しているように見えた。


「私は宮廷の太医院に所属しているイオリと申します。しかし初めに申し上げますが、私は医官としてではなくてキリン様への個人的な付き合いで、お願いと相談に参りました。そのため、ここに来ることは太医院には極秘のことなのです。どうかご理解を下さい」


 イオリは恐縮しながら言った。セイショウは少し怪訝な顔をしたが、ただ頷いて話の続きを促した。


「私がここを訪ねたことが発覚すると大変なことになります。ですから手短に話をしたいと思います。」


 イオリはそこまで話すと、それまでの丁寧な話ぶりから一変して、簡潔に話を進めていった。


「私の父は街医者でしてキリン様の家のかかりつけ医なのです。その縁もあって、私とキリン様は幼い頃、一緒に遊んだこともある仲でした。 そしてこの度、キリン様が足を怪我したことで、治療の担当医として私が選ばれました。とは言え、これは単なる偶然でした。そこで、十年ぶりくらいにキリン様と再会したのです。 もう十日ほど、毎日足の経過観察と消毒のためにキリン様の元には通っています。本来なら、怪我をされて二週間になりますので、無理をしなければ少しは歩けるところまで回復しているはずなのです」


 イオリは一気にここまで話した。そしてここで深刻な顔をしてセイショウに訴えるような目で話を続けた。


「……ところが、キリン様はまだ回復されていません。いや、むしろ最近は悪化している状態です」


 セイショウは驚いたようで、瞳を大きくして真剣な面持ちで尋ねた。


「それはどういうことですか?何かの感染症にかかったとか?」


「いえ、そうではありません。自分で足が治らないようにしているようです……」


 イオリは言葉を選んで話をした。


「今から思えば、キリン様に会った初日からキリン様は何かがおかしかったのだと思います。私は久しぶりにキリン様に会ったことに気を取られ、完全にその兆候を見落としていました」


「それは……私のことで気に病んで、ということですか?あのイオリさんは私とキリンの関係をどこまで御存じですか」


「実は最近知りました。ここ2、3日で。キリン様の口から直接聞きました。キリン様の後宮で一番仲のよかった友人だとか。あの……それから大変失礼ですがセイショウ様は『青琴の君』であられるとか」


 その後の言葉をかなり言いずらそうに、しかし意を決してイオリは話した。


「それで、そのためにカリュウが亡くなったとキリン様がセイショウ様に言ったとか……」


「それでは、キリンは私のことを強く憎んでいて怪我が治らないということですか……」


 セイショウは今にも泣きたいのをぐっと堪えて言葉を紡いだ。


「いえ、そうではありません。あなたに酷いことを言ったことは、かなり後悔しています。言った時でもキリン様は心の底ではわかっていたんです。あなたのせいではないということを。でも、どうしても何かにあたりたい気持ちになって言ってしまったんです」


「……」


「ええ、もちろんカリュウも私は幼い頃、友達でした。カリュウが亡くなったのは今でも衝撃的で悲しいことです。ですが『青琴の君』と関係がないことはわかります。ただ、カリュウとキリン様は仲のとてもいい兄弟だったので、どうしても未だに亡くなったことが受け入れられないのだと思います」


 セイショウは何も返事ができなかった。強い悲しみだけが自分を覆っていた。


「とにかく内心ではキリン様はセイショウ様のことで後悔しているということが言いたかっただけです。辛い話をしてしまい申し訳ありません」


 イオリはセイショウの返事を待たずに話の続きを急いだ。


「それともう一つ、ケイキ様のことです。こちらはセイショウ様に言っても仕方のないことなのですが。いえ、むしろセイショウ様に話すことではないと思います。ただ、少しでもキリン様のことを理解してもらいたくて」


「ケイキ様とキリンの間に何か問題があるのですか」


 セイショウは気持ちを何とか立て直して尋ねた。


「ええ、セイショウ様との仲の問題を抱えてさらに、キリン様はケイキ様が怪我をしてもお見舞いに訪ねてもらえなかったことで寂しさを募らせていたようです」


 セイショウはそこで思った。あの頃、ケイキはセイショウの処罰のことで皇后に頼むと言っていた。そのことに係りきりでキリンのことに気が回らなかったのかもしれない。


「それで私が言いたいのは、キリン様はずいぶん精神的に追い詰められているようだということなのです。正直申し上げてかなり状態が良くありません。足の具合より今は精神的な問題の方が大きいです。私とキリン様は小さい頃交流があったと言っても、今は医官と妃候補という関係です。そのため残念ながらあまりキリン様に立ち入ってあげられません。セイショウ様も謹慎の身であることは重々承知しています。それでも良ければキリン様に文でも出していただけたらと。以前はとても仲が良かったと聞きましたので」


 セイショウは大体のことは理解した。そして何とかキリンを助けたいと真剣に思った。


「わざわざ話に来てくれてありがとうございます。今の話で少し状況を理解しました。でもはっきりこの目で会って確かめたくなりました。直接キリンを訪ねてみようと思います」


「え?セイショウ様は現在、自宅謹慎中ですよね?」


「ええ、でもキリンのことが心配でなりません。直接会わないと伝わらないことがあります。夜、人目につかなくなったら行ってみようと思います」


「でも、それはあまりに危険では……」


「そうですね。簡単なことではないでしょう。でもイオリさん、あなたもこんなことをしているのが明るみになったら大変だとわかっていたはずです。それでも危険を押して私を訪ねてきてくれました。」


「……ええ、私は医官ですから」


 医官としてきたわけでないことは、二人とも十分承知していた。ここまでのことをしたのだ。イオリのキリンへの気持ちは自ずと推測できた。しかし他に言いようもなく、お互いこれ以上このことについて言及できなかった。


「しかし私は夜は出歩けません。太医院での勤務がありますし、後宮など緊急の時しか入れません」


「ええ、大丈夫です。私一人で。明日、また診察でキリンのところに行って頂けるのですね。どうぞ宜しくお願いします。さぁ、もうお帰りください。余り長居をしてはいけませんから」


 イオリは心配になった。セイショウをかなり危険なことに巻き込んでしまったようで少し後悔をし始めていた。しかし、部屋から追い出されるようにして帰るよう促されてしまった。


「そうそう、もしどこかで宦官などに聞かれたら、道でこの女官から私の具合が悪いから見てくれと強引に頼まれたと言ってください。こちらもそれで合わせます。どうぞお気をつけてお帰り下さい」


 戸口のところで、セイショウはシオンを指しながら言った。


「何もかもありがとうございます。どうか気をつけて。私の独断に巻き込んでしまい申し訳ありません。それでは」


 イオリはセイショウの家を後にした。


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